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 中洲と聞いた伊達の頭の中に、即座に、中洲のネオンが輝き始めた。伊達は、すぐにでも、その子に会いたくなった。「ママ、瑞恵って子、今日、入ってるの?」ママは、即座に返事した。「入ってるわよ、9時出勤だから、もうしばらくしたら、顔を出すんじゃないかしら」 瑞恵は、840分過ぎに店に入ってきた。ママは、瑞恵の顔を見るなり声をかけた。「マスターが会いたいんだって、ちょっと、2階の事務所に上がって」急いで階段を駆け上がった瑞恵ではあったが、事務所のドアの前にたってノックをしようとした時、突然、強面の浅黒い顔が頭に現れ、一瞬、右手がとまった。緊張した瑞恵は、大きく深呼吸してドアをゆっくり2回、コンコンとノックした。ドアに口を近づけて小さな声を発した。「瑞恵です」伊達は、大きな声で即座に返事した。「どうぞ、入ってください」瑞恵は、ゆっくりドアを開けて、中を覗き込んだ。小太りで、眼鏡をかけた色白のマスターを見て、ちょっとホッとした。

 

 ニコッと笑顔を作った伊達は、即座に、声をかけた。「さあ、こちらにどうぞ」即座に立ち上がった伊達は、丸テーブルの椅子を引いて、腰掛けるように案内した。瑞恵は、モニター室が珍しと見えて、キョロキョロとあたりを見回してゆっくりと腰を下ろした。伊達は、柔らかい口調で話しかけた。「中洲で働いていたそうですね。ママから聞きしました。頑張ってください」若干硬くなった瑞恵は、小さくうなずいて返事した。「はい。頑張ります。どうぞよろしくお願いします」伊達は、ママから聞いた面接での瑞恵の話を思い出し、質問してみたくなった。「生まれは、対馬なんですね。家庭の事情で、戻ってこられたとか」

 

 瑞恵は、家族のことは話したくなかったが、やさしそうなマスターには、話してもいいように思えた。「はい、母の面倒を見なくては、いけませんので。今、頑張って、貯金しておこうと思っています。頑張ります」伊達は、二人っきりの母子家庭ではないかと思った。「そうですか。頑張っていただけるのは、結構なことですが、あまり無理はしないように。瑞恵さんが、病気にでもなったら、それこそ、責任者の私が困りますから」小さくうなずいた瑞恵は、マスターにしてはやさしい人だと思った。また、話の口調から対馬の人でないと直感した。「マスターは、対馬の方じゃ、ありませんよね」伊達は、笑顔で返事した。「わかりますか。福岡です。私も、今年から、対馬で働いているんです。対馬のことはさっぱりわかりません。いろいろと教えてください」

 

 


 

 福岡から孤島の対馬に働きに来る人は、何か、訳ありの人だと思えた。でも、垢抜けしたやさしそうなマスターの顔を見ていると、気持ちがほっこりして、心が許せるような人のように思えた。「対馬のことだったら、何でも聞いてください。対馬は、風光明媚な観光地で、毎年、約40万人の観光客がやってきます。そのほとんどは、韓国人なんですが、重大な問題が起きているんです。対馬の土地や不動産が、韓国に買収されているんです。さらに、韓国人経営のホテルや民宿も増えています。でも、政府は何の対策もしないんです。このままいけば、対馬は、韓国領になってしまうかもしれません。悔しいたら、ありゃしない」瑞恵は、両手に握りこぶしを作っていた。

 

 ママが言っていた通り、ちょっと変わった子だと思った。郷土愛があるのはわかるが、ここまで郷土を真剣に考えるホステスがいることにびっくりした。また、真剣なまなざしと几帳面な話し方から、もしかしたら、父親が警察官だったのではないかと思えた。「瑞恵さんは、郷土愛があるんですね。確かに、韓国人観光客が毎年増加し、トラブルも増えていると聞いています。ところで、すごくしっかりしたお話をされますが、お父様が、警察官だったとか?」瑞恵は、ちょっと余計なことを話しすぎたと後悔した。マスターは、ママから面接で話したことを聴いていたに違いないと直感した。引っ込みがつかなくなった瑞恵は、家族のことを話すことにした。「いえ、父親は、漁師でした。でも、兄は、正義感が強く、対馬を守ることに命を懸けていました」

 

 二人っきりの母子家庭だと思っていたが、兄がいたことに驚いた。「あ、お兄さんがいらしたのですね。もしかして、お兄さんが?」ゆっくりうなずいた瑞恵は、小さな声で返事した。「はい、兄は、警察官でした」即座に、伊達は出口巡査長には妹がいたことを思い出した。兄というのは、出口巡査長ではないかと思い、念のため、確認してみることにした。「もしかして、お兄さんというのは、出口巡査長では?」目を見開いてマスターを見つめた瑞恵は、グイっと身を乗り出し、問い詰めるように質問した。「え、どうして、兄の名前を。兄のお知り合いの方ですか?兄について、何かご存知なんですか?」

 

 


 一瞬身を引いた伊達は、苦笑いしながら弁解した。「いや、ほら、昨年、若い警察官の事故死が、ニュースになったでしょ。そのことが頭にあって。それで、もしかしたらと思って。そうだったんですか。あなたは、妹さんでしたか」伊達は、あまりの奇遇に度肝を抜かれた。出口巡査長の妹に会えたことは、情報収集において幸運だと思えたが、身分を明かし、極秘捜査をやっていることを話すわけにはいかなかった。一方、瑞恵は兄を知っている人に会えたことに運命的なものを感じ、もしかしたら、何か手掛かりが得られるのではないかと思った。瑞恵は兄の事故死を疑っていた。万が一、自殺だったら、その理由を知りたかった。また、殺害されたのだったら、仇を取りたかった。「マスター、本当は、兄のことを知っているんじゃないですか?なんでもいいんです。知ってることがあったら、教えてください。お願いします」真剣な目つきになった瑞恵は、コックンと頭を下げた。

 

 伊達は、苦虫をつぶしたような表情で、腕組みをした。刑事であることを明かし、妹の瑞恵に協力してもらえれば、出口巡査長の事故死の捜査は進展する。だが、彼女を危険にさらすことにもなる。どうすべきか、苦渋の決断を迫られた。ゆっくりと顔を持ち上げた瑞恵は、マジな顔つきで質問した。「もしかして、目撃者ではありませんか?事故現場の?」不意打ちを食らった伊達は、びっくりして跳び上がってしまった。瑞恵は、兄の死の真相を必死に探っていると直感した。このまま黙っていては、瑞恵にますます誤解されてしまうと不安になった。「いや、本当に知らないんですよ。瑞恵さんは、お兄さんの事故死に、疑問を持たれているんですか?事故死ではないというような、何か、証拠でも?」

 

 瑞恵には、なんの手掛かりもなかった。でも、事故死と考えた場合、いったいどんな事故が兄を死に至らしめたのか、全く想像できなかった。「高校では、野球部のキャプテンで、ピッチャーだったんです。しかも、対馬の地理は、知り尽くしていました。そんな兄が、どうして事故死するんですか?考えられないんです」あまりにももっともな話に言い返す言葉が浮かばなかった。伊達も事故死とは考えられなかった。やはり、自殺ではないかと思った。「そうですか。野球部のキャプテンをね。そうですよね、島育ちですよね。ところで、お兄さんがなくなられる前に、何か、悩みを打ち明けられたってことはありませんか?」

 

 


 

 うつむいていた瑞恵は、ヒョイと身を起こし、尋ねた。「どういう意味ですか?何か、悩みがあって、自殺したって、ことですか?兄とはメールのやり取りはしていましたが、悩みがあるような様子ではありませんでした。でも、悩みがあったのかもしれません。一人で抱え込まずに、話してくれたらよかったのに。本当に、生真面目なんです。まさか、自殺?いや、絶対、違う。お兄ちゃんは、そんな、やわじゃないんです。自殺なんかしません」瑞恵の話からでは兄の死亡前の状況についてつかめない。今の段階では、やはり、事故死なのか?自殺なのか?殺害なのか?見当がつかなかった。「瑞恵さんのお気持ちは、よくわかります。でも、お兄さんのことは、警察に任せられてはどうですか。警察も必死に捜査してると思いますよ」

 

 突然、目を吊り上げた瑞恵は、甲高い声で反論した。「警察がですか。どこが必死にですか。すぐに、ニュースで事故死といったじゃないですか。捜査なんか、やってないはずです。警察に、頼る気はありません。自分の手で、仇を取ります」やはり、不吉な予感が当たったと気が重くなった。「瑞恵さん、仇打ち何て。まだ、殺害されたと断定されたわけじゃないんです。そう、はやらずに」自分の気持ちはだれにもわかってもらえないと思った瑞恵は、肩を落としがっかりした表情で返事した。「突然、兄が死んで、頭がちょっとおかしくなってるんです。自分勝手なことを言って、申し訳ありませんでした。マスターには、関係ないことです。今の話は、忘れてください」

 

 瑞恵の仇と言う言葉が頭から離れなかった。ますます、不吉な予感が膨らんでいった。このまま放っておいたら、危険な聞き込みをやってしまうようで、心配になった。瑞恵は、警察を信用してないだけでなく、頼る気もない。伊達は、警察を信用してもらえるように、自分の身分を明かし、説得すべきか判断に迷った。しばらく迷った挙句、やはり、瑞恵を危険にさらすわけにはいかないと腹をくくった。伊達は、瑞恵の覚悟を確認することにした。「瑞恵さんの気持ちはわかりました。出口巡査長の死は、いまだ、謎です。殺害とする証拠もなければ、目撃者も現れていません。であれば、警察としても、今のところは、事故死と判断する以外ないのです。だからといって、警察が、捜査を打ち切ったわけではないのです」瑞恵は、伊達を見つめた。「それじゃ、捜査は、続けられているんですか?本当に?」

 

 


 伊達は話を続けた。「はい。極秘に、特命を受けた捜査官によって、捜査は続けられています。安心してください。瑞恵さん、今から話すことは、だれにもしゃべらないでください。約束できますか?」マスターはこの世で唯一の協力者に違いない、と瑞恵は確信した。「はい。決してだれにもしゃべりません。捜査のためだったら、なんでも、協力します。本当のことを知りたいのです」伊達は、身分を明かす決意を固めた。「今から話ことは、極秘事項です。絶対に、だれにも話さないように、約束ですよ。いいですね。実を言うと、私も、捜査官の一人なのです。出口巡査長の死は、大きな謎を秘めていると思われます。しかも、万が一、殺害であれば、非情に危険な捜査となります。うかつな捜査は、できないのです。瑞恵さんも、安易な聞き込みは危険です。組織が絡んだ殺害であれば、捜査している私たちも、危険にさらされるのです。言っている意味が分かりますか?」

 

 話に耳を傾けていた瑞恵の顔に緊張が走った。兄が殺害されたとしても、だれかと喧嘩して、偶然起きた殺害ぐらいにしか想像していなかった。組織的な殺害といわれても、いったいどういう意味なのか、ピンとこなかった。「組織的って、どういう意味ですか?」瑞恵は、じっと伊達の硬い表情を見つめた。伊達は、少し躊躇したが、はっきり言ってあげることが、瑞恵の身の安全につながると判断した。「組織とは、韓国マフィアです。俗に言う、ヤクザです。特命捜査官は、危険を承知で、真剣に事件の解明に取り組んでいるんです。瑞恵さん。何でもいいのです、何か、気にかかった情報が手に入ってら、私に報告してください。自分勝手な行動だけは、決してしないように。いいですね」

 

 ヤクザと言う言葉に瑞恵の体に震えが来た。対馬にもヤクザがいるとは、夢にも思わなかった。兄は、ヤクザの取り締まりをやっているときに殺されたのではないかと思った。「はい。何か、気になるようなことがあれば、マスターに報告します。でも、対馬のような孤島にもヤクザがいるんですか?」伊達は、韓国からの密輸の話をすることにした。「まだ、はっきりしていません。でも、ここ最近、麻薬密輸が多発しているのです。その一つのルートとして、韓国・対馬密輸ルートが考えられるのです。いいですね。今話したことは、だれにも話さないように。誰にもですよ」

 



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