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天地反転

29 天地反転

目を覚ますと、首から下が土に埋まっていた。おまけに天地が逆さまになっていた。

男は天を埋め尽くした地面の底に、頭を下にして突き刺さるようにして埋まっていたのだ。眼下には底なしの空が広がっていた。重力だけはもとのままだった。

男はついにこのときが来たと思った。長い間、予感だけはあったのだ。

見回すと、他にも大勢の人々が土から頭だけを出して下向きに垂れさがっていた。すべて予言通りだった。

男は予言を繰り返し唱えながら、時が満ちるのを待った。

風が地表をなで、近くに埋もれたものたちの髪がそれになびいた。男はある髪の長い女に視線を引きつけられた。

よく見ると、それは女ではなかった。マネキン人形だった。男ははっとなって他のものたちを見回した。みんなマネキン人形だった。騙されたのだ。

男は大声で助けを求めた。誰も来てくれないことは分かっていると思うと、声は余計に大きくなった。

そのとき、声の振動が伝わって近くの土が剥がれ落ちた。そこに埋まっていたマネキンが、土と一緒に眼下の無限の空間に落ちていった。

男はあっと口をつぐみ、マネキンが音もなく小さくなっていき、ついには見えなくなってしまうのを最後まで見送った。

男はもう声を出さなかった。

やがて、また別のところで土が剥がれ落ち、マネキンが一体こぼれ落ちていった。それも見えなくなったかと思うと、次だった。

男は脱出しようと体をもぞもぞ動かしたが、土が崩れそうになったのですぐにやめた。もはや時間の問題だったが、できることは何もなかった。


耳垢

30 耳垢

「ちょっとこっち来て」

男は心なし浮き立った声で女を呼んだ。見たこともないほど大きな耳垢が取れたのだ。

女が部屋の戸口のところに姿を現した。何か作業を中断してきたらしく、ゴム手袋をはめたままだった。やらなきゃと言っていた風呂場の排水溝の掃除かもしれない。

「耳垢、すげーでかいのが取れた」

男は耳垢の乗ったティッシュを手のひらに乗せ、得意気に女に見せた。

女は汚れがつかないように手のひらを外側に向けて腰に手を当て、すがめた目をちらりとティッシュに向けた。

「で?」女が言った。

で、と言われてもこれだけだった。でかい耳垢。男はもっとよく見てと言うように、手をもうひと押し前にやった。

女は感情のこもってない目でティッシュを一瞥すると、ものも言わずに行ってしまった。

男は、女のその態度にまた何か間違えてしまったらしいと気がついた。「捨てるから」男はあとを追うようにして言った。

しかし、一人になって改めて耳垢を前にすると、やはり捨てるには忍びないという気持ちが沸いた。それほどの大きさだった。

その日、男は耳垢の乗ったティッシュを机に広げたままにして布団に入った。

翌朝目が覚めると、男は真っ先に机のところに行った。ティッシュはそのまま置いてあったが、肝心の耳垢は消えてしまっていた。

男は焦って辺りを見回した。耳垢はどこにもなかった。這いつくばって床をしらみつぶしに探したが、見つかるのはゴミだけだった。

風に舞うとか虫に食べられるとかしてしまったのだろうか。男はしばらくくよくよ考えた。はっきりしたことは何も分からなかった。

午後になって、男はようやく女にあれは捨てたと報告した。


この本の内容は以上です。


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