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思春期

 

 わたしは、学校が嫌いだ……学校なんて、無くなっちゃえばいいと思う……学校は何の為にあるんだろうっていつも思う……学校に行って良かったと思った事、ためになったと感じた事、意味があると考えた事なんて、一度も無い……嫌な事、無駄な事、損な事、退屈な事、むかつく事、下らない事ばかりだ……学校が好きって言う人の気が知れない……学校の何が楽しいんだろう……学校は、いじめを生み出したり、暴力を生み出したり、体罰を生み出したり、仲間はずれを生み出したり、落ちこぼれを生み出したり、憎しみを生み出したり、良い事なんて一つもありゃしない……そうしてその代わりに与えられるのは、嘘の教え、嘘の道徳、嘘の正義、嘘の価値観、嘘の礼儀、どれもこれも皆嘘っぱちばかりだ……本当に大切な事なんて、何も教えてくれやしない……。

 

 

 

わたしが入った高校は、最悪だった……皮肉な事になまじっか成績が良かったものだから、両親の薦めで騙されてこの学校に入ったけど、もうホントに、この高校以外ならどこでもいいと思えてしまう程に、下らない、馬鹿馬鹿しい、最低の学校だった……。

 

何よりも勉学を第一とするこの高校では、先生はいつだって、まるで偏差値がその人間を計る数値だと、人間性は学力によって決まると、勉強こそ人間が生まれた理由だと、勉強こそ最大の美徳だと言わんばかりに、馬鹿の一つ覚えみたいに勉強勉強勉強勉強と連呼して、如何に勉強が重要であるかを延々と説き、成績の良くない人を軽蔑、罵倒、嘲笑、その存在を否定し、どんな話題から入っても最後には必ず、「勉強しなけりゃろくな事にならない」という結論を以て終わる……勉強が本当にそんなに大事なんだろうか……もっと他に学ぶべき事があるんじゃないだろうか……わたしはそもそも、安定した職に就くだとか、贅沢な暮らしをするだとか、安全な毎日を過ごすだとか、そんな事が人生の真の目的だとは全く思わない……本当に重要な事は他にもっとあるはずだ……他にもっとあるはずなのだけど、でも、周りの人達はどうも、そうは思ってないらしい……誰もが安全な暮らし、安定した収入、当たり障りのない平凡な人生を、まるで至上の幸福かの如く望んでいるらしい……。

 

ちっちゃい頃は、みんな我がままで、みんなやんちゃで、みんな自由で、みんな無邪気で、誰もが今を楽しんでいて、将来の事なんて真面目腐って考えず、まるで永遠に社会という世界が迫ってこないかのように馬鹿な事を言ったりやったり……でも、中学生活も終わりに近付いた頃から、みんな今までの馬鹿騒ぎがまるで嘘だったかのようにガラッと変わって、どんな職業を目指したらいいか、どの道を辿ればそこに近付けるか、いま何をすればいいかを真剣に考え始め、やんちゃで反抗的だった生徒も少しずつ現実を受け入れ、大人しい考えを持つようになる……わたしは最初、冗談だと思っていた……進路相談とか面接とかを適当にやり過ごす為に、一時的に嘘をついてるだけだと思っていた……みんな口に出さないだけで、本当は多くの生徒が密かに何かどでかい夢を抱えてるものと思っていた……でも、実際はそうじゃなかった……みんな本気で自分の将来を現実的且つ堅実的に考え、平穏な未来を掴む為に着実に一つ一つを積み上げていた……わたしなんて、自分の将来や社会について真面目に語る事自体が凄く恥ずかしい事だと思っていた……わたしは自分が一人のOLとして毎日普通に職務をこなしている姿なんてまるで想像がつかなかった……公務員になるとか、医者になるとか、そういうのを夢と言うとは思わなかった……夢、ていうのは、もっと世の中に知れ渡るような、好きな事に没頭するような、誰にも束縛されないような、そういう生き方をする事を言うのだと思っていた……わたしは何ていうか、取り残されたというか、裏切られたというか、とにかく凄く寂しい気持ちになった……気付いたら、わたしが誰よりも子供で、知らぬ間にみんな大人になっていた……わたしなんかより全然無邪気で、やんちゃで、生意気で、勉強嫌いだった生徒も、自然と社会のルールや、社会の礼儀や、社会の嗜みや、社会の付き合いを受け入れ出していた……あの時のやんちゃさは、ただのパフォーマンスだったんだろうか……ただちょっと、格好付けてただけだったんだろうか……。

 

 

 

本当に、学校なんて、何で通わなきゃいけないんだろうっていつも思う……学校なんて、ただの刑務所としか思えない……教室という名の監獄に、生徒という名の囚人が収容されていて、そうして教師という名の刑務官が、全員を監視し、命令を下し、罰を与える……数十人もの見ず知らずの他人と狭い部屋に閉じ込められて、優等生も劣等生も、いじめっ子もいじめられっ子も、みんな一つの部屋に無理矢理まとめられて、みんな同じ扱いを受けて、みんな同じ事をやらされて、みんなと同じ時間を過ごす事を強要される……プライバシーも何もありゃしない、人権なんて守られやしない……個々人の体質や、価値観や、能力や、やり方の違いを絶対に認めようとせず、人はみんな同じだと思い込んでいる……出来ないのは努力や忍耐が足りないからだと横暴な論理を振りかざす……それぞれがそれぞれ異なった将来を見据えている事もまるで考慮せず、画一的で、平面的で、柔軟性のない教育を施される……堅実的でない職業を志望すると、必ず呆れるような、馬鹿にされるような、蔑視的な表情でぐちぐちと罵られる……夢を追うことが、そんなにいけない事なんだろうか、夢を語ることが、そんなに恥ずかしい事なんだろうか……やたら服装やら髪型やらにこだわって、いちいち一列に並ばされ身体の隅々まで点検され、規定から少しでもはずれてると厳しく叱責される……これこそ正に囚人だ……起立と言われたら、瞬時にピシッと立ち上がり、気を付けと言われたら、瞬時にキリッと姿勢を正して、合図と共に、お願いします、って深々お辞儀をして、そうして黒板と教科書に貪るように噛り付いて、それが終わったらまた同じように、ありがとうございました、ってきっちりと頭を下げる……なんだこれ、こんなの、軍隊じゃないか……ちょっと宿題を忘れたり、ちょっと睡魔に負けてしまったり、ちょっと遅刻しただけで、学校中に響き渡るような声で、鬼のような形相で、ものすごい剣幕で、見下ろすように怒鳴りつける……どうして関係のない他人の子供をあんなに怒鳴れるのか、どうして悪意のない単なるちょっとしたミスでそこまで怒りを持てるのか、その神経が理解できない……あんなのが、本当に、教育だろうか、本当に、子供の事を考えて、子供の事を思ってやってるんだろうか、わたしは、ただ単に、ムカついて、怒りに駆られて、憂さ晴らしでやっているとしか思えない……こんな扱い受けて、どうしてみんな平気なんだろう、どうして我慢していられるんだろう……。

 

 

 

そんなに勉強勉強というなら、学校なんて、ただの塾になればいいのだ……勉強をする為だけに学校に行き、勉強だけを学び、勉強を終えたらさっさと帰る、それだけで十分なのだ……他の事は、やりたい人達が、勝手にやればいい、友達を作りたいなら、作りたい人が、勝手に作ればいい、部活をしたいなら、部活をしたい人が、勝手に集まればいい、行事に参加したいなら、参加したい人が、勝手に参加すればいい……せめて勉強以外の事は、全部放っておいて欲しい……道徳の教育や将来の志望なんか、各々が各々の生活の中で勝手に見つけてくるものであって、内面的な部分まで学校に押し付けられたくない……学校の外での行動まで一々干渉して欲しくない、プライベートの自分まで抱え込まれたくない……学校の外でわたしが何をしてようと、どこにいようと、わたしの勝手じゃないか……結局わたしの体がどこにあろうと、学校に籍を置いてる以上、わたしは学校に所有されてるのだ……学校専用の制服を着させられるのが良い証拠だ、これを着てる限り、わたしの体は、わたしの存在は、わたしの学校の支配下に置かれているのだ、学生服は、囚人服なのだ(どうでもいいけれど、何で女子の制服はスカートなのか意味が分からない、構造上動きに制約が生まれるし、たまに透けて見えるし、冬は寒いし、良い事なんて一つも無い、これは国を挙げての嫌がらせだ……)。

 

勉強勉強と言いながら、何の役にも立たない誰も得をしない形式的な授業を、教育としての体裁を保つ為だけに適当に受けさせる……時間を有効的に使えって事ある毎に言うけど、それはこっちのセリフであって、何の意味もないと分かってるのに、とりあえず形だけでも行わせるような授業や行事が多すぎる……規則だからとか伝統だからとか言って、不合理で無内容な時間を正当化する……いらない授業、いらない規則、いらない習慣、いらない伝統、いらないものだらけだ……せめてもっと社会に出たら役に立つような実際的な体験、実用的な知識を与えてくれればいいのに、学力を測る為だけに無用な情報をとにかく詰め込ませられ、人生を生き抜く上で本当に必要な事は誰も教えてくれやしない……。

 

 

 

子供を黙らせるときの魔法の言葉、

 

「大人になれば分かる」

 

誰も生徒の言うことに耳を貸そうなんてしない……子供が大人の言うことに耳を貸さないように、大人も子供の言葉に耳を傾けようとしない……何を言っても偉そうな態度で見下しながら相手をたしなめるように、まだ子供だから、思春期だから、苦労を積んでないから、とそんな気取った偉そうな事を言っては受け流し、真剣に相手しようとせず、自己反省の気持ちなど微塵もなく、心の中で嘲笑う……本当は、逆なんじゃないか……「大人になれば分かる」んじゃなくて、「大人になったら分からなくなる」んじゃないか……子供の頃はわたしと同じような考えを持ち、大人に散々馬鹿にされて、傷つけられて、疎外されてきた人達も、年を取り、大人になり、偉くなり出すと、自分を苦しめた大人達と同じように、子供に対して無神経な、配慮の欠いた、デリカシーのない、図太い態度を取り始めて、最近の若者は、なんて言い出す……大人になる事は、そんなに立派な事なんだろうか……? 年を取る事が、そんなに偉いんだろうか……? もしもわたしが大人になったら、今のわたしと同じように繊細な、敏感な、揺れ動きやすい思春期を生きる子供達に、彼らと同じ目線に立って、押し付けようとせず、若い気持ちを汲み取って、自分の経験も交えて、的確な、思い遣りのある、優しい言葉を投げ掛けてあげようと思う……。

 

 

 

上級生だってそうだ、ちょっと早く生まれた位で、ちょっと学校に入るのが早かった位で、どうしてあんなに上から威張れるんだろう……学年とか、年齢とか、そんな小さなことで一々人間同士の優劣や上下関係が勝手に決められるなんて、絶対におかしい……その人の年齢や地位に関係なく、誰に対しても優しく、親しく、分け隔てなく接すればいいだけの話じゃないか……何でそんな安易な表面的なステータスを取り上げてその人との関係を判断しなきゃいけないのか……いくら目上の人に気を遣って、遜って、丁寧に応対しても、目下の人間に居丈高で、威圧的で、上から目線で振る舞うなら、最低だ……。

 

子供より大人が偉いだなんて、嘘なのだ……教師も生徒も、親と子も、上司と部下も、雇用主と労働者も、立場は対等であるべきなんだ……お互いに労働力や賃金を対価として支払い、同意の上で交換条件が成立しているのだから、上も下もないはずだ……社会的に目下の人間が目上の人に意見を述べたり条件を提示したりする権利はあるはずなんだ……ただ、仕事の都合上、合理的、効率的にことを運ぶ為、双方の納得の上で相手の言うことに従うという、一時的な立場上の契約を交わしているに過ぎないんだ……人間的に上とか下とか、そういう事じゃないんだ……。

 

 

 

わたしは教師だけじゃなく、クラスメートも好きになれない……みんな毎日毎日、ちっちゃい事で一々嘘をついたり、人を小ばかにしたり、すぐに怒ったり、偏見を持ったり、変な派閥を作ったり……誰もが群れたがる……一匹一匹だと弱すぎるのだ……敵から身を守る為に体を大きく見せる魚……背景に合わせて身体の色素を変化させる生き物……集団の中に体を紛れさせ、自分の身を守ろうとする……教室でクラスメートと同じ時間、同じ空間を長く共有していると、次第にわたしという存在が薄まって、固体から液体へと溶解して、液体から気体へと昇華して、仕舞いには自分なんてものはなくなって、気が付けばわたしという存在は消え去ってしまうんじゃないかって思う……。

 

クラスなんていらない、クラスメートなんていらない、担任の教師なんていらない、それぞれがそれぞれ選択した授業に、それぞれがそれぞれバラバラで出席すればいい……そうすれば、仲間はずれもなくなるだろうし、いじめもなくなるだろうし、無理して人に合わせる必要もないし、教師と生徒の封建的な主従関係もなくなるに決まってる……学校内で何か事件が起きた時、必ずみんな、教師と生徒の絆が足りないとか、クラスメート同士の結束が弱いとか、人と人との結び付きが欠けてるみたいな事を言うけど、実際は、そうじゃない、本当は、逆なのだ……人と人との結び付きがあるから、皆を一つにまとめようとするから、校内暴力や、体罰や、いじめが生み出されるのだ……だって、そうじゃないか……わたしとあの子は、考えも違う、嗜好も違う、能力も違う、目標も違う、みんなそれぞれがそれぞれの価値観を持っているのに、それを無理矢理一つにまとめて、強い結び付きを持たせようとしたら、そこに軋轢が、衝突が、葛藤が生まれるのは当たり前の話じゃないか……どうしたって多数派からこぼれ落ちる人が出るに決まってる、そうしたらその子は目障りな存在になる……何でこんな単純な事に気付かないんだろう……せめて自分と違う人がいたら自分と違う人としてそっとしておいたらいいのに、妙に構おうとしたり、無理矢理抱え込もうとしたりする……。

 

ああ、脱け出したい、早くこの下らない退屈な現場から、脱け出したい……。

 

 

 

自由になりたい……とにかく、自由になりたい……。

 

私と両親とでは、自由の意味、自由の価値観、自由の対象がまるで違う……両親にとっての自由とはつまり、良い大学に行って、良い職業に就いて、良い結婚相手を見つけて、安定したのどかな人生を暮らす事……。

 

小さい頃に犬を飼っていたけど、毎日毎日、与えられたご飯を食べて、与えられたコースを散歩して、与えられたねぐらで眠りに就いて……これを延々と死ぬまで何の変化もなく、何の意志もなく、何の望みもなく、ただただ鎖に繋がれたまま、血の通わぬ機械みたいに繰り返し続けていた……たった半径一、二メートル程度しか動く事が出来ない世界の中で、散歩やご飯を欲してわんわんわんわん吠え続けてうろうろ歩き回っているのを見る度に、わたしはそれが助けを求める悲痛な叫び声に聞こえて、胸が締め付けられる様な苦しい思いに駆られていた……小さい頃に、飼っている犬の事を、鎖に繋がれてて可哀想だと、お母さんに向かって言ってみたら、お母さんは、そんな事はないと、むしろ逆だと、ご飯にありつけず毎日飢えと戦ってる野良犬に比べたら、ちゃんと定時にご飯が出されて、散歩にも連れてってもらえて、雨風をしのぐ小屋で眠れて、幸せに決まってると、そう話していた……本当にそうだろうか、本当にそれで、幸せなんだろうか……わたしは犬の気持ちはわからないけど、もしもわたしが犬の立場だったら、あんな風に生まれてから死ぬまで他人が決めた規則に従ってまるで人生そのものを単純作業のように事務的に処理していくなんて、そんなの死んだ方がマシだと本気で考えるに違いない……わたしはたとえ毎日、ご飯にありつけなくても、安心して眠れる住まいが無くても、飢え死にしてしまっても、それでも自分の力を頼って、自分の意志に従って、自分の生活を生きた方が、幸せだと思う……飼ってた犬が死んだ時、本当にこの子は幸せな人生を生きれたんだろうかと思って、何だか凄く重苦しく沈んだ暗い気持ちになった……飼い犬を見てると、まるでわたしの様だ……飼い主と飼い犬こそが、教師と生徒、親と子の関係の縮図なのだ……わたしは学校にも通える、食事にもありつける、暖かく眠れる布団もある、容姿を着飾る服もある……でも、それは自分で掴み取った物じゃない、自分で掴み取った生活じゃない、全部人から与えられただけだ……それは自分の意志じゃない、親が決めたルールや習慣、進路に従ってるだけだ……たとえそれを自由と呼んだとしても、それは人から与えられた自由だ、自分で作り上げた自由じゃない、見せかけの自由だ、ごまかしの自由だ、限られた自由だ、どれだけ自由に生活してるように見えても、常に見えない首輪で繋がれてるのだ、首輪でつながれた範囲でしか自由はないのだ……。

 

 

 

自由自由、って言ってるけど、わたしは何も、自由だけをくれと言っているんじゃない、わたしが欲しいのは、自由と、責任なのだ……わたしが罪を犯したって、未成年という理由だけで、罪が軽くなる、わたしが悪い事をしたって、わたしが学生というだけで、学校が謝罪する、それはつまり、わたしが、わたし以外の誰かに所有されてる事の証だ、わたしは、分別のある自立した人間として認められていないのだ……わたしが事件を起こしたなら、わたし一人が責められればいい、生徒が事件を起こしたからって、一々学校側が出て来たりする必要なんて無い、本人が罰を受けて、本人が謝ればそれで済む話だ、それだけじゃ飽き足らず、連帯責任だとか訳の分からない事を言って、クラスメートや部員同士で、関係ないのに責任を取らされ、集団の一部である事を強制させられる……わたしの行動の結果がどうあれ全てわたしに返って来て欲しい……わたしの意志、わたしの行動、わたしの自由は、わたし個人の責任によって管理されるべきなんだ……。

 

 

 

でも、だからといって、今のわたしに、何が出来るんだろう……何だかんだ言って、わたしが住む家は、わたしが建てた家じゃない、わたしが食べるものは、わたしが買ってきたものじゃない、わたしが持ってるお金は、わたしが働いて得たものじゃない、結局は全部親から与えられたものだ……どれだけ喚き散らしても、どれだけ文句言っても、どれだけ強がっても、結局、自分一人で生きる能力も、知識も、方法も、目的もない……家出したところで、行く当てもなく、町でさまよってるとこを警察にでも保護され、連れ戻されて、町の笑いものになるのがオチだ……何をしたいのか、どうすればいいのか、それが分からない……とにかく、悔しい、やるせない、涙が出そうになる……他人にじゃない、自分の不甲斐なさ、情けなさ、無能さに、腹が立つ……これじゃあ単なる我がままだ、自分の鬱憤を当たり散らしてるだけだ、文句ばっかり垂れて、実際には何の行動にも出ようとしない……他人を憎らしく思うと共に、自分自身もまた憎らしくて堪らない……そんなに今の生活を嘆くのなら、それに取って代わる新たな具体的かつ現実的な人生プランを提出すべきなのに、それをしようともしない……何だかんだ言って結局人の援助によって生活の基盤を築いてる以上、わたしに自由を訴え掛ける資格なんてないんだ……わたしは……最低だ……。

 

 

 

一歩外に出ればすぐに知った顔と出会うような、人と違う行動を取ればすぐに白い目で見られるような、そんな田舎じゃなくて、もっとぐちゃぐちゃで、もっと荒れていて、もっと汚くて、もっと煩雑な、そんな都会のど真ん中で、退廃に満ちた生活を送ってみたい……普通に学校に通って、普通に就職して、普通に結婚して、普通に余生を送って、普通の人生を終えるなんて考えられない……わたしはもっと、世間の荒波に揉まれたい……わたしは、堕落したい、社会の底へ落ちてみたい、荒んだ毎日を送りたい、路上で夜を明かしてみたい……わたしは本気でホームレスになってみたいと思っている……学校の規則も、クラスメートの喧噪も、教師の監視も、親の束縛も、世間体も何もない……自分を管理する人、自分に命令してくる人から離れたい……一切が不自由だけど、一切が自由だ……物質的に不遇でも、精神的に開放された生活がしたい……私の生活を支えるものを全部捨て去ってしまいたい、テレビも、携帯も、パソコンも、勉強道具も、洋服も、何もかも、窓から放り投げて、部屋に火をつけて、燃やしてしまいたい……旅に出てみたい、お金も持たず、行く当てもない、トラブルに満ちた、未知の旅に出たい……どんな不便でもいい、どんな貧困でもいい、どんな不安定でもいい、ただ、一人になりたい、自由になりたい、「現在」から抜け出したい、わたしを束縛する、全てから逃げ去りたい……ただ、レールの上を走らされるだけの人生、こんなの、生きてるとは言わない、生きる、ていうのは、選ぶ事だ、探す事だ、意志する事だ、最初から目的地もコースも手段も決められてたら、それは死んでるのと一緒だ……どんなに立派な人生を生きたって、どんなに社会に功績を残したって、どんなに道を外れずに生きたって、自分の望んだ人生じゃなきゃ、何の意味もないじゃないか……。

 

 

 

今のわたしは、わたしじゃない、誰かが作ったわたしだ、わたしの意思なんてない、わたしは誰かのロボットでしかない……わたしはただ、自分の人生を自分で決めて、自分の力によって自分の未来を掴んで、自分の好きな自分でいたいだけなんだ……誰かの真似でも、誰かの意思でも、誰かの人生でもない、わたしの、わたしによる、わたしの為の、わたしだけの人生……わたしが成し遂げたら、わたしが褒められればいい、わたしが過ちを犯したら、わたしが責められればいい、喜びを分かち合いたいなんて思わない、悲しみを分かち合いたいなんて思わない、人込みの中に埋もれたくない、これ以上わたしを薄めたくない、わたしは、わたしだ……わたしは、他人じゃない……。

 

本当に、この退屈な日常は、一体いつまで続くんだろう……。

 

 

 

 

 

   完

 


この本の内容は以上です。


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