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台本続き

花岡「そんだだごと無理だべ! 他県からも緊急出動要請しじまったんだがら! スワットまできちまって、もう岡山駅は警官でいっぱいだ! TV局まで集まっちまってぎでまず! どないすんだべがあ、これわ!」

隊長「うううー・・・・」

 

工藤「あ、おまえだ! おまえがいけないんだ! 黙っててくれって、あんなに頼んだのに!」

と、工藤、若い車掌を指差す。

 

若い車掌「そんなことはダメです! ひとには、みんな、いろんな事情があるとは思います。だけど、ぼくは他のお客さんに迷惑をかける人は許さない。ぼくだって、この車両に乗って仕事をすることは、子どものときからの夢だったんだ。みんなのステキな一日を乗せて走っている夢の電車、それが新幹線なんだ。どんなことがあったとしても、ぼくはこの電車を守る」

 

コンサル「そりゃ、そうだ」

工藤「うー・・・・」

花岡「どないすんだべかあ!」

隊長「ううう・・・・」

 

ネズミ老人「あのう・・・かわりといっちゃなんですが、わたしを捕まえてください。無賃乗車です」

 

デブ車掌「えっ?」

 

ネズミ老人「三県またいで軽犯罪をした年よりは、特別な老人刑務所に入れてもらえると聞きました。わたしを、そこに入れてください。ずっとカメラマンやってたんですけど、仕事がもうなくなってしまいました。老人ホームに入るお金もないので」

 

隊長「なんと」

 

ネズミ「お願いします」

オムスビ「ちょっと待った。無賃乗車ではない。乗車券は、おれが払う」

 

全員「えっ?」

 

オムスビ「じいさん、いったい、どんな写真、撮ってたんだ? カタログとか、そういの? ぶつ撮り?」

ネズミ「あ、はい。その通りです」

オムスビ「うちの通販サイトでカメラマンが足りない。うちで働きなさい。給料は安いけど。そんなことくらいで、やけっぱちになるなよ」

マッキー「おー! おむすびーー!」

ミヤコ「かっこいい!」

工藤「おまえ、はじめて、いいこと言った!」

オムスビ「駅着いたら、すぐ手伝ってもらう仕事がある。機材は現地にあるし、あー、ぶつ撮りじゃないけど、人物も撮れんだろ? とりあえず名前は? すぐ申請ださないと」

 

カズミ「ほんとは人物の写真を撮るのが得意なのよね。名前は、野田優作・・・。わたしの父親です」

 

全員「・・・。」

 

カズミ「いままで、どこで、どうしてたの・・・おとうさん」

ネズミ「死のうと思った。でも、死ねなくて・・・。すまない。ほんとに、すまなかった。突然、消えて・・・うらんだろうな」

 

カズミ「うらむなんて。そんなこと。ちっとも気づかなかったの、あたし。おとうさん1人、そんなに追い詰められてたなんて。かわいそうだね、おとうさん」

 

ネズミ「カズミ・・・」

 

隣の車両から踊り子の声。

 

ダンサー「社長! ニーナちゃんが!! あかちゃんがうまれる、あかちゃんが!」

コンサル「だから無理すんじゃないって、あれほど言ったのに!」

着物バア「妊娠、出産を軽くみてはいけません! 命をおとすことだってあるんですよ!」

 

隊長「赤ちゃんだと! よし、すぐに連れ出せ! 緊急救命だ! これで、なんとかなるだろおー!」

 

花岡「えっ、こいづは?」

 

隊長「武士の情けだ! 全責任は、おれが取る! 役人めいた規則にとらわれすぎてはいけないんだ。もっと、人の心を思いやる、そんな裁きこそが、おれたちには必要だったんだ。人情を最も大切にした大胆かつ豪快な大岡裁き、これが、じいさんの願いだったんだな。試合が終わったら必ず出頭するように。いいな? さあ、急げ! かじったくん!」

 

花岡「あ、また! それ、ぜんぜん、ちがいますから!」

 

ガニマタ隊長と花岡、隣の車両へ走り去る。

そして、また電車は走り出す。

 

若い車掌「おおお、おとりこみ中、申し訳ございません。じょじょ、乗車券を、拝見させて頂きますうーー」

若狭「てめえ!あんなに、頼んだのに! ちくったんだな、おまえ・・・」

若い車掌「あ、あ、はい!」

 

若狭「おまえも、男だな・・・すまんかった・・・おまえは正しい。わしは、あほじゃ」

マッキー「まあまあ。試合だろ。元気だせよ」

 

女子販売員「毎度ありがとうございまーす! 岡山名物ももたろうダンゴ、ももたろうチョコレート、ももたろうチーカマ、お子様が飛んで喜ぶももたろうパン! あんぱんまんもびっくり、ももぱんでちゅうー!」

 

若狭「もし、試合に勝ったら、マッキーはん、わしとつきおうてくれい!」

マッキー「えっ! うーん、一回だけデートしてあげる」

若狭「ほんまか! うおおおおおおーーーー、勇気、りんりん!」

 

女子販売員「うわ、うわ! 恋の花咲く夢のトレイン!」

 

若い車掌「そうなんです! みんなの思いが叶うんです! ここは、夢のトレインなんですよお!」

 

カズミ「いや、そんなことはありません!

これ、あかないのーー、なんでーー、これーーー? なーんだか、くやしいいいいいいいーーーー」

 

と、例のサキイカの袋を、みんなに見せる。

 

女子販売員「それは・・・うちで扱ってる商品ではありませんねえ」

 

コンサル「だから、不良品なんじゃないの? あかないサキイカなんか、ありえないでしょ?だいたい、どこのメーカーが作ってんのこれ? 有限会社いか大王?なんだ、これ? 聞いたことない会社じゃないの。あは、青森県? ちっちゃいいなかの会社の粗悪品だろ」

課長「わが社は、粗悪品など、作ったことはない!」

 

コンサル「えっ」

 

課長「これはウチの社運をかけた一大商品だあ! おめえたちも知ってるべ。あの上野動物園で白蛇が逃げ出し、行方不明になったどぎだ。ニッポン全国、誰一人だ、誰一人とも見つけられなかったっつーのに、唯一、ただ、ひとり、おらが村のいたこがめっけただよ! 預言で、上野の白蛇をめっけただ! これは全国ニュースで報道された事実だべや!」

 

工藤「あ、それ、聞いたことある」

 

課長「んだべんだべ、おまえさ見たべ、あのニュース! つまり、おらが言いたいのはだ、青森県をばかにすんでねえ!」

 

スーツb「ああ、そうだともさあ! バカにすんでねえ!」

スーツa「や、青森なんか、くそだ。なーんも、ねえとこだ。なーんもねえ。だだっぴろいとこに、ただ、風がふいてるだけだ」

 

課長「そんだだごとはねえ! ほやがいっぺえあんぞお! 獲れたてのほやほやだあ!」

スーツb「イエス・キリストの墓だってあんだ!」

コンサル「それ、青森だっけ?」

スーツb「こんな、すんげえ舞台づぐっだのもなあ、青森出身者だあ! 越後拓哉だあ、ごいづは、あしたのごとも、なーんも考えず、づぐっぢまっただあ、どうだあ、まいっだがあ!」

 

立ち上がって越後、観客に向かって一礼。

 

課長「青森上空で二匹の竜が戦ったり、その空をテポドンが飛んでったり、海からは原子力船ムツが現れたり、大地には地獄河原が煙をあげてたり、そんだだ由緒正しいミステリーランド青森県に生まれたわが有限会社いか大王は、今年創業100年、まさしく、いか一筋!

そして、このたび、その100年に渡り培った当社独自の技術を結集して完成したのが、こちらのイカ100なのだす!

当社は、この新商品で、全国販売を開始!

デフレ厳しいこの時代に、ビジネスチャンスを拓く所存にございますだで、不良品などとは、言語道断!

聞き捨てならぬことでございますだべした!」

 

カズミ「ああ、それで・・・」

ミヤコ「100」

スーツb「これは、そんじょそこらのサキイカではねえ」

スーツa「100年もつんだ」

全員「えっ?」

着物バア「100年間、腐らない、ということですか?」

課長「その通りです。このご時世、なにが起こるかわがりません。

だがらごぞ、100年保存できる食品は、家庭にひとつ、必須の危機管理対策となるのだす」

スーツb「大地震でもこわれない。像が踏んでもこわれない」

課長「ふふふふ・・・その通り。最先端技術の結晶、この袋はチタン合金で、できでいる。ミサイルが当たってもこわれない。深海1万メートル潜っても、やぶれない。

しかも100年安心。さきいかの袋をチタン合金で製作したのは、わが社が世界初!

この新幹線の外壁よりも強いのだ!」

 

全員「おおっ!」

工藤「すごい!」

 

コンサル「それ・・・なんか違うんじゃないか?」

 

オムスビ「そんな袋、どうやって、あけるの?」

 

課長「その裏面をごらんください。こと、細かく、あけかたが書いてございますだ」

カズミ「なに、これ・・・なんか損害保険とか生命保険の契約書の裏側みたいな。あんまり文字が小さくて読めない」

スーツa「くわしく書かなぎゃなんねえがら、そないになっつまっただ」

コンサル「あのさあ。誰も読まないから、サキイカの袋の注意書きなんて」

カズミ「なんでもいいから、で、これ、どうやってあけるの?」

課長「それは、まさに常識を覆す方法なのだべす」

 

課長「こーやって、こーやって、ぽん!」

みんなで取り囲んで、観客には開け方を見せない。

 

全員「おお!」

若狭「ここ、これは・・・あんなにチカラをこめたのに・・・」

課長「チカラなど、いっさい、必要ねえ。やり方を変える。そこに新しい道がひらかれるんだべ」

若狭「やり方を、変える・・・そうか・・・」

マッキー「ん? どした?」

若狭「そうだ・・・いっそ、変えてみるか。やり方・・・逆に」

 

ミヤコ「あー、もやもやしていた感じが、ぜーんぶ、すっきりしちゃった。今回、思いつきの旅行だったんだけど、まさか、こうして、おとうさんに会えるなんて、夢にも思わなかったし。新しい自分が見つかるような、そんな気がするなあ」

 

オムスビ「でも、これは・・・売れないんじゃないか?」

課長「説明せねばなんねえ。説明すれば売れる! なので、我ら三人、社命を懸けて、全国の量販店様にPRすべぐ、こーして新幹線さ乗って、あっつこっつ、いっでるわげですだ」

コンサル「まあ、とにかく、キャンペーン、やんないとね」

課長「キャンペーン?」

 

工藤「せっかくだから、みんなで食べてみましょうよ。ささ、どうぞ、どうぞ」

 

カズミ「あ、うまーい」

 

マッキー「うん、美味しい!」

 

着物ジイ「おや、いつの間にか広島を通過してしまったようだ。ああ、近づいてきたな。なんだか緊張してきた。おじょうさん、そこの酒をくれ」

 

女子販売員「あ、はい。あらやだ、のんびりしてしまったわ。急がなきゃ」

若手車掌「ああ、ぼ、ぼくも。いかなきゃ!」

 

着物バア「あたしにも一杯ちょうだい。うん、おいしい。あなたが、あんなにステキな励ましの言葉をかけるなんて。初めて聞いた」

着物ジイ「ん? なんのことだ」

着物バア「いつも、あなたは、誰に対しても、きびしい言葉ばっかり。自分の娘にも。ほんとは、そうじゃないくせに」

着物ジイ「・・・・。」

着物バア「なんて言ってあげるために、わたしたちはゆくの。娘のところに」

着物ジイ「・・・・。」

 

車内アナウンス「Soon will be arrive at Ogura station.この電車は、間もなく小倉に停まります。

So, we were never give up! to be continued to the happy end of your life.」

 

工藤「おれも緊張してきちゃった」

若狭「あんたひとりやない。わしも人生最後の決戦や! 勇気だせい!」

カズミ「そうよ、がんばって!」

オムスビ「おれだって大変なプレゼンなんだ。みんな一緒だ」

工藤「そうだよな。みんな、がんばってんだ。先生、おれたちも、がんばらなきゃ、ね!」

着物ジイ「うーん・・・・」

 

ここで舞台暗転。

喫茶店に変わる。

 

ネズミ男は衣装チェンジ、喫茶店のマスター役。

ミヤコも工藤の妻の役のサトミに変身。

喫茶店の奥の椅子に座って、新聞を見てるマスター。

舞台から向かって手前右の席に座る工藤の妻・サトミ。

彼女の頭上にTVがある。

そんな妻の正面に座っている工藤。

 

工藤「や・・・やあ、元気にしてたかい」

 

工藤は、どうにか、そんな言葉を口にすることができた。

暗い目をしながらもサトミは、小さく笑いながら頷いた。

しばらく2人は黙ったまま、

工藤は、また深い溜め息を付いた。

 

工藤「お父さんたちとか、みんな、もう家で待ってるのかな?」

サトミ「まだ。おかあさんだけ。おとうさんは、ちょっと遅くなるって」

工藤「お、おにいさん、は・・・?」

サトミ「おにいちゃんは夕方。ホームセンターに寄って金属バット買ってくる、って」

工藤「金属バット! や、野球でもやるのかな・・・・・」

サトミ「絶対、殺す、って。あんたのこと」

工藤「え・・・う、うーん、うーん・・・・」

 

向こうのカウンターの上にはテレビが置かれていて、マスターは競馬中継を見ている。

カウンターには競馬新聞が、広げられたまま置かれている。

 

TV音声「2番、本命のタイタニック・クイーン、このまま逃げ切るか!

さあ、どうだ、どうだ!!」

 

工藤、こんな喫茶店に入るんじゃなかったなあと思う。

2人は、競馬中継の音のなかで、

しばらく向かい合ったまま押し黙ってしまっていたる。

工藤は煙草を取り出して、火を点けようとして、やめる。

 

サトミ「あなたは、どうしたいの?」

工藤「お、おまえは・・・・ど、どうなんだよ」

 

TV「おっと6番のラーメン・ダイスキーが追い上げてきたぞっ!

タイタニック・クイーン、抜かれるか!」

 

工藤は所在なげに鼻の下の辺りを擦ると、

右手に握りっ放しだったライターをテーブルの上に置く。

そして、また訊ねた。

 

工藤「ま、ま、また、さ、い、いっ、一緒に頑張ってみない。かなあ・・・なんて、はははは」

 

サトミは少し俯いたまま、黙り込んでいる。

サトミは、そのテーブルの上に置かれた

緑色のあのライターの文字を見詰めていた。

 

サトミ「自信、ないわ」

 

サトミは緑色のライターを見詰めながら、

ポツリとそう言った。

 

TV「おっと、タイタニック・クイーン、抜かれた!

抜かれた!やったぞラーメン・ダイスキー!

このままいけば初優勝!!」

 

マスター「いけえ!コラぁー!

イゲエーーーーーーーーーーーー!」

 

と、雄叫びを上げた。

思わず、びっくりして工藤は立ち上がったが、

また再び座り直して、工藤は背中を反らすようにして天井に目を向ける。

 

工藤「うーん」と大きな溜め息をついた。

工藤はサトミの顔を真正面から、しっかりと見ることができない。

工藤「う、うーん、うーん・・・・・」

サトミ「・・・・・・・・。」

サトミはテーブルの上に置かれたままの

緑色のライターを、力なく見詰めている。

工藤「お、オレ、やっぱり、また店やろうと思ってんだ」

サトミ「お店? もうお店たたんだって・・・・・」

工藤「あ、ああ、今の店はね」

サトミ「今の店って・・・・? またお店出す気なの?」

工藤「う、うーん、実は、そのつもり」

サトミ「お金はどうするの」

工藤「あ、ああー、う、うーん・・・」

サトミ「昨夜電話で話した通りだから。

そんなだから、みんな怒ると思うけど」

工藤「うう、う・・・・うーん・・・・・うーん・・・・」

 

TV「ああっ!ラーメン・ダイスキー、こけたあ!

こけてしまいましたあ!!」

 

工藤は渋い顔をしながら、

チラリと向こうの方にあるテレビ画面を見る。

 

マスター「だばだばだああああああーーー」

 

と、ガックリと両肩を落とした様が見えた。

工藤は再び、大きな溜め息を付いた。

渋い顔をしながら、俯き、口の周りを左手で摩る。

 

工藤「お、オレも、も、もも、もう48だ。

就職ったってさ、給料なんかさあ、そんなん借金返すなんて無理じゃん。だけど店をやれば、客さえ入ればなんとかなるじゃない? かって・・・」

 

するとサトミは顔をポツリと言った。

 

サトミ「お客さんが来てくれれば・・・・ね」

工藤「い、いや、だから、今までは・・・。

オレも意地張ってたのが、いけなかったんじゃないかって思うんだよね。オレさ、じ、実はさ、今日は色々なことがあってさ、色々な事を考えたんだよ」

サトミ「ほんとに殺されるから。おにいちゃんに」

工藤「そ、そそそそ、そうだよなあ、やっぱなあ、うーん・・・・」

 

サトミは緑色のライターを見詰めながら言った。

 

サトミ「もう、別れようか・・・私たち」

 

TV「おーっと! タイタニック・クイーンもこけたあ!!

うわっ、みんなを巻き込んで、みなコケてしまったあ!!

大変だア、これは大変だア!!」

 

マスター「だばはああああーーーーーー・・・・・うわああああああああ、もう、だめだあああああ」

 

とマスターの、すさまじい溜め息が聞こえる。

マスターは、まさにガックリと両肩を落としてしまっていた。

工藤は、また新しい煙草を口に銜えたが、その顔も、もはや泣き出しそうな表情である。

競馬中継が終わった。

 

サトミ「そろそろ、行こうよ。

もう、みんな集ってくる頃だから。それとも帰る?」

工藤「えっ?」

サトミ「ほんとに怒ってるから、おにいちゃん。また店やるなんて言ったら、どうなるのか。知らないよ、あたし」

工藤は大きな溜め息を付いた。

 

工藤「か、帰ろうかな・・・」

サトミ「そのほうがいいよ。いこうよ。駅まで送る」

工藤「あ、ああ・・・」

 

ゆっくり立ち上がろうとした、

そのとき、テレビからキック・ボクシングの中継が流れてくる。

TVアナウンサー「この体育館は、博多市が民間と協力して設立されたというもので、町おこしの一貫として作られたこの博多ゴールデン・レインボー・ドームから今夜は生中継でお送り致します。

本日の第1試合は、

なんと、ニシナリの種馬・ホッピー若狭対、

フランスの貴公子・カルロス黒ラベルとの対戦ですが、

ここでの注目ポイントは?

やはりホッピー若狭が、どこまで善戦できるかという、

そういうことになりそうですよね」

TV解説者「若狭にとって厳しい試合になりますね」

TVアナウンサー「う~ん、ホッピー若狭!

華麗なる天才カルロスを相手に、何度倒されても起き上がることが出来るのか!

ホッピー若狭としては、まさしく、福岡市の町おこし的

おきあがりこぼし的なファイトができるか!

派手なKOシーンに注目です!」

 

工藤「い、いや・・・・ちょ、ちょっと、ちょっと待って」

 

座りなおす工藤。

サトミは、まったくTVは見えてない、関心なし、耳にも入って

こない。

ずっと、ちからなく、ぼんやりとライターを見詰めてる。

テレビでは解説者とアナウンサーが話しを続けている。

 

TV解説者「ですね。若狭も、もう48歳ですから。

ちょっと第一線で闘うには無理ですよねえ。

いや、実は若狭は、この試合で引退なんですね。

それだけに、かなり気合は入ってますよね。

私は若狭についてはデビュー当初から見ていますから。

私自身、若狭の大ファンなんですよ」

 

アナウンサー「はい、私もホッピー若狭は、よく知ってますよ!

あの、前へ、前へと出て行くブルファイト、

倒され方はいつも実に爽快だあ!

あのケレン味のない豪快なブッ倒れ方!

いつ見ても気持ちがスカッとしますね!」

 

解説者は、ちょっと困ったように唸り声を漏らした。

 

解説者「う~ん、まあ、これはプロレスじゃないんでね。

でも、まあ、たしかに、あれですよね、

その、残念なことに勝ち星がなかっんですけどね。

彼は苦労人なんですよ。

孤児院で育ちましてね、

昼間は、ずっと工事現場なんかでバイト生活をしてましてね、

そうして夜、練習をしてプロのリングに上がり続けてますからね」

 

アナウンサー「そうですね!倒れかたは、いつも前のめり、

リング上、永遠のさすらい人!

リング上の行き倒れ人だあ!!」

 

サトミ「ここにいたって、しょうがないよ。行こう」

工藤「う~ん・・・・」

 

テレビのボリュームが小さいので、注意していないと何も聞こえない。

工藤はサトミの質問に答えながらも、テレビが気になって仕方がない。

 

アナウンサー「さあ、いま、まさに試合開始のゴングが鳴ったぞ!

ああ、もう、いきなりKOされるかと思いましたが!

なんとか、もちこたえぞ!」

 

解説者「うーん、若狭らしくないステップ・ワークですね!

ここで打ち合いを避けるとは!

いつもと戦術を大胆に変えてきましたね!」

 

アナウンサー「リング上で追いかけるカルロス、逃げ回る若狭!

臆病風に吹かれたかホッピー若狭!!

浜辺でうろうろ歩くヤドカリのようだ!!

ホッピー、リング上をうろつき回る

ヤドカリになりさがったというのかあ!

おまえの闘魂は、一体どこへ行ったんだああああ!!」

 

場内から激しいブーイングが巻き起こっていた。

 

サトミ「どうしたのよ・・・・・」

工藤「う、う~ん・・・・・」

 

工藤はサトミの後ろにあるテレビ画面が気になって仕方がない。

 

TVアナウンサー「あ、ああ!」

考え込むフリをしている工藤は

腕組みをしている拳に、思わず力が籠もった。

 

工藤「あっ、あああ・・・・」

サトミ「な、なに!」

工藤「あ・・・あうあ・・・・っ、いや、ちょっと、足がつった」などと工藤はゴマカスので必死だ。

 

アナウンサー「おおっと、ついにホッピー・ダウン!

連敗記録更新かあ!!

起き上がれない、

起き上がれない町おこしだあ!!」

 

アナウンサーが絶叫している。

 

解説者「いや、立ち上がりますよ!」

 

アナウンサー「逃げ回るだけの若狭に、場内から激しいブーイングだあ!」

 

サトミ「なに?」

工藤「うん、い、い、いやいや、ああ、な、直ったから。

で、電車でずっと座ってたからかな、ははは・・・・」

工藤は苦笑いを向けたが、サトミは渋い顔で溜め息を付いている。

カウンターの席で新聞を広げていたマスターは、ぼんやりとした顔付きでテレビのチャンネルのリモコンを手に取った。

そしてテレビに、そのリモコンを向けている。

 

サトミ「もう別れたい、ってこと? もう、ここで」

 

チャンネルを変えられたくない工藤は思わず立ち上がって叫ぶ。

 

工藤「ああ!」

と大きな叫び声を上げてしまっていた。

マスターとサトミはビックリして工藤を見詰めている。

 

工藤「い、いや、そそそ、その、そっちネズミ!

こ、ここ、こんな大きいやつ、猫みたいにでかいやつ!

そっち、そっちいった!」

マスター「えっ!」

サトミも、顔を歪めて立ち上がった。

工藤は必死だ。

工藤「そっち、あっち、そっち、向こう。

そうそう、そっちそっち」

 

工藤がそう言うとマスターは怪訝そうにカウンターの奥の台所に目を向けた。

その時、喫茶店の扉の上につけられていた鐘がカラン、コロンという音を立てて開く。

若いカップルが入ってきた。

 

工藤「あ、ああ、お客さんだ。

あっ、い、いらっしゃいませ。

マスター、さあ、さあ、お客さん。早く早く」

工藤は頭をペコペコさげながら

工藤「あっ、どうぞどうぞ、いらっしゃいませ」と

若いカップルに向かって、

カウンターの方を手で示した。

 

工藤「あっ、いや、商売のことを考えてたら、

なんか他人事じゃなくて」

工藤はから笑いを浮かべながら、また席に着いた。

TVから場内の喝采が聞こえてくる。

サトミ「もう、行きましょうよ」

 

TV「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ・・・・・・」

 

サトミ「なに考えてんの・・・・・」

すると工藤は、ついに叫んだ。

工藤「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って!」

 

サトミは怪訝そうに、彼の目の先にあるテレビ画面へと、ここで初めて目を向ける。

なんで、こんなものに夢中になってるの、という、あきれた、というか、サトミは険しい顔をしたまま、黙り込んでいる。

 

アナウンサー「すごい!これはスゴイ!!

ホッピー若狭、カウンターの電撃右ストレート一閃!

まさかのKO勝利!!

明日への奇跡の勝利の掛け橋!!

勝利のレインボー・ブリッジだああああ!!

まさに奇跡の勝利、奇跡の人、

ヘレンケラー的ミラクル・ファイトだあ!!

まぐれ当たりのホッピー若狭!」

アナウンサーの声が上ずっている。

アナウンサー「いやあ、私は、もう、ずっと前からホッピー若狭のことは大、大、大好きでしてねえ、これまでも、ずっーと、注目していたんですけどね。

ところで、下町でこよなく愛されているホッピーという飲みモノがあるそうですが、なんなんですかねえ、ホッピーって?」と

アナウンサーは、笑いながら解説者に訊ねた。

解説者「えっ!?」

と、驚きの声を上げた。

解説者「あんたホッピー、知らないの?」

アナウンサー「えっ・・・・ああ、は、はい」

アナウンサーは声を詰まらせてしまった。

しかし解説者はハッキリとした口調で言った。

 

解説者「だめじゃん、それは」

アナウンサー「えっ?」

解説者「あんた、もう、ぜんぜんダメだ」

 

リング上で若狭は歓喜の雄叫びを上げている。

工藤、TV画面を見詰めて、立ち上がる。

 

工藤「あの女の子たちが、踊ってる・・・。

博多のイベントって、これだったのか!

あっ、カズミさん、マッキーさん、ミヤコさんも!

あ、オムスビとコンサル!

写真撮ってんの、おとうさん!」

女子販売員「ホッピー若狭、プロ初勝利! コングラチエーション!

それではリング中央で勝利者インタビューです!」

工藤「あ、タテヨコ大学アナウンスぶーーーーー!」

若狭「やったあー!やったでえーーー!!

うおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!

ついに勝った、ついに勝ったでえ!」

工藤は思わず両手の拳を力強く握り締めると、

大声で叫んでいた。

工藤「やったああああーーーー!」

若狭「さっき、ついさっき、産まれたあー! 産まれたでえー!

母子共に健康! 男の子やあー!!」

マッキー「しかも、双子!」

 

工藤は拍手をしている。

猛烈に感動してしまっていた。

 

工藤「そうだあ!!

あきらめちゃいけないだア!

絶対に、あきらめちゃいけないんだよ!!

うん、うん!!」

皆が、唖然とした顔付きで工藤を見詰めている。

しかし工藤は、人目もはばからずに、テレビ画面に向かって、

ちから一杯に拍手を送っている。

工藤「今日、やっと勝ったんだ!

初めて勝ったんだ!

いいんだよ、言いたいやつらには言わせとけ。誰になんと言われようが、頑張って生きて行けば、こうしてパァと、いつかは大きな花が咲くんだよ!」

そう言いながら工藤は、テレビ画面に向かって拍手を続けている。

すると、マスターも、若いカップルも、なんとなくつられてしまって、

そうしてテレビに向かって拍手をし始めた。

アナウンサー「えーと、今回はですね、飛び入りスポンサーとして、青森県の有限会社イカ大王から、なんと、視聴者プレゼントです。

はがきでご応募ください。先着100名様に、こちらのサキイカを、プレゼントいたします」

工藤「うおおおー、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」

工藤が叫んでいる。

工藤「世の中の人たちはさ、みんな色々、苦労しながらもさ、

それでも、あきらめずに、頑張ってやってんだよ。

孤児院で育ったキック・ボクシングの人だって、

青森のど田舎のサキイカの会社の人たちだってね、

老人ホームで働いてる人たちだって、販売員の学生さんだって、駅掌さんだって、

そのへんの普通のサラリーマンたちだって、みんな、すんごい頑張ってんだよ。

だからサトミ、オレたちも、もっともっと頑張らなきゃ。

頑張らなきゃいけないんだよ!

なんで頑張んなきゃなんないのか、それは、よく、わかんないんだけど、頑張んなきゃいけないんだよ。

それが、たった一度きりの人生なんだよ、きっと。

一度、転んだくらいで、なんだ。

起き上がればいいだけのことじゃないか。

オレたちもさあ、あきらめずに、もっともっと前向きに、人生前向きに頑張んなきゃだめなんだよ!!」

 

なんか、もう、突拍子もないバカ騒ぎで、恥ずかしいやら何やらで、もう、なんだか拍子抜けしてしまったサトミは、おかしくなってしまって、唐突に吹きだしてしまった。

こうして深刻に悩んでいることの、なにもかもがバカバカしくなってしまって。そんな感じで、サトミは笑う。

工藤は、そんなサトミの手を取る。

サトミも立ち上がる。

 

工藤「さあ、ゆこう」

サトミ「なんて言うの?」と苦笑い。

工藤「やっぱりさあ、マーボー豆腐だけって。

つまんないことに、こだわり続けたおれがいけなかったんだ。

中華の店なんだから、やっぱりラーメンを出さなきゃ。

仲間たちと、もう一度、しっかりと話し合ってみるよ。

やれるさ、絶対に。

その気になれば」

 

彼の、ほんとうに久しぶりに見たその明るく、イキイキとした目を見て、サトミは眉間に皺を寄せながらも、笑っている。

 

サトミ「あたしが家を出た理由はね、商売とか借金とか、そんなことじゃないのよ。ずっと、あなた、笑ったこと、なかったでしょ?

いつも、つらそうな顔で、いらいらしてて。そんな、あなたの顔を見ているのが、嫌だったから・・・。

いきいきしている、あなたが、いいの。思い出してよ。あのころを。だから結婚したんだから」

工藤「そうか・・・」

サトミ「ちゃんと、話せるかな?」

工藤「ああ、ちゃんと、話すさ。おにいさん、にも・・・」

サトミ「わかってくれるよ。ぜったい」

工藤「よし、やるぞ! ラーメンのどんぶりも用意しなきゃ。だいじょうぶ、もう二度と食器はこわれない。新しい食器はチタン合金で作ろうと思うんだよね。像がふんでもこわれないらしいから」

工藤、テーブルにお金をおいて店を出る。

若いカップルも、目を見合わせて小さく頷くと、彼らも扉から出てゆく。

 

喫茶店にマスターひとり。

マスター「はあ・・・」

と、しかし再び暗い顔。

 

コーヒーカップを片付けに、ゆっくり立ち上がる。

工藤とサトミが去った小さなテーブルには、

あの緑色のライターが残されていた。

ずっと仏頂面をしてたマスターは、

しかし、そのライターを手に取ると、

ようやく小さくニカッと笑ってしまったのであった。

 

※エンディング曲『ダンシング・ナイト』流して、役者たち舞台上で挨拶。

入れ替わり、ダンサー登場して挨拶。

また入れ替わり、役者たち出てきて挨拶。

 

「さきいかの恋」★おしまい

 

『ダンシング・ナイト』

https://www.youtube.com/watch?v=-xCYoCpl0Xo

 

 


この本の内容は以上です。


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