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(1)キリスト教の「↓」に対する補償

キリスト教史の要約

 

 第1章で見てきたように、キリスト教は、その長い教会史のなかで「↓」の宗教スタイルを、ほとんど限界点まで徹底させていった。


 文章内容的には、ざっとキリスト教史を概観したに過ぎない。しかし、それでも、そのキリスト教会史という道路が、「↓」方向へ、いかに偏向的に舗装されていったかは、十分に伝わったことと思う。


 そこに描かれていたことを要約すれば――まず教会は、イエスの受肉を一回かぎりの事と強調することによって、正統後継者としての、唯一絶対的な「許しの権利」を持つようになった。


 そして、そのように「唯一にして絶対」であるため、カトリック教会は、競争相手を持たずに済んでしまった。競争や競合のないところには、堕落と腐敗が生じるのが世の道理である。


 かくして腐敗したカトリックは、その狭量な心性をもって「↑」を潰した。すなわち、「↑」の要素を見つければ、「第二のキリスト」を生まないために、これを「異端思想」と呼んで、無慈悲なまでに排斥したのだ。


 そして、そのカトリックに腐敗に対する「反抗」として登場したプロテスタントもまた、ルターの奴隷意志論によって「↓」の徹底に加担してしまった。


 そればかりか、プロテスタントの反抗を受けたカトリックの自己修復(対抗宗教改革)の際に、カトリックは、プロテスタントの徹底的な「↓」を、そのまま受け入れた。つまりキリスト教圏において、ついに「『↓』による完全一面化」が完遂されたのである。

 

 


「=」の働き

 

 キリスト教は、本当に、行き着くところまで行った――私の口からは、思わず、そんな嘆息の言葉が出てしまう。


 しかし「=」というエンテレケイア(完成理念形)は、仏教のときと同様、たしかにキリスト教にも働きかけていたのである。


 すなわち「=」は、キリスト教の偏向した「↓」が、なるべく自分の姿に近づくよう、何度も何度も「↑」のベクトルを補給していたのである。その補償作用を、教会が受容したかどうかは、また別の話であるけれども、たしかに「補償はされていた」のだ。


 第2~5章では、この「↑」の補償が、歴史的な現実のなかで、どのような具体像を持ったかについて詳らかにしたい。


(2)西洋に現れた仏教思想

グノーシス=霊的認識

 

「↑」による補償の第一の波が、グノーシス主義である。


 グノーシスとは、霊的な認識のことであり、分かりやすく言えば「悟り」のことである。その意味で、歴史的な観点を外せば、仏教はまさしくグノーシス主義に他ならない。逆に言えば、グノーシス主義は、西洋に現れた仏教的思想ということにもなるだろう。


 キリスト教の原始共同体が生まれた頃、グノーシス主義者たちは、プラトンやイエスの教えを再構築して、独自の「悟りの神話」を生みだしていった。

 

 一般的なグノーシス〔主義〕の場合、創造神/宇宙/世界は暗闇、人間も大部分が暗闇、ただし人間の内部の核心部分――「霊」「魂」「火花」「本来的自己」その他、呼び方はさまざま――だけが光り輝いており、この輝きは宇宙を超越したプレーローマ世界の輝きと同質である。

  

 この「光の粒子」が、自らの本質を「認識」(グノーシス)した上で、闇の世界を脱出してプレーローマ/至高神のもとに帰還すること、それが人間の救済である。

 

  筒井賢治『グノーシス・

  古代キリスト教の〈異端思想〉』より

 

 このようなグノーシス主義者たちの神話は、宗派によって、かなりそのディティール(細部)が異なっている。

 

 その違いに対する興味は尽きないが、この場でそれを紹介するのには無理がある。神話内容が、あまりにも巨大で複雑だからだ。それらを羅列していったら、とてもではないが、きりが無くなってしまうだろう。

 

 


自己肯定的な思想

 

 だいたい共通しているのは「この世は汚辱の世界だが、人間の心の奥底には、神性の欠片が潜んでいる。その欠片をグノーシス(霊的認識)によって覚醒させれば、人間は、神の世界に帰ることが出来る」ということである。


 神性の欠片は「人間内部の神的な本質」「種」「本来的自己」「火花」「真珠」などと呼ばれている。それが人間の心の奥底に隠されている。


 これは要するに、仏教の如来蔵思想と同じものだ。如来蔵思想とは「すべての人間は、如来(仏性)を胎児として心に宿している」という考え方である。


 そしてこれは「人間が、本質的に神と同じものを持っている」という点で、非常に自己肯定的な思想であると言えよう。


 それだけに、キリスト教の正統派における人間観とは、遠く異なっている。彼ら正統派は、人間をして「神の恵みに拠らなければ肯定されない存在」「悪く、無力なだけの存在」と規定するからだ。


 この点において、グノーシス主義者たちの主張は、本当にすばらしい。たとえ欠片ほどであっても、胎児的であっても、彼らは「人間の本性は神に似ている」と言うのだから。


 そうであれば、可能性としては、人間の認識は、もしかしたら、神の次元にまで上昇するかもしれない。そう考えるのがごく自然である。


 とすると、ここには、とてつもなく力強い「↑」が現れているのではないだろうか。

 

 


二柱の神を設定する

 

 ただし、グノーシス主義の思想には、かなり大きな疵(きず)もある。


 彼らグノーシス主義者たちは、この世界(現世)を汚辱の世界だと認識していた。これも仏教と同通している感覚である。


 しかしグノーシス主義の場合、その汚辱の理由が問題なのである。すなわち彼らは、


「この世は邪神が創造したものだから、汚辱に満ちているのだ」


 と考えたのである。


 その一方で、グノーシス主義者たちは、「イエスは、善き神の子である」とする。

 

 普通に聖書を読めば、イエスが父と呼んだ神は、旧約の神、この現世を創った創造主(=グノーシス主義者のいう邪神)になるのにも関わらず。


 ここにグノーシス主義の、問題山積のオリジナリティーがある。


 とどのつまり、グノーシス主義者たちは、二柱の神を設定したのである。


 一柱は、至高神であるプロパトール。こちらが、イエスが「父」と呼んだ神である。


 そして、もう一柱が、


「自分の出生の前提を知ることなく、その狭い世界観ゆえに、自分を至高の存在であると思い込んでいる低次の神」であるところの、創造神デミウルゴスである。

 

 


小馬鹿扱いされる創造神

 

 グノーシス神話の設定上、デミウルゴスは、本当のところでは、至高神プロパトールの、創造物の創造物の創造物の創造物ぐらいの神である。神の切れ端といったところか。


 けれども、見識が低いので、デミウルゴスは、こういった系譜を全く理解していない。それで自分を、独立した創造神だと思っている。身の程を知らず偉ぶっている、裸の王様そのものと言えよう。


 グノーシス主義者たちは、このようなデミウルゴスを、かなり小馬鹿扱いしている。

 

 その〔デミウルゴスと呼ばれる〕獣(=造物神)は目を開いた。彼は大いなる無窮の物質を見た。そして高慢になって、言った、


「私こそが神である。私の他には何者も存在しない」と。


 彼はこう言った時に、万物に対して罪を犯したのである。

 

 さて、権威の高みから〔プロパトールのものと思われる〕ある声が到来して、こう告げた、「お前は誤っている、サマエールよ」と。――「サマエール」とはすなわち、盲目の神という意味である。

 

   『アルコーンの本質』からの引用 

    大貫隆訳著『グノーシスの神話』より

 

 デミウルゴスは、具体的に言えば旧約聖書の創造主のことである。ヤハウェとも呼ばれるこの神は、聖書の中で何度も、デミウルゴスと同様に、


「私こそが神である。私の他に、いかなる神も崇めてはならない」

 

 と言っている。先の文章からすれば、グノーシス主義者たちにとって、この言葉は、ヤハウェが盲目の神であることを自白しているに等しい。


 ゆえにグノーシス主義者たちは、この世界は、盲目の邪神が創った欠陥品であるとする。そう、欠陥品だからこそ、この世は汚辱に溢れているのだ。

 

 


相補的な真理

 

 しかし、私はこのような考えを取らない。神は一つである。


 譬えて言うなら、私は「イエスの父」と「旧約のヤハウェ」は、一なる神の肢体の、いわば「胸にあたる部分」と「臍にあたる部分」を指し示しているに過ぎない、と考えているのである。


 かりに神の肢体を「人体」として想像してみる。そうすれば、当然、胸の位置と、臍の位置では、その高さが違っている。また、その性質も違っている。


 まず胸であるが、母親の胸からは、愛児が吸うための甘く豊かな乳が湧出する。それは優しさ、柔らかさといった印象を与える部位である。


 他方、骨で囲まれていない臍まわりには、その引きしまったウエストを保つため「筋トレを続ける強い意志」が不可欠となる。妥協と惰性は、ウエストを醜くたるませるばかりだからだ。よって、それは厳しい印象を与える部位であろう。


 つまり同じ肢体の中にあっても、その部位によって、印象や求められるものがガラリと変わってくるのである。


 これは単なる比喩ではない。


「神の救いに与るには、汝らは子供のごとくあらねばならない」と説くイエスの教えは、霊的な母性愛そのものであるし、ヤハウェの戒めを守るためには「強い意志」が必要になる。


 一柱の神は、これらの「部位によって異なる教え」を説くために、イエスとモーセを必要とした。あるいは、イエスの時代とモーセの時代を必要とした、のである。


 だから私は、それをニ柱の神のごとく、別々の名前で呼ぶことは、単に、要りもしない混乱を引き起こすだけの事だと考えているのだ。そしてグノーシス主義者は、まさにその混乱を生みだした。

 

 端的に言えば、一柱の神のもとで段階論を説くべきだったものを、グノーシス主義者たちは、二柱の神による対立論を立ててしまったのである。

 

 


教会が受容すべきだった「↑」

 

 上記のような問題があるので、私はグノーシス主義を、手放しで評価する者ではない。

 

 旧約聖書をも、自分たちの正典に含めたキリスト教会もまた、二柱の神を設定したグノーシス主義者たちを異端と呼ばない訳にはいかなかった。その点の事情も理解できる。


 しかし、それでも言いたいのは、


「グノーシス主義には、間違いなく、色濃い『↑』の要素が含まれていた」ということである。そこには確かに、キリスト教の「↓」を補償するものがあったのだ。


 実際、近年ではグノーシス主義的な福音書なども発見されており、紀元二世紀頃には、キリスト教は、宗教として「↑」でもあったし、「↓」でもあったことが分かっている。


 中でも、次に掲げる『真理の福音』の一節などは、まさしくキリスト教会が受容すべき、典型的な「↑」の思想ではなかろうか。

 

 もし彼が呼ばれるなら、彼は聞き、彼を呼んでいる者(=神)へと向きを変え、彼のもとに昇って行く。

 

 そして、彼はどのようにして自分が呼ばれたかを知る。認識を得て、彼は自分を呼んだ者の意志を行い、彼の意に添うことを欲し、安息を受ける。


 一人一人の名がその人に帰される。このように認識するであろう者は、自分がどこから来て、どこへ行くのかを知る。彼は、酔いしれていて、酔いから醒めた者のように、自己を知るのである。

 

  大貫隆訳著『グノーシスの神話』より

 

 


学ぶべき相手を敵と呼ぶ

 

 しかし三世紀頃、教会が「正典(新約聖書)に、どんな文章を含めるか」を決めた段階で、こうしたグノーシス主義的な文書は、すべて除外されてしまった。


 教会側にとっては、グノーシス主義者たちは、もはや完全に「忌まわしい敵」になってしまっていた。とてもではないが、彼らから、何かを学べるような空気ではない。


 その憎悪感情の一例として、『ヨハネの黙示録』の一節を掲げておこう。


 グノーシス主義者たちの一部は、『黙示録』を書いたヨハネが存命のころ「ニコライ派」と呼ばれていた。そのニコライ派に対して、ヨハネは次のように言う。


「あなたのところにもニコライ派の教えを奉ずるものたちがいる。だから悔い改めよ。さもなければ、すぐにあなたのところへ行って、わたしの口と剣でその者どもと戦おう」


 一見して疑う余地のないケンカ腰、あからさまな対決姿勢である。そして、ケンカの相手から何かを学ぶということは――よほどの人格者でなきかぎり――あり得ないだろう。


(3)マニ教とアウグスティヌス

グノーシス主義の昇華、マニ教

 

 グノーシス主義は、その内容を大幅に取り込んだ「マニ教」に引き継がれたとき、驚くべき拡大をみせて、一気に世界宗教化する。なにしろ我が日本にも、マニ教の遺品が残っていたというのだから、その伝播力には頭が下がる。


 これほどの勢力を持ちえたのは、マニ教が「↑」と「↓」の双方を備えた、宗教的に「極めて完成度の高い教え」だったからだと思われる。


 というのも、「↑」的なグノーシス主義を取り込んだといっても、マニ教の中には、キリスト教の「↓」的要素が、かなり色濃く既存していたからだ。むしろ教祖マニとしては、


「自分は真実のキリスト教を説いているだけだ」


 という意識すらあったようである。


 それだけに、キリスト教会の側では、マニ教と自分たちとの違いを、ことさら強調して宣伝しなければならなかった。これらの“新興宗教”を擁するローマ帝国の人々には、キリスト教もマニ教も同じものに見えたらしいからだ。


 一方のマニ教徒は、自分たちの教説を、キリスト教を進化、完成させた「究極の教え」だと思っていたことだろう。

 

 


完成された宗教の宿命

 

 そして事実、その完成度の高さによって、マニ教は、瞬時のきらめきのように、あっという間に、世界中に拡散していく。


 が、完成したものはなにも発展させない。とくに「歴史という名の時間的発展」を生みださない。完成(テロス)までの過程こそが歴史ならば、初めから完成しているものに、歴史など必要ないのである。


 そのためだろう。マニ教は長い歴史を持つことなく、その拡散と同じようなスピードで衰亡してしまった。今では、中国の奥地(福建省)にある村を除いて、マニ教徒は、完全に消え去ってしまっている。


 表面上は、その極度のシンクレティズム(折衷主義)によって、教えの内容が複雑になり過ぎたことが衰亡の原因とされる。しかし結局のところ、はじめから完成されていたマニ教は、もともと「歴史を生みだす根拠」を持っていなかったのである。

 

 


マニ教とアウグスティヌス

 

 話を西洋世界に限定しよう。


 先述したように、マニ教とキリスト教は、かのローマ帝国において「同じようなもの」と見なされていた。そしてどちらも、一緒くたに、ディオクレティアヌス帝によって、過酷な迫害を受けている。


 しかし、幾多の迫害を乗り越えて、キリスト教のほうは、ついにローマの国教の座にまで登りつめた。


 すると今度は、そのキリスト教によって、マニ教が迫害されることになる。そして、その殲滅的な弾圧によって、事実上、西洋世界からはマニ教が消えることになった。キリスト教に取り込まれたマニ教徒も多かったようだ。


 それはまた、西洋世界における、グノーシス主義の終焉の時でもあった。マニ教は、以後「東洋の宗教」となり、そこで、短いきらめきのような伝播記録を残すことになる。


 ところで、ディオクレティアヌス帝による迫害時期と、キリスト教のローマ国教化の、その中間の時代――ある人物が、マニ教とキリスト教の「接点と融合」を体現してくれている。


 それこそ、キリスト教最大の教父と呼ばれる、聖アウグスティヌスである。教父とは、古代のキリスト教著述家のうち、正統信仰の側に立った人たちのことだ。

 

 


アウグスティヌスに内在する「↑」

 

 そんなアウグスティヌスが「教父として」語ったのは「↓」の教えである。著作で言えば、有名な『神の国』が、これに当たるだろう。


 キリスト教の正統信仰に拠って立つ限り、その教えが「↓」にならないはずがない。あまつさえ、私が「キリスト教会において『↓』が徹底されたことの象徴」として掲げた「事効」を最初に提唱したのもアウグスティヌスなのである。


 しかし、アウグスティヌスを「最大の教父」と贈り名されるほどの偉人にしたのは、マニ教が持っていた「↑」の要素だったのではあるまいか。


 というのもアウグスティヌスは、青年時代にマニ教徒となり、壮年にいたってキリスト教に入信した「改宗者」だからである。つまり彼は、その「精神的成長の時期」に、目一杯マニ教の「↑」を吸い込んでいたことになる。


 壮年期以降のアウグスティヌスは、キリスト教徒としてマニ教を攻撃している。彼の『マニ教駁論』という著作は、多くのマニ教徒をキリスト教徒に変えてしまったほどだ。


 しかし、そんな論客アウグスティヌスを作ったのは、皮肉にも、当のマニ教だった。マニ教に含まれている「↑」が、アウグスティヌスにとっての「悟りのよすが」となったのだ。

 

 そして、その「↑」によって霊的認識(グノーシス)を得たアウグスティヌスこそが「キリスト教最大の教父」なのである。

 

 


『告白』に内在する「↑」

 

 そのように――ある意味で、自分の恩人である――マニ教を論駁し、西洋世界におけるマニ教の撲滅に寄与したのが、アウグスティヌスであった。


 しかし他方、彼は自伝作品である『告白』のなかで、ごく正直に、自分が「青年時代にマニ教に影響されていたこと」を、回想して語っている。


 このあたりが正統信仰に立つ「教父アウグスティヌス」の、何とも不可思議なところだ。その告白によって彼は、結果的に、キリスト教圏に「↑」の要素を、まるで隠し子のように刻み遺したからである。これは彼の本意だったのだろうか。


 それはともかく、私は、アウグスティヌスが正統信仰の立場で書いた主著『神の国』も、上記の自伝作品『告白』も実際に読んでいる。


 その上で言うのだが、私にとっては『神の国』よりも『告白』のほうが、よほど心の深いところまで響いてくる。こちらのほうが格段の名著だと思う。それはきっと『告白』のなかに、成長物語にとって不可欠な「↑」の要素が封入されているからだろう。


 それを考えると、マニの布教も、決して無駄ではなかったのかもしれない。後年、アウグスティヌス主義は「↑」的な異端が生まれる温床ともなったからである。


 いや、もちろんキリスト教への影響という点では、正統信仰的な『神の国』のほうが、はるかに大きな影響を遺しているのではあるけれども。

 

 


修道院という「↑」

 

 アウグスティヌスの場合、「人効的な!」人格形成のために必須な「↑」の提供元が、マニ教であった。

 

 つまり、マニ教とキリスト教の相互作用によって、アウグスティヌスは悟りを開いた。そして、そうして悟った「偉大な教父」として、「事効」と「マニ教撲滅」を語った訳である。そのどちらも「↓」の徹底に寄与した教えだ。


 そうしたアウグスティヌスの「功績」もあって、マニ教は、キリスト教によって西洋世界から一掃された。


 このため中世(=アウグスティヌス以降)のキリスト教徒には、ほとんど悟りの縁がなかった、と言っても過言ではない。偉大な先人アウグスティヌスが、それを奪ったのである。


 そんな憐れむべき「中世のキリスト教徒」に与えられた“せめてもの”悟りの縁が「修道院」だった。


 修道院においては「服従」「清貧」「童貞」といった戒律のもとに、禁欲的な生活が課せられる。

 

 ここにグノーシス主義者やマニ教徒との共通点がある。彼らもまた、徹底した禁欲的生活を送ったのであり、禁欲的生活には、たしかに人の精神を「↑」の方向に押し上げる力があるのだ。

 

 


自己肯定できない中での「↑」

 

 とはいえ、そこに「神につながる自己肯定」が欠けているならば、その「↑」の効能は、きわめて希薄なものにしなからない。つまり、自己信頼から生まれてくる、湧き上がるようなパワーに不足してしまう。


 実際――胎児的、潜在的であったとしても――グノーシス主義のように「人間の自己本質は神的なものである」と教えられていれば、その人は「神に届くほどの」自己成長を信じられるだろう。そうして信じられれば、力だって湧いてくる。


 しかし修道院には、そこまでの教えは存在しない。パウロやアウグスティヌスが説いた、


「神からの恩寵なくば、まったく自己を肯定できない『矮小なる存在』こそが人間」


 というのが、あくまでもキリスト教修道院における「本質的人間像」なのである。


 こうした自己イメージでは、せっかくの禁欲生活を送ったところで、それほどの「↑」的上昇力は発生しない。だから修道院での「↑」は、あくまでも「せめてもの」のものにしかならないのだ。


 たしかにベネディクトゥスによって、本格的に始められた修道院の歴史は、その中から、トマス・アキナス(中世最大の神学者)や、マルチン・ルター(宗教改革者)などの偉人を輩出した。


 しかし彼らは、単なる修道士というよりは、修道士プラス・アルファの人生を送ることによって、偉大な人物となった者たちではないだろうか。


 ルターには、古代ユダヤ教(律法的禁欲)への傾倒が見られるし、トマス・アキナスの場合、その師、アルベルトゥス・マグヌスが、錬金術師としても有名な人物だった。

 


第3章 錬金術という「↑」

 錬金術はおそらく、キリスト教が明らかに支配しえなかった大いなる影〔↑〕を意識していて、そのため地の胎から救世主を、それも上方から現れた神の息子のアナロジーとして、同時にそれを補充するものとして出現させなければならないと感じていたのである。

 

  ユング『結合の神秘Ⅱ』

   池田紘一訳より


(1)疵なき「↑」の思想

引き継がれた「↑」

 

 西洋におけるグノーシス主義は、マニ教もろとも滅びた。しかし、その滅びる前に、幸いにも、精神的子孫をこしらえていた。それが錬金術である。


 その錬金術は、グノーシス主義の影響を受けてエジプトで形成された。開祖にあたるのは「三倍も偉大なるヘルメス」を意味するヘルメス・トリスメギストスである。


 ヘルメスはギリシア神話における使者の神であり、プシュコポンポス(死者の魂の導き手)でもある。名前からすれば、ヘルメス・トリスメギストスは、そのヘルメスの三倍ほども偉大な神ということになる。


 それほどにも偉大な神がエジプトに実在したのかどうかは分からないが、その名を使って活動していた宗教家は確かにいたのだろう。

 

 伝ヘルメス・トリスメギストス作とされる『エメラルド板』という文献は、錬金術の根本経典となっている。私から見ても、そこには確かに、神的な叡智が詰まっているように感じられる。


 そのように、錬金術は古代エジプトで最初の隆盛を見せた。しかし、このエジプトまでキリスト教の布教が進むと、それを逃れるようにして、錬金術はアラビアへと拠点を移すことになる。そして、そこで独自の発展を遂げていった。

 

 これを「東洋錬金術」と呼んでもいいのかもしれない。


 それが十字軍などの東西交流(交戦)によって、ヨーロッパに流入し、ここに「西洋錬金術」という独自の文化を創り出すことになる。


 この西洋錬金術(以下では、単に錬金術と表記する)こそが、キリスト教の「↓」に対する、「↑」の補償の「グノーシス主義と並ぶ最重要事例」ということが出来るだろう。

 

 


グノーシス主義以上の完成度

 

 いや、グノーシス主義と「並ぶ」という表現は正確ではない。宗教思想としての完成度からすれば、錬金術はグノーシス主義を超えている。


 なぜなら錬金術には、グノーシス主義が持っていたような反現世的二元論、つまり「二柱の神を設定してしまう」という思想的疵がないからだ。グノーシス主義においては、神はデミウルゴス(創造神)とプロパトール(至高神)に分裂してしまったが、錬金術にはそのような混乱がないのである。


 じっさい私には、錬金術が、疵のない宝珠のような宗教的思想に見える。


 二柱でないから、錬金術においては「神は一つ」である。しかも、その神は、旧約の創造神を含めた「キリスト教の神」と同じものである。つまりキリスト教と錬金術は、一つの神を共有していることになる。


 異なる点は、キリスト教徒は、その神の「↓」的な恵みを期待するけれども、錬金術師たちは、同じ神に向かって「↑」的に上昇していく、というところだけである。


 よって、ここには、互いを鏡に映したかのように“単純にして対等な”「↓」と「↑」の補償関係がある。図式的に、実にシンプルである。そして私たちが最も求めているのは、まさしく、そのようにシンプルな補償関係なのである。


 だから「キリスト教を完成するために最も有効な思想的ツールは何か」と問われれば、私は迷わず「それは錬金術である」と答える。


 もっと言えば、私は、キリスト教を完成する者は、その一面において「必然的に錬金術師でなければならない」と思っている。上で見たように、錬金術こそは、キリスト教と血肉を分けた「隠された半身」だからである


 よって、キリスト教徒かつ錬金術師であってこそ、西洋人(西洋の宗教を語る者)は不具の状態から逃れられるのである。

 

 


神としての黄金を求めて

 

 もっとも、錬金術師というと、どうしても、


「クズのような材料から、黄金を作り出して儲けようとした山師」


 というイメージがつきまとう。


 しかし、実際の錬金術師たちは、化学的な実験を通して、神の叡智に近づこうとした、典型的な「↑」タイプの求道者だった。言うなれば、彼らはまさに「西洋に現れた仏教徒」なのである。


 というのも、まず彼らは、あらゆる物質、また物質で出来ている肉体に「潜在的な神性」が宿っていると考えていた。

 

 そして、その潜在的神性を、科学的に抽出し、蒸留し、結晶化することが出来れば、ついに神性が「遮るものなしに」輝くと考えていたのだ。


 これは、化学的変性に置き換えられただけの、立派な「如来蔵思想」である。つまり、


「すべての人間のなかに種子としての仏性が宿っている」


「修行によって仏性を顕現させれば誰でも仏になれる」


 という仏教思想と同じものである。


 したがって錬金術は、化学でありながら宗教であった。錬金作業によって結晶化した神性は――もちろん物質的には黄金のことであるが――これを宗教的に表せば「神そのもの」に他ならないからである。


 そして実際に錬金術師が、その黄金を生成したとしよう。あるいは神を認識(グノーシス)したとしよう。そのとき彼は、象徴的に「人間の神化を果たした者」となる。つまり「人間=神」の体現者となる。


 これを反転的に表現すれば、彼は「神=人間」の体現者になったことになる。すなわち、彼は象徴的に「人間化を果たした神」になったのであり、「人の子となった神」になったのである。


 ということは、彼は「人の子」を自称した「イエスの再出」に当たるということである。そして、それすなわち「第二のキリスト」の登場に他ならない。



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