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 ひろ子は、伊達の直感には驚いた。ここまで踏み込んで尋問されるとひろ子も一瞬固まってしまった。でも、クリスチャンとして、懺悔の内容は、どんな拷問にあっても、話すわけにはいかなかった。マジな表情できっぱりと返事した。「今、言ったように、出口君とは、ここ3年間、まったく、連絡を取っていません。知ってることは、すべて話しました。まだ、疑うんですか?」沢富は、ひろ子が容疑者扱いされているようで、気の毒になってきた。沢富もひろ子は何か隠していると直感したが、ひろ子の気持ちを大切にしてあげたかった。「僕は、ひろ子さんを信じています。僕が、きっと、真相を暴いて見せます。任せてください。だから、ひろ子さんは、無茶をしないように。いいですね」沢富も伊達と同じく、出口巡査長の死が麻薬密輸に絡んでいたとしたならば、非常に危険だと判断した。しかも、警察が絡んでいたならば、間違いなく、消されると思った。

 

 伊達は、これ以上ひろ子を追い詰めないことにした。むしろ、事件に首を突っ込まないように念を押すことにした。「ひろ子さんの気持ちは、よくわかります。でも、事件を解決するのは、警察の仕事です。ひろ子さんが、元警察官だからといって、動き回られては、こちらが迷惑なのです。江戸時代じゃないんです、仇打ち、みたいなマネは決してしないように。いいですね」横で心配そうな表情で話に聞き入っていたナオ子が、口をはさんだ。「そうよ。ひろ子さん、事件は、警察に任せればいいの。サワちゃんもあなたも、事件のことなんか、どうでもいいのよ。1年間、無事に、対馬での任務を終えれば、晴れて、二人は結婚式があげられるんだから。わかった」

 

 ナオ子の頭にあるのは、結婚式と仲人のことだけだった。ナオ子の無責任な発言に伊達はムカついたが、結婚を控えているひろ子のことを考えれば、この場では妥当な発言だと判断した。「まあ、そうだな。二人は、来年、結婚だ。とにかく、サワは、無事に対馬の任務を終えることだ。俺たちも、二人の仲人を楽しみにしてる。まあ、出口巡査長の死は気の毒に思うが、やはり、事件性はないと思っている。また、今回の対馬赴任は、出口巡査長に関する任務ではない。あくまでも、マトリへの協力だ。麻薬密輸ルートを摘発できなかったからといって、俺たちの汚点にはならん。この1年、対馬生活を楽しもうじゃないか。なあ、サワ」

 

 


 

 ナオ子が、即座に賛同の声をあげた。「そうよ。対馬を満喫しなくっちゃ。いい思い出を作って、来年は、結婚式。あなた、ひろ子さんのご両親に、ご挨拶しなくては。いつ、お伺いしようかしら。ひろ子さん、ご両親の都合、聞いてくださらない?」ひろ子は、麻薬探知犬のことばかり考えて、自分の結婚式のことが頭から抜けていた。「そうだった。来年、結婚よね。結婚式は、東京でやるのよね。サワちゃん」沢富もその予定だった。「ひろ子さんが、東京でいいというのなら、僕は構わない。東京であれば、1年前から予約しないと。式場のことは、両親に頼んだほうがいいかもしれない」式場の件は沢富に任せることにして、早速、ひろ子は伊達夫妻の紹介の日取りを決めることにした。「母も仲人さんにお会いしたいと言ってました。早速、都合を聞いてみます。日取りがわかり次第、報告します」

 

 

 


             妹の執念

 

 対馬に赴任してきて以来、伊達はクラブ・アリランの切り盛りをママに任せていた。その代わり、ほとんどの時間、2階事務所の5つのモニターTVとにらめっこしながら、お客の人相を確かめていた。防犯カメラは店外に2台、店内に3台設置してあった。また、毎週、店休日の月曜日に、マトリの鹿取、草凪たちとの打ち合わせもここで行っていた。お客が少ない8時から9時までは、事務所でママとミーティングしていた。伊達は2階に上がってきたママに現況を確認した。「特に変わった客は?」ママは即座に返事した。「特に、これといったお客は、ありませんが、新人ホステスが入りました。瑞恵(みずえ)って子なんだけど、今時にしては、バカに気合が入った子です」伊達は、気合が入った子と聞いて、なんだか興味がわいた。「へ~~、気合が入った子ね~~。対馬には、働き口が少ないから、精一杯、クビにならないように頑張るってことだろうね」

 

 ママは、小さな笑い声をあげて返事した。「それが、真面目というか、郷土愛があるというのか、瑞恵って、面白いこと言うんです。面接のときに言ったことが、笑っちゃいけないと思って我慢したんだけど、つい噴き出しちゃった。あの子ね、対馬を守るために、命を懸けて働きます。全力で、頑張ります。ぜひ、雇ってください、って言ったの。かわいいし、愛想もよかったから、早速働いてもらってるんだけど、普通、面接で、命がけで働きます、なんて言いますか?それで、頑張ってもらうのは、結構だけど、無理はしなくていいのよ。命がけで働くようなところじゃないから、って言ったら。あの子ったら、いえ、今、対馬は危機に立たされているんです。犯罪の街にならないためにも、対馬のために、戻ってきたんです、って。ちょっと、返答に困ってしまいました」

 

 伊達の顔にも苦笑いが浮かんでいた。婦人警官になるための面接だったら、わからなくもなかったが、ホステス採用の面接に”命がけで”とか言うような子は、どんな子だろうかと興味がわいた。「それは、面白い子だね。婦人警官にでも、なりたかったんじゃないか?戻ってきたって、どこから戻ってきたんだろうね」ママは、返事した。「あの子、2月まで、博多の中洲で働いていたらしくて、家庭の事情で、対馬に戻ってきたそうなの。でも、さすが、中洲の一流クラブのホステスだけあって、礼儀正しく、おしゃべりも上手で、お客の対応も、手慣れたものよ。歌も、プロかと思うぐらい、上手。高級クラブ並みのお給料は出せないけど、いいかしら?って聞いたら、いくらでもいいんです、って。こちらにとっては、棚から牡丹餅よ」

 


 中洲と聞いた伊達の頭の中に、即座に、中洲のネオンが輝き始めた。伊達は、すぐにでも、その子に会いたくなった。「ママ、瑞恵って子、今日、入ってるの?」ママは、即座に返事した。「入ってるわよ、9時出勤だから、もうしばらくしたら、顔を出すんじゃないかしら」 瑞恵は、840分過ぎに店に入ってきた。ママは、瑞恵の顔を見るなり声をかけた。「マスターが会いたいんだって、ちょっと、2階の事務所に上がって」急いで階段を駆け上がった瑞恵ではあったが、事務所のドアの前にたってノックをしようとした時、突然、強面の浅黒い顔が頭に現れ、一瞬、右手がとまった。緊張した瑞恵は、大きく深呼吸してドアをゆっくり2回、コンコンとノックした。ドアに口を近づけて小さな声を発した。「瑞恵です」伊達は、大きな声で即座に返事した。「どうぞ、入ってください」瑞恵は、ゆっくりドアを開けて、中を覗き込んだ。小太りで、眼鏡をかけた色白のマスターを見て、ちょっとホッとした。

 

 ニコッと笑顔を作った伊達は、即座に、声をかけた。「さあ、こちらにどうぞ」即座に立ち上がった伊達は、丸テーブルの椅子を引いて、腰掛けるように案内した。瑞恵は、モニター室が珍しと見えて、キョロキョロとあたりを見回してゆっくりと腰を下ろした。伊達は、柔らかい口調で話しかけた。「中洲で働いていたそうですね。ママから聞きしました。頑張ってください」若干硬くなった瑞恵は、小さくうなずいて返事した。「はい。頑張ります。どうぞよろしくお願いします」伊達は、ママから聞いた面接での瑞恵の話を思い出し、質問してみたくなった。「生まれは、対馬なんですね。家庭の事情で、戻ってこられたとか」

 

 瑞恵は、家族のことは話したくなかったが、やさしそうなマスターには、話してもいいように思えた。「はい、母の面倒を見なくては、いけませんので。今、頑張って、貯金しておこうと思っています。頑張ります」伊達は、二人っきりの母子家庭ではないかと思った。「そうですか。頑張っていただけるのは、結構なことですが、あまり無理はしないように。瑞恵さんが、病気にでもなったら、それこそ、責任者の私が困りますから」小さくうなずいた瑞恵は、マスターにしてはやさしい人だと思った。また、話の口調から対馬の人でないと直感した。「マスターは、対馬の方じゃ、ありませんよね」伊達は、笑顔で返事した。「わかりますか。福岡です。私も、今年から、対馬で働いているんです。対馬のことはさっぱりわかりません。いろいろと教えてください」

 

 


 

 福岡から孤島の対馬に働きに来る人は、何か、訳ありの人だと思えた。でも、垢抜けしたやさしそうなマスターの顔を見ていると、気持ちがほっこりして、心が許せるような人のように思えた。「対馬のことだったら、何でも聞いてください。対馬は、風光明媚な観光地で、毎年、約40万人の観光客がやってきます。そのほとんどは、韓国人なんですが、重大な問題が起きているんです。対馬の土地や不動産が、韓国に買収されているんです。さらに、韓国人経営のホテルや民宿も増えています。でも、政府は何の対策もしないんです。このままいけば、対馬は、韓国領になってしまうかもしれません。悔しいたら、ありゃしない」瑞恵は、両手に握りこぶしを作っていた。

 

 ママが言っていた通り、ちょっと変わった子だと思った。郷土愛があるのはわかるが、ここまで郷土を真剣に考えるホステスがいることにびっくりした。また、真剣なまなざしと几帳面な話し方から、もしかしたら、父親が警察官だったのではないかと思えた。「瑞恵さんは、郷土愛があるんですね。確かに、韓国人観光客が毎年増加し、トラブルも増えていると聞いています。ところで、すごくしっかりしたお話をされますが、お父様が、警察官だったとか?」瑞恵は、ちょっと余計なことを話しすぎたと後悔した。マスターは、ママから面接で話したことを聴いていたに違いないと直感した。引っ込みがつかなくなった瑞恵は、家族のことを話すことにした。「いえ、父親は、漁師でした。でも、兄は、正義感が強く、対馬を守ることに命を懸けていました」

 

 二人っきりの母子家庭だと思っていたが、兄がいたことに驚いた。「あ、お兄さんがいらしたのですね。もしかして、お兄さんが?」ゆっくりうなずいた瑞恵は、小さな声で返事した。「はい、兄は、警察官でした」即座に、伊達は出口巡査長には妹がいたことを思い出した。兄というのは、出口巡査長ではないかと思い、念のため、確認してみることにした。「もしかして、お兄さんというのは、出口巡査長では?」目を見開いてマスターを見つめた瑞恵は、グイっと身を乗り出し、問い詰めるように質問した。「え、どうして、兄の名前を。兄のお知り合いの方ですか?兄について、何かご存知なんですか?」

 

 



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