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     一 

 

 聞いてください、聞いてください、わたくしこそ、世界で一番不幸な女と思われますもとより女というのは、何かにつけて不幸不幸と言い、みだりに周りの気を惹こうとするものですが、わたしの不幸は、幾ら可哀想と言っても言い足りず、幾ら涙を流しても涙が足りず、幾ら同情しても同情し過ぎることのない、真性の、掛け値なしの、純然たる不幸なのでございまして、まるでこの広い広い宇宙の中で、全人類に対して、わたしという人間たった一人が唯一の被害者なのではないかと、わたしほど可哀想な人、憐れむべき人はいないのではないかと、そう思われるのでございます……全く、わたしという女は、不幸と共にこの世に生まれ落ち、不幸と共に生まれ育ったとしか言い様がなく、まるで不幸が悪霊となって取憑いたかの如く物心ついたときから、人間の卑しさ、強欲、残酷さの犠牲になって来たのでございまして、今となってはもはや、人間という人間、誰一人として信用することが出来なくなってしまったのでございます…… 

 

思い出しますのは、わたしがまだ園児だった頃……幼稚園の室内に置いてある、誰もが自由に使うことの許されている、人形やおままごとセットなどのオモチャを、誰にもとられないように、事前に人目を盗んで、少しずつ少しずつカバンの中に確保し、そうして自由時間、皆が外に遊びに行くのを見計らって、ここぞとばかりに、カバンとおもちゃ箱の中からあるもの全てを取り出し、遊び道具を独占し、独自の設定を考えながら、自分を取り囲むように適確に配置、自分なりの世界を作り、一人お人形遊びに耽っておりました……直後、お腹の当りがむずむずしてきましたので、用を足しに行こうと、玩具から手を離し、その場を離れ、トイレに向かい、しばらくして戻ってきたのですが……すると、どうでしょう、わたしが自分なりに一生懸命考えながら、しかるべきポイントに上手く飾ったオモチャの国は見る影もなく、無惨にも解体され、別の園児達がわたしの許可を取ることもせず、それぞれ勝手に手に取って遊んでいたのでございます……わたしはその光景を目にした途端、あまりの悲惨さに大きなショックを受け、一瞬にして悲しい感情に覆われ、すぐにわんわんと泣き始めてしまいました――すると、それを耳にした先生が、咄嗟にわたしのへ駆け寄って来て、どうしたの? と問い尋ねました、わたしは素直に、オモチャを奪われた、と嗚咽を上げながら、懸命に声を振り絞って、ありのままを答えました……ああ、しかし、子供というのは残酷なものです、わたしはてっきり、彼らがすぐに非を認め、謝罪してくれると思ったのですが、何とその子供達は、反省の意を示すどころか、むしろ、不満げな様子で、遊んでいたのを知らなかった、とか、お前の物じゃないだろ、とか、きつく言い返して来るのです……嘘です、嘘に決まっているのです、知らなかったどころか、むしろ、わたしがオモチャ遊びに夢中になっているのを見て、よし、ここは一つ、あいつからオモチャを奪って、ショックを受けさせてやろう、そんなことを考え、そうしてわたしが悲嘆に暮れる姿を見て愉しもうと、皆で共謀を図ったに違いないのです……それに、このオモチャは確かにわたし個人の所有物ではございませんが、もうあのように、一人の健気な女の子が、自分の世界に入り込んで夢中になっている以上、そっとしておいてくれたら良いじゃありませんか、今この場においては、わたしのものということにしておいてくれたって良いじゃありませんか……彼らはさらに続けて――そういえば前からオモチャ失くなってたぞ、さてはお前が盗ったんだな、ずるいぞ、と、いわれなき非難まで浴びせるのです……まるで人を盗人呼ばわり、わたしはただ、一人でおもちゃの世界を作りたいという純粋な一心で、事前に皆の目を盗んで、予約のつもりで、手際よく確保しておいただけなのに……わたしは彼らの証言に身も心も引き裂かれるような思いでしたが、しかし、真にわたしを追い詰めたのは、先生の言葉でした――知らなかったのはしょうがないし、皆のものだから、独り占めしないで、譲ってあげましょうね、皆も、譲って欲しいときは、一言声を掛けましょうね……まるで、どちらも悪くない、どちらも被害者であるかのような言い分です、喧嘩両成敗、避けようのない事故、そんな風に片付けられたのが、わたしは最も悔しく、悲しく、辛い思いがしました、人の子を預かる身として、そんなデタラメな結論で収めてよいのでしょうか、これを切っ掛けに、捻くれた人間に育ったらどう責任を取るのでしょうか……。 

 そう、それはまるで、今後わたしの身に降り掛かる数々の不幸を予期するかのような出来事でした……。 

 

 小学生になりました、女の子はませてますから、男の子を恋愛対象として意識する習慣を持ち始めます、わたしもその中の一人で、とある男子生徒に恋心を抱くようになりました、三年生のときでした、今思えば、恋、と言っても遊びの範疇で、むしろ、恋それ自体への憧れのようなもの、大人びたいという欲求から生じたもの、漫画や小説の模倣程度のものだったかもしれません――ただ手を繋ぎたいとか、お話がしたいとか、一緒に帰りたいとか、非常に子供っぽい無垢な恋愛感情、或いはそんな自分への陶酔や他人への優越感を目指したものだったようにも思えます……しかし、そんなわたしの純な願いを邪魔する存在がありました、それは同じクラスの、リーダー格に位置する一人の女子でした――確かに彼女は見た目もそれなりに綺麗で、流行にも非常に敏感、勉強も運動も優秀、普段から何事にも積極的な子で、女子達の憧れの的だったものの、しかし……わたしは、知っています……彼女の本性、そのあくどさ、狡賢さ、図太しさを……表面では純真可憐、清楚でお淑やかな振りをしていても、腹の中は薄汚れたとんでもない女狐、天性の悪女なのです――その聖女ぶりを称えられる彼女ですが、わたしにはどうも、彼女の親切には嫌らしい計算が見え隠れし、人望という形で見返りを期待しているようにしか見えず、一種の脅迫めいた不気味な恐ろしさと共に、誰も逆らえない一大勢力を築こうという魂胆を感じさせますし、スポーツの際も、如何にも見せつけんばかりに、必要以上の機敏な動きで、背中越しにこちらを嘲笑っているような気がしてたまらないですし、そうして何より、嫌らしいことに、日頃、興味もないくせに、友達の少ないわたしに妙に話しかけてきて、それが何だか、馬鹿にされているような、上から目線で、憐れまれているような、まるで勝ち組が、最下等の人間を救うことで、如何に自分が良い人生を送っているかを再確認するような、そんな余裕ぶり、底意地の悪さ、及び、独りぼっちでいる子に声を掛けるあたし優しいでしょ? というアピールを周囲に行っているような感じがして、とにかく鼻について仕方がなく、どうあれわたしには、普段から彼女の言うこと為すこと全てが、一々癪に触ってどうしようもなかったのです……。 

 それだけにわたしは、彼がたぶらかされてはいけない、彼を守らなければならないと、一種の使命感、正義感に突き動かされ、飽くまで親切心で、彼女が如何に悪い女であり、如何に汚い行為をしてきたかを、わたしの感じるままに、彼に事細かに説き伏せ、場合によっては、彼女に纏わる嘘のエピソードでっち上げたり、誇張を織り交ぜたりしながら懇々と聞かせ、そうすることで、少しでも悪から身を遠ざけてもらおうと、知力の限りを尽くしました……確かにそこには、自分に気を向けて欲しい、という純粋な乙女心も少なからずあったことでしょう、しかし、何よりわたしが気に掛けたのは、飽くまで、彼の無垢な心が汚されないことであり、悪い女に騙されないことであって、わたしの行為は、それを守るための親切でしかなかったのです……にもかかわらず……。 

 今度は逆に、そんなわたしの行いが彼女の耳に入ってしまったらしく、すぐに彼女は、わたしの下へ駆け寄ってきて、どうしてそんな嘘つくの? 友達だと思ってたのに酷い、など、見当違いの、一方的な、自分勝手な言葉を以て、猛烈にわたしを責め立ててきて以来、わたしに全く関心を示さなくなり、同時に、彼女に追従する周りの生徒達も、会う度にわたしに冷たい視線を投げ掛け、それとなく避けるようになったのです……何よりわたしがショックだったのは、例の男の子までもが、わたしを裏切り、挙げ句、他の子達と同じように、わたしを嘘つき呼ばわりし、嫌うようになってしまったことです……わたしはきっと彼だけは信じてくれる、味方でいてくれると、そう思っていたのですが、恩を仇で返されるとは正にこの事、わたしは飽くまで彼を想って彼女の悪性を吹聴したのにも関わらず、むしろわたしの方が、自分を陥れようとした悪女と思われ、一切口を利いてくれなくなってしまったのです……そうしてわたしは、進級してクラスが変わるまで、ずっと肩身の狭い思いを味わい続けなくてはなりませんでした……。 

 

こういった「いじめ体験」を、わたしは小さい頃から幾つも受けてきたのです、わたしは何も悪くないのに、何故か皆わたしを嫌う、何故かみんな冷たくする、何故かみんな仲良くしてくれない……。 

 こんな事もありました――体育の授業でバレーボールをしていたとき、相手チームが打った強いスパイクが、わたしの方に目掛けて一直線に伸びてきて、あまりの速さに避けることも出来ず、そのままわたしの胸の辺りを直撃し、その場にうずくまってしばらく動けなくなってしまったのですが……ボールを打った子は、すぐにわたしのそばに近づいてきて、大丈夫? ごめんね、わざとじゃないの、と、さも申し訳なさそうに、嘘くさい不安そうな表情を作って、立て続けに言い訳を口にしてきたのです……嘘だ、嘘に決まってる、どうせ皆で口裏合わせて、あいつにぶつけてやろうと結託したに違いない、あいつは運動音痴だから、弱虫だから、狙い目だ、スポーツの最中なんだから、思う存分痛めつけても、ルール内なら問題ない、わざと狙って、痛がってる様を笑ってやろう――そう企んだに違いないのです……わたしは元来繊細で華奢な体に生まれついておりますので、痛みという痛み、衝撃という衝撃に弱く、ドッジボールのときも、ボールが当たる度に、後を引くような鈍い痛みに襲われ、その場にじっとうずくまって、痛みが治まるのをしばらく待つのですが、初めの内は、そうやってしゃがみ込んでるわたしを見て、周りの女の子達が集まってきて、大丈夫? と心配そうに声を掛けてくれていたのに、何度も同じ事が繰り返される内、いつしか、わたしが痛がりだしても、彼女達は、近づくようで、近づかない、気に懸けるようで、気に懸けない、その場に突っ立ってるだけ、気持ちのない形だけの問い掛け、酷いときには、面倒臭そうに、呆れるように、「またか」、とでも言いたげな表情で、溜息を吐く、挙げ句の果てには、「ねえ、演技はいいから、早く立ってよ」、と、冷酷な一言を浴びせる……わたしとしては、皆がわたしのそばに寄り集まって来て、心から心配しながら声を掛けて欲しいのです、それだけで、痛みが和らぐ気がするのです……こんな事が続く内、わたしの相手が面倒くさくなったのか、誰も遊びに誘ってくれなくなってしまいました……。 

 もともと、優しくて繊細な心を持ったわたしは、ちょっとしたことですぐに悲しくなり、涙が流れてしまう癖があるのです――遊んでいるときに負けたり、痛みが走ったりしたときも、惨めな気持ちになって泣いてしまいますし、皆で虫を捕まえに行ったり、生き物との触れ合いや観察の時なども、慈悲深いわたしは、その生き物の気持ちになって、自分の不憫な境遇と重ね、自然と涙が溢れてしまうことがあるのです……しかし、その度に、周りの生徒から、自己中心的だとか、気持ちが一気に冷めて嫌になるとか、こっちが悪者でいじめているように見られるとか、あれこれ文句を言われるのです……涙を流す度に、泣くな泣くなと言われ、辛くて苦しいことを放棄すれば、我慢しろだと、甘えだのと言われる……別に、泣きたいときは、泣いたって良いじゃないですか、苦しいときは、逃げたって良いじゃないですか、皆がそれに合わせてくれれば、尊重してくれれば良いじゃないですか……どうして辛い感情を無理抑え込み、嫌なことを我慢しなければならないのでしょう……わたしのような、苦しんでいる人、弱い人に対して、泣くなだの、我慢しろだの、頑張れだの、そういう古臭い考え方は、本当に止めて欲しいものです……。 

 

 わたしの学校では、六年生になると、学年全員で登山をする行事が伝統的にあるのですが、先程もおっしゃりましたように、わたしは人一倍体力のない女ですし、何より、体が汚れたり、汗をかいたり、日焼けしたりするのに激しい抵抗があり、それはもう、生まれつきの、生理的な体質と言っても良いような、仕方のない感情ですので、参加を拒否しようとしたのですが、ああ、やはり、大人というのは、冷酷なもので、特別扱いは出来ないとか何とか言って、他の子達と同じように参加することを強要されたのです――当日、わたしは、何より、息切れをしたり、足を痛めたり、汗ばんだりするのが嫌なので、非常にゆっくりとしたペースで登っていて二三分、二三十メートル歩く度に、こまめに座って休憩を取ろうとするのですが、何故かその度に、教師がうるさく注意してくるのです……なんてことでしょう、そもそも人間は、皆それぞれ違うものを持って生まれてきて、彼には彼のペースがあり、わたしにはわたしのペースがあるのですから、放っておいてくれればいいじゃないですか、なんならもう、帰らせてあげればいいじゃないですか、しかし、本当に酷いのは生徒達です、誰よりも体力のないわたしが、誰よりも嫌がっているところを、仕方なく出てきて、こんなにも必死で頑張って、皆と差別なく、懸命に登山に挑戦しているのに、後方に付く一人の教師を除いて、皆わたしのことを全く気に懸けず勝手に先へ進もうとするのです、同じ仲間なのに、同じクラスメートなのに、よく置いてけぼりに出来るなと、そう思うと非常に腹立たしく、また悲しくもありました……二十分ほど歩いて、見晴らしの良い広い場所に出たところで、ようやく休憩になったのですが、そこで先生の方から、「景色の見える岩場の方は、崖になっていて危険なので、近づかないように」、と説明がありました――それから十分ほどで、出発の合図が出されたのですが、クタクタに疲れ果てていたわたしは、まだ身体が休まっていないと感じコースに戻るのが嫌だったので、教師達の目をごまかすため、どこかに隠れて、しばらくの間やり過ごそう、そう考え周りを見渡してみると、丁度、岩場の斜面のところに、大きなくぼみがあり、そこに丸まっていれば、見つかることはないだろう直感し、周囲にばれないように、端っこの草むらの方から、ゆっくりと岩場へ近づいていきました……しかし、岩場の斜面まで来て、ふと下の方を覗いた、その瞬間でした――わたしは足を滑らせ、体が傾き、バランスを持ち直せず、滑り落ち始めたのです……死ぬ! そういう思いが瞬時に頭を過ぎりました――しかし、滑り始めた直後、運良くわたしの体は、すぐ下の、岩の間から伸びる木に引っかかって、最悪の事態を免れたのです……偶然、他の生徒がその瞬間を目撃していたようで、わたしが一瞬にして消えたのを見て、〇〇ちゃんが落ちた! と声を上げ、すぐに先生が駆けつけ、そうしてわたしの体は引き上げられました……大きな怪我はありませんでしたが、軽い擦り傷と、岩に打ち付けた痛みがあり、しばらく立ち上がること出来ませんでした……その間、教師は、ああ良かった、と安堵する表情を見せると同時に、だから注意したじゃないか、と憤りに駆られている様子でした……わたしはというと、助かったのが分かった直後は、ほっとする感情に満たされましたが、すぐに惨めな感情、なんでわたしばっかりこんな目に遭わなければならないのか、わたしが一体何をしたというのか、と酷く悲しい気持ちに駆られ、そうして、そもそも体が弱いわたしを登山に無理矢理連れて行った教師達、そうしてわたしを誰も構わなかった生徒達への、怒り、というより、失望、不信の感情が湧いてきました――ああ、なぜ先生は、斜面に近づく私を見つけ、止めることが出来なかったのかと、なぜ先生は、わたしが危険な場所へ足を踏み入れないように、もっともっと強く、しつこく言い聞かせてくれなかったのかと、そうすればわたしは、あんな怖い思い、痛い思いをせずに済んだのにと、そう思うと、悔しくて悔しくてたまらず、挙げ句の果てに、謝罪するどころか、叱責するという追い打ち、ああ、もう、本当に、人間というのは、どこまで残酷になれるものなのでしょうか……。 

 

 わたしは、学校という世界が、とても残酷で無慈悲なものに思えてなりません、ああ、学校というのは、子供に惨めな思いをさせるためにあるのではないでしょうか、わたしは昔から勉強も運動も大嫌いな女でして、学校で学ばされる事柄に自分は元来無縁なのだと思い、どうせ学んだことを役立てるような将来を送るつもりもなかったので、宿題が出てもろくに手を付けなかったし、部活や運動にもやる気を出さなかったし、授業中も先生の話など適当に聞き流して、こっそりお絵描きをしたり漫画を読んだりしていました……すると、どうでしょう、授業内容に全くついていけない、問題を出されても答えられない、テストで悪い点を取る、スポーツではいつもビリ、与えられたノルマもこなせない……その度にわたしは、とても恥ずかしく、情けなく、惨めな思いを味わわされました――可哀想だと思わないのでしょうか? 順位を付けられることによって、最下位の人間が、悲しい思いに駆られる、成績に差が出る、学業にも職業にも影響が出る、こういう格差を、社会が無くしていかなければいけないのではないでしょうか、人間は皆、平等であるべきなですから、わたしの様な文武ともに苦手な人間に歩調を合わせて、皆が協力して、足並み揃え、平等な成績で進んでいくべきなのではないでしょうか? わたしが運動も勉強も全くついて行けてないのに、彼らはそんなわたしを無視して、勝手に我先へ我先へと次のステップへ進んでいくのです……皆、そんなに自分が大事なんでしょうか、自分さえ良ければ、それで良いのでしょうか、どうして皆、遅れているわたしに合わせてやれないのでしょうか……いえ、それ以前に、そもそも人は皆、バラバラのはずです、人には個性というものがあるのですから、わたしの個性も認めて、勉強を放棄するのも、運動を拒否するのも、プラグラムに参加しないのも、全て個性として認めてくれればいいじゃないですか、それなのに、他の子達と同じように強制され、その度に恥をかかされるのです、わたしにとっては、もっと、他に重要なこと、他に得意なことがあるはずなんです、本当に、個性を尊重しない、個性を踏みにじる世の中だと、嫌な気持ちがしました……。 

 

 中学生になりました、この頃には、周囲の人々への不信から、酷い人見知りに陥っており、新しい学級が始まっても、積極的に仲を深めようとはしませんでした、こちらからは勿論のこと、人に挨拶をされても、言葉を返さず、話し掛けられても、無視をし、笑顔を見せられても、無愛想な表情と冷たい視線で返してやりました、しかしそれは、他人への不信や自分への自信の無さから来る、単なる「人見知り」なので、どうしようもないんです、仕方の無いことなんです、過去、無慈悲な同級生達によって、わたしのような、心優しい、健気な、非のない人間が標的にされ、理不尽な体験を幾つも味わわされたことが、いつしかトラウマのようになり、人を前にする度に、どうせこの人は、悪い人なのだ、汚い人間なのだ、わたしを陥れる人なのだ、わたしにデメリットしかもたらさないのだ、という疑心暗鬼が離れず、仲良くなりたいという意に反して、そっぽを向いてしまうのです――すると、どうでしょう、あいつは挨拶をしても返さない、無視される、冷たい態度を取られる、という、あらぬ悪評が広まり、哀れなことに、女子の間で、わたしだけが孤立するという事態に陥ってしまったのです……違うんです、何で分かってくれないんでしょう、これは、心の繊細さやトラウマから来る、ただの人見知り、人間不信なんです……なんで彼女たちは、それを察してやれないのか……可哀想だと思って、寂しい気持ちを察して、優しく声を掛けてくれれば良いじゃありませんか、仲に入れてくれれば良いじゃありませんか……。 

 わたしは知っています、彼女たちのような、分け隔て無く、人見知りせず、誰とでも仲良く出来、明るく振る舞え、そうして学校生活を満喫するような、いわゆる「リア充」と呼ばれるような人間、スクールカーストの上位に位置する人間は、どうせ、鈍感で、野蛮で、無神経で、あくどい、言ってしまえばクズのような 下等な存在なのです、わたしはそれを経験で知っているのです、そうして、わたしのような、人見知りや、人間不信、いじめ、孤立に陥り、ピラミッドの最下位に追いやられるような、虐げられた存在こそ、最も繊細で、純粋で、健気で、人の気持ちの分かる、優しい心の持ち主に違いないのです、わたしの拒絶、孤立は、ただその感性の豊かさの表れに過ぎないのです、本当の善人、聖人、人格者であれば、わたしのような肩身の狭い立場、暗くて閉じこもりがちな性格に陥るのは必然的なことなのです……。 

 

 休憩時間中、女子達が集まって、好きなアイドルやら、アニメやら、音楽やらの話で盛り上がっており、そんな中わたし一人、自分の席で淡々とスマホをいじっておりました、すると、気を利かせたつもりなのか、その中の一人が、わたしに向って、「ねえ、○○ちゃんは、どんなのが好きなの?」と明るい調子で話し掛けてきました、それに対し、わたしは、一々面倒くさかったので、「さあ、知らない、興味ない、どうでもいいし」、と表情一つ変えず、見向きもせずありのままに答えました、それによって、一気に場の空気が冷めていくのが分かりました、以降、誰もわたしに話を振らなくなりました……わたしが悪いのでしょうか? わたしはただ、聞かれた事に素直に答えただけですし、話の内容がつまらないので愛想良くしなかっただけです、何か間違った事をしましたか? 自分の意見、自分の価値観、自分の感情を面に出すことの、何が悪いというのでしょう、なぜわざわざ空気を読んで、笑顔を見せなければいけないのでしょうか……どうせ彼女たちは、大して信用もしていないくせに、しょうもないことでへらへら笑い、つまらないおべっかを言い、上辺の付き合いに終始するだけの、薄っぺらい仲なんでしょう、汚い笑顔を作って、対立することを恐れて、本音を隠し、当たり障りない言動だけでコミュニケーションを取る――そんな嘘くさい、生ぬるい、偽善的な人間関係を築くのなら、わたしのように、周りのことなど気にせず、言いたいことを言い、嫌われることも恐れず、自分らしく、堂々と振舞っている生徒のほうが、どれだけ人間として高貴で、立派で、気高く、尊いことでしょう、所詮彼女らは、人間として低レベルな者たちなのです……。 

 

 そもそもわたしは、協調性だとか、空気を読むだとか、皆に合わせるのが嫌いで、常に自分らしくありたいのです、掃除の時間も、汚いものに触れるのが嫌なのでよくサボっていましたし、グループでの授業も面倒くさいので積極的に参加しませんでした、すると、皆が寄ってたかって、ねえ、ちゃんと協力してよ、なんでやらないの? と強要、恐喝してくるのです、わたしはとても怖くて仕方ありませんでした――どうして皆と同じ事をしなくちゃいけないのか、わたしにはわたしの生き方があるのですから、それを尊重して欲しいだけなのに、皆と同じであることを強要してくるのです、これはいわゆる「同調圧力」という奴で、わたしの自由、わたしの個性、わたしの価値観を殺してくるのです、ルールだから、規則だから、と言って、それに盲目的に付き従い、疑問を持ちもしないのです、非常識と仰いますけども、常識とはなんでしょう、ルールも常識も、誰かが勝手に作ったこと、多数派の勝手な意見じゃないですか、それに逆らって自分自身を貫き通すことが、そんなにいけないのでしょうか、きっとわたしのような少数派は、こうやって切り捨てられていくのでしょう、なんて少数派を尊重しない世の中なんでしょうか……。 

 彼女達のように、規律に何の疑問も持たず、和や協調性を重んじ、従順に生きていく人々は、主体性のない、自分を持たない、動物のような、愚かしい人間に決まっているのです、それに対して、わたしのように、空気を読むことを知らず、他人との衝突を恐れず、やりたくないものをやりたくないと言い、嫌なものを嫌だと言い、おかしいものをおかしいと言い、多数派や権力に媚びず、告発できる人間、立ち上がれる人間、声を上げる人間、そういうはみ出し者、はぐれ者こそ、優れた、高尚な、先進的な存在なのです、にもかかわらず、空気を読めだとか、目障りだとか、悪者扱い、異分子扱い、不良扱い、そうして隅へ追いやられてしまうのです、わたしはただ、他の生徒達と違って、自分を持っている、というだけなのに……。 

でも、分かって欲しい、こういった強がりも、本当は、寂しさの裏返しなのです、そのことに気付いてほしいのです、なのに、皆仲良さそうにおしゃべりしている中で、誰も気に掛けず、わたし一人だけ孤立している……これはもう、誰がどう見てもいじめとしか言い様がありません、わたしは勇気を持って告発いたしました、一日終わりのホームルームにて、生徒からの連絡を行う時間に、わたしは手を上げ、先生と生徒達がいる中で、皆からいじめられている、仲間はずれにされている、と訴えました、わたしはてっきり、素直に皆が過ちを認め、謝罪してくれると思ったのです、しかし、現実というのは残酷です、クラスメート達は、まるでわたしが悪い、わたしに非があるかのように、色々なエピソードを挙げながら、次々に責め立ててきたのです、教師の方も、苦々しい困惑したような表情で、何とか場を無難に収めようと必死になっていました、ああ、味方は一人もいないのだ、こうやって、最下層へと突き落とされた生徒たちは、いつか自殺に追いやられる羽目になり、そうしてその惨たらしい学校の実状が明るみに出されるのでしょう、いじめは、いじめられる人間、いじめられたと感ずる人間が決めるものであって、いじめている人間は、いじめと気づかないのです、現に、この様に、いじめられていると訴えている人間がいるのですから、いじめは存在しているのです……。 

 

 本当に、人間というのは、信用ならないものですね――ある日の放課後、ずっとスマホをいじって時間をつぶしていると、気が付けば教室には誰もいません、そのときわたしにちょっとした魔が差しました、わたしが前々から気に食わなかったある女子生徒(これを仮にAとしましょう)に、日頃の復讐、というより、天罰を下してやろうと思ったのです、Aの机やロッカーの中を探って、入っている教材やらなんやらを取りだし、ぐちゃぐちゃにして、ごみ箱に捨ててやりました、それは、日々むげに扱われ、教室の隅へと追いやられ、不当に虐げられてきた人間による、悲痛から生まれた、ちょっとした出来心、せめてもの抵抗だったのです、しかし、丁度その時、一人の女子生徒――地味な、目立たない、誰にとっても無害な、当たり障りのない、いてもいなくてもどちらでもいいような、気の弱い女子生徒(これをBとします)が教室の中に入ってきて、わたしがAの持ち物を処分している姿を見られてしまったのです、もしも次の日、Aが騒ぎ出したら、Bはすぐにわたしが何をしていたか、合点がいくでしょう、いくらわたしに罪がなくとも、事情を知らない彼女は、躊躇することなく、速やかに密告することでしょう、するとわたしは、これまで以上のさらなる惨めな日々を送る羽目になるでしょう……それだけは避けなければりません、とにかく今すぐに何らかの手を打たなくては、そう思ったわたしは、咄嗟に、教室の入り口付近で、怪訝そうな表情でこちらを見て突っ立っているBの下駆け寄り、逆に全てを打ち明けることにしました――気の弱い彼女のことですから、中途半端に誤魔化そうとするより、わたしの苦しい心情、わたしが受けてきた仕打ちを、洗いざらいしゃべり、力強く訴えかけ、そうして相手を気持ちを圧倒し、口を封じた方が、得策だと考えたのです……わたしは怒濤の如く、こうなった経緯、こうならざるを得なかった事情を、熱意を込めて、必死で、激しく情に訴えかけ、そうして最後に、この事を決して誰にも言わないようにと、約束を取り付けようとしました、すると、どうでしょう、そのあまりの気迫に気圧されたのか、彼女はあっけにとられた様子で、勢いに流されるように、ゆっくりと首肯いたしまして、結果的に彼女は、見事にわたしの術中にはまったのです……。 

 しかし、このままでは、いつ何を切っ掛けに心変わりするかわかりません、ならば、いっそ、毒を食らわば皿までも、ということで、彼女をわたしの仲間に引き入れ、悪事に加担させ、運命共同体にし(どうせこの子は特定のグループに属していないのですから)、裏切れない立場にしてしまおうと考えまして、例の出来事があった日から、わたしは、彼女が一人の時を狙っては、おもむろに近づき、当たり前のように話しかけ、まるで、わたしの相棒であるかのような雰囲気を、彼女あるいはクラス全体に向かって醸し出し、徐々に教室の自然の風景として、皆の意識に刷り込ませようとしておりました……それだけでなく、わたしはより、彼女とわたしとの結束を高めるため、秘密の共有を行おうと思い、彼女を半ば強引に連れて、いたずら程度の悪さを幾つも重ね、共犯者としての事実を作りました……しかし、分かってください、そこには純粋に、これまでわたしには無かった、クラスメートとの、青春らしい想い出を残そうという、健気で無邪気な子供らしい気持ちもあったのです……わたしは彼女に向かって言います――二人は親友だからね……すると彼女は、弱々しい声で、うん、と、そう呟くのでした……ああ、しかし……。 

 もうお分かりでしょう、彼女は全てを吐いたのです、しかも、どういう言い方をしたか分かりませんが、わたしが主犯且つ単独犯ということにされており、まるで、わたしが無理矢理彼女を引き連れたかのような形にされていて、他の生徒達もまた、それに疑うことなく同調し、 

わたし一人に責任があるかの如くなのです……何て薄情なことでしょう、確かに初めは邪な心理があったのは認めます、しかし、なんだかんだ言って、彼女も少しずつ、積極的に協力し、楽しんでいたに決まってますし、何より、わたしは本当に、初めての親友が出来たと、そう思っていたのです……。 

 わたしは理解しました――人間は、必ず最後には裏切るものです、わたしはこの体験を切っ掛けに、人間という人間を一切信用できなくなってしまいました、世の中には、人間嫌い、人間不信を称する方たちがいらっしゃいますが、きっとその人たちも、同じような残酷な経験を重ねてきたのでしょう、こんなにも、あくどい人間たちがあふれかえる中で、まともに社会に順応し、まともに組織の中に属して、まともに他人との関わりを持ちながら生きていける人間は、きっと無神経で、愚鈍で、野蛮で、浅薄な人間に違いありません、逆に、わたしのように、疎外され、孤立し、拒絶し、不信を抱いて生きることは、その人が繊細で、心豊かで、高貴で、徳の高いことの証のように思えます、わたしのよう、酷い人見知りや、人間不信に陥る者こそ、本当優しさを知っている存在なのではないでしょうか、人は何かにつけて、お化けが怖いだの、猛獣が怖いだの、地震が怖いだのと仰いますけども、真に恐ろしいのは、人間の方ではないでしょうか……。 

 

生徒だけではありません、教師もまた、わたしを悲しみの淵へ追いやる要因の一人でした……思春期特有の、可愛く思われたい、魅力的に見られたいという、誰も抱く純粋な乙女心から、わたしはいつもスカートを短めに織り込んでおり、それが女の教師に見つかる度に一々注意されていて、まあそれ自体は大概無視するので別にどうでもいいのですが、わたしが許せなかったのは、ある男性教師――むさ苦しく、暑苦しく、歩いているだけで不快感をまき散らすような、存在自体がセクハラぎりぎりの、醜い顔面と体型を晒した、吐き気を催させる中年男性教師からも注意を受けたことでございまして、わたしのスカートの丈を注意したということは、少なくとも、丈が短いかどうか判断できる程度に、わたしの脚を凝視していたことの証なわけですし、それをまして中年独身の男性教師から言われるというのは、何か、わたしへの嫌らしい性的なメッセージ、他意を込めた注意のような感じがして仕方がなく、まるで、お前の脚を見てやったぞ、嫌らしい体をしているな、とでも言いたいかの如く、非常に不快に感じられ、どうもあの男は、わたしに気があるのではないか、密かに狙っているのではないかと、考えるだけでも寒気のするような、そんな疑念を抱きながら生活していたのですが……決定的な出来事が起きました――廊下を歩いているとき、前の方の教室から例の男性教師が出てくるのが目に入ったのですが、ここでまた注意を受けるのは嫌ですし、最悪、わたしを見たくて待ち構えていた可能性も否定できないので、すぐに方向転換し、そばの階段の方へ向かったのですが、少々早足で向かったために、バランスを崩して、階段を転げ落ちてしまったのです……すぐに、異変に気付いた教師が階段の方へ急いで近づいてきたのですが、ああ、その時のあいつの様子と言ったら……体勢を崩し、スカートがはだけ、下着が露わになっていても、痛みに悶えてそれどころではないわたしのところへ、例のあいつが、絶好の機会を見逃してはならんとばかりに、そそくさと近づいてきて、その挙句、大丈夫か、と心配する様を装いながら、わたしの方に手を伸ばし、体に触れようとしてきたのです――如何に痛みに弱いわたしとは言え、その汚らしい手の感触の方が遥かに大きな拒絶感を催させ、わたしは悪寒を覚えると同時に、反射的にその場に立ち上がり、大丈夫です、と一言吐き捨てるように言って、必死で痛みをこらえながら、逃げるように立ち去っていくのでした……階段を落ちたことの惨めさも相まって、わたしは何か、犯されたような気分でした、そもそも、あの男がいなければ、こんな事故も起きていなかったわけで、全てはあの男が元凶なのだと、いや、それ以前に、これは非常に恐ろしい考えですが、私がこういう事態に陥ることからして、全てあの男の計算だとしたら……わたしが階段の方へ急ぎ気味で向かい、足を踏み外し、踊り場に倒れ伏し、制服がはだけ、弱りながら、痛みに悶えている、どこか淫猥な光景――その全てが、初めから想定済みだとしたら……考えるだけでも身震いします……しかし、それが仮に事実だとしても、証明する手立てなどあろうはずがありません……どちらにしろわたしは、泣き寝入りせざるを得なかったのです……。 

 

無慈悲なのはその教師だけではありません――ある日、普段のわたしの生活態度のことで、進路指導室に呼び出されたことがありまして、やれ、言われたことをやらないだとか、校則違反が多いだとか、周りに悪影響を与えるだとか、どうでもいいことを、次から次へと、くどくどくどくど、教師達の勝手な尺度で、無理やり決まり切ったルールを押し付けようとしてくるのですが、当然、わたしとしては、悪いことをしているという意識はまるでなく、ただ自分の信念に従い、周りに流されず、自立した格好いい生き方をしているという認識しかないのですから、初めから聞く耳を持たず、適当に受け流しており、先生が一通り言い終わると、わたしは、早く帰りたかったので、もういいですか? と、あからさまに反抗的な態度で、一言だけ言い放ち、そうしてすぐに、その場を離れようとしました……が、その瞬間、わたしの言葉が癪に障ったのか、その教師は、待ちなさい、と、強い語調で言い放ち、それと同時に、帰らんとするわたしの腕、反射的に手を伸ばし、力強くガッと掴んできたのです……生来華奢な体でありますから、ただ強く掴まれるだけでも相当のダメージが掛かるというのに、まして進行方向とは逆の方へ、引き戻されるように力が加わったわけですから、余計に強い負荷が掛かり、それによって、激しい痛みと衝撃が、一瞬にしてわたしの身体を突き抜け、そのまま全身の力が抜けるように、その場にふっとうずくまってしまい、しばらくの間、じっと黙って動くことが出来なくなってしまいました……しかし、恐ろしいのはここからで、そんなわたしの痛ましい姿を見て、この無慈悲な冷血漢は、心配する素振りをまるで見せず、それどころか、さらに苛立ちを募らせるように、早く立ちなさい、痛がる振りをするな、舐めるのもいい加減にしろ、と、まるで今のわたしが、さらに悪いことを重ねているかのような口ぶり、弱った者に追い打ちを掛けんとする卑劣ぶりで、これにはさすがのわたしも唖然とし、目の前の光景が信じられず、この人とはもう、何を話し合っても無駄だと感じ、となればいっそ、第三者に訴え出るしかないと、そう思ったわたしは、鈍い痛みを必死でこらえ、何とか立ち上がり、そうして先生の方を振り向き、キッと睨み付け、体罰を受けたと訴えてきます、と、憎しみを込めて吐き捨て、足早に部屋を出ようとしました……すると、そんなわたしの振る舞いに、さすがの先生も多少焦りを感じたのか、分かった、分かったと言いながら、出入り口に先回りし、今のは悪気があったわけじゃない、お前が話を聞かず勝手に立ち去ろうとするから引き止めただけだ、と、この期に及んでもやはり、わたしに非があるかのような言い方、やれやれ、ほんとに困っただ、と、上から目線の、呆れ果てるような言い方、こんな我がままな生徒を持って、ほんとに教師という仕事は大変だと、被害者ぶるような言い方、それが非常にわたしの神経を逆撫でしまして、これはもう、絶対に容赦しないと思い、先生に向かって、今の衝撃で、腕に怪我を負ったかもしれません、生徒に怪我を負わせたのだから、これは立派な体罰です、職員室に行って、その場にいる先生全員に向かって、全力で訴えてきます、と、強い怒りと悲しみと共に、わなわな体中を震わせながら、力強く言い放ち、そうして先生を押しのけて、部屋を出ていこうとしました……すると、その教師は、ようやく事の重大さに気付いたのか、急に慌てた様子で、その場にひざまずき、分かった、分かった、全て自分が悪かった、だから、どうか事を荒立てないでくれ、と、憐れみを請うような悲痛の表情で、何度も頭を下げながら訴えてきました……さすがのわたしも、鬼ではありません、目の前で、教師という立場の者が、目下の者に対し、こんなにも必死で、なりふり構わず、懸命に頭を下げ、許しを請うてくれば、多少なりとも、同情の念、哀れみの感情が湧かないわけにもいかず、何だかもう、怒りを通り越して、しょうがないかと呆れ、溜息が出るような気持ちになってしまい、これ以上相手を追い詰める気になれませんでした(わたしは自分が少し、人に優しすぎるのではないかと、折あるごとに反省の念に駆られるのです、自分が日常的に、何の非もないにも関わらず、他人から一方的に、不当な嫌がらせに遭わせられるくせに、そんな罪深き人々に対して、確固たる大義名分のあるわたしの方は、自分から理不尽な攻撃を仕掛けることなく、いつも適度な対応の範囲内の行動に収まってしまい、それに加え、相手が反省の意を示し、煩悶に駆られる姿を見せられると、つい情に流されて、看過してしまう癖さえあり、そんな寛容性、度量の大きさ、自己犠牲、献身的精神が、わたしの人生を不幸に陥れた最大の要因のようにも思え、だからこそわたしはもっと、人に対して、無神経に、無配慮に、無分別になるべきなのではと、事あるごとに自省に駆られるのですが、しかし、やはりわたしは根が優しいのでしょう、いざとなると、相手が可哀想に思えて、どうしても自分勝手な態度を取ることが出来ないのです)……先生の罪を問わないことにしました、しかし、そうはいっても、これだけの苦痛を食らった身ですから、何の埋め合わせもなく、黙って立ち去るわけにいきません、故にわたしは、妥協案、折衷案として、仕方なく、じゃあ、少しで良いので、慰謝料を払ってください、と、金銭を渡してもらうことを提案し、先生も素直にそれを了承しましたので、れで丸く収めることにしました……詰まるところ、わたしの肉体的、精神的な苦痛は、お金で解決されてしまったのです……大人の汚さを思い知った、非常に嫌な出来事でした…… 


 

     二 

 

 恋愛、それはわたしの人生を正しく伝える上で、決して外すことの出来ない重要な事柄です――幼い頃から数々の悲劇に見舞われ、不幸のどん底を歩み続けてきたわたしにとって、その苦痛を癒やし、空虚を埋め、救いとなっていた唯一のもの、それが、恋愛だったのです……とにかくわたしは、寂しかったんだと思います――誰も相手にしてくれない、誰も分かってくれない、皆わたしをいじめる、皆わたしを裏切る、皆わたしを仲間はずれにする、そういう疎外感、寂寥感が、わたしの体を異性という存在へ自然と向かわせたのだと思います……中学から高校に掛けて、わたしは当たり前のように男性と関係を持っておりました――一人ではありません、体の奥底に根を張る巨大な孤独感を紛らわすためには、たった一人の男性では足りず、幾人もの男性と同時に関係を持っておりました、一人失うことでまた孤立に陥ってしまうことへの恐ろしさから、保険を打ち、予備を確保しておきたかったのです、それらはいずれも大人の男性達ばかりでしたが、恐らくわたしは、自分を無碍に扱う同級生達に対し、見返すというか、復讐というか、当て擦りというか、差を見せ付けたかったんだと思います、彼女たちよりも一歩早く、大人の世界へと近づき、もっと広い世界で、自由に、一人前に生きている姿を見せ、優越感に浸り、不遇の立場を合理化する、そういう思春期特有の心理が働いていたと思われます――故にわたしは、ネットで積極的につながりを求めたり、街中でそれらしく行動して声を掛けられやすい状況を作ったりと、出会いの機会を増やそうと必死になっていました……出会った男性の多くと肉体の関係を持っており、それと同時に、彼らから欲しいものを買ってもらったり、お小遣いをもらったりもしていました――同世代の子達に対する疎外感や嫉妬心は、金品を得ることでしか解決できなかったのです……しかし、それにはまだ足りません――そこでわたしは、いささか怪しげな、簡単な撮影のお仕事などをして、ギャラを受け取ったりすることもありました……。 

今にしてみれば、ここが転落の始まりだったのです、この頃を振り返ると、わたしは男性達に対し、決して感謝や懐かしみではなく、憎しみや嘆きを覚えます、わたしは確かに、彼らと積極的に交遊を結んでおりました、しかしそれは、思春期で心が揺らぎやすい孤独な少女が、寂しさを紛らわせたいという一心で、冷静な思考力を失ったような精神状態で、十代特有の好奇心や出来心で、衝動的に異性の体へと向かわせたに過ぎず、普通、大人であれば、そんな子供に対し、優しく、包み込むように諭して、正しい方向へ導くべきじゃありませんか、なのに、醜悪な大人の男達は、その健気な、無垢な、純粋な気持ちを利用して、一人の純真な少女の体を弄び、たぶらかし、欺いていたのです……ですから、あれは、決して、お互いの、合意の上ではなく、一方的な性的搾取であり、わたしは、被害者に過ぎません……そう、確かに、今考えれば、わたしは、陵辱されていた……あれは、きっと、強姦に違いない(現に、その年齢を考えれば、法制上も、そうなっているはずです)……わたしはただただ、一時の感情によって、何も分からぬまま、相手に身を委ね、汚されていただけだったのです……ああ、なんて悲しく、やり切れないお話でしょう、こんな不道徳な交際が、今でも至る所で平気で行われてるのです、わたしのように綺麗で純粋な心を持った、世の暗部を知らぬ健気な少女達が、大人の男達によって利用されているのです……。 

 

ある時、体調が妙に優れず、また、生理が予定日になっても来ませんでしたので、もしや、と思い、検査薬を購入して調べたところ、陽性が出ました、そのときわたしは十五歳でした、わたしは子供の頃から出来るだけ早く赤ちゃんが欲しいと常に願っていましたので、産むという決断しか考えられませんでした、当然、両親にも打ち明けないわけにはいきませんでしたので、全てを告白すると、二人とも激昂し、わたしが、「どうしても子供を産む、相手の男性とも暮らす」、と言い張ると、両親はわたしに勘当を突き付けました、ああ、血も涙もない卑劣な親です、年端も行かぬ自分の子供が、狡猾で強欲な大人に騙されて、大変な状況に陥っているのですから、黙ってお金を出して、子供の面倒も見てくれれば良いのに、むしろ絶交を言い渡すなんて……わたしがこんな羽目に陥ったのも、遡ればこの二人が原因なのではないかと思われてきました、もしも子供に辛い人生を歩ませるのが虐待なのであれば、わたしは長い間、教育という名目の下、少しずつ虐待されてきたのではないでしょうか、この二人がもっとしっかりした親であれば、わたしはこんな苦しい思い、苦い人生を歩む必要などなかったのではないでしょうか……。 

結局、わたしは学校を辞め、お相手の男性(相手が誰か特定するのに若干の時間を要しましたが)とマンションで同棲するようになり、十六歳になったのと同時に籍を入れ、無事男の子を出産いたしました、赤ちゃんが生まれたときの感動と言ったらありません、ずっと独りぼっちで過ごしてきた自分に家族が誕生し、女性としての一つの幸せを手に入れたのですから、これ以上の喜びはありません、わたしはこの子を大事に大事に育て、心から可愛がり、旦那と共に幸せな家庭を築こうと決意しました……しかし……。 

 子供が生まれて半年ほどでしょうか、息子に対する愛情が一日一日、日を追うごとに失われていくのが分かり、いつの日か、むしろ憎しみさえ抱くようになっていました、事あるごとに泣き喚く、なぜ泣いているのか分からない、怒鳴っても効果がない、ハイハイを始めれば何でもかんでも口に入れたり、段になっているとこから落ちそうになったりする、しょっちゅう熱を出し、いつもそばで見守っていなければならない、わたしはもう世話をするのが嫌になりました、それに加え、旦那の低収入から来る貧困、最低限の食生活、買い換えることのない衣服、外に遊びに行きたい、自由に買い物をしたい、遠くへ旅行に行きたい、そういう欲求が強い葛藤となって表れ、どんどん気が滅入ってきました、結果、わたしは子供に意味もなく強く当たったり、泣いていても放っておいたり、家事を放棄したり、子供を柵の中に閉じ込めておいて遊びに出かけたりするようになその分を全て夫任せにしておりました当然、外での仕事を兼任している旦那としては、自分だけでやりこなせる範囲ではないので、ああだこうだと文句を言ってきます、しかし、わたしはそれに腹が立って腹が立って仕方がなかった、元はといえば、あんたが悪いんじゃないか、あんたが諸悪の根源じゃないか、右も左も分からぬ清らかな少女をだまくらかし、金をちらつかせて引き寄せ、上手く言いくるめて姦淫し、無責任に孕ませ、苦しい生活を強いる、あんたがもっとマシな職を見つけて、もっと一生懸命働いて、もっと家庭のことを考えてくれれば、こんなことになる必要はなかったじゃないか……この国の子育て支援や理解は遅れてると良く聞きますが、本当にその通りだなと実感いたしました、わたしがこんなにも子育てに煩わされるのは、社会の責任、男達の責任が非常に大きいのではないでしょうか……。 

ある朝、起きてからずっとわたしがスマホをいじっておりますと、赤ちゃんの世話をしながら仕事の準備をする夫が、ねえ、あれはどこ? あの件はどうすの? これやっといてね、ねえ、聞いてる? などと、何やら口うるさく言ってきますので、「さあ、知らない、全部自分でやれば」、と素っ気ない返事をすると、それが彼の逆鱗に触れたのか、わたしに体をぐっと近づけてきて、またあーだこーだと訳の分からないことを喚き始め、とにかくそれがうるさくてうるさくて仕方がなく、わたしはひたすら無視を決め込もうと思い、目いっぱい体を背けてやったのですが、それでも彼の小言は延々と止まらず、もはや嫌がらせの域に達していて、さすがのわたしも、ちょっとでも何かやり返したいという衝動に駆られてきて、大きく息を吸って、ハア、とこれ見よがしに溜息をつきながら、相手を目いっぱい見下すような軽蔑の表情を見せつけてやりまして、そうしてまたすぐに、スマホの方へ意識を向けたのですが……どうやら逆効果だったようです、その瞬間、急に夫の表情が変わって、スマホを持っていた方の腕を強引に掴み、そのまま力任せにわたしの体を引き寄せ、床に叩き付けるように乱暴に離したのです……床にうなだれたわたしは、1ミリたりとも動くことが出来ずじんじんと疼く鈍い痛みを必死でこらえ、反撃する意思さえ持つことが出来ないでいました……DVの始まり、そういう予感が頭を掠めました、このまま、日に日に夫の暴力が酷くなり、精神的にも支配され、理不尽という意識さえなくなり、自分を卑下し出し、そうしていつしか抜け出せなくなる、そんな恐怖に駆られました……わたしは痛みをこらえて立ち上がり、夫に何も告げず、衝動的に自宅を飛び出し、泣きわめきながら路上を走り、そのまま近所の警察署へと駆け込み、そうして今あった出来事を、混乱の中説明しました、わたしが何をされ、どの様な目に遭い、如何なる苦渋を強いられてきたか、相手の言葉を待たず、思いつくままに、言葉にならない言葉で、必死で訴えかけました……しかし、どうでしょう、担当した女性職員の方々は、真剣に聴いているのかどうか、困惑と疑心の表情を浮かべながら、「はあ、はあ」と生返事を繰り返すばかり……ああ、たまにニュースなどで、ストーカーやDVなどの相談を警察が受理せず、殺人にまで至ったという事件を見聞きしますが、これもその一つなのでしょうか……また一つ、社会の残忍さを目にしたように思えます……。 

 

 もはや二人で歩んでいくことなど出来るはずがありませんでした――いくら子育てに飽き飽きしたとは言え、一応お腹を痛めて産んだ子ですから、こちらで引き取ることになりました、が、当然、もともと低収入だった旦那の慰謝料、養育費だけでどうにかなるはずがなく、ろくに食べていくことも出来ませんので、役所に行って経済的援助を申請し、同時に、生活費を稼ぐため、仕事を探すこととなりました、といっても、学歴も資格も皆無なわたしには、簡単なパートの仕事しか出来そうになく、最低の環境で、最低の作業を、最低の賃金と引き替えに延々と繰り返すような、ろくでもない求人ばかりで、清掃の仕事も、工場の仕事も、接客の仕事も、すぐに嫌になってしまい、長続きしませんでした……わたしはただ、わたしらしく、のびのびと働きたいだけなのに、やれ、愛想が悪いだの、ぼーっとするなだの、時間を守れだのと、人の仕事の仕方に口うるさく言ってくるのです(ほとんどパワハラではないでしょうか)人それぞれ、色んな働き方があるべきなのに、それを尊重せずに、仕事仕事と、それで過労になって死んだらどうするのでしょうああ、政治家の皆さんは、一億総活躍とか、女性の社会進出とか、働き方改革とか、調子の良いことを謳いながら、少女一人、安定した収入とゆとりのある職に就かせることが出来ないのです、本当に、この国は、最低だと思います……結局わたしは、効率よくお金を稼ぐため、水商売と大して変わりないような、ゲスな接客の仕事をするしかありませんでした、薄汚い男達に媚びへつらって、お金を得る、本当に、屈辱的です、人権侵害です……。 

 そもそも、わたしに確固たる学歴や資格があれば、こんな惨めな生活に陥る必要などなかったわけであって、どうして親や教師達は、もっと親身になって、勉強の大切さを教え、将来における重要性を叩き込まなかったのか、そう考えると恨めしい感情で一杯になります、確かにわたしは自分から勉学を放り出し、授業や宿題を拒否してきたかも知れませんが、子供はそんなこと分かるわけがないのですから、無理矢理にでも、わたしを更正させ、正しい道を歩ませるべきだったのです、教育格差の問題が日頃から指摘されていますが、その犠牲者がここにもいるのです、わたしがもっと良い学習環境を手にしていれば、今頃わたしは、優雅で贅沢な生活を送っていたに違いないのです、にもかかわらず、わたしのような犠牲者、弱者、マイノリティに対して、自己責任、自己責任と、無慈悲なことを言い放ち、不可抗力の貧困によって、仕方なく税金で高い買い物や娯楽に興じれば、無駄遣いするなだのなんだのと、なんて心の狭い世の中なのでしょう一人一人が強欲を捨て、意地悪に財産を独占せず、社会的地位とは無関係に、皆でお金を分かち合えば良いではありませんか…… 

 

 ある時、わたしはふと、自分が何らかの病気や障害なのではと思い始めました、例えば、鬱病――気分が優れない状態が長く続き、苛々して眠れない夜もあります、感情が不安定で、仕事にも精が出ず、体調も何だかあまり良くないような気がするのです、鬱というのは、隠れがちで、本人さえ自覚できていないことがあると言います、また、鬱になりやすい人は、真面目で、責任感が強く、神経質で、自責的な人間がなりやすいとも言います、これは正に、わたしの事なのではないでしょうか? あるいは、発達障害――昔からわたしは、行儀良く授業を受けたり、規則を忠実に守ったりすることが人一倍苦痛ですし、集団と上手く打ち解けられず、他人と分かり合えないことが多かった気がします、だとしたら、わたしは今まで、生まれつきの作りでどうしようもないこと、先天的に不可能なことを、無理にやらされ、合わさせられ、矯正され、それに必死で、健気に、辛抱強く耐え続けていたと言うことになりましょう、ああ、なんて不幸な、哀れな、嘆かわしい物語でしょうか……また、わたしは、数々の、過去の嫌な体験、その光景が、トラウマとなって、不意に蘇り、わたしの精神を乱し、生活を狂わせることがあり、これは所謂、PTSD、という奴で、これまでの、辛くて忘れられない、理不尽で強烈な経験が、わたしの生活、精神、性格を歪ませ、妨げ、混乱させているのはないでしょうか、幼少期の辛い経験は、一生背負うと言います、わたしもまた、子供の頃の、同級生や大人達から受けた数々のやり切れない暴力が、「心の傷」となって、わたしのその後の人生、人格を形作ったように思えてならないのです……。 

 そんな様々な疑念が頭を駆け巡り、恐ろしくなったわたしは、勇気を出して、精神科へと足を踏み入れました、そうして、お医者さんに対し、わたしの普段の様子、過去の出来事、人生の全貌を、洗いざらい、余すところなく、全て打ち明け、その苦しみを、一生懸命訴えました……わたしが一通り言い終わると、じっと黙って聞いていた医者は、こちらを見つめたまま、少しの間を置いた後、軽く鼻から息を吐き、ゆっくりと身を乗りだし、神妙な面持ちで、次のような事を話し始めました――私は長年、この仕事に従属し、最近は、精神科への敷居もぐんと低くなって、様々なタイプの患者さんがやってこられるようになりましたが、その経験から言わせてもらいますと、あなたのようなタイプは、薬では決して良くなりません、何よりまず、生活習慣や、環境、考え方の改善が大事です、薬を投与することは、逆効果で、無意味に心身を悪化させたり、薬漬けの日々から抜け出せなくなる可能性もあります、あなたが最優先すべきは、意識の改善なのです、今ここに、心身を整えるための、生活習慣マニュアルがありますので、それをまず、一つずつ、ゆっくりで良いので、実行してみてください……と、さも、もっともらしく、深い言葉であるかのように、あれこれと、説法を聞かせられましたが、なんだかんだ言って、結局のところ、その医者が言いたいのは、あなたは病気ではない、だから診断書も書けないし、処方箋も出せない、ということなのです……ああ、なんて酷薄な医者であることでしょう、こんなにも必死で、地獄の底から助けを求めている、憔悴しきった患者が目の前にいるというのに、何の救いの手も差し伸べず、冷たく突き放すのです、それでも医療に従事する人間ですか? わたしはもう、怒り心頭で、取り乱したように、喚きながら、「もしも自殺でもしたら、あなたのせいだ、遺書を残して訴え、あの世で恨んでやる、お前のキャリアも、この病院も、どうなっても知ったことか、全部、お前が悪いんだ」と、大声で、叫ぶように訴えました(いま振り返れば、確かに少々言葉が行き過ぎていた感はあるかも知れませんが、弱い立場のわたしが正義を貫くためには、こうする他なかったのです)……そこからまた、何度か激しい問答を繰り返しましたが、最終的には、医師側が観念し、わたしの訴えを認め、結局、鬱病、ということになって、診断書を受け取りました……。 

 以来、わたしは、行政関係や、職場、あるいは身の回りの人間に対し、不当な態度を取られる度に、その診断書を見せて、わたしの苦しい実情を理解させようとしました、しかし、その度に、返ってくるのは、やはり、冷たい反応、疑った態度で、嘘つき呼ばわり、さらには、甘えているだけだ、少しなんだから頑張りなさい、など、精神を病む者に決して言ってはいけないような台詞を、平気で言ってくるのです……結局のところ、これが世の中の現状で、まだまだ精神疾患への理解がないのです……むしろ、鬱の人は、もっと気楽に、もっと我が儘に、もっと無責任にならなくてはならず、わたしもまた、今まで頑張りすぎていたんだと、反省する思いに駆られました……。 

 

 数々の不幸にのし掛かられる内に、いつしかわたしは、この思いを誰かと共有したい、という気持ちに駆られるようになってきました――自分の人生は、呪われている、次から次へと、不幸が襲ってくる、これからも、非運の連続から逃れられる気がしない、なら、せめて、気持ちを楽にしたい、たとえ、今後も幾多の不条理が降り掛かるとしても、せめてそれを、誰かに打ち明けたい、共感してもらいたい、慰めてもらいたい、そういう感情が強く迫り上がってくるのが分かりました……しかし、わたしには知り合いらしい知り合いがいません――そこでわたしは、複数の人々と直接会ってお話が出来る機会を得ようと、とあるSNSのコミュニティを通じて、男女6人ずつ、計十二人のユーザー達が集う、合コン的なお食事会に参加することになりました……当日、赤ちゃんを寝かせた後、家を出て、待ち合わせ場所へ向かい、そうして、参加者が全員揃ったところで、会場となる、カラオケボックスのパーティルームへと向かい、それぞれ適当に席に着いた後、メニューを注文し、届いたところで、乾杯、そうして、自己紹介が始まりました……皆、この会を楽しみたいと、良い出会いになれたらいいなどと語り、一人一人紹介を終える度に、男性達が大げさに盛り上げて、とても賑やかな雰囲気でした……しかし、わたしは端から男女の交遊を楽しむために来たのではなく、飽くまでわたしという、悲しく切ない非運の物語を共有させてあげたい、皆と分かち合いたい、絆を深めたい、そういう目的で参加していますので、初めからほとんど笑顔さえ見せることもなく――と言っても、いきなり重い話を打ち明けるのもどうかと思いましたので、自己紹介では、今日はある大切な想いを胸に皆さんに会いに来ました、よろしくお願いします、と、どことなく神妙な面持ちで、何か特殊な事情があると匂わせるように語るに留め、それに対し、男性達は、初参加の女性がはにかんでいるとでも解釈したのか、緊張しないでパーッとやろう、盛り上がってこう、と声を掛けました……こうして会合が始まり、皆でゲームをしたり、歌を歌ったり、賑やかな雰囲気が続いていたのですが、途中、質問タイムのような時間になり、その人の素性、経歴をさらけ出すような展開になっていたので、わたしは、ここだ、と思い、自分に話が回ると、極自然な形で、過去に遭わされ続けてきた、数々の哀れな不幸話の吐露へと移行しました……いじめ、裏切り、体罰、セクハラ、虐待、貧困、DV――まるで、性犯罪にあった女性が、羞恥と恐怖に耐えながら、勇気を振り絞って告白するように、一生懸命吐露しました……すると、最初は興味ありげな表情で、積極的に言葉を挟んできた周りの人達が、陰鬱なエピソードと分かっていく内に、徐々に表情を暗くしていったり、言葉数が減っていったり、あるいは場を盛り下げまいと必死になって、無理に明るい調子で合いの手を入れ、何事もない平然とした様子を装ったりで、妙な雰囲気になっていきました……わたしはまだまだ話し足りなかったのですが、隣の子が急に話題に入り込んできて、あ、そうだ、◯○と言えばわたしさあ、と自分のエピソードを話し始め、他の人達も、まるで救世主が現われたかの如く、え、何々、へー、などと、待ってましたと言わんばかりに一気にそちらの方へ食いつき、あっという間に話がすり替えられてしまったのでした……わたしはその女を酷く恨みましたが、さすがに、「まだ話は終わってないんだけど」と遮る勇気はありませんでした……そうしてまた元の賑やかな雰囲気に戻り、それぞれの男女が楽しそうにコミュニケーションを重ねている中、わたしはやはりまだ話し足りない、これじゃあ何のために来たのか分かない、とそう思い、何かの拍子で、場の賑やかさが一瞬静まったとき、ねえ、ちょっと、聞いてくれる、と全員に向かって問い掛け、そのはまだ、何々、と、面白話でも期待するかのように食いついてくれたのですが、やはり先程と同じように、暗い話だと分かると、まるでわたしの話の隙間を縫うようにして、一人ずつ別の行動へとひっそり移行していき、誰かが大きな声でメニューの追加を尋ねると、皆が次々にそっちの方へ意識を向け、わたしのお話はもう終わったかのようにされてしまいました……わたしとしては、むしろ良い話、為になる話、感動の秘話、素晴らしい苦労話を聞かせてあげたいと、善意から、勇気を持って、相手を信用して、強い覚悟で、必死の想いで、自分の過去を、秘密を、トラウマを打ち明けたのに、それを踏みにじって、無視しようとする……なんて酷い人達、なんて心ない人達なのでしょう……その後も、チャンスを狙って何度かボソッと話を切り出すのですが、その度に場が一瞬の沈黙に陥り、すぐに誰かが別の話を大声で切り出して、まるでわたしの言葉が無かったかのようにやり過ごすというパターンが出来上がっており、時には、「空気を読め」とも言わんばかりに、キッと睨み付ける人さえいました……結局、この反応こそが、わたしの悲劇の全てを表しているのです、わたしのような、苦しんでいる少数派を無視して、盛り上がっている多数派を尊重し、周りに合わせろ、空気を読め、という同調圧力を行うのです……わたしは余りに悔しい思いが致しましたので、何かの拍子で偶然全員の会話が途切れるのが重なったとき、すかさず、人がこんなに苦しんでるのに良くそうやって盛り上がれるね、と少し不満げな表情で、語気を強めながら言い放ってやりました――すると、みな互いに顔を合わせながら、せせら笑いを浮かべ、もういいや、次行こう、という誰かの提案に、うん、そうだね、と冷笑を浮かべながら軽い調子で他の人達が合わせ、皆が帰る準備をし始めましたので、ねえ、ちょっと待ってよ、とわたしが立ち上がると、お前はついてくるな、と冷たい表情で言い放たれました……それを聞いたわたしはその場にゆっくりと座り込み、斜め下の方に視線を向けながら、悲痛の表情を浮かべじっとしておりました……皆が退出しても、わたしはあまりの悲しさと悔しさに、子供のように意地を張ってその場を動くことをせず、片付けをしに現われた店員は、誰もいないと思ったのか一瞬驚いた表情を見せており、わたしが遂に我慢できず泣き出したので、どうしたらいいか分からない様子でした……。 

 

 帰り道、辺りはすっかり暗くなり、ひんやりとした冷たい空気が流れ、虫の鳴き声や人々の生活音がひっそりと聞こえる中、この世で自分だけが独りぼっちにされてしまったような、打ちひしがれる気分に陥り、その哀れな境遇を想うと自然と涙がこぼれ落ち、人目も気にせず子供のように泣きながら、とぼとぼと家へ向かっていました、すると、わたしの住んでいるマンションの辺りで赤いサイレンのようなものが反射しているのが見え、少しずつ近づいていくと、エントランス付近にパトカーが一台止まっており、わたしは特に気に留めることもなく、自分の部屋へ向かおうとするその途中の廊下、一人の警察に、「○○号室の方ですか」、と声を掛けられ、はい、そうですが、と力なく返事をし、話を聞くと――実は、わたしの赤ちゃんが、夕方頃に目を覚まし、泣き喚き、それが余りにも長く、余りにも凄まじいものだったため、不審に思った住人が、警察に通報したらしく、しかし、当然、わたしは外出中ですから、警察がいくら呼び掛けても誰も出ることはなく、仕方なく、管理人を呼んできて、鍵を開けてもらい、中に入り、泣きすぎて喉がカラカラになった赤ちゃんを、保護したとのこと……その話を聞き終わると同時に、他の警察の方が、わたしの赤ちゃんを抱きかかえて、こちらにやって来るのが目に入り、わたしは何だが、人に赤ん坊を奪われたような気になって、返してください、と奪い返すようにして赤ちゃんを腕に抱え、部屋に戻ろうとしたのですが、しかし、そんなわたしの様子を見て、不審に思ったのか、尋問するような口調で、あれこれ聞かれそれに対し、わたしは、いいえ、大丈夫ですので、ほっといてください、何もないですから、素っ気ない返事をし、振り払うように、部屋へと戻っていきました……その日を切っ掛けに、住民達の間で、虐待疑惑が囁かれるようになり、わたしの姿を見掛ける度に、さっきまで普通にしゃべっていた奥様連中が、急に距離を詰め合って、声を潜め、横目で見ながらひそひそ話をするようになりました……。 

 

わたしは、次第に人生に疲れてきました、なんで、どうしてわたしばかり、こんな酷い目に遭わなければならないのかと、一体わたしが何か悪いことをしましたか、何か過ちを犯しましたか、むしろ小っちゃい頃からずっと、模範的な、心の優しい、品行方正、素朴で純粋な、他人思いの、迷惑を掛けない良い子で生きてきたではありませんか、人を欺いたこともない、人を傷つけたこともない、人に迷惑を掛けたこともない、人にわがままを言ったこともない、なのに、何故よりによってこのわたしが、不幸の代弁者に選ばれ、数多くの受難に見舞われなければならなかったのか……。 

わたしは無気力な調子で、仕事にも行かず、死んだような目で赤ん坊を眺め幽霊のように生きる日々を過ごしていました……。 

ある日、赤ちゃんを抱いたまま、五階にあるわたしの部屋の中から、ベランダへと出て、手すりに腕が触れるくらいの位置に立ち、魂の抜けた表情で外をぼーっと眺めていました……その間も、腕に子供の重みを感じます、ああ、この子がいなくなればどれだけ楽だろう、子育てから解放されればどれだけ救われるだろう、この子が全ての元凶かもしれない、この子は悪魔の使いかも知れない、と、何となくそんなことを漠然と思いながら、じっと立ち尽くしていました……その時、わたしに何が起こったのか、自分でも分かりません……しかし…………気が付くと、わたしの腕に赤ちゃんはいませんでした……下の方から、女の人の悲鳴が聞こえてくるのが分かりました……わたしは相も変わらず、死んだような表情で宙を見詰めながら、何事もなかったかのようにゆっくりと後ろを振り返り、ふらふらと部屋の中へと戻っていき、部屋のソファーに腰掛けて、電池の切れたぬいぐるみのオモチャのように、虚脱した様子で、ぼーっと一点を見詰めていました……しばらくして、警察がわたしの部屋を訪れ、わたしは殺人容疑で逮捕されました……。 

 

 

 これがわたしの人生の要約です、わたしは今拘置所に入れられ、事件に対する判決を待つ身として生きています、確かにわたしは赤ちゃんを落としました、そこに赤ちゃん或いは子育てに対する逃避願望があったことも認めます、しかし、それは日々強いられている苦しい実状によって生じた一種の心神喪失、錯乱状態だったのであり、罪を問うことは出来ないと思うのですそうして何よりそんな地獄のような、気の狂いそうな、阿鼻叫喚するような最低の生活に陥れたのは、わたしを見捨てた両親であり、わたしをいじめたクラスメートであり、わたしを構わなかった教師であり、わたしを弄んだ男達であり、わたしを救わなかった大人達なのです……そう、つまり、赤ちゃんを殺したのは、社会です……。 

わたしはただ、こんな悲劇が二度と繰り返されて欲しくないという思いから、人間達の様々な悪事を白日の下に晒し、悲しい宿命を背負った人間の全貌を知ってもらおうと、この様な告白へ至った次第です、お分かりになってもらえたでしょう、わたしほど不幸な人間は他にいません、不幸という言葉は、私のために作られたものと思われます、人が自分を不幸だ不幸だと言うときには、大抵、自己陶酔的であったり、エゴの裏返しであったり、自己責任を忘れていたりで、実際は本人に悪が潜んでいるものです、しかし、わたしの不幸は完全なる不可抗力である故、わたしは何も悪くないし、何の罪も犯していないのです……そう、悪いのは、世の中です、悪いのは、社会です、悪いのは、大人達です、悪いのは、男達です、そうして、わたしは、被害者です、わたしは、受難者です、わたしは、犠牲者です、わたしは、悲劇のヒロインなのです……。 

ええ、本当に、わたしは、わたしは、わたしは、わたしは……。 


この本の内容は以上です。


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