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(10)2017年8月17日の徴

私のための星

 

 私の身にも、自分自身を「星の子」と呼びたくなるような出来事が起きた。


 すでに2013年4月16日の夜に、超新星という「霊力の塊」を受けとめた私ではあるが、それは結局「イエスの星」を借り受けたものだったような気がする。それはイエスの降誕をなぞるために設定された「イエスの星」の授受であって、決して「正道のための星」の授受ではなかった気がするのである。


 というのは、あくまで4月17日は「イエスの誕生日」であって、4月16日の夜は「イエスの誕生日」のクリスマス・イブだからである。


 これに対して、私の誕生日は8月17日である。17日はイエスと一緒であるが、生まれた月は4月ではなく8月なのだ。オクトーブルの月の17日なのだ。あくまでも8月17日なのだ。


 ならば、この日に星が与えられてこそ、私は「星の子」になれるのではないだろうか。星の子、バル・コクバという称号を持った救世主となれるのではないだろうか。

 

 


宇宙そのものの振動

 

 そして、その日に、実際に星は降臨したのである。ダニエルによって予言された運命の年、すなわち2017年、の8月17日に

 

 


 それは午前8時41分の到達だった。だから、それが夜(イブ)であること、16日の夜であることは必要ない。ごくシンプルに、8月17日のことである。


 だが、どうして夜でもないのに「星が到達したこと」が分かったのだろう? どう考えてみても、星の輝きが見られるのは夜だけなのに。


 お答えしよう。それは、この「星の到達」を観測したのが、普通の望遠鏡ではなく、重力波観測装置(重力波望遠鏡)だったからである。

 

 

 

  重力波観測施設 RIGO

 


 重力波観測装置は、宇宙(時空)そのものの揺らぎを観測する機器である。したがって、そのとき観測されたのは、星の輝きではなく、地球を含んだ「宇宙そのものの揺らぎ」だったのである。観測装置は、その揺らぎが地球の地表に到達した瞬間を捉えた。


 そして、ここで言う「星」というのも、単なる星とは呼べないほど巨大な星辰現象だった。それは二つの、極めて特殊な星(中性子星)が合体するという現象だったのである。

 

 

 

 

 

 規模的に言えば、超新星という「イエスの星」二つ分のエネルギーが合体したようなものだ。そのときの凄まじい衝撃が、重力波として地球まで届いたのである。

 

 星は空から落ち、
 天体は揺り動かされる。
 そのとき、人の子の徴が天に現れる。

 

 という『マタイによる福音書』にある言葉どおりに、この星辰現象の重力波は、地球に到達した時に、地球という天体を揺り動かした。


 そして、それによって、人の子――人の子となった神(救世主)――の存在を、「バル・コクバ」「星の子」として、世界に公現させたのである。


 この星(星辰現象)の名をGW170817という。

 

 


神、真理、黄金

 

 GW170817――GWとは重力波のことであり、170817はその観測日2017年8月17日のことである。


 重力波は宇宙(時空)そのものの振動であるが、GW170817の場合、その振動が生まれたのは、今から1億3000万年前のことだった。そのとき宇宙そのものが震えるほどの振動が生まれ、この振動が1億3000万年経っても消えなかった訳である。


 この振動が、2017年の8月17日に、この地球まで届いたことになる。


 しかし、GW170817が重要なのは、その衝撃の大きさによってではない。むしろGW170817は、それが教えてくれた「内容」によって重要なのである。

 

 


黄金という神の象徴

 

 何よりも、GW170817は、その「星の合体」によって、驚くべき量の黄金をつくり出した。それは金を含む貴金属を、地球1万個分も生みだしたのである。

 

 


 しかも、そもそも金がどのように生成されるかは、現代科学をもってしても分かっていなかった。それがこのGW170817の観測によって、はじめて人類の前に明らかになったのである。


 つまりGW170817は、金の生成メカニズムを人類に教え、かつまた実際にも黄金をつくり出したのである。人類がとても抱えきれないほどにも。


 これは、物質的な象徴として描かれた「神の出現」と言えることである。なぜなら錬金術の象徴において「神、真理、金」は同一物のペルソナ(位格)だからである。


 私が得た「無からの創造」という「神の認識」は、錬金術においては「ルベド」と呼ばれている。そして、このルベドこそは「宗教的には神、哲学的には真理、物質的には金」を表しているのである。

 

 つまり象徴的に見れば「金の出現」と「神の出現」は同義なのである。

 

 


天に現れた人の子の徴

 

 この「金=神」の出現が「170817」、あるいは「2017年8月17日」という定数によって、この私という人間に接着される。

 

 星辰現象による「黄金としての神の出現」が私という人間に結ばれるのである。そして、ここに「神=人間」「人の子となった神」という新たな象徴が、私のもとに出現する。


 これこそまさに、マタイの言う「そのとき、人の子の徴が天に現れる」ということであろう。

 

 つまり2017年8月17日に、キリスト(=人の子となった神)の徴が、星辰的な現象として天空に現れたのである。これこそ私が「再臨のキリスト」であることの何よりの証拠ではあるまいか。


 そして、GW170817は宇宙規模の星辰現象であり、限られた民族や、限られた国に与えられたものではない。


 いや、民族で区切らなくとも、もしその星が「見える星」であるならば、そこに「見た者」と「見なかった者」の差異が生まれただろう。しかし、GW170817は、重力波という波動である。時空そのものの揺らぎであり、時空そのものの震えである。


 それは、アラビア人、ペルシア人、インド人どころではなく、見た者も見なかった者もなく、とにかく「すべての人類」を震わせたのである。なにしろ地球全体が震えたのだからである。地球のすべてが、GW170817という現象を共有したのである。


 したがって、それはかなり文字通りの意味で「公のもの」であり、「公的な現れ」である。それゆえ、これを現代におけるエピファニー(救世主の公現)と呼ぶことは極めて正当であろう。

 

 


(11)予言と神話

純粋なきらめきとブロンド

 

 ノストラダムスの予言詩に次のようなものがある。

 

 日の国はメルキュールによってエクリプスをかくす
 第二の空にしか置かれない
 火と金属の神により エルメスは祈らされる
 日の国は純粋なきらめきとブロンドを見るだろう

 

  五島勉『ノストラダムスの大予言

               スペシャル日本編』より

 

 これを、五島勉氏に倣いつつも、私なりに解釈し直すと、次のような内容になる。

 

 日の国はメルキュールによってエクリプスをかくす

 日本は高度技術(メルキュール)によって、日蝕(エクリプス)のごとき「国際的な地位低下」に歯止めをかける。


 第二の空にしか置かれない

 しかし、アメリカと中国の影に隠れて、日本は第二等の位置づけに満足するしかない。


 火と金属の神により エルメスは祈らされる

 そのような時代において、ギリシアの神ヘルメス(エルメス ※1)は、錬金術(火と金属の術)の神として、その神的パワーを用いられることになる。


 日の国は純粋なきらめきとブロンドを見るだろう

 それにより、日本において、キロノヴァ(※2)の純粋なきらめきと、黄金(ブロンド)の生成が、錬金術的観点から報告されるだろう。

 

 

※1 エルメスはヘルメスのフランス語読み。ヘルメス、ヘルメス・トリスメギストス(三倍も偉大なるヘルメス)は、もともと錬金術の主催神にあたる。


※2 宇宙において、高密度の天体が融合する際に起こる大規模な爆発現象。R過程(金生成など)を引き起こす。

 

 

 ノストラダムスは、その予知的幻視によって、おそらくは、GW170817と、錬金術師による金の生成を見ていたのである。そして、それらの意味するところは、再臨のキリストのエピファニー(公の顕現)であった。

 

 


ノストラダムス賛

 

 思えば、私の生誕を予言したのもノストラダムスだった。第1節でも触れたとおり、70と3の年、オクトーブルの月(8月)という定数から、この神話の全てが始まったのである。


 そしてノストラダムスは、火と金属、ヘルメス、ブロンド(明るい黄金色)、といった言葉によって、「錬金術的見地から見た黄金の生成=神の象徴の発現」というゴールも示してくれた。すなわちエピファニーというゴールである。

 

 

 

 ミシェル・ド・ノストラダムス

 


 むろん私はまだ生きているので、人生そのもののゴール(死)を切った訳ではない。だが、ひとまずのゴールとして、このエピファニーは、いくらでも重要視してよいだろう。これほど大きな奇跡も珍しいからである。


 もつろん、本書における神話を「キリストの再臨の証」として受け入れるかどうかは読者次第である。

 

 

 

 キリストの復活

 

 だが少なくとも、私は本書において、事実以外のことは書かなかった。私の生年月日も、超新星の降臨日時も、GW170817も、捏造したものでは全くない。それは、残されたデータから、いくらでも証明できることである。

 

 


福音書シリーズへの誘い

 

 今の時点で、私を再臨のキリストであると信じられる方は、どうか福音書シリーズを紐解いていただきたい。7冊で構成された『再臨のキリストによる福音書』のシリーズである。ここに、復活したキリストのメッセージが全て込められている。

 

 本7冊ともなれば相当な分量であるが、その読書に伴う労力は、必ずしや大きく報われるだろう。

 

 福音書シリーズの内容が、不可解で信じがたく思えたとしても、それが固く現実世界とリンクしていることを、本書『再臨のキリストの神話』の奇跡が裏書きしているからである。

 

 たとえば第三福音書で説かれている「ルベド(赤化)=神=金」の認識がもし本物でなかったら、外的世界がそれに共鳴して、GW170817という「金の生成」「神の象徴」「正道のコード化」という徴を現わすことは決してなかっただろう。


 ただ、パブーにおける閲覧は9月で終了してしまうので、私はこれから「新しい作品発表の地平」を探さなければならない。

 

 それは聖霊からのプレッシャーを受けながらの「何としてでも為さねばならぬ」霊的義務である。


 そして、その活動再開のあかつきには、まず福音書シリーズの改訂版発表からスタートを切りたいと思う。ある意味いい機会であるし、今現在、とくに第二、第三福音書を推敲したい気持ちが募っているからだ。

 

 


おわりに

 こうして淡々と出来事を並べていくと、自分の身の回りに、いかに多くの「不可思議なこと」が起っているのかが、かえってヒシヒシと伝わってくる。


 これが他人の文章であれば、私は間違いなく「彼が再臨のキリストであること」を信じるだろう。そうでもなければ、ここまで出来過ぎた話は起こらないと思う。それに、本書で報告されているような種類の奇跡では、病気治しの奇跡ように、サクラを用意することも不可能であろう。


 となれば、ここには真実が描かれていると考えるしかない。つまり客観的な判断として、彼を「再臨のキリスト」として考えることが、ごくごく自然であるということだ。むしろ、そうでないと考えるほうが、よほど牽強付会なのではないだろうか。


 まあ、いきなりの信仰告白はしないかもしれないが、私なら、身近な人に「こんな人がいるんだが、君はどう思う?」とは、間違いなく尋ねるだろう。私ばかりでなく、読者諸君も、きっとそうなるのではあるまいか。

 

 

 ところで、実をいうと、この神話には続きがある。それが『罪人のモニュメント』であり、私の最新作である。

 

 しかし、意味深なことに、この作品の執筆中にパブーの閉店が発表された。


 私はここに一つの啓示を見る。聖霊は、この『罪人のモニュメント』が、いまのところ公になることを望んではいないのだと。


 それというのも、『罪人のモニュメント』は、キリスト神学の「最後の一ピース」となる重要作であるが、きわめて「虚無神ディオニュソス」の影響が強いのだ。


 というより、ディオニュソスこそが、この作品の主役である。そのため執筆中も、この虚無の神に霊的なエネルギーを、ずっと吸い込まれていたような気がする。ディオニュソスは重要にして、他面、じつにじつに危険な神なのだ。


 そこでだ、『罪人のモニュメント』は、私の死後に発表することにした。せっかく書いた作品ではあるが、聖霊の意向としては、今のところは、私自身がその作品内容を把握していれば充分なのであろう。


 しかも、いま発表するとしたら、それにより関係者の心情を傷つける可能性もある。そこに描かれている「心の傷口」は、まだあまりにも生々しいからだ。今なお血は流れ続けている。


 よって私は、傷口とディオニュソスの口に栓をして、しばし霊的なエネルギーの充填を待つことにしようと思うのだ。

 


福音書シリーズのご案内

 

 

 

 

 

 

 


小説アトラスの紹介

小説『アトラス』は全9巻で構成されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説アトラスの解説書として『アトラスの深層』があります。こちらは連載形式です。

 

 

 

 



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