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執筆にあたって

 怠惰な自分を奮起させるため、連載形式にしていこうと思います。全て完成してから挙げるという形だと、いつまでたっても書き上げないと思うので、分割して出来上がった部分から公開していくことで、「読者のために早く続きを書かなきゃ」「とりあえず間近のものだけでも完成させよう」という気持ちを起こさせ、それによって少しでも早く全体の完成に近づくだろうと考えたためです。

 

 この論稿は、誰にも理解できません。なので、端から理解を求めるつもりもないし、無理に理解しようとしなくても構いません。これは現代人に向けて書かれているのではなく、未来に向けて書かれています。自分はいま非常に切羽詰まった状況で生きていますが、結局は作るべきものを作ること以外に、自分の使命、生きる目的はないので、当分はこの論文の執筆に多くを費やしていこうと考えています。

 

 いつか評価される日が来ることを祈って。

 

追記 現在休止中 どうせ書いても誰も読まないし、誰も理解しない


序 マイノリティズムとマジョリティズム

 

   保守革命の書

 

   未来の人類に向けて 

 

 

 ーー道徳における奴隷一揆の手始めは、「怨恨(ルサンチマン)」そのものが創造的となって、価値を生みだすということである。本当の反発、行動による反発ができないところから、単に想像上の復讐によって、自己のうけた損害の埋めあわせをつけるような人たちのいだく「怨恨」が、価値を生みだすのだ。すべての高貴な道徳が、自己自身に対する勝ち誇った肯定から生い立ってくるに対して、奴隷道徳は始めから「外なるもの」、「違った行き方をするもの」、「自己ならざるもの」に対して「否」を言うのだ。しかもこの「否」がこの道徳の創造的行為なのだ。価値を設定する眼差しをこのように向きかえることーー自己自身に帰るわりに、このように止むを得ずして、外に向かうことーーこれこそ「怨恨」の正体なのだ。奴隷道徳は、その発生のために、つねに先ず自己に対立した外なる世界を必要とする。生理学的にいえば、およそ行動を起こすためには、先ずもって外的刺激を要するのだ、--その行動は根本的に反動なのである。 

 

                                      ニーチェ 道徳の系譜 

 

 形而上学の心理学によせて。--この世は仮象である、したがって或る真の世界がある、--この世は制約されている、したがって或る無制約的な世界がある、--この世は矛盾にみちている、したがって或る矛盾のない世界がある、--この世は生成しつつある、したがって或る存在する世界がある、--これらの推論はまったくの偽りである(Aがあるならば、その反対概念のBもまたあるにちがいないという、理性への盲目的信頼)。こうした推論をなすよう霊感をあたえるのは苦悩である。すなわち、根本においてはそれは、そのような世界があればとの願望である。同様に、苦悩をひきおこす世界に対する憎悪は、別に、もっと価値のある世界が空想されるということのうちに表現されている。すなわち、現実的なものに対する形而上学者たちのルサンチマンがここでは創造的となっているのである。 

 

                                      ニーチェ 権力への意志 

 

「鳩が或る日、神様にお願いした、『私が飛ぶ時、どうも空気というものが邪魔になって早く前方に進行できない、どうか空気というものを無くして欲しい』神様はその願いを聞きれてやった。るに鳩は、いくらはばたいても飛び上る事が出来なかった。つまりこの鳩が自由思想です。空気の抵抗があってはじめて鳩が飛び上る事が出来るのです。闘争の対象の無い自由思想は、まるでそれこそ真空管の中ではばたいている鳩のようなもので、全く飛翔が出来ません。」 

 

「むかし支那に、ひとりの自由思想家があって、時の政権に反対して憤然、山奥へ隠れた。時われに利あらずというわけだ。そうして彼は、それを自身の敗北だとは気がつかなかった。彼には一ふりの名刀がある。時来らば、この名刀でもって政敵を刺さん、とかなりの自信さえ持って山に隠れていた。十年経って、世の中が変った。時来れりと山から降りて、人々に彼の自由思想を説いたが、それはもう陳腐な便乗思想だけのものでしか無かった。彼は最後に名刀を抜いて民衆に自身の意気を示さんとした。かなしい、すでにびていたという話がある。十年一日のき、不変の政治思想などは迷夢に過ぎないという意味だ。日本の明治以来の自由思想も、はじめは幕府に反抗し、それから藩閥を糾弾し、次に官僚を攻撃している。君子は豹変するという孔子の言葉も、こんなところを言っているのではないかと思う。支那に於いて、君子というのは、日本に於ける酒も煙草もやらぬ堅人などを指していうのと違って、六芸に通じた天才を意味しているらしい。天才的な手腕家といってもいいだろう。これが、やはり豹変するのだ。美しい変化を示すのだ。醜い裏切りとは違う。キリストも、いっさい誓うな、と言っている。明日の事を思うな、とも言っている。実に、自由思想家の大先輩ではないか。には穴あり、鳥には巣あり、されど人の子にはするところ無し、とはまた、自由思想家の嘆きといっていいだろう。一日も安住をゆるされない。その主張は、日々にあらたに、また日にあらたでなければならぬ。日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を攻撃したって、それはもう自由思想ではない。便乗思想である。真の自由思想家なら、いまこそ何を置いても叫ばなければならぬ事がある。」 
「な、なんですか? 何を叫んだらいいのです。」かっぽれは、あわてふためいて質問した。 
「わかっているじゃないか。」と言って、越後獅子はきちんと正坐し、「天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや、神秘主義ではない。人間の本然の愛だ。今日の真の自由思想家は、この叫びのもとに死すべきだ。アメリカは自由の国だと聞いている。必ずや、日本のこの自由の叫びを認めてくれるに違いない。わしがいま病気で無かったらなあ、いまこそ二重橋の前に立って、天皇陛下万歳! を叫びたい。」 

 

                                      太宰治 パンドラの匣 

 

 

 

    マイノリティズムとマジョリティズム 

 

 これから語られるのは、10年代という時代特有の価値観、思考法、評価構造の分析、及び批判である。それは、10年代における言論界、批評界、主張界(つまり、ネットも含め何らかのメディアを通して批評や主張を行う一切の人々)の一般的な認識を、根本から覆す見解となるであろう。「10年代の一般的な認識」とは、即ち、「劣位概念を善とし、優位概念を悪と見なすような認識構造」のことであり、つまりはマイノリティズム的な思考法のことである。マイノリティズム、という概念について、我々は他の著作の中で何度か軽く触れてきたが、この論文を通じてより明確な形をもって理解させたいと思っている。それは詰まるところ、10年代という時代が典型的なマイノリティズムの時代なので、10年代という時代の価値観を分析することが、そのままマイノリティズムという概念の説明になるからである。 

 

 さて、マイノリティズムとは、何であろう? それは一言でいえば、「劣位概念中心主義」である。ただし、それは現実の各分野、各範疇、各世界において、様々な思考、態度、形式として表れてくるので、それら全ての現象、様態の総称として、「マイノリティズム」という特別な言い回しを用いるのが適切であろう。また、その対立概念として、「マジョリティズム」という言葉を使用するが、これは必然的に、「優位概念中心主義」となる。 

 それは、種々の概念上における二項対立、その劣位項を中心とし、対立項を周縁化させることである。各二元論における優位概念と劣位概念の具体的対象を適当に列挙する。 

 

【社会、対人的属性に関わるもの】 

 

 <位概念 

・大人、親、男性、年配、古参、多数派、マジョリティ、強者、富裕層、健常者、異性愛者、自国民 

・集団、組織、企業、資本家、行政、政府 

いじめっ子、体育会系、ジョグ、肉食系、リア充 

・人類 

 

 <位概念 

・若者、子供、女性、若輩、新参、少数派、マイノリティ、弱者、貧困層、障害者、同性愛者、外国人 

・個人、成員、社員、労働者、市民 

いじめられっ子、文化系、ナード、草食系、非リア充 

動物、自然 

 

【思考、性質、内面に関わるもの】 

 

 <位概念 

・常識、習慣、伝統、既存、オーソドックス、王道、旧式 

・秩序、統制不変、他律、集団性 

・努力、経験、忍耐、精神論、形式 

・環境、制度、後天性 

・幸福、快楽、根明、強靱、ポジティブアウトドア開放的、調和、友好 

 

 <位概念 

・異色、新型、モダン、未来的、革新的、独創的 

・無秩序、自由、変化、自律、個性 

・効率、利便、合理、実用 

・資質、遺伝、先天性 

・不幸、苦痛、根暗、柔弱、ネガティブ、インドア、自閉的、孤独、拒絶 

 

【芸術、メディアに関わるもの 

 

 <位概念 

・ポップ、楽天性、穏和性、大衆性、商業主義、古典性、アナログ、メジャー、メインストリーム 

・マスメディア、テレビ、報道、芸能事務所、レコード会社、新聞社、出版社、広告代理店、芸能人 

・組織、業界 

 

 <位概念 

・ダーク、悲観性、攻撃性、前衛性、反商業主義、先進性、デジタル、マイナー、アンダーグラウンド 

ネットメディアネット活動者、ネットユーザー、独立系組織DIY、無所属 

・表現者 

 

【政治、社会システムに関わるもの】 

 

 <位概念 

・保守、愛国、体制、自文化、鎖国 

・資本主義、集団主義、競争、自己責任 

 

 <位概念 

・リベラル、進歩主義、嫌国、反体制、異文化、開国 

・共産主義、個人主義、平等、社会責任 

 

 

 簡単にまとめると、優位概念とは、「大きなもの」、「古いもの」、「強いもの」であり、劣位概念とは、「小さなもの」、「新しいもの」、「弱いもの」である。これら、優位、劣位、という分類は、飽くまで10年代突入時における力関係を基準としており、変動の可能性を持つ便宜的なものである。言い換えれば、10年代における優位概念と劣位概念の対象は、「前時代に支配的だったもの」と「その対照となるもの」と見做すことも出来る 

 

「10年代的な主張」というのは、基本的に、「反優位概念」で一致していた。その対象となるのは、いま挙げたように、「常識」であり、「習慣」であり、「制度」であり、「伝統」であり、「精神論」であり、「協調性」であり、「楽天性」であり、「集団」であり、「多数派」であり、「組織」であり、「大人」であり、「男性」であり、「テレビ」であり、「報道」であり、「メディア業界」である。これら優位概念、集団こそが、経済及び文化の停滞、各種の社会問題を誘発し世の中に混乱と衰退をもたらす諸悪の根源であり、故にこれを批判することが、社会の改善、向上へ繋がる正しき方向、最善の策であると、そういう見解が、あらゆる批評者達、主張家達の間で共有されていた。 

 しかし、我々がここで示したいのは、それが全くの間違いであったということ、問題の本質はそこにないということ、場合によっては、劣位概念の方がより低質であり、集団側の方がより大きな悪を抱えていたということ、つまり、人々が優位概念、優位集団をスケープゴートにし、自己の尊厳を守るために否定という形で利用していたに過ぎない、ということである。 

 それは「無能な位集団が有能な集団を圧迫している」「有意義な劣位概念は無意義な優位概念によって迫害されている」という10年代的主張とは真逆の見解であり、それだけにこの論稿は、計り知れぬほどの反発を招き、あらゆる言論家達を敵に回すこととなるだろう。 

 

 しかし、真実とは、そういうものである 


第一章 十年代の思想的変遷

 第一章 十年代の思想的変遷


 第一節 保守時代

   第一節 保守時代 

  

 10年代とは、極右と極左が交差した時代である。 

  

 10年代とは、極端に保守的な価値観から始まり、極端にリベラルな価値観で終わりを迎えた時代である。 

  

 そもそも10年代突入当初は、ネット右翼やオタク文化、クールジャパンなどに象徴されるように、「日本的なもの」を賛美する流れを引き継いでいる。これは、90年代に生じた日本回帰の惰性的末路であり、00年代に各所で注目され始め、10年代初期にピークに達した 

 

 そこでは、日本の固有性は、基本的に善とされている。日本特有のカルチャーを持ち上げ、日本が如何に素晴らしい国かを謳い、日本のものが如何に世界で受け入れられているかを喧伝し、自国の価値観や社会常識を基準に、勝手に欧米での出来事や人々の言動を判断し、批判を加えたりする 

 この段階でカギとなるの「閉鎖性」である。閉鎖の方向性を善とし、開化の方向を悪とするような保守的風潮強く残存し欧米化、国際ボーダレス化は国家弱体の元凶と見なされ日本の○○が駄目になる日本の○○を守れなどその危険性が盛んに叫ばれる 

 

 70年代に政治の季節が終焉し、戦後長らく続いた左翼思想の支配から脱し、日本社会が安定期に突入するに従って、「社会」は次第に、絶対的なもの、不動のもの、優れたものとしての地位が高まり、バブルが崩壊して長い経済不況へと突入してもなお敗戦からの復興に対する自信が揺らぐことはなく、伝統的習慣への根本的な反省、社会システムへの抜本的な改革意識へとつながることはなかった 

 

 例えば震災以前90年代から00年代末期に掛けて、どれだけ国の情勢が悪くな、経済就職、失業に関する様々な問題が権力の腐敗と共露呈しようと、大規模なデモが起きることはなく、そこにあるのは飽くまで緩やかな批判、緩やかな反抗、緩やかな要求しかなかった。 

 

「社会」は絶対化し、脱落者は一面的に自己責任を突き付けられ、ニートや引きこもり、精神疾患などの社会不適応者は、酌量の余地なく一方的に悪とされ、何かにつけて、「社会をなめるな」、「甘えるな」、「世の中のせいにするな」と、社会の常識、構造を基準としてはじかれ、既存のシステムや社会通念に疑問を抱くこと、むしろ悪はそちら側に存在するという発想を持つことがなかった。この段階まではまだ、勤労を美徳とする伝統的価値観支配されていたのである 

 

 人は悪い結果がもたらされると、まず初めに「元の形」に戻ろうとし、それが駄目だとわかると、「新しい形」を求め始める。少なくとも00年代いっぱいまでは、「元の形」に戻ろうとする欲求が強く、経済停滞の原因を、「従来の社会構造が崩れたから」、と見なし、経済成長期の社会システムへ回帰しようという声が多く見られた。つまり、その時点においては、「まだ引き返せる」という程度の認識でしかなく、「進む」のではなく、「戻る」ことによって回復を図ろうと信じることが可能だった。震災によって本格的に日本社会の危うさが意識されるようになるまで、「既存の形」「過去の形」を指針と見なすことがまだ心理的に可能だったのである。 

 

 この段階では、「古いもの」「大きなもの」を重視するマジョリティズムが強く残存していることが分かる。その象徴的現象は、ゆとりバッシングであろう。マジョリティズムの社会においては、「古いもの」「不変」が善とされ、「新しいもの」「可変」が悪とされるので、従来と異なった価値観を持つ若者は、ためらいなく否定的に描かれる。 

 ただし、ゆとり世代が、これまでの「理解不能な若年世代の台頭」と異なる点は、従来の若者叩きにおいては、その世代の特有性が形成された原因、背景を求める際に、全ての大人達が同意する確固たる見解、科学的と思えるような判然たる根拠を共有していたわけではないが、ゆとり世代においては、「ゆとり教育を受けてきたから」、という、大人たちにとっては非常に明快な、強固な、筋の通った理由、口実、一種の大義名分が与えられてしまっており、それによって、学校教育の有用性を信奉する世間は、確信と誇りをって、ゆとり世代の特徴を悪と認定することが可能だった。 

 

 ゆとり第一世代が社会人にならんとする、00年代後期から10年代突入時期まではすさまじいものがあり、例えばネット上では蔑称として流行語となり、相手の書き込み主が無知無能であることを示す論拠としてひたすら引用し、ことあるごとに「ゆとりか」「ゆとりだろ」と決め台詞のように残していく風潮が蔓延していたし、各メディアでは、社会進出してくるゆとり世代が、如何に危険で、如何に非常識で、如何に無能であり、それに対して我々大人達はどう対処すればいいかを、被害者面の上から目線で説いていく。 

 ここには、「古いものを正常」とし、「新しいものを異常」とする、典型的なマジョリティズムがみられる。 

 

 では、そんな若者たち自身はどうであっただろう。保守化、という意味では、彼ら自身も例外ではなかった。若い世代の安定志向は高まり、リスクを背負うのを嫌い、野心も向上心も持たず、どんどん穏健的に、従属的に、秩序的に、保守的になっていき、どれだけ不遇な状況を強いられていようが、デモの一つも起こらず、反乱を起こすこともなく、たとえ不満を持っても行動に出ることはしない。政治の時代が終わり、享楽の時代へと突入する中で、社会への変革意識、反抗心は次第に失われ、情報システムの普及による規律化、内向化が進んだ結果、いつしか若者たちは、「反抗」や「訴え」という選択を完全に忘れ去っていた。 

 

 空気や秩序、調和を乱さずに、ひたすら無難に事を収めることを美徳とするような風潮は、例えば「KY」というスラングの流行とも無関係ではないだろうし、また、2010年前後のネット界において、「厨二病」という言葉が爆発的に流行したのも一つの象徴であろう。「厨二病」というのは、思春期や若い時代に陥りがちな危うい精神状態や過剰な自意識、殊に選民的な発想を揶揄するスラングであるが、当時は異常に面白がられ、奇妙なほど持て囃され、まるで仲間を示す合い言葉の如く、至る所で事あるごとに使用され、ネット上を席巻していた。そこでは、社会や集団、大人、ルール、習慣など、位概念への反抗心、葛藤、自意識などは、侮蔑の対象となっており、反逆意識、被害者意識、少数派意識は、「思い上がり」であり、「自意識過剰」であり、「勘違い」であり、「若気の至り」に過ぎないと、嘲笑とともに切り捨てられる。 

 

「厨二病」という言葉は、どちらかと言うと保守的な概念であることが分かる。ここにあるのは一種の冷笑主義であり、野心を抱くこと、一生懸命になること、大口を叩くこと、思い悩むことを蔑視し、そうして既成の環境に順応し、己の平凡さを自覚一刻も早く大人になることを得とするような、保守的な考え方が先行している世の中の安定化、平和化の慣れの果て、末路であった10年代突入期は、社会、環境への反発や葛藤、野心は、時代錯誤として切り捨てられていたのである。 

 

 ネット上の現象を眺めてみれば、例えば「炎上」という概念の登場もまた、世の中の保守志向、秩序志向の強化を表すものと考えられる。そもそも以前はネット自体がないので、それのみを切り取って比較することは安易であるが、ネットというメディアの普及を抜きに考えても、表現、発言、行動への問題視が厳格化されていたのは間違いないだろう。いわゆる「コンプライアンス」の厳格化によって、ついこないだまでは許されていたような言動が、急激に非難の対象となり始め、少しでもルールを乱すような可能性、誰かが不快に感じる可能性のある表現は、即時に問題とされ互いが互いを束縛し合うような不毛な状況が生まれるのである 

 

「炎上」に関して、特にこの時代において特徴的だったのは、「問題視される=問題である」と、炎上が起きた時点で、その原因を招いた人間に罪があり、誤った行動であり、悪い事をしたかのように広められていたことである。この時点において、「炎上」という現象一種の禁忌事項として存在しており、愉快犯的に参加する者の存在や一人が複数の書き込みをするという構造もまだそれほど明らかではなく、権力に対する市民の訴えだとか、表現の自由、思想の自由など、都合の良い解釈を武器に、マジョリティズム的な「数の暴力」「集団的な圧力」が蔓延っていた。 

 

「炎上が起きるからと言って、悪であるとは限らない」という発想は、保守時代においては少数派でありネット内のみならず、世の中全体において、既存のものに楯突くこと、既存のシステムを脅かすこと、既存の秩序を乱すことは、それ自体が悪であり、厄介者と見なされ、不可触民的な扱いをされる傾向が強く、ただ、問題を起こさないこと、波風を立てないこと、空気を読むことが得とされるような、保守的な倫理観が根付いていた。 

 

 これらの現象を見ても分かるように、10年代突入の段階では、位概念、上位集団を優先するマジョリティズムの風潮が全体的に優勢であり、「ネット右翼」、「クールジャパン」、「オタク文化」、「ゆとりバッシング」、「厨二病」、「炎上」などは、その最後の爆発と見ていいだろう。それは特に、インターネットの普及と相まって、ネットメディアを通じて激化したーー下位世代への差別的な書き込み、あるいは、よそ者、新参への極端な排他性、村社会性、あるいは、炎上を象徴とする数の暴力、あるいは、オタクやネトウヨに代表される文化的保守性、政治的閉鎖性などである。 

 

 00年代末期においては、長く日本社会の中心を成してきた位概念的価値観が支配的であり、その段階で重視されるのは、古いもの、大きなもの、強いもの、であるーー具体的には、親、大人、年配、社会、組織、自国、常識、習慣、伝統、つまりは、体育会系的、精神論的、封建的世界観である。個人より集団を、少数派より多数派を、若輩より年配を、新人より古参を、変化より不変を、素質より努力を、楽より苦行を、甘さより厳しさを、強く重視する傾向である。 

 

 そこには、昔から社会的に唱えられ続けてきた特定の言い草があるーー「昔はよかった」「最近の若者は」「誰のおかげで今の日本があると思っているんだ」「年配を敬え」「親に感謝しろ」「子供は親の言うことを聞くものだ」「今の子供は贅沢だ」「伝統を守れ」「故郷を大事にしろ」「一人はのために」「汗水流して働くのが立派」……この様な、守旧性、固定性、肉体性、封建制を賛美するような、伝統的に続いてきた決まり文句が、実質的な効力を持っていた最後の時代が、00年代だったのであり、10年代突入時もその名残を惰性的にであれ保っていた。 

 これらはつまり、「日本的なもの」であり、「日本特有の価値観」を、良いもの、善、プラスとして捉える風潮が優位にあり、一種の圧力として、権力的に機能しているところがあった。 

 

 その様な発想は、以前の社会状況、ある特定の時代においては、有用な価値観、妥当な思考法だったかもしれないし、必ずしも誤った発想であったとは限らず、断定するのは危険であろう。しかし、00年代から10年代への移行は、人口分布やテクノロジー、産業構造など、人々の生存環境という面において巨大な変化に差し掛かった時代であり、そこでは旧的な価値観、いわば「消費社会型」の価値観と、次時代の価値観、「情報社会型」の価値観との闘争が生まれ、伝統的な価値観の枠組みが機能しなくなったのである。それはつまり、戦後(あるいは70、80年代)以降長らく続いてきた価値観のパラダイムに、一つの大きな終わり、一つの限界を迎えた時代であった。2010年前後は、惰性的な消費社会から完全な情報社会へ転換するための、価値観のぶつかり合い、思想の軋轢が、色々な形で噴出したのである。 

 

「閉鎖性」、「穏健性」、「秩序性」、「無難性」00年代末期から10年代初頭まで覆う空気感はこのようなワードに集約されている。震災のような巨大な契機が訪れるまで、人々は目を覚まさず、「既存のもの」を指針とする意識にとらわれつづけていて、闘争、変化、改革という意志を持たなかったのだ 

 


 第二節 リベラル時代

   第二節 リベラル時代 

 

 極端な保守性、閉鎖性、秩序性と共に始まった10年代であるが、中期に差し掛かると人々の意識は大きく変わり、むしろ真逆の方向へと向かい始め、リベラル時代へと突入する 

 

 インターネットの完全な一般化による生活スタイルの変化や震災によって露わになった様々な問題一向に改善の気配を見せぬ経済及び文化長きにわたる停滞など色々な事象が重なることで、「既存の思想」「既存の制度」「既存の文化」が、もはや今の時代には役に立たずそれが現在の社会問題改善する思想として有用ではな人々が判断し始め同時に20世紀末期から続いた「保守の方向性」が、10年代初頭飽和状態に達したことで、その負の部分がいろいろな形で噴出した結果直前の思想に対する「強い反動が勃発し振り子のように「真逆の方向」へと一気に向かい始め 

 

 震災を機に、日本が真に大変状況に置かれていることがようやく意識されることによって、もはや、「古い形に戻ること」が完全に不可能であること、無意味であることが露呈し、「新しい形」を求めだす機運が徐々に醸成されていった。閉鎖の方向へと向かっていたメーターが限界へと突き当たった結果、とうとう境界線を振り切ってしまい、極端な左傾化のゾーンへと踏み入れた 

 10年代初頭まで続いた右傾化が壁にぶち当たり、行き詰まりを見せたことで、もはやこの先へ進み続けること不可能である人々が判断た結果その逆の方向性へと突き進むのが正しいのだ、という風潮が出来上がり、直前までは「善」として機能していた「閉鎖性」、「不変性」、「日本的なもの」が、一気に悪へと転換される 

 

 例えばネット右翼はその極端な差別性、排外性社会的なバッシングの対象となり、オタク文化礼賛の流れマンネリ化や倫理的な非難と相まって失速し、クールジャパンという言葉は仰々しい自惚れでしかないものとしていつしか忘れ去られるようになる 

 これらの文化は、初めは現代の新しい風潮として、各所で好意的に取り上げられ、先進的な人々によってステータスとして利用され、ピーク時には圧力的に機能しているところがあった(今では考えられないだろうが、当時はネット右翼的な言論や行動でさえ共感の姿勢を示す著名人がそれなりにいたのだ)。 

 

 しかし、元は「先進的な少数派」として肯定あるいは無関心の対象として扱われていたものが、急速に勢力を強め肥大化することで、初めから理解を持て黙認に徹していた人々さすがに無視し続けること、許容することが出来なくなり、結果、一気に不満が噴出し、バッシングの対象となった 

 もともと大した思想でも優れた価値観でもなかったが、普及が完全ではなかったネットというメディアを通じて、少数派的立場として振舞うことで許容及び過大評価がなされており、それがいつしか多数派的地位に至ったことで、一挙に反発を招くようになったのである(この、「少数派的だからこそ評価が高くなり、多数派的だからこそ評価が低くなる」という構造は、典型的なマイノリティズム的価値評価である。確かに愛国性というのは位概念ではあるけども、数的、地位的関係という点においては元々少数派的であった)。 

 

 この様にして、保守的な世界観が人々の求心力を失った結果、一挙にリベラルの時代、完全なマイノリティズムの時代へと突入する。しかし、ここにあるのは単に、保守時代、マジョリティズムとは逆転された画一性、過剰性に過ぎない。 

 例えばここでは、「日本の固有性」は一方的に悪として語られる。如何に日本が遅れ、如何に日本が取り残されているかを人々は吹聴し、事あるごとに、「こんなのは日本だけだ」「外国ではこうなのに」と、外国、殊に欧米の制度、文化、習慣を基準に是非が判断され、社会環境を形成する諸条件や歴史的な経緯、文脈、及び国民の資質、感覚の相違を無視して、画一的に押し付ける。「日本だけ」であると悪であり、「外国では当たり前」であると善になるという無茶苦茶な論理がまるで真実であるかのようにまかり通ってしまい そもそも本当に日本特有のものなのか、という検証も疎かにして、だから駄目なのだ、という結論が先行するのである。 

 保守時代においては、日本の価値体系を基準に、外国の物事を表面だけで判断していたものが、リベラル時代においては、むしろ外国の認識を形式だけ切り取って日本に押し付けるという、単に逆転された画一性へと移行しただけなのである。 

 

 例えば保守時代においては、ネット右翼を中心にあからさまな「差別行為」がまき散らされていたのに対して、リベラル時代においては、ヒステリックな左翼層を中心に、「差別認定行為」が各所で猛威を振るうようになる(「差別認定」の構造に関しては、拙著「差別認定論」を参照してもらいたい)。 

 の中にみられる様々な言葉、行為、表現、広告、芸術、制度、習慣、一切に対して、少しでも差別として解釈できそうな要素を見つければ、強引な論理でそれを差別と認定し撤回、改善を要求するそうしてやはりここでも、「欧米では差別的表現として受け取られると、欧米の社会状況、社会認識を基準とした糾弾が行われる)。 

 もはや、差別という非難が飛んだ時点でアウトであり、そのような解釈をもたらした側が絶対的に悪であるという風潮が生まれ、擁護や反論は相手にされないこれは保守時代に炎上それ自体が権力と化していたのと同じである)。の時代においてはむしろ、「差別」よりも「差別認定」が権力と化し、人々を圧迫する。 

 

 日本の危機的状況がより深く認識させられ、前時代的な方向性に信頼を持てなくなった結果、もはや旧来のシステム、思考法は役に立たないという風潮が醸成され、いつしか「古いもの」を信奉する思考法から、「新しいもの」を崇拝する進歩主義的な思考法へと転換される。これによって、伝統、習慣、常識は目の敵にされ、如何に日本で当たり前となっているもの、日本古来の発想が、実は愚かで、不合理で、危険で、大衆はそれに盲目的になっているかを人々は謳い始め、そうして新しいシステム、ルール、慣習を取り入れることがステータスとして扱われ始める。 

 

 すると、既存の状当たり前になっているものに対して、異を唱えること、「なんとなく正しいのだろう」という認識を人々にもたらすという、一種の流行的効果が形成され、結果、「異を唱える」という行為自体が、一つの固定化された常識、習慣、盲信へと陥りそのアンチテーゼ自体が本当に正しいかどうか疑うことを忘れるという、ブーメラン現象を生み出すのである 

 一般的、公共的、メディア的価値観、意見に対して、反論を繰り出すこと、斜に構えること、自分は違うという態度を表明することが、知的アイテムとして働き、「世間ではこうだが……」「メディアはこう言うが……」というように、「巨大なもの」を否定という形で引き合いに出すことが、己の言論の正当性を促す素材として作用するのである。 

 

 原理主義的な「不変が善とされる思考法から、革新主義的な変化が善とされる思考法へと転換され、やれ、「常識を疑えとか、思考停止とか既成の型から抜け出ることを推奨するメッセージ一種の流行と化し、スタンダードではない在り方、考え方が持てはやされるという状況が生まれる仕事や日常生活レベルから芸術商品、情報伝達など、各分野において「これまでになかったもの」、「旧来とは違う型」を持つことが、その人その作品の高尚さ、優秀さを示すものとしての認識が高まる。 

 

 この様な発想もまた、「端から端への過剰な移動」に陥っており、単なるブームでしかなく、画一的な判断をもたら。形式というのはそれ自体でレベルの高や正当性を決定するものではなく、単なる結果であり、重要なのは内容や成果であるのにもかかわらず、「今までにない型」だから優良であり、「昔からある型」だから駄目である、という評価の仕方は、原理主義的な発想の裏返しであり、物事の本質ではなく、皮相的な面での判断に過ぎないわけだ。 

 同時に、このような風潮は、むしろ解放ではなく弾圧をもたらす可能性ーー「過去の形」に縛られるのではなく、「最新の形」に世の中が束縛される危険性を持っている。重要なのは、それぞれが、それぞれ望むような、最、成果を出せる手にすることなのであって、それが必ずしも最新のであるとは限らない人それぞれの最上の形式というものを無視して、変化の押し付け、強制、干渉へと至ったり、本人が望んでいるわけでもないのに、勝手に奴隷解放をしている気になったり反伝統、反常識、反習慣という波が、一種の権力となって、旧来の型」に対する排外性、抑圧性を生み出すのである  

 

 社会の制度や構造、体質が本質的な問題と見なされると、必然的に、その制定、実行の最終的な決定権を持つ社会的上層、巨大な組織へと批判の矛先が向かう。その対象は、政府であり、大企業であり、メディアである。既成のものを悪と認識しだすことで、既存の社会を率いてきた人々、集団、価値観への風当たりは強くなり、悪の温床とされ、社会に影響力を持つ「巨大なもの」に対して、異を唱える言動や表現が正義を感じさせるような空気が作られる 

 同時に、震災によって社会の存亡にかかわる様々な問題が噴出したことや、それ以降にたびたび見られた政府の強硬な姿勢なども相まって、保守時代とは打って変わり、秩序を乱すこと、改革を訴えること、声を上げること、メッセージを発信することに対する、正しい方向性としての認識が一気に高まる。 

 

 そうなると、むしろ「反体制」は絶対的な正義として、一種の圧力として君臨する可能性を持ち、「悪の組織と正義の市民」「加害者たる上位者と被害者たる下位者」という二元論的構図が形成され、ここでもまた、独断的な被害者視ーーつまり「体制が悪くて、それに対して不満を持っていること」が勝手に前提化され、権力批判の名のもとに、意見の異なる市民の存在が無き者として排除される状況が生まれる 

 このような「勝手な被害者視」、「本人無視の代弁」は、政治的問題だけではなく、様々な分野において増加し、「上位集団への敵視、「下位集団の自立」、「暴力的、性的関係、表現への拒否」を、実際の下位集団一人一人の意思を問わぬまま、当然の正義として、独りでに推し進められるという状態が横行する。ここにあるのは、解放という名の強制であり、批判的態度の強要であり、声をげようという圧力であり、むしろ、下位集団の擁護を掲げる側こそが、真の抑圧者、独裁者として機能するという事態である 

 

 保守時代は「穏健」であることが美徳とされるような風潮にあったが、「巨大なもの」が悪しき存在として共通認識をなされることによって、政治レベルあるいは文化レベルにおいても、価値評価は逆転する。即ち、「秩序を乱しているから、正しい」、「空気を読んでいないから、正しい」、「常識から外れているから、正しい」、「目上に立ち向かっているから、正しい」……。「大きなもの」と対立していることは、即座にその人の正当性や、被害者性を示す記号としての働きを持つようになり、「巨大な悪の組織と戦う先進的な人」という構図認識が生まれる。そうして、ある組織内の個人に関する問題が起きるたびに、組織が悪いのだ、周囲の人々に問題があるのだ、トカゲのしっぽきりだ、という上位責任論や陰謀論が安易に繰り出されるようになる。 

 

「ある上位集団は、権力を不当に振りかざしている」→「故に、それに反抗を示す我々は優れている」というように、上位集団の欠陥を取り上げることに執着することで、その煽りを食らう下位集団たる我々は、善なる被害者を名乗る権利があると、反動的な高評価、神聖化をもたらすという認識システムが確立され、それによって、下位集団側の劣悪さは隠蔽され、発信する意見がまるで正しいかのような感覚へと陥るのである。 

 それはある意味で、位概念、上位集団の、「スケープゴート化」である。つまり、悪は上位集団、位概念側にあり、強者や伝統的なシステム、文化、価値観が国を駄目にしていて、その対極にいる我々は、憐れむべき罪のない有能な善人なのだから、皆で一丸となって、古いもの、巨大なもの、強いものを叩いていこう、相手を悪と決めつけよう、何を言っても許されることにしよう、という一つの流れ、取り決め、結託が行われているのである。 

 

 悪印象しかなかった「炎上」も、むしろステータスとして受け入れるような風潮が生まれ、炎上を起こすのは、その人間が、独自の意見を持ち、確固たる自己を持ち、凝り固まった常識に挑み、盲目的な大衆と戦っているからだというよう、安易な持ち上げられ方をし、それが単に無礼で無知なだけに過ぎない者でも、「普通ではないから、価値ある存在なのだ」「嫌われているのは特別な性質を持っている証拠保守時代と逆転された画一的評価をもたらそうとするのである。 

 

 ここでステータスとなるキーワードは、個性、少数派性、型破り、破天荒、自由奔放、闘争的、独立的、自律的、孤立性、被害者性、不幸性、選民性などであり、つまりは、「二病的要素」が、保守時代とは逆に、プラス属性として機能するようになり、こういった属性を持つ人々が、「古い因習を打ち破り、理不尽な権威や世の中と戦う、特別な才能を持った先進者」として持てはやされる。一般的なルール、世間的な道徳、礼儀、態度から外れていることを、「その人の高尚さ表れ」として解釈するような空気で満ちる 

 

 厨二病認定、批判がネット上において大流行し、権力的に機能していたことの反動から、今度は逆に、厨二病的態度それ自体が過剰にもてはやされ、厨二病という言葉を使用するのは、むしろ時代遅れで、浅薄で、思慮のない者という一面的な認定がもたらされるようになり、挑発的、攻撃的態度あるいは、被害者的、弱者的態度取る者を、「孤高の人」「特別なものを持っている人」「真実を見抜いている人として持ち上げなければならず、それを単なるエゴや傲慢と言えば、「鈍感な人間だ」「同調圧力だ」という批判を食らうのである。 

 如何に自分が被害者であり、可哀そうな存在であり、不幸であるかがステータスとなり、孤立強調周囲との不和、人への不信を露わにすることが、マイナスではなくプラスの記号として、本人の高尚さを示すものとして働くのである。 

 

 10年代に突入して、人々の生存環境が大きく変わったことから、急激に体育会的発想は求心力を失い、必然的に暴力性や序列の有用性に対する不信が生まれ、「強さ」に対する価値を感じられなくなり、結果、その対極の存在、暴力や圧力を受けやすい存在が、一種の殉教者として扱われ始める。 

 リベラル時代における最大の特徴は、弱者、下位者、下層者への同情、被害者視であろう。経済的退行や文化的停滞、連続的な災害など、社会の荒廃によって疲弊し切った人々は、「弱いこと」「苦しんでいること」「悩んでいること」への尊重を生み出し、逆に、「強くあること」「豊かであること」「明朗であること」への憎悪を生み出す。さらに、一つの社会や現象を形成させる要因の比重を、全的に上位集団、位概念の在り方に結び付けることによって、「悪い状況を作り出す強者」と「それに振り回される弱者」という構図を作り出す。 

 

 例えば、保守時代においては悪者扱いであった「若者」は、この段階になると、むしろ被害者として扱われるようになる。90年代以降の経済不調の煽りを受けてきた世代が発信力を持つ立場に回ったこと、今後の若年世代が背負う負担が明確になってきたこと、震災によって従来の社会に信頼を持てなくなったこと国が抱える問題が一向改善される気配を見せないこと、これら様々な要因が重なることで「悪しき社会を作ってきた大人達」と「そのしわ寄せを食らう若者たち」という構図認識が次第に一般化していく。 

 さらに、非常に大きいのは、直前の時代においてゆとりバッシングというかつてないのすさまじさを見せ若者叩きが、若者不幸醸成と共に「如何に若者が理不尽な扱いを受けてきたかを象徴する現象という意味合いをもたら始め「伝統的な若者差別」、「若者を抑圧する大人世代典型いう、保守時代とは逆転された解釈がなされるようになり、それが余計にこの大人ー若者」=「加害者ー被害者、という二元論に拍車をかける結果となった。 

 

 また、社会的に「従来のもの」が信頼を失うと、当然、「新しいもの」への期待が高まり、そういう意味でも、若者の考え方、若者の価値観への評価が逆転される。例えば保守時代においては、ゆとり世代以降に顕著な無気力性や、無欲性、個人主義などが、悪しき教育がもたらした欠陥として、非難の対象となっていたが、リベラル時代に突入すると、従来の不合理な労働システムや対人構造縛られず、よりスマートな生き方を目指す、現代の生活環境に適した価値観」として、称揚されるようになる。 

 

 結果、「親」や「老人」のように、より古い方を重視するマジョリティズムとは逆転された形を持ち、「悪い大人」と「善き若者」、「加害者たる上位世代」と「被害者たる下位世代」という、若年側を尊重する関係意識へと陥る。しかし、やはりこの様な「逆転された二元論」もまた、飽くまで杓子定規な善悪二元論でしかなかなかった。 

 大人を「悪」としてスケープゴート化し、あらゆる責任を押し付けてしまおうという狂信的な結託であり、何かにつけて、大人が悪い、大人は汚い、大人の責任だと、したり顔で、含蓄ある言葉かのように、安易に物事を丸く収めることが可能な、パターン化された結論として語ること、それが権力批判という名の皮をかぶることで、無批判に支持され続けていた。 

 

 若者被害者論が絶対化することで、若年世代が特定の部分に関して如何なる欠点、不出来、低弱抱えようと、それは全て、そういう状況、環境を作り出した社会、及び既得権益、保身に走る大人たちの責任であると見なされ若者は無駄に擁護、正当化、美化され、批判どころかむしろ同情という扱いを受けるようになる 

 もしもある分野における特定の世代を批判することが許されるなら、当然、それが若年世代であってもよいはずであるし、現に過去を振り返っても、下らない若者文化の一過性の流行や、ある分野における一時的な若年世代の空白化というのは幾らでも存在するのに、若者に関連する如何なる否定も、「先進的な若者と、無理解な大人達」という構図で安易に語られ、「最近の若い奴は」という伝統的な文句、若者差別と混同されてしまい、若年世代への批判は禁忌化されるのである。 

 特定の分野における若年世代と年配世代との比較における、力量の差異による適切な地位的不均衡も、「大人が権力を使って若者を抑圧している」、「既得権益に縋り付いている」という「老害認定」が安易に繰り出され、その上、良識ある大人と思われたい中高年自身も、無節操に若者を持ち上げ、本質を真剣に吟味せずに「可哀そう」と安易に同情し、それが無難で良識的な態度、賢い意見として機能するのである。 

 

 これらは、伝統的な若者叩きとは真逆の構造であり、若者批判が圧力であった保守時代とは逆に、大人批判、あるいは、若者被害者論が圧力として機能する。むしろ若者批判は逆バッシングの対象となり、マジョリティズム的な上位目線と同一視され、「それは偏見であるという偏見、「それは差別であるという差別、つまり、「偏見認定」という名の「偏見」、「差別認定」という名の「差別」が常態化するのである。 

 

 このような、「上位集団と下位集団」の関係を、「悪なる加害者と善なる被害者」という図式で捕えようという風潮は、10年という時代全体における最大の特徴であり、「年長者ー年少者」のみならず、「男性ー女性」、「いじめっ子ーいじめられっ子」「企業ー社員」「社会ー脱落者」「政府ー市民」「勝ち組ー負け組」「学校ー生徒」「体育会系ー文化系」「テレビーネット」「メディア業界ー表現者」など、各二項対立において全面的に適用されている。 

 

 そこにはある特殊な評価法ーー位概念への反発を軸にした反動的評価、即ち、「上位集団は悪だから、下位集団は悪ではない」「位概念は低レベルだから、位概念は高レベルである」というように、上位項の欠陥、低質性、不出来を探し出し、その後に、「対概念である下位項はもっと良いものなのだ」、と下位側の評価を定めるという、マイノリティズム特有の評価法があり、これこそが十年代という時代を歪ませた絶対的な評価法であった。 

 曰く、「いじめっ子は悪である、だから、いじめられっ子は善である」「男性は悪である、だから、女性は善である」「大人は悪である、だから、若者や子供は善である」というように、まず初めに一項の部分的な悪質性を取り上げ、その被害を強調することで、「悪い集団に標的にされる集団は、悪い集団と対立する集団だから、善い集団だ」と、対立項を神聖化し、善と悪という構図を作るーーこの様な評価法によって、下位集団は徹底的に同情、称賛を受け、批判や反省の視点は封じ込められてきた。 

 

 このな、弱い立場と強い立場の「評価上の逆転」は、「認定行為の増加」という形即ち、いじめ、差別、体罰、過労虐待パワハラ、セクハラなど、十年代に度々ニュースで取り上げられた様々な社会問題、社会現象と共に露わとなるなぜ「認定」という形を持って表れるかというと、下位集団は飽くまで下位集団であるために、実行力、実権を持っていないので、自分達への行為を悪と見なし、訴え」という手段を取ることが、上位集団に対する唯一の攻撃手段だからである 

 

 社会の衰退によって、「プラスを生み出すこと」への期待が持てなくなると、「如何にマイナスを減らすか」が最大の指針となり、ものを生み出す際の暴力性や破壊性を受け入れることが出来なくなり、暴力的な性質を持つ様々な現象に対し、悪い解釈、即ち、否定的認定言語(悪い場合の暴力性)として解釈するという、「認定基準の厳格化」が生じる。 

 それは下位集団に対する神聖化をもたらし、個々の事例の細かな差異を無視した画一的な問題視へと至り、本当にそれが言われてることに当てはまるのかの検証を忘れ、認定行為が圧力として襲い掛かることで、ある種の冤罪や、表現や遊戯への過度な規制、当事者不在のクレーム、個別の関係性を無視した干渉行為、妥当な暴力性の排除など、より多くのプラスを犠牲にする羽目になのである。 

 

 結果、認定行為それ自体が、認定内容それ自体に陥るという自己矛盾へと至る。つまり、差別認定という差別、偏見認定という偏見、権力認定という権力、暴力認定という暴力、ハラスメント認定というハラスメント、いじめ認定といういじめなど、認定行為を振りかざす人々そのものが、その認定概念へと自ら陥っているという逆転状況が生まれるのである。 

 

 この様な、認定行為の増加=平等思想の蔓延は、弱体化の象徴である。つまり、圧倒的なプラスを生み出すこと、自らの力で小さな弊害を乗り越える能力や実行力を失ったために、マイナスとして映る些末な事柄を徹底的に糾弾することでしか、自らの地位を挙げることが出来なくなったのである。 

 

 詰まるところ、保守時代も、リベラル時代も、ただその方向性、表れ方、形式が真逆であるというだけで、そこにあるのは、過剰性、画一性、過干渉、弾圧に過ぎないのだ。時代の変化に気づかず、同じ事を行い、同じ思考に囚われ続けているという点においては、どちらも変わらないのである。 



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