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 うつむいていた瑞恵は、ヒョイと身を起こし、尋ねた。「どういう意味ですか?何か、悩みがあって、自殺したって、ことですか?兄とはメールのやり取りはしていましたが、悩みがあるような様子ではありませんでした。でも、悩みがあったのかもしれません。一人で抱え込まずに、話してくれたらよかったのに。本当に、生真面目なんです。まさか、自殺?いや、絶対、違う。お兄ちゃんは、そんな、やわじゃないんです。自殺なんかしません」瑞恵の話からでは兄の死亡前の状況についてつかめない。今の段階では、やはり、事故死なのか?自殺なのか?殺害なのか?見当がつかなかった。「瑞恵さんのお気持ちは、よくわかります。でも、お兄さんのことは、警察に任せられてはどうですか。警察も必死に捜査してると思いますよ」

 

 突然、目を吊り上げた瑞恵は、甲高い声で反論した。「警察がですか。どこが必死にですか。すぐに、ニュースで事故死といったじゃないですか。捜査なんか、やってないはずです。警察に、頼る気はありません。自分の手で、仇を取ります」やはり、不吉な予感が当たったと気が重くなった。「瑞恵さん、仇打ち何て。まだ、殺害されたと断定されたわけじゃないんです。そう、はやらずに」自分の気持ちはだれにもわかってもらえないと思った瑞恵は、肩を落としがっかりした表情で返事した。「突然、兄が死んで、頭がちょっとおかしくなってるんです。自分勝手なことを言って、申し訳ありませんでした。マスターには、関係ないことです。今の話は、忘れてください」

 

 瑞恵の仇と言う言葉が頭から離れなかった。ますます、不吉な予感が膨らんでいった。このまま放っておいたら、危険な聞き込みをやってしまうようで、心配になった。瑞恵は、警察を信用してないだけでなく、頼る気もない。伊達は、警察を信用してもらえるように、自分の身分を明かし、説得すべきか判断に迷った。しばらく迷った挙句、やはり、瑞恵を危険にさらすわけにはいかないと腹をくくった。伊達は、瑞恵の覚悟を確認することにした。「瑞恵さんの気持ちはわかりました。出口巡査長の死は、いまだ、謎です。殺害とする証拠もなければ、目撃者も現れていません。であれば、警察としても、今のところは、事故死と判断する以外ないのです。だからといって、警察が、捜査を打ち切ったわけではないのです」瑞恵は、伊達を見つめた。「それじゃ、捜査は、続けられているんですか?本当に?」

 

 


 伊達は話を続けた。「はい。極秘に、特命を受けた捜査官によって、捜査は続けられています。安心してください。瑞恵さん、今から話すことは、だれにもしゃべらないでください。約束できますか?」マスターはこの世で唯一の協力者に違いない、と瑞恵は確信した。「はい。決してだれにもしゃべりません。捜査のためだったら、なんでも、協力します。本当のことを知りたいのです」伊達は、身分を明かす決意を固めた。「今から話ことは、極秘事項です。絶対に、だれにも話さないように、約束ですよ。いいですね。実を言うと、私も、捜査官の一人なのです。出口巡査長の死は、大きな謎を秘めていると思われます。しかも、万が一、殺害であれば、非情に危険な捜査となります。うかつな捜査は、できないのです。瑞恵さんも、安易な聞き込みは危険です。組織が絡んだ殺害であれば、捜査している私たちも、危険にさらされるのです。言っている意味が分かりますか?」

 

 話に耳を傾けていた瑞恵の顔に緊張が走った。兄が殺害されたとしても、だれかと喧嘩して、偶然起きた殺害ぐらいにしか想像していなかった。組織的な殺害といわれても、いったいどういう意味なのか、ピンとこなかった。「組織的って、どういう意味ですか?」瑞恵は、じっと伊達の硬い表情を見つめた。伊達は、少し躊躇したが、はっきり言ってあげることが、瑞恵の身の安全につながると判断した。「組織とは、韓国マフィアです。俗に言う、ヤクザです。特命捜査官は、危険を承知で、真剣に事件の解明に取り組んでいるんです。瑞恵さん。何でもいいのです、何か、気にかかった情報が手に入ってら、私に報告してください。自分勝手な行動だけは、決してしないように。いいですね」

 

 ヤクザと言う言葉に瑞恵の体に震えが来た。対馬にもヤクザがいるとは、夢にも思わなかった。兄は、ヤクザの取り締まりをやっているときに殺されたのではないかと思った。「はい。何か、気になるようなことがあれば、マスターに報告します。でも、対馬のような孤島にもヤクザがいるんですか?」伊達は、韓国からの密輸の話をすることにした。「まだ、はっきりしていません。でも、ここ最近、麻薬密輸が多発しているのです。その一つのルートとして、韓国・対馬密輸ルートが考えられるのです。いいですね。今話したことは、だれにも話さないように。誰にもですよ」

 


 

 瑞恵は、しっかり目を見開いてうなずいた。「兄の死の真相がわかるまで、とことん、捜査してください。警察を疑って、申し訳ありませんでした」伊達は、さらに念を押すことにした。「今後、仲間の特命捜査官が、対馬の警察官を連れて、このクラブに飲みに来ます。彼らからも、情報をとるためです。でも、警察官だからといって、安易に彼らを信用しないでください」今、警察官を信用してくださいといったかと思ったら、信用しないで下さいという。瑞恵は、何が何だか分からなくなってきたが、マスターを信用して、指示に従うとにした。「はい。マスターだけを信用すればいいのですね。早速、私は、何をやったらいいのでしょうか?」

 

 やる気満々の瑞恵に笑いが込み上げてきた。「まあ、そうはやらずに。知りたいことは、お客の人間関係です。瑞恵さんがついたお客の人間関係をできる限り報告してください。それだけで、いいのです。決して、単独行動はしないように。そう、瑞恵さんは、歌がとても上手だとか?」カラオケが大好きな瑞恵は、ドヤ顔で返事した。「はい。カラオケ、大好きなんです。昭和の歌から、平成の歌まで、どんな歌でも歌えます。任せてください」カラオケと聞いて、ひろ子のことを思い出した。「へ~~、頼もしいですね。そう、知り合いのタクシー運転手に、カラオケ女王がいるんですよ。いずれ、紹介しますよ」カラオケ女王といえば、対馬の歌姫、ひろ子女王しかいないと思った。「まさか、カラオケ女王って、対馬の歌姫、ひろ子女王ですか?」

 

 対馬の歌姫と聞いて、伊達は、ひろ子の知名度に驚いた。「ひろ子女王って、有名人なんですね」瑞恵は、自慢げに話し始めた。「対馬で、ひろ子さんを知らない人はいませんよ。ひろ子さん、子供のころから、対馬の歌姫で、兄と同級生だったんです。ぜひ、お会いしたいです。特に、水の星に愛をこめて、最高です。なんて、幸運なんだろ。マスターもカラオケ女王のファンなんですか?」ちょっと、返事に困ったが、そういうことにして置くことにした。「まあ~、そうです。瑞恵さんは、どんな歌が、得意なんですか?」目を輝かせた瑞恵は、即座に返事した。「”そんなヒロシに騙されて”、です。昭和の歌です。ご存知ですか?」伊達は、聞いたことがなかった。頭をかきながら返事した。「いや、聞いたことがありません。一度、聞かせてください。楽しみにしています。もう、そろそろ、お客が増えるころです。仕事に入ってください」ニコッと笑顔を浮かべた瑞恵は、ウインクをして部屋を出ていった。

 

 


この本の内容は以上です。


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