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黒い願いに反して孝詞とゆり子の結婚式は

2月初めの割と暖かい日曜日、孝詞と妊婦のゆり子は、結婚式を行った。会場は1983年4月15日にオープンした東京ディズニーランドに近い、サンルートプラザ東京である。交通アクセスとしては、東京駅から電車1本で繋がる場所である。そして20分間隔で舞浜駅からシャトルバスが出ているため、結婚式に参列する人間も気持ちに余裕を持って行けるところだ。もし、バスを逃してしまっても、タクシーだとメーターで行けるホテルである。

また、東京ディズニーランドの側なので、終わる時間によっては、帰りにパークや駅前のショッピングモールで買い物を楽しむ事も出来るので、招待客にとっても良い立地だった。

ゆり子のお腹はまだそれほど目立たなかった。ゆり子のつわりは長引いていて、孝詞には心配をかけていたが、不思議と外に出ると元気になり、すっかり母親らしい佇まいを醸し出していた。式場との打ち合わせはゆり子が行った。孝詞は本音は乗り気でないから忙しいと言いつつ、ゆり子に任せっぱなしだった。しかし、ゆり子は妊娠して自分が浮気相手に勝ったという事で、全く孝詞の事を疑っていなかった。だから、忙しいという孝詞の代わりに段取りをしていた。

確かに結婚式は一生に一度というのが普通だから、慣れるという訳ではないから、解らない事だらけだ。だからゆり子は疑問を感じたら質問をして、面倒なことはプランナーに指示して何とか当日を迎えている。仕事である以上、あれもこれもと儲けるために提案せねばならないのがプランナーだが、忙しいという孝詞の代わりに、ゆり子はあれこれ注文をつけて変更させたりもしていた。それでも忍耐強いプランナーは、それに応えて結婚式を盛り上げようと努力したようである。孝詞と恭子の意地悪な心理に反して、結婚式の出来栄えは上々であったようだ。

 

恭子は紺色のシンプルなドレスを着て結婚式に参列した。心の中にある重く視界の開けない洞窟のような気分に少しイライラしているが、孝詞との愛が途絶えたわけではないので、淡々としたむしろさばさばとした気持ちもあった。人生の中ではどうしても越えられないような状況も多いが、恭子と孝詞はそれでもめげないようなところもある。恭子は時間の流れに身を任せ、今できることだけに一生懸命取組むしかなかった。だから唯、孝詞を心の中で愛し続けていた。

会場に近づくと、シャトルバスの中から、大きな白い軍艦のようなホテルの威容が目に入ってきた。恭子は少したじろぐような気分がした。愛する孝詞とゆり子の結婚式に出るというかなり勇気のいる行為に、少なからず緊張感が漂っていた。2月だというのに、手の平に汗をかいているのが良く判る。といってこの苦しい緊張感を味わないために結婚式に参列しない手もあったが、同僚でもあるのに余計な詮索や浮気相手かも知れないという疑いを一切持たれないためには、恭子は無理をしてでも出なければならなかった。ただ参列するだけだと心に言い聞かせているが、孝詞を失う悲痛な失望感は否めない。

シャトルバスを降りて、挙式会場に向かった。内部は清潔感の溢れる調度品などが整然と配置されていた。恭子はホテルの醸し出すきらびやかなイメージを堪能しながら、目当ての会場に到着した。しばらくすると、顔見知りの同僚が何名かやって来たので、挨拶しながらゆっくりと式場内を見ていた。

そのシンプルで白を基調としたチャペルは、華美な装飾はほとんどなく、木の椅子がこじんまりと並んでいた。純白のバージンロードや、ほのかに灯るオイルランプが、ロマンチックなムードを演出する幻想的なチャペルである。全体的には落ち着いた雰囲気であるが、恭子の心はやっぱり穏やかになれるはずもなかった。

 

式が始まった。最初にオルガン演奏である。聞きなれたウェディングの曲が厳かにチャペルに響き渡った。新婦とその父親が後方から入場してきた。バージンロードに反射して映っているドームの光が、ドリーミーな雰囲気を醸し出していた。バージンロードは長すぎず、妊婦であるゆり子と初老の父親にとっては、好都合であったようだ。

バージンロードの横に並んでいるブルーの光も、神秘的で美しい。結婚式で花嫁が身に着けると良いとされている事柄の中に、サムシングブルーというものがある。『おふたりに幸せな時間を過ごしてほしい』という意味で、ブルーの光で迎えているようだ。

ゆり子は妊娠中という事で、お腹が苦しくならない白のエンパイアラインドレスを着て登場してきた。ブルーのリボンが入ったドレスである。孝詞のベストとタイもブルーであった。ブーケや髪飾りも、ホワイトとブルーを基調にコーディネートしていたのである。恭子は苦々しい気持ちがした。

恭子は内心断りたくて仕方がなかったが、全く疑いを持たないゆり子の依頼で、メイドオブオナーの役をやらなければならなかった。聖職者と、新郎とベストマン、そして恭子は祭壇の前に立ち、新婦の入場をにこやかに待たねばならなかったのである。               

新婦が祭壇の前に到着すると、聖歌隊が澄んだ声で賛美歌斉唱を行った。そして挙式開始の宣言が、聖職者の格好をしたホテルのスタッフから発せられた。

続いて偽聖職者の問いかけに対して、新郎・新婦が答える形で結婚を誓約する。孝詞は淡々と誓い、ゆり子は満面の笑顔で誓っている。そのコントラストは参列者には判らない。知っているのは恭子と孝詞だけである。

さて、指輪の交換である。結婚の誓約として指輪を交換する訳だが、何とベストマンは重徳が努めている。少し薄笑いを浮かべたような妙な顔つきで、聖職者に指輪を渡した。ゆり子はメイドオブオナー役の恭子に、手袋やブーケを預けた。ゆり子の顔つきは、何処までも勝利者のように自信に満ち溢れていた。その顔を恭子は一部始終見ている。いつかは孝詞をもぎ取って見せるという固い意志のままに。

孝詞は、偽聖職者から指輪を受取り、小刻みに震えるような手でゆり子の指にはめた。ゆり子は有頂天の頂に住む神のように微笑んだ。今度はゆり子が偽聖職者から指輪を受取り、孝詞の指にはめた。恭子は心の中で、奇跡が起きて指輪が薬指に入らない事件が起きるような妄想に襲われた。妄想に襲われると、今目の前で行われていることは、朝方の儚い夢ではないかとさえ思った。しかし、厳しい現実の時間の振り子は、妄想を吹き飛ばした。確かに孝詞の薬指に、銀色の指輪がはめられ、鈍い輝きさえ放っていた。

それから、孝詞、ゆり子、続いて偽聖職者が結婚証書にサインをした。もう戻れないような道に入ったのだろうか。いいや、そんな形式的な証書なんか何の意味もないと恭子は思った。

やがて、孝詞とゆり子はキャンドルを手渡され、このシンプルなチャペルの祭壇中央のユニティーキャンドルに火をつけると、いよいよ誓いのキスだ。孝詞がゆり子のベールをあげてキスをするのだ。恭子はとても見ていられる気分ではないが、努めて顔は穏やかにしている。それでも恋する孝詞は役者のように振る舞ってゆり子のベールをゆっくり上にあげ、薄い唇にキスをした。当のゆり子はキスをされた孝詞に対して、強く吸い返しているのが判ると、恭子は激しい吐き気さえしてくるような気がした。

「結婚が成立しました」

という偽聖職者の堂々たる声の結婚宣言がチャペル内に響くと、式はお開きである。

再度オルガン演奏が場内を占領すると、参列者の祝福や拍手を受けながら、二人は退場していった。恭子はまるでこれでもう孝詞とは一生逢えないような寂しさに一瞬覆われた。

 

披露宴は最上階のレストランで行われた。

着席すると恭子と重徳はやはり同じテーブルになった。開始前のざわめきは恭子にとって心が紛れたが、親友として挨拶する緊張感は、大きな槍の切っ先が、今にもこの五体を突き刺すような苦痛に満ちていた。何故なら今日、恋人の孝詞の前で、公にしなければならない事があったからだ。

披露宴会場の窓はグレーの厚いカーテンで覆われている。恭子にとっては気分が塞ぐような会場だった。しかし、どうだろう、直属の上司の乾杯発声の後、参列者が杯を思い思いに飲み干したりしていると、ディズニーの軽快な音楽と共に、グレーのカーテンが上がっていくと、東京湾が眼下に広がった。もちろん夢の国ディズニーランドも視界に入ってきた。景観の美しさに思わず恭子は、グレーな気分などすっかり忘れて、テーブルを少し離れて見入ってしまった。そう、他の参列者も何名かそうしているのである。司会者からもどうぞご堪能くださいと案内があった。恭子は目の中に全ての美しいシーンを閉じ込めるような気持ちでずっと見まわしていたが、重徳の顔が目に入ると、はっとして現実の自分の置かれた立場に戻るしかなかった。恭子が自分のテーブルに戻ると、重徳は笑いかけてきた。

「スピーチを頑張るために、少し飲みなよ」

 とビールを注いできた。恭子は緊張をほぐすために、男のように勢いよくグラスを空にした。

恭子にとっては、さっきまで気に入らない会場だったが、東京湾などを一望できるシュチエーションに、すっかり落ち着いてしまったようだ。それは何故か諦観のようでもあり、恭子の心を平らかにしてしまったようだ。他の参列者たちも圧倒的な景観に、衝撃を受けているようだった。

改めて会場を見直した恭子は、シックでどっしりとしている雰囲気の会場のコーディネートを、やっとゆっくりと見まわすことができた。重徳が挨拶の続く中で、何度も注いでくれるビールのアルコールは、恭子の大脳皮質を支配していた。気が大きくなり、荒々しささえ出て来た。レストランをコーディネートしている会場は、横に広がっていて、60人ぐらいは入っていただろうか。楕円形の円卓には話の輪が幾つも広がり、笑いさざめく声は大きくなるばかりだ。恭子はこれだけざわついていれば、私の話など聞き流してくれるだろうと安心していた反面、座っている全員がバックグラウンドミュージック以外しわぶき一つない中で話してやろうという、変な居直ったような気持ちもあった。確かにスピーチ次第で、いくらでも自分に目を向けさせることなど、今の酔った恭子にはたやすいと思った。愛する孝詞の前で、親友挨拶のメインとして、大見得を切ってみせると恭子は軽く拳を握った。

やがて、恭子のスピーチの番がやって来た。司会が新婦と恭子の関係をつまびらかにしている。表向きは大親友という事なのであるが、実際は恭子にとっては最大の敵なのに、スピーチしなければならない不条理に、地団太を踏みたいところだが、窓の外の景色と酩酊の初期段階に突入した恭子は、女優のように演じ始めた。そのセリフの一つひとつが歯の浮くような美辞麗句であっても、完ぺきに演じ切り始めた。

「孝詞さん、ゆり子さん、ご結婚本当におめでとうございます。会社で毎日、ゆり子さんの正面の席に座って、仕事をしております名取恭子と申します」

恭子の美しい顔立ちは、スポットライトを浴びて輝いていた。酔いが回った恭子は、シックな紺色のドレスを来た妖艶な女優のように周囲には見えた。歓声が上がるほど確かに恭子は美しかった。だから、参列者の目は釘付けになっている。

「ゆり子さん、職場は別の時もあったけど、同期入社以来のお付き合いなので、かれこれ4年になりますね。ゆり子さんも私も総合職としての入社だったので、『男性社員に負けないようにがんばらなきゃ』を合言葉に、今まで二人で仲良く頑張ってきました。『仕事に追われ過ぎて、プライベートでゆっくりできる時間がないのは良くないね』と、何度か一緒に大好きなこのディズニーランドに来ました。本当に楽しかったですね、ゆり子さん。職場では、『いつも君たちは一緒だね。嫁に行くのも一緒かい?』と尊敬する星野部長に良くからかわれていましたね、ゆり子さん。でも、今回は本当に残念なのですけど、一緒に結婚するという訳にはいきませんでした。ちょっとだけ悔しい!『孝詞さんと結婚します』と打ち明けられた時は、『こんなに忙しい毎日なのに、いったい、いつ恋愛して、いつ未来の宝物をさずかったの?』と、本当に驚いたり、うらやましがったり、悔しがったり大変でした。仕事仲間であり、良き友人であり、良きライバルだったゆり子さん。白状しますが、私はゆり子さんの仕事のこなし方、服装のセンスの良さ、女らしいこまやかな心遣いなどを、心から尊敬していたのです。そして、これからも尊敬し続けると思います」

 ここまで恭子は言い切ってしまうと、ゆり子はメインテーブルに座ったまま、ハンケチを目に当てていた。孝詞は笑ってはいるが、恭子のあまりにも出来過ぎた挨拶に、驚きを隠せない。恭子は腹の中で、自分の演技の上手さに酔いしれていた。

「孝詞さんにご協力いただいて、ゆり子さんはしばらくしたら退職されてゆっくりされると聞いています。これからも今までのように、いえ、今まで以上に仲良くお付き合いをしていただけるとありがたいです。私より先に結婚するのだから、色々な事についてご指導の方もよろしくお願いします。新婚旅行は、グァムに行かれるとうかがっています。仕事のことは全部忘れて、思う存分、楽しんできてください。今日はお招きいただき、ありがとうございました。お二人で素晴らしいご家庭を築いていってください。

そして、最後に一言だけご報告があります。孝詞さんとゆり子さんに見習って私も近いうちに結婚します。相手はまだ申し上げませんが、知る人は知っているでしょう。いずれ、会社の先輩、後輩の方々にはご報告しますが、その時にはよろしくお願いします」

大見得を切って恭子は話を終えた。会社関係の参列者は、どよめきの声さえあげている。

ゆり子は孝詞の浮気相手である恭子を、無二の親友であるかのように思い、スピーチの間、涙さえ浮かべて嬉しそうに聞いていた。そして、恭子が祝福してくれるこの結婚式で、姿の見えない浮気相手と新郎の孝詞が、間違いなく縁を切ってくれると確信していた。結婚式を通して孝詞と契約を結び、その契約を反故にしないことをゆり子は信じた。

スピーチを終えて席に戻ると、重徳がピースサインのような仕草をした。恭子は重徳の嬉しそうな顔に、うんざりしていたが、将来動くATMになることを考えると、無下にもできないので、微笑みを返した。

座っていると、煮えくり返るような怒りが、ゆり子に対して再び湧いてきた。まだ初期の酩酊状態だから、表向き同僚であり、親友であるゆり子の結婚式を祝うというスタンスは保たれているが、恭子の内部は醜いほど荒れ狂った。

先ほどの、やけくそのような気持ちで演技し挨拶させられたことに対して、元凶であるゆり子を殺したいほど憎んだ。不条理は覆せていない。孝詞も悪いと言えば悪いが、愛し抜いている以上、孝詞を憎むことはできないし、未練をふっ切ることなどできない。それでもこれからも生き延びて愛を育み続けるためには、隠れ蓑が必要だった。なんとなく利用され利用してきた重徳と結婚することで、ゆり子からの浮気の疑いの候補から完全に消失する。それだけでも幸せだから、重徳の名前を明らかにはしなかったが、結婚することを出席者に言い放ったのである。

 

恭子の心の中の黒い願いは叶う事なく、孝詞とゆり子の結婚式は、盛大に大成功で終わった。恭子は孝詞を奪った敵は、ゆり子なのだと再度確認しながら、憎しみをさらに募らせ、帰りのシャトルバスの中で床を何度も蹴った。


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奥付

 

怖れは愛をそそのかし


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著者 : 三輪たかし
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