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 ひろ子は隠すつもりはなかったが、自ら知らせることでもないと思っていた。「別に、隠すつもりじゃ。なんとなく、言いそびれたというか、何というか・・まあ、そんなこと、どうでもいいじゃないですか。わかりました。とにかく、出口君のことで、何かわかったことがあれば、必ず、伊達さんに報告します。黙ってたことは、ごめんなさい。サワちゃん、ごめんね」沢富は、納得いかない顔で返事した。「水臭いじゃないですか。僕に隠し事するなんて。出口巡査長との関係も、洗いざらい白状してください。どんなことを言われても、驚かないから」出口巡査長との関係を疑われたひろ子は、面食らってしまった。「何、言うの。出口君とは、高校の単なるクラスメイトよ。それ以上の関係はないわよ。変な勘繰りはやめてよ。まったく、これだから、デカって、嫌いなのよ」

 

 肝っ玉の小さい沢富に、ナオ子はあきれた。女に一つや二つの隠し事は、あって当たり前、何もかも過去をばらせば、結婚なんてできっこない、と沢富に説教してやろうかと喉元まで声が出かかったが、これ以上二人の仲が険悪になっては、仲人が水の泡になると思い、グッと口をつぐんだ。「サワちゃん、そう、むきにならずに。ひろ子さんだって、悪気はなかったんだから。サワちゃん、結婚というのは、相手のすべてを信じることなの。ひろ子さんを信じてあげて」興奮が収まらなかったが、大人げない発言をしたことは、謝るべきだと感じた。「いや、僕って、バカですね。ひろ子さんを疑うなんて。とにかく、出口巡査長について、力を合わせて、調べてみましょう。きっと、手掛かりがつかめるはずです。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げて謝った沢富が気の毒になった。ひろ子は、隠し事をしていることに罪悪感を感じたが、死の謎が解決するまでは、懺悔の内容はしゃべることができなかった。沢富に笑顔を送ったひろ子は、そっと、心の底でごめんなさいと謝った。「サワちゃん、謝るのは、私の方よ。隠し事して、本当に、ごめんなさい。これからは、包み隠さず、話すから。出口君のことなんだけど、友達が言うには、職場での人間関係がうまくいかなくて、自殺したんじゃないかって。でも、出口君らしくないのよね~~。出口君は、野球部のキャプテンだったし、卒業してからも後輩たちの面倒を見てたらしいの。事故死する数日前まで、バッティングピッチャーやってたんだって。武田監督も、首をかしげていたのよ」

 

 


 伊達が、大きな声で問い詰めた。「ひろ子さん、調べてるじゃないですか。知ってることは、すべて、話してもらわないと。まったく」伊達は、ひろ子がしゃべったことをメモするように沢富に指示した。「サワ、今のをメモれ。ほかに、わかってることは?すでに、聞き込みをやってるんでしょ。包み隠さず、話してください。今、約束したでしょ」ひろ子は武田先生の話を思い出してみた。「そう、出口君、何か、悩んでたみたいだって。武田監督が言ってた」沢富が、即座に口をはさんだ。「悩んでいたんですね。仕事の悩みでしょうか?仕事の悩みで、自殺ってことも。う~~」伊達が、話を促した。「そのほかには?さ~~、全部、吐き出して」ひろ子は、首をかしげながらあの時のことを思い出してみた。「あ、そう、練習の帰り際に、武田監督が、また、頼むな、って言ったのよ。そしたら、出口君、ハイって答えたんだって」

 

 伊達は、出口巡査長には、母親と妹がいたことを思い出した。すでに、ひろ子が二人にも聞き込みをしたのではないかと思い、誘導尋問をした。「そのほかには?母親にも会ったんじゃないのか?」母親から、特に手掛かりになるような情報を得られなかったが、母親が言った気になったことを話すことにした。「はい。一度、会いました。お母さんも自殺かもしれないといっておられました。そう、出口君から電話があった時に、困ったことが起きた、と言っていたそうです。内容について聞き出そうとされたんですが、出口君は、話さなかったそうです」”悩んでいた”、”困ったことが起きた”、と言う言葉から、伊達の頭は自殺説が濃厚になっていた。さらに、伊達は話を促した。「妹は、何と言ってた?」妹とは会っていなかったひろ子は、即位座に返事した。「妹さんには、一度もあっていません」

 

 メモを書き終えた沢富も自殺説に偏り始めていたが、何か、しっくりいかなかった。確かに、何か事件が起きて、そのことで悩んでいたことは、ひろ子の話から推測できた。だからといって、自殺したと決めつけるのは、あまりにも短絡的すぎると思った。伊達は、かなり聞き込みをやっていることに感心したが、万が一、出口巡査長の死が殺害であったならば、非常に危険な聞き込みをやっていることになると不安になった。彼の殺害に麻薬密輸マフィアが絡んでいたならば、お金で殺しを請け負うプロのヒットマンが殺害したと考えていい。今回の任務で最も警戒しなければならない相手は、プロのヒットマンなのだ。これ以上、ひろ子に聞き込みをさせることは危険極まりないと判断した。

 

 

 


 伊達の顔は少し紅潮していた。出口巡査長の死で特に気になっていたことは、警察が、事件を深く調査しようとせず、事故死と断定し、即座に、捜査を打ち切ったことだ。確かに、殺害されたと思われる外傷はなく、殺害現場の目撃者も現れていないため、殺害とするに至る物的証拠も状況証拠もない。だから、事故死と考えても、何ら問題はない。だが、対馬育ちで、対馬の地理に詳しく、身体的能力も備えている青年に、どんな事故が起きたというのか?こういう疑問が起きると、対馬の人たちが自殺と考えてしまうのもうなずけるのだ。伊達も、その疑問にぶつかり、自殺説に偏ってしまった。

 

 これ以上、ひろ子に危険な聞き込みをさせないために、伊達は自殺説を強調することにした。「ひろ子さんのお話からすると、気の毒だけど、どうも、自殺のようですね。お友達が言われているように、職場での人間関係で、悩まれていたんじゃないですかね~。彼は、正義感が強く、まじめで、頑固だったんじゃないでしょうか。往々にして、こういう青年は、協調性に欠けるんですよ。また、相談する相手もいなかったようですから、思い余って、衝動的に、投身自殺を図ったのかもしれません。まったく、残念です」

 

 自殺説を強調した伊達の意見を聴いて、沢富に疑問が起きた。「確かに、ひろ子さんの話からすれば、悩みを解決できず、衝動的に自殺したように思えます。もしそうであっても、全く誰にも悩みを相談しなかったとは考えられません。きっと、誰かに相談したと思います。相談する相手は、恋人か?もしくは、妹ではないでしょうか?彼に、恋人はいたのでしょうか?ひろ子さん、心当たりはありませんか?」当初、ひろ子も沢富と同じことを考えていた。だから、母親に聞き込みをしたのだった。次に、妹にも聞き込みをしようと思っていた矢先、ドギャン・シタトネ神父から懺悔の手紙を読まされたのだった。「恋人のことは、わかりません。もしかしたら、妹さんに相談していたかもしれませんね。私は、まだ、会ったことはないんですが」

 


 

 沢富は、恋人よりも妹に何か相談しているような予感がした。妹の所在が分かれば、早速、聞き込みに入りたくなった。「妹さんの所在は、わかりますか?」ひろ子は、住所までは知らなかった。母親に尋ねればわかると思い返事した。「お母さんに聞けば、わかるんじゃない。聞いてみましょうか?」沢富が、依頼の返事をしようと身構えたとたん、伊達が、右手を差し出して遮った。「ひろ子さん、これ以上、聞き込みはしないように。聞き込みは、こちらでやる。サワ、お前が、やれ。いいな」沢富は、うなずき返事した。「わかりました。それじゃ、お母さんの住所と電話番号を教えてください」

 

 ひろ子にはまだまだ隠していることがあると勘繰った伊達は、強い口調で質問を続けた。「ひろ子さんは、出口巡査長と同じくして、警察官になっていますね。二人は、そのころから、情報交換をしていたでしょう。ならば、ひろ子さんに、何か伝えていたと思うんですが、どうですか?」さすがベテラン敏腕刑事だとひろ子は思った。ちょっと表情を硬くしてしまい、見破られたかもしれないと思ったが、気持ちを落ち着かせ冷静に答えた。「3年前にクラス同窓会で会って以来、連絡は取っていません。だから、妹さんに会って、話を聞こうと思っていたんです。どうしても、出口君の死の真相を知りたくて」伊達は、一瞬の表情を見逃さなかった。間違いなく、何か隠していると確信した。でも、問い詰めても話さないと判断した。というのは、クリスチャンとしての信仰が原因だと直感したからだった。

 

 ひろ子は、出口巡査長の死の真相を知りたいはず。ならば、我々には、協力すると考えられる。にもかかわらず、隠し通すとなれば、話すことによって、誰かが不利益になるか?宗教的なことだと思えた。おそらく、伊達は、後者と判断した。「ひろ子さんは、クリスチャンですね。また、出口巡査長もクリスチャンだった。カトリックのことは、わかりません。ひろ子さんは、出口巡査長の恋人ではなかったでしょう。でも、クリスチャンとしての親友だったんじゃないですか?ひろ子さんを疑うわけじゃありませんが、出口巡査長は何か死にかかわるメッセージを残していたんじゃないですか?遺書みたいなものを。死の真相を解明するには、我々は、事実を知らなければならない。包み隠さず、話してもらえませんか?」

 


 ひろ子は、伊達の直感には驚いた。ここまで踏み込んで尋問されるとひろ子も一瞬固まってしまった。でも、クリスチャンとして、懺悔の内容は、どんな拷問にあっても、話すわけにはいかなかった。マジな表情できっぱりと返事した。「今、言ったように、出口君とは、ここ3年間、まったく、連絡を取っていません。知ってることは、すべて話しました。まだ、疑うんですか?」沢富は、ひろ子が容疑者扱いされているようで、気の毒になってきた。沢富もひろ子は何か隠していると直感したが、ひろ子の気持ちを大切にしてあげたかった。「僕は、ひろ子さんを信じています。僕が、きっと、真相を暴いて見せます。任せてください。だから、ひろ子さんは、無茶をしないように。いいですね」沢富も伊達と同じく、出口巡査長の死が麻薬密輸に絡んでいたとしたならば、非常に危険だと判断した。しかも、警察が絡んでいたならば、間違いなく、消されると思った。

 

 伊達は、これ以上ひろ子を追い詰めないことにした。むしろ、事件に首を突っ込まないように念を押すことにした。「ひろ子さんの気持ちは、よくわかります。でも、事件を解決するのは、警察の仕事です。ひろ子さんが、元警察官だからといって、動き回られては、こちらが迷惑なのです。江戸時代じゃないんです、仇打ち、みたいなマネは決してしないように。いいですね」横で心配そうな表情で話に聞き入っていたナオ子が、口をはさんだ。「そうよ。ひろ子さん、事件は、警察に任せればいいの。サワちゃんもあなたも、事件のことなんか、どうでもいいのよ。1年間、無事に、対馬での任務を終えれば、晴れて、二人は結婚式があげられるんだから。わかった」

 

 ナオ子の頭にあるのは、結婚式と仲人のことだけだった。ナオ子の無責任な発言に伊達はムカついたが、結婚を控えているひろ子のことを考えれば、この場では妥当な発言だと判断した。「まあ、そうだな。二人は、来年、結婚だ。とにかく、サワは、無事に対馬の任務を終えることだ。俺たちも、二人の仲人を楽しみにしてる。まあ、出口巡査長の死は気の毒に思うが、やはり、事件性はないと思っている。また、今回の対馬赴任は、出口巡査長に関する任務ではない。あくまでも、マトリへの協力だ。麻薬密輸ルートを摘発できなかったからといって、俺たちの汚点にはならん。この1年、対馬生活を楽しもうじゃないか。なあ、サワ」

 

 



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