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一 あかずの踏切り

 

地球の自転速度がどんどんと遅くなっていく。そのため、地球は、太陽の光が照らされず凍った地域と、反対に、太陽に一日中照らされて、灼熱が続くような地域に分断された。その両方の地域では、人類を始め、生物たちは生きることはできなかった。そのため、人間たちは、氷の世界でもなく、灼熱の世界でもない中間地帯にこぞって逃げのびた。

 

ただし、それもその場しのぎでしかなかった。地球の自転はより一層遅くなっていく。それにつれて、氷の世界と灼熱の世界が日一日と中間地帯を侵食していき、人類の生存地域はどんどんと狭まっていった。人類は、数百階の高層ビルや地下街を建設したものの、それは一時しのぎでしかなかった。根本の原因である地球の自転を元に戻すことはできなかった。

 

唯一の方法として考えられたのは、地球が回転し始めたときと同じように、宇宙を移動する小惑星を地球に誘導し、地球に衝突させ、地球の回転を元に戻す方法だ。しかし、その惑星の大きさが地球大であれば地球はつぶれてしまうし、例え、適当な大きさの惑星だとしても、当たった後の回転のスピードが、以前のように、二十四時間で一回転するのかどうか何の保証もなかった。ひょっとしたら、十二時間で一回転するかもしれない。そうなった場合、人類などの生物に与える影響は計り知れなかった。

 

もちろん、それよりも先に、その惑星を誘導する方法も見当たらなかった。このまま、地球の回転が止まってしまえば、どうなってしまうのか。人類は地球上に住むことはできなくなる。

 

そのため、人類はこの日に備えて、同じ銀河系内に、新たに人工地球を作って、そこに移住する計画を実行していた。そして、その人工地球がようやく完成した。

 

ただし、一度に、新地球に人類を移住できない。そのため、世界政府は、地域ごとに、新地球に移動するための銀河列車の乗車切符を配布し、地球から新地球へと順次移動させることとした。

 

良太もその乗車切符を握り締め、銀河列車が出発する駅へと向かった。自宅から駅に到着するまでの間には踏切があった。良太が踏切に到着した時には、既に遮断機が降り、銀河列車が目の前を通り過ぎていった。踏切から車両を見ると、一瞬だが、車内は満席のように見えた。だが、必ず、一人に付き、一人分の座席が用意されていると聞いており、吊革に掴んで立っている通勤時間帯の満員電車のような様子ではないように思えた。

 

銀河列車は、地上を名残惜しそうに数キロ走ると、離陸し、空高く飛び立っていく。その先は、人類の未来が開く新地球が待っているのだ。良太は、空を龍のように登っていく列車の様子を眺めていた。しばらくすると、再び、良太の前を銀河列車が通り過ぎるのか、遮断機を下りたままで、ずっと警笛が鳴り響いている。

 

銀河列車には、地球号、月号など、惑星の名前が付けられており、名前の通り、列車の側面には、それぞれの惑星の特徴が描かれていた。例えば、地球号の車両には、北極から赤道を通り、南極までの、それぞれの地域の風景が描かれていた。風景の中には、ホッキョクグマ、ライオン、ペンギンなど、そこに生息する地域の動物なども描かれていた。

 

この人類大移動には、生体としての動物たちは、列車の容量の問題から、新地球には連れていけなかった。列車の中に、ゾウ一頭を詰め込むことはできないし、ライオンを一頭連れ込めば、当然、乗客からの反対があるからだ。そのため、動物たちは、冷凍保存された卵子や精子として運ぶこととなった。これなら、スーツケース一個分の大きさで済む。

 

列車の側面に、動物たちの絵が描かれたのも、生体として連れて行けない動物たちに対する人間のせめてもの償いのようなものだった。

 

だけど、良太はその車両の絵を見ているだけでも楽しかった。水星号が飛び立った後は、金星号だ。金星号の車両も満員で、列車には、クレーターや、人類が最初に月に降り立った際の宇宙飛行士や着陸船が象徴的に描かれていた。

 

良太の出発は、その日の最終便の、夜の八時だった。それにも関わらず、良太が朝一番に踏切にやって来たのは、気の焦りからではなかった。恋人を見送るためだった。列車は住んでいる地区に分かれて乗車することになっていた。本日の出発便は、朝七時に、一番目の水星号、それから一時間後の朝八時に、二番目の金星号、そして、朝九時に、三番目の地球号が出発する予定だった。その地球号に恋人が乗る予定だ。その恋人を良太は見送りたかったのだ。

 

といっても、日が明ける先ほどまで、恋人と一緒にいたのだが。別れるまで、二人は町中を歩いていた。地球の、街の思い出を心に刻むためだった。合わせて。浮かれている人々が出したごみなども拾って歩いていた。それが終わると、何を話すわけではないけれど、ただ、単に手を繋いでベンチに座っていた。そして、第一番の水星号が出発する前に別れ、恋人は踏むきりの向こう側に行ってしまった。良太は手持無沙汰のまま、一度、自宅に帰った。

 

家では、父と母、それに弟はまだ眠っていた。良太たち家族の出発は最終便のため、夕方から家を出ても十分間に合う。早くとも午後六時過ぎに家を出ればいい。だから、家族は、地球での最後の朝寝を楽しんでいるようだ。だけど、彼は家族と共に同じ行動はできない。恋人を見送らなければならないからだ。

 

彼女の家では、地球での最後の朝を迎えるにあたって、白いご飯とお味噌汁とアジの干物を焼いたもの、それに、生卵と味付けのりの朝食だと言っていた。自分の家族は昼まで朝寝。それから、朝食を兼ねた昼食だ。えらい違いだ。だけど、不平を言っても仕方がない。腹が減った。良太は、台所にある食パン一枚とチーズ一個を味も感じずに歯で噛み締めると、牛乳で胃に流し込んだ。

 

「ちょっと出るから」そう両親に伝えた。

 

「さっき帰って来たばかりじゃないの?また、どこへ行くのよ」

 

寝ぼけ声の母親が切り返す。

 

「そこの踏切だよ」

 

「出発は夜でしょう?何時間、待つ気なのよ」

 

「友だちを見送るんだ」

 

「どうせ、新地球で会うんでしょう。それでいいじゃない」

 

「でも、見送りたいんだ」

 

「ほんとに、あんたって子は・・・」母が次の言葉を続けようとしたら

 

「ほおっておけ。俺は眠いんだ」父の怒鳴り声に母は黙った。

 

「行ってきます」

 

「昼までには帰ってきなさいよ。家族で地球での最後の朝食を摂るんだから」

 

「昼食だろう」

 

良太は母親の言葉を遮って、そのまま玄関を出ようとした。玄関の上がり框には下着など最小限の荷物を積み込んだ自分のバッグがあった。恋人を見送った後、一度は、家に帰ってくるつもりだ。その時に、持っていけばいいと思ったものの、人生は何があるかわからない。万が一、家に戻れなかった場合には困ると思い、バッグを背負った。これで、いつでも列車に飛び乗れる。

 

恋人の乗る予定の銀河列車の出発はまだだ。踏切の向こう側に渡ってもいいのだけれど、そうなると家に帰るのに手間取ってしまいそうだ。だから、踏切の手前で恋人を見送ることにした。

 

踏切の向こう側から朝餉の匂いが漂ってくる。アジの干物を焼いた匂いだ。それに、初めちょろちょろ、中ぱっぱとのご飯が炊ける音ともに、そのごはんの甘い匂いも彼の鼻に滑り込んできた。

 

確か、彼女の家の朝餉も日本食だと言っていた。線路の向こう側の家族は、彼女の家と同じように、地球最後の日に別れを惜しんで、日本食で別れを告げようとしているのだろう。彼女は、もう、ごはんを食べ終えて、今は、駅で、列車に乗り込んでいるはずだ。

 

水星号が通過した後、金星号も通過した。時間は銀河列車とともに経過していく。ようやく、地球号の番だ。良太は彼女とある約束をしていた。それは、彼が踏切から手を振り、彼女は地球号の座席の窓から手を振ることだった。

 

実際には、銀河列車は高速のスピードで走るため、彼女がいくら窓ガラスに向いていても、良太は彼女の姿を見ることはできないだろう。だけど、彼がいる踏切は駅から近く、銀河列車が空へ飛び立つ助走の段階だから、まだ、列車は加速されていず、きっと、彼女の姿は見えるのではないかと期待していた。

 

汽笛がした。それに続いて、列車の到来を告げる踏切の音が、列車の露払いのように聞こえてくる。来た。地球号だ。彼女の姿は見えるのか。残念ながら、予想以上に地球号のスピードは速く、窓際に彼女がいるかどうかは見つけることができなかった。

 

それでも、良太は踏切の遮断機のポールの外から大きく手を振る。地球号はふっと風のように一瞬で踏切を過ぎ去った。良太の眼には、各車両の区別はできず、塊としか把握できなかった。それでも、良太は手を大きく振り続けた。

 

地球号は去った。良太はスマホをポケットから取り出した。時間はまだ十分ある。良太が乗るのは、本日の最後の列車だ。地球号が通過した後も、警笛は鳴り続け、遮断機は降りたままだ。次第に、良太の後ろに行列ができ始めた。それでも、踏切は開かない。代わりに、木星号、土星号と次々と銀河列車が飛び立っていく。

 

最初は、列車が通過するのを楽しんでいた良太だが、次第に焦りの気持ちが沸き起こってきた。このままでは、ずっと遮断機が降りたままで、踏切が開かないのではないか。心が揺れ動きだす。それに呼応するかのように、良太の後ろに並んでいる人々も「早く、この踏切を開けろ」「予定の銀河列車に乗れないじゃないか」と騒ぎだした。

 

並んでいる人たちの中には、踏切が閉まっているにも関わらず、ポールをかいくぐろうとする。踏切には、警備ロボットがいて、踏切を渡る人たちを防ごうとする。かいくぐれない。でも、何人かの人たちは、警備ロボットの眼を、手を、足の間をかいくぐり、また、遮断機のポールもかいくぐって、向こう側の踏切まで走り切ろうとした。

 

その時だ。すぐ側に、列車が来ていた。警笛の音に慣れ過ぎて、列車のやってくる音に気付かなかったのだ。次々と踏切を渡ろうとした人々は、叫び声もなく、車に跳ねられた。列車は人を跳ねたにも拘らず、停車はせずに、何事もなかったかのように走り去った。そして、空高く舞い上がり、白い雲間に隠れると見えなくなった。

 

踏切では、警備ロボットは遮断機の前で立ったままで、跳ねられた人の飛び散った死体の残骸を拾うともしない。そんな仕事は、入力されていないと言わんばかりに。人々は、列車に跳ねられた人間の部分を他人事のように思い、列車に乗るために時間を気にしながら、遮断機の降りた踏切を警備ロボットの手をすり抜けて、次々と渡っていく。

 

また、警備ロボットの方も、自分の眼の前の人々は塞ぐものの、少し離れた場所から踏切を渡ろうとする者に対しては、「渡るな」などと声を出して止めようともしない。まるで、そんな仕事は、入力されていないとばかりに。

 

相変わらず、銀河列車は走ってきて、踏切を渡ろうとする人々を、まるで線路に落ちた小石を撥ねているかのように次々と跳ね飛ばしていく。そうした中でも、百人に一人の割合ぐらいで、あちら側の遮断機まで渡り切った。それを見て、良太を始め、こちら側の人たちは歓声を上げ、万歳と手を上げた。

 

それに応えるかのように、あちら側に渡り切った成功者はこちら側に振り返って、恐怖を乗り越え、渡り切れた達成感に浸りながらガッツポーズをする。「続け、続け」こちら側の人々が叫び出す。「来いよ、来いよ」あちら側に渡り切った成功者が手招きをする。

 

良太は相変わらず遮断機の一番前なのに、自分が乗る列車の時刻まではかなりの時間の余裕があるため、遮断機に手を添えたままじっとしていた。「邪魔だ。邪魔だ」怒声が聞こえるや否や、良太は肩口を掴まれ、後ろに引き倒された。

 

地面に突っ伏した良太。そこに、一枚の切符が落ちていた。それは、銀河列車の乗車券だった。あれほど乗車することを待ち望んでいた列車に、意に反して跳ね飛ばされた人の乗車券だった。良太はその乗車券を拾った。そして、その座席番号を見た。

 

変だ。おかしい。良太はポケットから自分の乗車券を取り出した。互いに見比べ合う。拾った乗車券と良太の乗車券の座席番号は同一だった。

 

「同じ番号だ」

 

 良太は思わず立ち上がって叫んだ。その声を聞いて、周囲の人々は何を言っているんだと冷ややかな目で見ていたが、年配の男が良太の近くに寄ってきて、その二つの乗車券を奪い取ると見比べた。

 

「本当だ。同じ番号だ。そんなことがあるのか。間違いだろ」

 

 良太も年配の男も固まったまま動かない。そして、年配の男が叫んだ。

 

「この中で、冥王星号の二十五号車のAの138番の座席番号を持っている方はいますか」

 

 今まで、あかずの踏切を渡ろうとしていた人々が静かになった。その沈黙の中で、恐る恐る手を挙げる人がいた。

 

「冥王星号の二十五号車のAの138番」とだけしか答えなかった、人々は動揺した。そして、自分の列車の乗車券を取り出すと、口々に番号を叫んだ。

 

「同じだ」「私と一緒」「俺もだ」

 

 人々は同じ座席番号があることを知った。しかも、同じ番号の乗車券は二枚だけではなく、三枚もあった。銀河列車に乗車できる人の確率は少なくとも三分の一以下ということだ。つまり、銀河列車には全員が乗れないということになる。

 

「どうなっているんだ」「責任者を呼べ」

 

人々は混乱した。だが、相変わらず、次々と銀河列車は地球を離れていく。このまま、地球で最後を迎えるか、それとも死を覚悟してでも、同じ乗車番号を持つ人よりも先に駅に向かい、列車に乗るためにこの開かずの踏切を渡るのか、人々は煩悶した。今まで、仲間だと思っていた人が敵となった。それは、この踏切だけではなかった。他の踏切でも同様だった。

 

人々は考えた。危険を冒してまで、この開かずの踏切を渡り切るよりも、同じ乗車券を持つ人がいなくなった方が安心して列車に乗れるのではないか。同じ乗車券を奪ってしまえばいいのではないか。

 

そうして、踏切のこちら側では、同じ番号を持つ者同士が争い、喧嘩をし始めた。もちろん、その争いに勝っても、開かずの踏切を渡るという試練が待っていたのだが。

 

良太も自分の乗車券の番号を叫んだ。だが、人々同士は殴り合いや乗車券の奪い合いなどを始めており、誰も、良太の声を聞こうとはしなかった。良太は、既に跳ね飛ばされていた人の乗車券と自分の乗車券を持ったまま立ち尽くしていた。

 

「そうだ。ここにいても仕方がない」

 

良太は家に走って帰った。父や母たちは、既に起きていて、地球での最後の朝食?を摂っていた。

 

「良太、遅いじゃないの。昼には帰って来て、と言ったじゃない。もう食べているわよ」とのんきに母が口の中をくちゃくちゃさせている。良太は踏切での出来事を説明した。

 

「そんな馬鹿な」「朝早く起き過ぎて、寝ぼけているんじゃないの」と、最初は取り合ってくれなかった家族だが、良太がポケットから同じ座席番号の乗車券を取り出すと、それこそ、まだ、起きたばかりでまぶたが重そうな眼が急に顔の半分くらいにまで見開いた。ようやく、事の重要性を知ったのだ。

 

「とにかく、早く駅に着いて、同じ番号を持っている人よりも先に並ばないと」

 

 良太が家族をせかした。

 

「よし。出発だ」父は、まだ、口の中に残っているごはん粒を飲み込み込むんだ。その一言で、家族全員が総立ちになった。

 

「でも、後片付けしないと」母がテーブルの上の食器を洗おうとした。

 

「そんなことをしている暇はないよ」

 

「そうだ。どうせ、この家には戻っては来ないんだからな」

 

そんな家族の説得にも「立つ鳥後を汚さずって言うし・・・」と、母は玄関を出るまで、振り返り、振り返り、名残惜しそうにテーブルの上を眺めていた。

 

 良太たち家族は開かずの踏切の前にいた。相変わらず、踏切は遮断機が下りたままで、その前に多くの人が立ち尽くしたり、同じ乗車券を奪い合っていたりしていた。その混雑の中を、すり抜けて、銀河列車が通過しないのを確認して、踏切を渡ろうとする人もいるが、向こう側の遮断機の一歩前で、惜しくも助走する列車に跳ね飛ばされていた。

 

 良太はスマホを見た。自分たちが乗車する列車の発車の時間は刻々と近づいてくる。踏切を渡って、走っても駅までには十分はかかる。その間にも、同じ座席の乗車券を持った人が駅に並んでいると思うと気が気きではなかった.。それにも関わらず、相変わらず、遮断機は下りたままだ。

 

どうしたらいいんだろう。遮断機のポールを折れるぐらいに掴みながら、焦るばかりだ。足が震えている。今、すぐにでも、このポールをかいくぐって向こう側に走り抜けたい。だけど、自分一人ならば可能だろうが、年老いた両親、特に、母親は渡り切れないだろう。

 

良太は振り返る。良太が小さい頃の家族の写真を見ると、母はすらっとしていた。それなのに、今は、年齢が二倍になったのと同じように、体つきもその頃と比べて横に二倍近くになっていた。これでは、無理だ。間違いなく、列車に跳ね飛ばされてしまう。死。初めて、死というものがすぐ隣に立っていることに気付いた。そして、その死に簡単に飲み込まれそうな恐怖を感じた。

 

その時だ。あんなに勢いよく走っていた銀河列車のスピードが次第に落ち、やがて止まった。いや、止まったというよりも、止まらされたのだ。何かが車輪にへばりついて、行く手を遮っている。車輪はぐわーぐわ―と空回りを怒るように鳴いている。

 

あまりにも多くの人が列車に跳ね飛ばされたので、その死体の残骸で、列車は動くことができなくなったのだ。そして、その死体たちは、死体になっても、自分たちを新地球に連れてって欲しいと願っているように、車輪にまとわりついている。

 

「さあ。いそごう」

 

 父の言葉に、良太は大きく頷いた。家族四人は踏切を渡る。ちょうど、真ん中辺りで、列車は止まっていた。その車輪にまとわりついた死体を新たな指令を受けたロボット警備員たちが黙々と除去していた。

 

「うわっ」突然、母が悲鳴を上げた。そこには、いつも、おはようございます、や、こんにちわ、などと日常会話を交わしていた隣の家のおじさんとおばさんの頭が非日常のように転がっていた。

 

良太は頭を拾おうとした。だが、父がその手を掴んだ。

 

「頭だけ連れて行っても仕方がないだろ」良太はその手を離した。そして、良太たちは、こんにちわと挨拶を交わさない頭に手を合わせ、静かに頭を下げた。その間にも、多くの人たちが踏切を渡っていく。良太たちもその流れに押し流された。

 

ようやく、向こう側の遮断機のポールをかいくぐった時、ガシャンという音がした。後ろを振り向く良太。そこでは、先ほどまで止まっていた銀河列車がこれまでの遅れを取り戻すかのようにダッシュで走り出した。車輪にはさまった死体を除去していた警備ロボットが報われることなく跳ね飛ばされた。また、列車が足止めを食っている間に渡り切れなかった人々が、心も体もがバラバラとなって無念にも宙に浮かんだ。

 

「駅までもうすぐだ」

 

良太たちはもう後ろを振り向くことなく、同じ乗車券を持っている人が跳ねられていて欲しい、せめて、自分たちよりも後に駅に来て欲しい、と切に願った。

 

その時、ふと、思った。彼女は無事に地球号に乗れたのだろうか。ひょっとしたら、同じ座席番号を持った人に先に乗り込まれて、今は、駅の前で呆然と立ち尽くしているのではないだろうか。そう思うと、いてもたってもいられなくなり、「先に行って、並んでいるから」と、家族に言い残すと、これまでこんなに早く動いたことがないくらいに、ふとももや膝、ふくらはぎ、足の裏を前後させると、駅まで走っていった。

 


この本の内容は以上です。


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