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 伊達の元カレ妄想は急激に膨らみ始めた。「きっと、そうだ。ひろ子命の出口は、高校時代から、ひろ子と付き合っていた。そして、卒業後、何度も、プロポーズをしたが、冷たくあしらわれてしまった。さらに悲劇は起きた。ひろ子は、自分よりはるか金持ちのボンボンと結婚した。そのショックで、自殺しようと思ったが、妹に慰められて、どうにか思いとどまった。毎日、ひろ子が離婚しますようにと祈っていたところ、願いが通じたのか、ひろ子は離婚した。そこで、チャンス到来と意気揚々と再度ひろ子にプロポーズした。ところが、またもや、婚約者がいるといわれ、断られた。しかも、その婚約相手というのが、太刀打ちできそうもないキャリアのデカ。二度のプロポーズを断られた彼は、悲しみと絶望で、投身自殺を図った。意外と、これが真実かもしれん。どうだ、サワ」

 

 沢富の開いた口がふさがらなかった。ここまで妄想を膨らませられては、否定しようがなくなってしまった。ひろ子さんとの結婚を祝福しているのか、それとも、ぶち壊したいのか、いったいどちらですかと文句を言いたくなったが、そこまで言うと大人げないように思えて、グッと怒りを抑えた。「とにかく、今日、ひろ子さんに、確かめます。僕をいじめるような妄想は、やめてください。元カレが何人いたって、僕は、何とも思いません。でも、出口巡査長の自殺と結び付けれたんでは、僕が悪者みたいじゃないですか。先輩、対馬に来て、頭が、ちょっと変になったんじゃないですか」

 

 伊達はなんだか心が開放される思いだった。対馬に飛ばされ、クラブのマスター役を押し付けられ、ここ3ヶ月間話し相手もいず、一人さみしく食事する毎日だった。どんなに対馬赴任をいい方向に考えても、明るい未来は見えなかった。また、出口巡査長の死についても、なんの手掛かりもなく、八方ふさがりだった。こんな時に、出口巡査長の死が殺害でなく、失恋での自殺の可能性が出てきたことになんだかホッとしたのだった。しかも、失恋の相手が、ひろ子と考えると、愉快になってしまった。「そう、むきになるな。男と女というものは、ミステリアスなものだ。ひろ子の隠された過去が暴かれるかもしれんぞ。ワクワクしてきた。あ、もしかしたら、ひろ子、高校時代に、中絶の経験があるかも?父親は、出口巡査長。これは、ますます面白くなってきたぞ」

 

 


 やはり、一人ぼっちになって、さみしさのあまり、頭がちょっとおかしくなっていると直感した。「ナオ子さんがいなくて、さみしいんでしょ。まあ、いいですよ。思う存分、僕をイジッて楽しんでください。そうだ、ここ1年は、対馬暮らしです。対馬といえば?先輩?ほら、あれじゃないですか?」伊達は、なぞかけをされて首をかしげた。「対馬といえば?なんだ?対馬といえば~~?何にもないじゃねぇ~~か」沢富が笑顔を作り返事した。「対馬といえば、魚釣り。釣りバカ人生が送れるパラダイスじゃないですか。漁港の岸壁から、アジ、キス、ミズイカなど、ジャンジャン釣れるそうですよ。オバちゃんたちが、晩御飯のおかずにと、夕方になったら、ホイホイ、釣ってるそうです。我々も、行きましょう。仕事なんて、二の次ですよ。人生、くよくよしても始まりません。先輩、ハマちゃんみたいに、釣りでもして、人生、楽しみましょう」

 

 釣りと聞いた伊達の顔に笑顔が浮かんだ。マトリのお世話役を押し付けられ、男の遊び場のないさみしい離島に追いやられたと嘆いていたが、魚釣りという遊びに気づかされ、なんだか肩の荷が下りた心持になった。近年、警察官の博打がらみの不祥事件がマスコミで取り上げられていたため、伊達は競艇やパチンコを控えていた。そのため、ホークスファンの伊達は、ヤフオクドームでの野球観戦が唯一の息抜きとなっていた。ところが、対馬に赴任してからは、簡単にヤフオクドームに行くことができず、休みの日は、やむなく、ユーチューブのサスペンスドラマを見て時間をつぶしていた。沢富がやってきて、野球談話ができるようになったことは、ちょっとした時間つぶしにはなったが、それでも、ヤフオクドームに行けないと思うと切なかった。野球観戦に行くことができなくなってしまった今、魚釣りは救世主のように思え始めた。

 

 そもそも、出世できる学歴を持ち合わせてない身分を考えれば、警察署長への夢はちょっとしたオアシスだったように思えた。対馬で退官を迎えたとしても、自分らしくていいようにも思えた。魂が抜けたような顔つきの伊達は、ぼんやりと天井を見つめつぶやいた。「そうだな~~。釣りか。それもいいかもな。ナオ子と一緒に、対馬で釣りを楽しみながら、余生を送るってのも、いいかも。バカな夢を見続けても、しょうがないしな。よっしゃ、デカなんか、くそくらえだ。釣りバカになってやる」あまりにも大胆な言葉に、沢富は目を丸くしたが、元気を出してくれた伊達を見て、ホッとした。「その意気ですよ。早速、準備しましょう。僕は、新しい釣竿を準備します。釣具屋を探さないと」

 

 


 

                老犬介護

 

 午後6時前にひろ子とナオ子は伊達の比田勝トンチャンマンションにやってきた。一月に一度、浮気防止のために二人で伊達のマンションにやってきていたが、沢富が赴任してきてからは、初めてであった。ひろ子は、麻薬探知犬が見つかったと思ていたため、沢富と会うのが待ち遠しかった。テーブルに着いたひろ子は、沢富の元気そうな顔を見てニコッと笑顔を作り、早速、麻薬探知犬の話を始めた。「サワちゃん、見つかったの?どんな犬。おいぼれでもいいのよ。ちゃんと面倒見るから。その犬って、今どこにいるの?名前は?オス?メス?」またもや、沢富は、ひろ子の意気込みに圧倒されてしまった。

 

 困り果てた顔の沢富を気遣って、即座に、伊達は助け舟を出した。「ひろ子さん、まあ、落ち着いて。サワの話では、その老犬ってのは、人間でいえば70歳以上で、散歩もろくにできないみたいでね。あと、長生きできても、23年ってところだそうだ。そんな老犬だから、いつ、病気になるかわからないし、今回は、見送ったほうがいいんじゃないかと思うんだが。ちょっと、出しゃばるようだが」水を差されたひろ子は、目を吊り上げて反論した。「そんなことはわかっています。死にかけでも、いいんです。病気したら、病院にもつれていくし、最期まで責任をもって、飼いますから。サワちゃん、お願い。その老犬を譲ってもらってよ。この通り」ひろ子は、顔の前で両手を合わせて頭を下げた。

 

 伊達は、頭を下げてまでして、老犬を欲しがる気持ちがわからなかった。麻薬探知犬であるから、まだ麻薬探知の仕事ができる可能性はあるかもしれないが、死にかけの老犬である。しかも、麻薬探知の仕事は、麻薬探知犬を操るハンドラーがいなくては、やれるものではない。ひろ子は、ハンドラーの経験もないし、今からハンドラーになる訓練をするわけでもない。伊達は、ひろ子がなぜそんなに麻薬探知犬を欲しがるのかの理由を確かめることにした。「ひろ子さん、犬を飼いたいんだったら、かわいい元気な子犬を飼われてはどうですか?老犬の麻薬探知犬を飼って、どうしようって言うんですか?まさか、老犬に麻薬探知の仕事をさせようってんじゃ、ないでしょうね」

 


 

 ひろ子は、現役を終えた老犬に麻薬探知の仕事を強制する気はなかった。あくまでも、一緒に北署の周りを散歩して、麻薬のにおいに気づいたら、教えてほしかった。「当然です。そんな強制労働を強いるなんて、絶対にしません。政府みたいに、老人を死ぬまで働かせるようなことはいたしません。ただ、一緒に、散歩したいだけです。誠心誠意、お世話しますから、譲ってもらえるように、お願いしてください。この通り」またもや、ひろ子は、両手を合わせてお願いした。その時、ナオ子が、口をはさんだ。「ねえ、犬を飼うって言っても、団地じゃ、飼えないんじゃないの。その老犬って、部屋の中で飼わなければならないんでしょ。それに、ひろ子さんがいない間は、だれが面倒見るの?まさか、私に押し付けるってことは、ないわよね」

 

 沢富は、大きくうなずいた。その老犬は、体が弱っているため、散歩の後はほとんどリビングで寝ている、と聞かされていたのを思い出した。「そうですよ。元気な犬だったら、外で飼えますけど、老犬なんです。飼い主さんが言われるには、散歩の後は、いつもリビングでゴロンと寝転がって過ごしているそうです。団地内では、飼えないし、ナオ子さんに、迷惑が掛かりますよ。やっぱ、今回は、あきらめたほうが・・」ひろ子は、老犬を飼ううえでの最大の問題点を解決するためにすでに手を打っていた。「そりゃ~~、老犬なんだから、外に放り出したりしないわよ。ナオ子さんにも、迷惑をかけるようなことはいたしません。ちゃんと飼う場所は、確保しています」三人は、老犬をいったいどこで飼う気なのか興味がわいてきた。ナオ子が、尋ねた。「いったい、どこで飼う気?まさか、車の中、ってことはないわよね」

 

 ハハハと笑い声をあげると返事した。「ナオ子さん、そんな極悪非道な女に見える?実家で飼うんです。父は、今、仕事ができずに、毎日、退屈してるんです。だから、私がいない間は、父が面倒を見てくれます。父は、犬が大好きなんです。犬がやってくるのを心待ちにしているぐらいです。これで、問題ないでしょ」沢富は、ここまで用意周到だとは思わなかった。このままだと、押し切られてしまうような不安に駆られた。何か、あきらめさせる方法はないものかと必死に考えたが、名案が浮かばなかった。伊達も必死に考えているようで、首を左右にかしげながら頭をかいていた。

 

 


 

 ナオ子は、ちゃんと面倒を見る人がいるなら、特に問題はないように思えた。眉を八の字にした沢富に、ナオ子は声をかけた。「一度、今の飼い主さんに、お会いさせてもらえないの。こんなに、ひろ子さんが、お願いしてるんだから。きっと、わかってもらえると思うんだけど」譲り受けるからには、当然、責任が付きまとう。老犬だから、いつ病気するかわからない。万が一、早死にでもさせたら、今の飼い主に、何と言ってお詫びをすればいいものか。飼い主が手放したくないと言ってくれると一番いいのだが、まずいことに、一度、飼い主の福山宅に伺った時、譲ってもいいような口ぶりだった。ここまで、話が進んでは、一度ひろ子に老犬を会わせて、相性を見てみることにした。「そうですか。そこまで、準備されているんですか。でも、犬を飼うには、飼い主と犬との相性というものがあるんです。もし、お見合いをして、老犬に嫌われたなら、譲り受けることはできません。それでも、会ってみたいといわれるならば、先方に、連絡を取ってみます。会われますか?」

 

 ひろ子は、笑顔で身を乗り出した。「あ~~、一刻も早く会いたい。その犬って、シェパード?オス?メス?名前は?」気乗りしなかったが、返事した。「シェパードじゃありません。オスのビーグル犬で、名前は、ビヨンド号です。現役の時は、とても優秀で、何度も表彰された名犬だそうです。そこまで、老犬にこだわるのであれば、連絡を取ってみます。でも、飼い主が、譲ってくれるとは限りませんよ。そのことは、了解していてください」ひろ子の頭には、耳が垂れたかわいいビーグル犬の顔がくっきりと浮かんでいた。「もちろんよ。強引なお願いは、しないわ。誠心誠意、ビヨンド号にお願いする。きっと、わかってくれると思う。ぜひ、連絡を取って」

 

 ついに押し切られたかと観念した沢富は、明日の午前中に連絡することにした。「それじゃ、明日、連絡してみるよ」ひろ子は、身を乗り出して、即座に返事した。「え、今、連絡取れないの?日曜日だから、飼い主さん、家にいるんじゃない。電話してみて」全くせっかちなんだからと心でつぶやき、内ポケットからスマホを取り出した。右手の人差し指で福山宅にタッチすると、二回の呼び出しで応答があった。「こんばんわ。先日お伺い、いたしました、沢富です。今、お電話よろしいでしょうか?」福山は、即座に返事した。「はい。どうぞ」沢富は、電話でお願いするのは、少し気が引けたが、思い切ってお願いすることにした。「先日のビヨンド号の件なのですが、口森さんという方が、ビヨンド号に会わせてもらえないかといわれてまして、どうでしょうか?」

 

 

 



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