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    2、みえ子の家

 

 チーン。

 エレベーターのとびらが開く。みえ子は歩きながら、かたにかけたカバンをおろす。ドアの前で、それをどさっと床に置いた。首にかけたひもをたぐって、家のかぎを引っぱり出す。前は金属のカギだったけれど、近所にドロボウ団が入って、今はこんなカードになった。ピンポンの下に、それを差し込む。カチャッと、ドアが開く。

 「ただいまー。」

 いつものように、げんかんもろうかも、うす暗い。

 ギージジジジィ、カチャッ。

 ドアが自分でカギをかける。みえ子はその音がきらい。急いでげんかんを出る。テレビのある部屋を通り、台所に行きかけて。

 「あ、カバン忘れた。」

 あわてて、げんかんにもどる。ドアは内側からだと、さっきのカードが要らない。ぎゅっと押し開けようとして、みえ子はやめた。背のびをして、ドアの小さなのぞき窓から、外の様子を見る。それから、こっそりドアを開けて、青いカバンを引きこんだ。今度は忘れずに、ドアの防犯金具をかける。その時。

 ギージジジジィ。

 ドアが自分でカギをかけ始めた。みえ子は防犯金具から、びくっと両手を引き寄せて耳をふさぐ。どうにか、最後のカチャッまで聞かずに済んだ。カバンを持って、玄関を出る。テレビのある部屋を通って、台所へ。

 ごはんを食べるテーブルの、イスの上にカバンを置いて、中から三角布と前かけとを取り出した。台所の向こうはおふろで、服をぬぐ所に、洗たく機が大きな口を開けている。

 みえ子は三角布と前かけとをぐるぐる丸めて、その大きな口めがけて、えいっと投げる。どお。うまいもんでしょ。みえ子はにっこり笑った。くるんとふり返って、冷蔵庫に向かう。お母さんの帰りがおそいので、休みの日以外、おやつと夕ごはんは冷蔵庫の中。ぐいっとドアを引き開けて、のぞきこむ。

 「やった、デカプリンだ。」

 みえ子は戸だなから、お皿と、ギターみたいな形のスプーンを出して、テーブルに座る。プリンのふたをはがして、お皿の上に逆さまにする。おしりのツマミをプチッと折るのが、みえ子のちょっとした楽しみ。ひと口食べてから、ゲームのことを思い出した。

 「そうだ。まなちゃんとするんだった。」

 スプーンをほうり出して、ゲームのスイッチを入れに行く。デイスクが静かに回り始め、音楽が流れ出す。みえ子はプリンを持ってこようと、台所にもどった。もうすぐ、インターネットに接続したことを、ゲームがしゃべって教えてくれる。あとはマナミとの接続を、操作ボタンで選ぶだけ。

 ところが、ゲームは何も言わない。変だなと思って、みえ子がもどってみると、あの竜が、ゲームの画面いっぱいにねそべって、黄色い目でこちらを見ている。みえ子はドキッとした。

 「じゃま。どいてよ。」

 コントローラーをつかんで、操作メニューを出した。でも、メニューの下半分は、竜の体の向こう。ちらっとメニューを見ただけで、竜はちっとも動こうとしない。

 「そんな所にねたら、見えないよ」

 みえ子は困って、竜を見ていた。角が生えているから、男の竜だろう。じょうぶそうな、暗いむらさき色の体をしている。大きなはなと、とがった耳。首は短くて、つばさは背中に、ちょっぴり、かわいいのがついている。そんなつばさで、飛べるのかしら。

 「そうだ。」

 みえ子は、見えている上半分のメニューから、音声入力を選んだ。音声入力なら、見えなくてもだいじょうぶ。竜も目を閉じて、何かを聞いているみたい。

 「どいて!」

 みえ子は、きびしく言った。言ったあとで、ドキッとした。ところが、竜は動こうとしない。固いウロコでできた、じょうぶそうなその頭を少しかたむけて、ちょっと、笑ったようにも見える。

 「もー。じゃまだって言ってるのに。」

 みえ子はゲーム機のリセットボタンに手をのばす。すると、竜はプイッといなくなり、ゲームが始まった。テレビのスピーカーから、女の人の声がする。

 「お友達のまなちゃんが、接続を求めています。接続しますか。」

 「えっ、あ、はい。」

 画面の下の方に、送られてきていたメッセージが、順に表示されていく。

 「まなちゃんごめん。こんどはわたしがまたせちゃったね。」

 みえ子はそう返事を書いた。



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最終更新日 : 2018-04-12 15:49:44

 

     3、その夜

 

 

 

 「ただいま。」

 

 夜の7時近くになって、みえ子のお母さんが帰ってきた。会社で、いろいろな調べものをしたり、手紙を書いたりする仕事をしている。毎日たくさ んの手紙を書くので、家に帰るのが、どうしてもおそくなる。みえ子は引っこしてきたころ、何となくさびしかった。でも何人か友達ができたし、ゲームもある ので、今はあまりさびしくない。

 

 「お帰りなさい。」

 

 テーブルの上にえんぴつをほうり出して、みえ子はろうかへ、お母さんをむかえに行く。

 

 「みえ子、夕ごはんは食べたの。」

 

 「うん。おいものサラダ、おいしかった。」

 

 会社へ行くと、お母さんの服はタバコくさくなる。みえ子はそのにおいも苦手だった。

 

 「イカはしょっぱくなかったかい。」

 

 みえ子がタバコのにおいをきらうので、お母さんはすぐ、自分の部屋に着がえをしに行く。

 

 「ちょっと、かな。あ、私、下の郵便受け見てなかった。」

 

 お母さんがさげてきた、近くのスーパーの買い物ぶくろを台所に置いて、みえ子はげんかんに向かった。

 

 「あら、私も見て来なかったわ。みえ子、見てきてくれない。」

 

 「うん。今行くとこ。」

 

 みえ子は急いでくつをはき、ドアの小さなのぞき窓から、外の様子を確かめる。だいじょうぶ。防犯金具を外して、ドアを開ける。

 

 お母さんは着がえをして、台所へ向かった。買い物ぶくろから野菜と魚とを出して、冷蔵庫にしまう。ヤカンに水を入れ、電気式のコンロにかけ る。食器だなからティーカップを2つ。冷蔵庫から牛乳を出して、テーブルの上に置いた。向こうのイスには、みえ子のノート。えんぴつがななめに転がってい る。お母さんはそっと、ノートをめくった。となりのイスに座って、両手を顔にあてる。あくびが1つ出たところで、みえ子がピンポーンを鳴らした。お母さん は立って、ドアのカギを開けるボタンを押す。

 

 「2つ来てた。電気屋さんと、これ。」

 

 お母さんに手紙をわたして、みえ子はテーブルに座った。

 

 「あーあ。宿題よりゲームがいいな。まなちゃんいないと、できないんだもん。」

 

 お母さんはとなりに座って、手紙を読んでいる。

 

 「お役所の手紙だわ。お金を納めてくださいって。」

 

 「見せて。」

 

 手紙には、いろいろな数字がならんでいる。みえ子はその中の、1番長い数を数えてみた。

 

 「1、十、百、千、万、十万、百万。だから、2百万。」

 

 「そうね。百万の次は何。」

 

 「えっと、千ずつだから、1千万。それから、1億。」

 

 コンロの上で、ヤカンが笛を鳴らしだす。お母さんは食器だなから、紅茶のティーバックを1つ出して、うすい紅茶を入れる。砂糖を少し。それから、牛乳をたっぷりと。

 

 「宿題、終わりそう?」

 

 うん。と、みえ子はうなずく。両手でティーカップを持って、1口飲んだ。

 

 「この前の参観日、先生がね、みえ子はがんばり屋さんだって、言っていたわ。」

 

 そう言って、お母さんはみえ子の手を見つめていた。みえ子が1つ、あくびをする。

 

 「ねよっか。あした、早起きすればいいじゃない。」

 

 お母さんもあくびをしている。

 

 「うん。」

 

 歯をみがいて、みえ子はろうかの奥の部屋にある、自分の布団にすべりこむ。

 

 そしてふと、目を覚ました。

 

 テレビのある部屋から、かすかに、男の人の話し声がする。でもこの家にはみえ子と、お母さんしか住んでいない。それに、こんな夜おそく。

 

 みえ子はこっそり布団からぬけ出して、げんかんの方、テレビのある部屋の入口を見た。電気はすっかり消えて、お母さんの部屋のドアも閉まって いる。何を言っているのかは、よく聞こえないけれど。でも確かに、男の人の声がする。みえ子はその部屋の中から、青い光がうっすらと、ろうかを照らしてい るのに気がついた。それはテレビの光だった。お母さんが、テレビを消し忘れたに違いない。

 

 「なーんだ。」

 

 すっかり目の覚めてしまったみえ子は、テレビを消しに、スタスタとろうかを歩いていく。部屋の入口にさしかかった、その時。

 

 「困ったもんだな。」

 

 男の人の声が、急にはっきりと聞こえた。ドキッとして、みえ子は立ち止まる。そっと中をのぞいてみて、おどろいた。

 

 「昔はどこでもさ。」

 

 あのゲームの竜が、いつの間にか出てきている。画面いっぱいにねそべって、だれかと話をしているらしい。

 

 「竜の置物やら、松の飾りなんかを置いてたもんさ。それが今じゃ、女の子のランドセルにぶらさがって、どうにか1服できるくらいだ。」

 

 どこから入って来たのだろう。白いガが1羽、テレビの上で羽根を休めている。

 

 「まだ起きてたのか。」

 

 急に呼びかけられて、みえ子はビクッとした。前に、そんな言われ方をしたことがある。テレビの上の白いガは、どこへ行ったのだろう。竜はゆっくりと立ち上がり、ノソノソ、画面の奥へと歩き出す。

 

 「待って。」

 

 ノソッと、竜は立ち止まった。大きなおしりをこっちに向けたまま、顔だけ、みえ子の方を向いている。

 

 「あ、あの。だれ?」

 

 「オレか。オレは、おせっかいの竜さ。知ってるだろ。ゲームの案内役だよ。」

 

 そう言い残して、竜の姿は消えてしまった。プツン、とテレビのスイッチが切れる。みえ子はテレビの前に行き、急いでスイッチを入れ直した。でも映ったのは、電波を受信できないときに出る、ただの黒い画面だった。



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最終更新日 : 2018-04-12 16:05:14

 

     4、次の日

 

 「みえ子、みえ子。」

 花田先生が、ろうかでこっそり、みえ子を呼んでいる。返事をするつもりで、大きなあくびが出た。ほうきを持ったまま、みえ子は先生のところへ行く。

 「みえ子、今日はずいぶんねむそうだけど、家で何かあったのかい。」

 先生が真面目な顔をして聞くので、みえ子はつい、きのうの夜のことを言いそうになった。言っても、信じてもらえないだろう。みえ子だって、夢なのかどうなのか、はっきりとはしないのだから。

 「テレビがついてて、起きちゃったから、ねむたいんです。」

 「そうなんだ。お母さん、消し忘れたのかな。」

 うん。と、みえ子はうなずくことにした。

 「そうか。じゃあ今日はお昼ねだな。早くそうじをして、気をつけて帰るんだぞ。」

 うん。と、みえ子はうなずいた。早く帰って、あのゲームをやりたい。きのうのことが夢だったのかどうか、確かめてみたい。

 「みえちゃん!」

 ふり向くと、マナミの赤いランドセルが見えた。

 「まなちゃん、ごめん。まだそうじ終わってない。」

 「2組おそーい。マナミのとこは、もう終わったよ。早く帰って、いっしょに宿題やろ。」

 「宿題!」

 そうだ。みえ子はすっかり忘れていた。こんな日に限って、理科の調べものがある。インターネットで太陽や月の様子を調べて、発表することになっていた。

 「ね、まなちゃん、うちでやろうよ。うちのゲーム、ちょっと変なの。」

 「えーっ。なら、マナミのとこでやろうよ。マナミのは、ちゃんとできるから。」

 「みえー。」

 追いかけっこをしていた拓也が、ニヤニヤ笑って、みえ子の方を見ている。

 「みえー。さぼってないで、そうじしろよ。」

 「なにさ。自分だって追いかけっこしてたくせに。」

 みえ子は教室の床をはきながら、拓也をぐるぐると追いかけた。ろうかから先生の声がする。

 「ほら。拓也もみえ子も。今は追いかけっこする時間じゃないぞ。じゃあ、終わりのあいさつしよう。」

 「さようなら!」

 みえ子は急いでろうかに出る。でも、マナミはいない。ふり向いて、窓の戸じまりを確かめている先生に、みえ子は聞いた。

 「先生、マナミちゃん知りませんか。」

 「ああ、4組の女の子と出て行ったよ。宿題あるんだってな。」

 みえ子はかけだした。そうじの前に出したきり、青いカバンが1つ、ろうかに残っている。それを見て、先生はもう少し、教室に残っていることにした。

 学校の門の前まで来て、みえ子は立ち止まる。マナミは新しい友達と、少し前にここを出て行った。それだけのことが、みえ子には辛い。ふり向いて、とぼとぼと歩きだす。グランドの角にある、大きなドングリの木の下に来た。転校してからずっと、ここはみえ子の落ち着く場所。奥のフェンスに寄りかかって、こずえを見上げる。大きな雲が、ゆっくりと流れていく。

 「よお。」

 花田先生が、みえ子の青いカバンを持ってきた。

 「みえ子はここ、好きだなぁ。」

 うん。と、みえ子はうなずく。先生もフェンスに寄りかかった。すぐ前のグランドでは、6年生がドッジボールの試合をしている。黄色いボールが投げられるたび、ワーッという声がグランドにひびく。

 「あーあ。まなちゃんと宿題したかったな。」

 ポンと、みえ子は石ころをけった。石ころはコツンと、ドングリの木に当たる。

 「いっしょにやればいいじゃないか。」

 ドッジボールの試合を見ながら、先生は言った。

 「ゲームの機械で調べるんだろ。なら、あの子に接続してごらん。きっとつながると思うよ。」

 転がってきたボールを、先生は拾って投げ返す。でも、ちょっと違う方へ飛んで行って、両手をふって謝っている。

 「先生、へただぁ。」

 みえ子が笑って言う。

 「うーん。体育は苦手なんだよ。」

 照れくさそうに先生は言った。みえ子が帰ると言うので、カバンをわたして、学校の門までついていく。

 「先生さよなら。」

 めずらしく、みえ子が手をふっている。先生も両手をふって見送った。


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最終更新日 : 2018-04-12 15:54:01

 

     5、宿題

 

 カチャッ。と、ドアを開けて、みえ子はげんかんに座りこむ。何だか今日は、とてもつかれた。ドアが自分でカギをかける。みえ子は急いで耳をふさぐ。

 「よっこらしょ。」

 テーブルのイスにカバンを置いて、みえ子はテレビの方にふり向いた。すると、電話のボタンが1つ、ピカピカ赤く光っている。だれかが留守番電話に、メッセージを残していった。

 「まなちゃん、かな。」

 みえ子は歩いていって、そのピカピカ光るボタンを押した。

 「まなでーす。もしもし。みえちゃん、先に帰っちゃってごめん。今日ね、お父さんに、歯医者さんに連れてってもらうの、忘れてたの。またあしたね。バイバーイ。」

 みえ子は少し、安心した。

 「お父さん、か。」

 みえ子は時計を見上げた。今、4時半。お母さんはまだまだ、帰ってこない。

 「そうだ。おやつ食べよう。」

 冷蔵庫を開けると、クリームパンが入っていた。コップを出して、牛乳を注ぐ。クリームパンといっしょに、テレビの前へ持って行く。宿題をしながら、食べるつもり。

 ゲームのスイッチを入れて、みえ子はちょっとおどろいた。いろいろあったので、あの竜のことを忘れていたから。竜は両手に頭を乗せて、もうつかれたという顔をしている。

 「宿題、やらなくていいのかい。」

 竜は両方のひじをついて、ちょっとトゲのあるあごを、両手で支えた。もしも、はなの下にえんぴつがはさめれば、ちょうど、みえ子が宿題にあきた時、机に両ひじをついて、ふくれっつらをするような感じだろう。

 「宿題、どうして知ってるの?」

 みえ子は驚いた。まだ、ひとことも話していないのに。

 「みんな、いろいろ調べているぞ。オレもあっちこっち呼ばれて、つかれちまった。」

 ファー。と、竜は大きなあくびをする。

 ジリジリジリジリ!

 急に、画面のどこかでベルが鳴った。竜はいやそうにそっちを見て、しっぽを持ち上げて、ドシンッ!と、画面のはしをたたいた。もうベルは鳴らない。

 「それ、なんだい。」

 テレビの前に、茶色くてふっくらとしたものが置いてある。

 「クリーム、パン。」

 みえ子はそれだけ言った。

 「クリーム、パン。ええと、クリームパン、クリームパン、と。」

 ボムッ!

 竜の手の中に、けむりにつつまれて、おいしそうなクリームパンが現れた。竜の頭くらいある、大きなクリームパン。ガブッと、竜はそれにかぶりつく。

 「こりゃ、うまいぞ。」

 そう言って、竜はあっという間に、その大きなクリームパンを食べてしまった。

 「ねえ。」

 みえ子はきのうの夜、聞きそびれたことを言った。

 「あなたは、だれ。」

 「オレか。オレは、おせっかいの竜さ。前にも言ったろ。このゲームの案内役だ。」

 竜は、奥歯にはさまったクリームパンを、指で取りながら言った。おせっかいの竜って、ゲームに出てくる竜だろう。だったら。みえ子は思った。なぜ、いつも私のところにいるのだろう。

 「どうして、ここにいるの。」

 「どうしてって。」

 竜は、困ったね、とでもいうように、両手を広げて見せた。

 「どうしてって、言われてもな。じゃあ、みえちゃんは、どうしてここにいるんだい。」

 「私の名前、知ってるの。」

 みえ子はビックリして、竜の顔をのぞきこむ。

 「知ってるさ。だって、ゲームの始めに入力しただろう。」

 そっか。みえ子は心の中で、舌を出した。

 「きのうの夜は、何を話していたの。」

 「きのうはビックリさせて悪かったな。オレ、あいつと久しぶりに会ったものだから。」

 竜は首をひねって、どこか画面の上の方を見上げた。

 「あいつって、あのガのこと。」

 「そう。昔は沢山、いたんだけどね。」

 そう言って、竜は下を向いた。さびしそうに見える。

 「昔って、どのくらい。」

 「そうだな。みえちゃんの生まれる、ずっと前のことさ。30年くらい、前になるかな。」

 30年。そんなに昔のことじゃないなぁ。みえ子は心の中で思った。

 「そのころのこと、私、知らないわ。」

 竜はうなずいて、みえ子を見た。

 「そのうち分かるさ。楽しみにしておいで。それにはちゃんと、宿題をすませなけりゃな。」

 宿題。宿題が、何か関係あるの。みえ子は思った。

 「宿題なんて、やっても何にもならないと思う。」

 「そうかい。」

 「そう。やれば、先生にほめられるけど。やらなくても、先生におこられるだけだから。」

 「それじゃ、いつまでたっても、昔のことは分からないな。」

 「昔のことなんか、知りたくないもん。」

 竜は、ちょっと顔をかたむけて、目を閉じた。なんだかとても、さびしそうだ。みえ子はもう少し、この竜と話すことにした。

 「だって、昔のことを知ったって、何の役に立つの。」

 竜は目を開けた。固いウロコでできた顔が、ちょっと笑っているようだ。

 「やさしい子だね。」

 そう言って、竜はノソッと立ち上がる。

 「さあ、行かなきゃ。」

 画面の奥に向かって、ノソノソ、歩いて行く。

 「ねぇ、待って。昔を知らないと、私、どうなるの。」

 竜は立ち止まって、みえ子の方をふり返る。

 「昔を知らないと、善い事も悪い事も、何もかも分からなくなるのさ。」

 そう言い残して、竜は消えてしまった。ディスクが回り始め、ゲームが始まる。

 「あ、宿題。宿題はどうすればいいの。」

 みえ子は台所に戻ると、テーブルのイスに置いてある、青いカバンから、理科のノートを急いで取り出した。でも竜は、もうそこにいなかった。


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最終更新日 : 2018-04-12 15:56:07

 

     6、よいの宮

 

 「ただいま。」

 いつものように、近所のスーパーの買い物ぶくろをさげて、みえ子のお母さんが帰ってきた。いっしょに手紙も持っている。みえ子は今日も、郵便受けを見忘れてしまった。いろいろあったから、無理もない。

 「みえ子、いるの。」

 電気もつけずに、どうしたのかしら。お母さんは少し不安になって、げんかんに荷物を置いたまま、テレビのある部屋に入って行った。テレビの前に、理科のノートとえんぴつが転がっている。

 「みえ子。」

 みえ子は、ねむっていた。1人で宿題をやるうちに、きのうからのつかれが出たのだろう。リンゴのようなほっぺたをして、みえ子は静かにねむっていた。

 「みえ子。かぜをひくわよ。」

 お母さんが、やさしくみえ子の体をゆさぶる。

 「あ、お母さん。帰ってきたの。」

 みえ子は、ねむい目をこすりこすり、床の上に起きあがる。背のびをして、ノートと転がったえんぴつとを引き寄せた。

 「宿題、やっていたの。」

 うん。と、みえ子はうなずいた。

 「そう。えらいわ。夕ごはん食べたの。」

 「まだ。ねちゃったから。」

 「おにぎり食べない。あした食べようと思って、買ってきたんだけど。」

 みえ子は何だか、急におなかが減ってきた。

 「食べる。何のおにぎり。」

 「うめぼしと、しゃけと、みえ子の好きなツナマヨもあるわ。今、おみそしる作るから。みえ子、おにぎり4つ、チンしてくれる。」

 みえ子はげんかんに行って、買い物ぶくろをさげてきた。

 「お母さん、どれがいい。」

 「わたしは、しゃけにして。」

 「分かった。」

 テーブルに、おにぎりと、おみそしると、キャベツのつけものが並ぶ。おみそしるは、お湯を入れるだけ。

 「いただきまーす。」

 みえ子はおにぎりにかぶりつく。中から赤い、しゃけの切り身が出てきた。

 「お母さん、これ、しゃけだった。」

 「あら。じゃあ、わたしのがツナマヨかしら。」

 するとやっぱり、中から赤い、しゃけの切り身が出てきた。

 「あらら。店員さん、まちがったのね。」

 2人は笑って、おにぎりを食べおえた。

 「ねえ。みえ子、お祭りに行かない。」

 「どこのお祭り。」

 「私の育った町。電車で3つ先の駅よ。」

 「電車。電車乗るの、久しぶり。」

 みえ子はお皿を流しにさげて、食器だなからティーカップを2つ出してくる。

 「今度ね、新しいマンションが建つことになって。そこのお祭り、もうやる場所がないから、今年で終わりになるの。だから、行っておきたいの。」

 お母さんはヤカンをコンロにかけて、紅茶のティーバッグを取り出した。

 「いつ行くの?」

 「お祭はあしたからなの。でも、あしたは仕事があるから、あさって。土曜日に行きましょう。お弁当作って。」

 「お弁当!」

 みえ子はウキウキしながら、宿題の続きを始めた。お母さんはテーブルで、電車やバスの時間を調べている。仕事に追われて、もう長いこと訪ねていない。なつかしい思い出をたよりに、お母さんはその日の予定を立て終えた。


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最終更新日 : 2018-04-12 15:57:22


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