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           ひろ子への尋問

 

 ナオ子が対馬を気に入ってくれたことで、少しは伊達の気持ちは楽になったが、伊達にしてみれば、対馬の釣りより博多の屋台が恋しかった。博多に戻るためにも、一刻も早く、麻薬密輸ルートを摘発しなければならなかった。できることなら、出口巡査長の死の謎をも解明したかった。「ひろ子さん、話は変わるけど、出口巡査長とは高校のクラスメイトだったんだろ。ちょっと、彼の死が気になるんだ。彼について、聞かせてくれないか?なんでもいいんだ」ひろ子は、出口巡査長の死に疑問を持ってくれている警察官がひとりでもいると知ると、犬死した出口巡査長が浮かばれるように思えた。でも、出口巡査長が神への懺悔として残した手紙の内容を決して他言しない、とドギャン・シタトネ神父と交わした約束をひろ子は破るわけにはいかなかった。

 

 伊達は出口巡査長の経歴と家族構成を調べると同時にひろ子の過去も調べていた。ひろ子は上対馬高校卒業後、対馬南警察署に採用され、3年間の交通課勤務後、21歳の時に結婚を理由に退職。その後、23歳で離婚すると、福岡に転居し、タクシー運転手として勤務。なぜ、ひろ子は警察官であったことを隠していたのか?退職理由は、結婚とあったが、果たして、それは本当なのか?伊達は、ひろ子の過去を探りたくなかったが、出口巡査長の死を解明するためにはやむを得ないと心を鬼にした。伊達は、黙っているひろ子に取調室で被疑者を尋問するかのような口調で話しかけた。「なんでもいいんだ。ひろ子さん、話してくれないか?手掛かりが欲しいんだ。付き合っていた時も、あったんじゃないのか?」

 

 黙っていると伊達の心証を悪くすると思い、当たり障りない程度のことを話すことにした。「出口君とは、幼馴染で、高校のクラスメイトよ。単なる友達。出口君とは、3年前の同窓会以来、会ってないし、突然の死で、びっくりしてるんだから。こっちのほうが、知りたいぐらい」伊達は、腕組みをしてうなずいたが、長年の刑事の感から、何か隠していると直感した。「それだけですか?ほかに、何か、つかんでるんじゃないですか?ひろ子さんには、悪いと思ったが、ちょっと、調べさせてもらった。ひろ子さんは、かつて、対馬南署の警察官だったんですね」沢富とナオ子は、え~~~、と大声をあげて、驚いた。沢富が確認した。「本当ですか?ひろ子さん」

 

 


 

 ひろ子は隠すつもりはなかったが、自ら知らせることでもないと思っていた。「別に、隠すつもりじゃ。なんとなく、言いそびれたというか、何というか・・まあ、そんなこと、どうでもいいじゃないですか。わかりました。とにかく、出口君のことで、何かわかったことがあれば、必ず、伊達さんに報告します。黙ってたことは、ごめんなさい。サワちゃん、ごめんね」沢富は、納得いかない顔で返事した。「水臭いじゃないですか。僕に隠し事するなんて。出口巡査長との関係も、洗いざらい白状してください。どんなことを言われても、驚かないから」出口巡査長との関係を疑われたひろ子は、面食らってしまった。「何、言うの。出口君とは、高校の単なるクラスメイトよ。それ以上の関係はないわよ。変な勘繰りはやめてよ。まったく、これだから、デカって、嫌いなのよ」

 

 肝っ玉の小さい沢富に、ナオ子はあきれた。女に一つや二つの隠し事は、あって当たり前、何もかも過去をばらせば、結婚なんてできっこない、と沢富に説教してやろうかと喉元まで声が出かかったが、これ以上二人の仲が険悪になっては、仲人が水の泡になると思い、グッと口をつぐんだ。「サワちゃん、そう、むきにならずに。ひろ子さんだって、悪気はなかったんだから。サワちゃん、結婚というのは、相手のすべてを信じることなの。ひろ子さんを信じてあげて」興奮が収まらなかったが、大人げない発言をしたことは、謝るべきだと感じた。「いや、僕って、バカですね。ひろ子さんを疑うなんて。とにかく、出口巡査長について、力を合わせて、調べてみましょう。きっと、手掛かりがつかめるはずです。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げて謝った沢富が気の毒になった。ひろ子は、隠し事をしていることに罪悪感を感じたが、死の謎が解決するまでは、懺悔の内容はしゃべることができなかった。沢富に笑顔を送ったひろ子は、そっと、心の底でごめんなさいと謝った。「サワちゃん、謝るのは、私の方よ。隠し事して、本当に、ごめんなさい。これからは、包み隠さず、話すから。出口君のことなんだけど、友達が言うには、職場での人間関係がうまくいかなくて、自殺したんじゃないかって。でも、出口君らしくないのよね~~。出口君は、野球部のキャプテンだったし、卒業してからも後輩たちの面倒を見てたらしいの。事故死する数日前まで、バッティングピッチャーやってたんだって。武田監督も、首をかしげていたのよ」

 

 


 伊達が、大きな声で問い詰めた。「ひろ子さん、調べてるじゃないですか。知ってることは、すべて、話してもらわないと。まったく」伊達は、ひろ子がしゃべったことをメモするように沢富に指示した。「サワ、今のをメモれ。ほかに、わかってることは?すでに、聞き込みをやってるんでしょ。包み隠さず、話してください。今、約束したでしょ」ひろ子は武田先生の話を思い出してみた。「そう、出口君、何か、悩んでたみたいだって。武田監督が言ってた」沢富が、即座に口をはさんだ。「悩んでいたんですね。仕事の悩みでしょうか?仕事の悩みで、自殺ってことも。う~~」伊達が、話を促した。「そのほかには?さ~~、全部、吐き出して」ひろ子は、首をかしげながらあの時のことを思い出してみた。「あ、そう、練習の帰り際に、武田監督が、また、頼むな、って言ったのよ。そしたら、出口君、ハイって答えたんだって」

 

 伊達は、出口巡査長には、母親と妹がいたことを思い出した。すでに、ひろ子が二人にも聞き込みをしたのではないかと思い、誘導尋問をした。「そのほかには?母親にも会ったんじゃないのか?」母親から、特に手掛かりになるような情報を得られなかったが、母親が言った気になったことを話すことにした。「はい。一度、会いました。お母さんも自殺かもしれないといっておられました。そう、出口君から電話があった時に、困ったことが起きた、と言っていたそうです。内容について聞き出そうとされたんですが、出口君は、話さなかったそうです」”悩んでいた”、”困ったことが起きた”、と言う言葉から、伊達の頭は自殺説が濃厚になっていた。さらに、伊達は話を促した。「妹は、何と言ってた?」妹とは会っていなかったひろ子は、即位座に返事した。「妹さんには、一度もあっていません」

 

 メモを書き終えた沢富も自殺説に偏り始めていたが、何か、しっくりいかなかった。確かに、何か事件が起きて、そのことで悩んでいたことは、ひろ子の話から推測できた。だからといって、自殺したと決めつけるのは、あまりにも短絡的すぎると思った。伊達は、かなり聞き込みをやっていることに感心したが、万が一、出口巡査長の死が殺害であったならば、非常に危険な聞き込みをやっていることになると不安になった。彼の殺害に麻薬密輸マフィアが絡んでいたならば、お金で殺しを請け負うプロのヒットマンが殺害したと考えていい。今回の任務で最も警戒しなければならない相手は、プロのヒットマンなのだ。これ以上、ひろ子に聞き込みをさせることは危険極まりないと判断した。

 

 

 


 伊達の顔は少し紅潮していた。出口巡査長の死で特に気になっていたことは、警察が、事件を深く調査しようとせず、事故死と断定し、即座に、捜査を打ち切ったことだ。確かに、殺害されたと思われる外傷はなく、殺害現場の目撃者も現れていないため、殺害とするに至る物的証拠も状況証拠もない。だから、事故死と考えても、何ら問題はない。だが、対馬育ちで、対馬の地理に詳しく、身体的能力も備えている青年に、どんな事故が起きたというのか?こういう疑問が起きると、対馬の人たちが自殺と考えてしまうのもうなずけるのだ。伊達も、その疑問にぶつかり、自殺説に偏ってしまった。

 

 これ以上、ひろ子に危険な聞き込みをさせないために、伊達は自殺説を強調することにした。「ひろ子さんのお話からすると、気の毒だけど、どうも、自殺のようですね。お友達が言われているように、職場での人間関係で、悩まれていたんじゃないですかね~。彼は、正義感が強く、まじめで、頑固だったんじゃないでしょうか。往々にして、こういう青年は、協調性に欠けるんですよ。また、相談する相手もいなかったようですから、思い余って、衝動的に、投身自殺を図ったのかもしれません。まったく、残念です」

 

 自殺説を強調した伊達の意見を聴いて、沢富に疑問が起きた。「確かに、ひろ子さんの話からすれば、悩みを解決できず、衝動的に自殺したように思えます。もしそうであっても、全く誰にも悩みを相談しなかったとは考えられません。きっと、誰かに相談したと思います。相談する相手は、恋人か?もしくは、妹ではないでしょうか?彼に、恋人はいたのでしょうか?ひろ子さん、心当たりはありませんか?」当初、ひろ子も沢富と同じことを考えていた。だから、母親に聞き込みをしたのだった。次に、妹にも聞き込みをしようと思っていた矢先、ドギャン・シタトネ神父から懺悔の手紙を読まされたのだった。「恋人のことは、わかりません。もしかしたら、妹さんに相談していたかもしれませんね。私は、まだ、会ったことはないんですが」

 


 

 沢富は、恋人よりも妹に何か相談しているような予感がした。妹の所在が分かれば、早速、聞き込みに入りたくなった。「妹さんの所在は、わかりますか?」ひろ子は、住所までは知らなかった。母親に尋ねればわかると思い返事した。「お母さんに聞けば、わかるんじゃない。聞いてみましょうか?」沢富が、依頼の返事をしようと身構えたとたん、伊達が、右手を差し出して遮った。「ひろ子さん、これ以上、聞き込みはしないように。聞き込みは、こちらでやる。サワ、お前が、やれ。いいな」沢富は、うなずき返事した。「わかりました。それじゃ、お母さんの住所と電話番号を教えてください」

 

 ひろ子にはまだまだ隠していることがあると勘繰った伊達は、強い口調で質問を続けた。「ひろ子さんは、出口巡査長と同じくして、警察官になっていますね。二人は、そのころから、情報交換をしていたでしょう。ならば、ひろ子さんに、何か伝えていたと思うんですが、どうですか?」さすがベテラン敏腕刑事だとひろ子は思った。ちょっと表情を硬くしてしまい、見破られたかもしれないと思ったが、気持ちを落ち着かせ冷静に答えた。「3年前にクラス同窓会で会って以来、連絡は取っていません。だから、妹さんに会って、話を聞こうと思っていたんです。どうしても、出口君の死の真相を知りたくて」伊達は、一瞬の表情を見逃さなかった。間違いなく、何か隠していると確信した。でも、問い詰めても話さないと判断した。というのは、クリスチャンとしての信仰が原因だと直感したからだった。

 

 ひろ子は、出口巡査長の死の真相を知りたいはず。ならば、我々には、協力すると考えられる。にもかかわらず、隠し通すとなれば、話すことによって、誰かが不利益になるか?宗教的なことだと思えた。おそらく、伊達は、後者と判断した。「ひろ子さんは、クリスチャンですね。また、出口巡査長もクリスチャンだった。カトリックのことは、わかりません。ひろ子さんは、出口巡査長の恋人ではなかったでしょう。でも、クリスチャンとしての親友だったんじゃないですか?ひろ子さんを疑うわけじゃありませんが、出口巡査長は何か死にかかわるメッセージを残していたんじゃないですか?遺書みたいなものを。死の真相を解明するには、我々は、事実を知らなければならない。包み隠さず、話してもらえませんか?」

 



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