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白の空から降ってくる

家出という感覚で、訪れたことのない場所へ向かってる最中、戦争の危機感がじわじわと母の表情から伝わってきた。原子力発電所から離れるという僕と母の逃避行は、バスで2時間ほど揺られ眠った。避難所に着くと、キャンプ場となっていたが、僕と母は福祉施設で寝泊まりできる環境が与えられた。すぐに避難勧告が出されて、兵隊であるお父さんに連絡するが、繋がらなかった。一変するように空軍が現れるのだが、ここは安全だと母は言っていた。雪の景色が死者を覆った12月から一週間で避難所から爆心地に行くことになった。子供はこっちに並んでという声で整列する。でも大人達がした悪事に強い怒りを持っていた。避難所のベッドで眠る母と別れる事で、支援活動に協力し、特別待遇で集合居住区に入れてもらえれば母も後から来れるだろうと思っていた。戦争の跡地となった荒廃した広野は瓦礫が散乱して、外国から支援部隊が訪れ、毎朝早くから廃棄物の処理作業をしていた。僕も初日から防護服のリーダーの指示に従って物を運んだり中心部の倒壊したビルの断片を撤去していた。それらの部隊が占領軍だと知ったのはずっと先の事である。冬の零下の吹雪の中にいると手が切れて、耳と鼻は真っ赤に冷たくなる。町に電気を通す為に送電線と風力電動機が建築されて復興を遂げようと頑張っている。小学校も崩れてしまい、先生も友達も消えてしまった。女性の瓦礫拾いのグループの中に見たことのある小学生がいた。「リサ!僕だよ」
リサに似たその子は大きな瓦礫を持ったまま虚しさを漂わせた表情で口を開いた。「ここで何してるの?リック」
「そっちこそ何してる」
生き残った友達のリサが教会で食事会があると誘ってくれた。
「どうやって行くんだ?」
「近いから、歩いて行ける」
「リサは、週末はいつも教会だったな」
お祈りで神様に戦災者を救うように願っていた。食事が始まった。
「パパとママが戻ってくると思って、この町に残ったの」
「僕もお母さんがキャンプからこの町で暮らせるように頑張っている」
羊の肉のソースが辛くて暖まるけど食後すぐに体調に異変が起こり嘔吐し、菌のせいだと聞いてレモンを飲み続けた。敗戦の後には必ず植民地が待っている事はお父さんから聞いていたので、それを思い出すように大人の怯えた声が夜中に聞こえていた。それは、この町の復興に携わるガスマスクをした外国の支援活動の人によって、いじめられているのだろうと気づいた。痩せ細ったお爺ちゃんが夢に現れて、お父さんとお母さんのお見舞いに行くと言って僕の手を繋ぎ、バス停から乗車して揺られながら町の家々を眺めていた。朝早くに起きて瓦礫の撤去作業が終わると森林に入り、綺麗な白い雪の塊を手に取って缶ジュースから液体をかけて食べて「アイスクリームだ」と元気にリサの横に座っていた。
「クリスマスはどうするの?」
「分からない」
爆心地の生活が長くなると、救急で医療所に運ばれる年寄りの病死が急増していたのでリサは高齢者施設で世話を毎日続けていた。町も綺麗になりつつあった時期に僕と離れ離れになるリサに「待ってる」と共に手を繋ぎ、バスが出発した。気づいたら製鉄所にいた。そこでは爆撃で原発が崩壊し放射能汚染があったと聞いた。それで思い出したが戦局が厳しいと言って僕を連れて避難所に向かいキャンプの手伝いをしていた母が放射能を浴びて体調が崩れたと医者から聞かされたが嘘だ。僕やリサ含めて爆心地にいた人間には母のような症状は無かった。残念だったのは、母と再会できずに工場で缶詰にされた事である。終戦から数年を工場で働き、母の訃報を受けて町に戻された。その頃になるとラジオで生物兵器の犠牲者のニュースが流れていたから、記憶は定かではないがお母さんもその兵器の犠牲者かもしれない。リサと再会をする為に僕は教会へ向かった。ここまでの僕の過去を語ってくれた女性が病室で僕に水を飲ませてくれる。記憶喪失と医者に言われて、ベッドで寝た自分の横で女性が語りかけてくる。
「同年代だからよくわかる」
「うん」
爆撃の話は分かったけど、何故今、記憶力がないのかよく理解できない。
「兵隊になった。あなたは」
「何故?」
「それは、正義だと思う」
この女性が言っている事を信じるべきか頭を巡らせる。
「名前を聞いてないです」
女性が微笑んで答えた。
「リサです」
「僕の面倒を見て何日?」
その時、女性が目線を僕の目から一瞬離して「一週間です」と答えた。
「僕には父と母がいる」
「はい」
「何でいつも君がいるんだ」
「リック、どうした?」
「お父さん」
年寄りの男が突然姿を現した。
「ジョンおじさん、こんにちは」
老人はゆっくりと杖をついて病室に入ってきた。
「ごめん。リサとお父さん」
「ジョンおじさんはリックのこれまでを教えてくれるよ」
リサは立ち上がってカバンを持ち大きなアルバムを僕に手渡してくれた。開くと僕が写っていた。お父さんやリサ、そして軍服を着て銃を持った僕の写真があった。お父さんと二人っきりになり、静かに話を始めた。
「お父さん、僕は軍人だったのか」
「そうだ。政府と戦っていた」
「政府って?」
「お父さんが軍隊にいた頃、敗戦して占領された。国家の権威を敵に奪われ」
「反政府軍か。そうなんだ。どうして僕は記憶が」
「空爆だよ。負傷した。大丈夫、治る」
「これからどうすれば?」
「退院も近い。仕事は決まっている。リックを傷つけた国家への反逆をすれば良い」僕は、病院から出ると悲惨な世界に驚いた。グチャグチャで煙がもくもくと上がっている。装甲用の車に乗せられ、ヘリポートのある基地まで送られた。身体能力を試すテストが行われたが、抜群に体が言うことを聞き適性検査は受かった。すぐに作戦会議が行われ、戦闘員10数名でチームが動き出した。銃の取り扱いも覚えていた為、深夜の3時には政府の直轄である工兵部隊への奇襲作戦が始まった。反政府軍である僕達の仲間のアジトに接近中の部隊を衛生から追跡してヘリに乗る僕は暗闇を監視していた。敵の車両2台を発見した時、上官から攻撃命令が下された。ヘリは低空飛行して僕は機関砲で車両に連射していた。滅茶苦茶になって転倒していた。その時、銃撃された僕はどうやらヘリから落下したようだ。物凄い頭部の衝撃で体が痙攣して苦しんだ。気づくと病院で手術が済んだと報告され医者に記憶喪失であると告げられた。お見舞いには、リサという女性と父が現れた。
「僕には父と母がいる。何でいつも君がいるんだ」
年寄りの男が姿を現した。
「リック。どうした」
「ジョンおじさん、こんにちは」
「ごめん。リサとお父さん」
僕は写真アルバムを眺めて自分が兵士であったと理解した。
「僕は軍人だったのか」
「そうだ。政府と戦っていた」
「政府?」
「お父さんが軍隊にいた頃、敗戦し占領された。国家の権威を敵に奪われ」
「反政府軍か。でも何で記憶が」
「空爆だ。負傷した。大丈夫。治る」
「これからどうすれば」
「退院は近い。仕事も決まっている。リックを傷つけた国家へ反逆すれば良い」
僕は、病院から外に出ると、恐ろしい光景を目の当たりにした。ビルからは煙がもくもくと上がり、目茶苦茶な街と化していた。ここで脳に異変が生じた。記憶のループに気づいた。
「気づいた?リック」
後ろにはリサが立っていた。
「リサ、思い出してきた」
「思い出したの?」
「こっちだ」
僕達は車に乗り山中まで走った。記憶を辿って。僕は運転しながらふとループについてよぎった。
「ところでアルバムとか」
「記憶に集中して。リック」
「分かった」
昔と変わらない雪景色が広がっていた。車を停めて、雪山に僕とリサは足を踏み入れた。
「こっちだ」
「山小屋が見える」
「僕達が小さい頃、僕たちの親を」
「埋葬したんだね」
「うん。お墓だよ。あそこが」
「私も作られた記憶を生きていた」
僕とリサは小屋の前に来た。扉は開かない。
「遺骨を確認しなければ」
僕とリサは力で無理矢理に古びた木造扉を開けた。中に足を踏み入れると、潰れたベッドに毛布が掛かっていてリサは毛布をどかした。木の箱がいくつか散乱している。僕が箱を開けると、人骨が納められていた。
「見つかった。お父さんお母さん」
「私の、パパとママも一緒?」
僕は頷いた。他の木の箱を開けた。オルゴールが入っていた。
「すごい」
リサは子供の頃のような微笑みを見せてベッドに横になり、僕はオルゴールのネジを回した。曲がかかると僕たちはベッドで目を閉じていた。クリスマスを思い出させてくれる曲だった。12月の真冬にこの山小屋で出会ったサンタクロースの正体は僕たちの両親だ。あの空襲が酷い夜の日、僕たちをここの小屋に連れてきて隠してくれた。大人は捕まったら酷い目に合うから、親が燃え尽きた後、僕らが小屋に埋葬してクリスマスプレゼントのオルゴールで夜を明かした。冬の冷たい雪の中をさまよう僕らの元に空から降ってくる白い粒と記憶。赤いサンタクロースは僕とリサにプレゼントを渡していた。


この本の内容は以上です。


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