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8月31日のおはなし「デッドリンク」

 1997年に初めてパソコンを買った。インターネットをやるためだ。当時のパソコンはとっくに使わなくなっていたが、捨てるに忍びなくて(なにしろ自分で買った初めてのパソコンなのだ!)、納戸の奥の奥のずーっと奥の方にしまいっぱなしになっていた。それがいよいようちが狭くなって何とかしないことには、いかんともしがたくなってきたので、納戸の中のものもすべて出して片づけることになった。

 ぼくにとって最初のパソコンは、心情的には手放したくなかったものの、どう考えてももう使いようがない。OSはあまりに古く、対応するソフトは存在しない。クロック周波数はあまりにも
遅い(天文学的にという表現はおかしいかもしれないが、天文学的桁数で遅い)。CD-ROMなんて誇らしげに4倍速なんて書いてある。4倍速だって?とツッコめばいいのか、CD-ROMだって?とツッコめばいいのか。もちろんトレー式だ。メディアはフロッピーディスクだし、中に何かデータが残っていてももはや取り出すすべがない。

 と諦めかけていたが、ふと気がついた。違う違う。このマシン、インターネットに接続できるのだ。メールさえ使えば何でもやりとりできる。1997年には重すぎてメールに添付するなんて考えられなかったものがいまならすいすいやりとりできる。それどころか! 1.3MBか1.4MBしか入らないフロッピーディスクでは扱えなかったようなデータでもいまならメールに添付してやりとりできる。

 そう。ぼくは起動ボタンを押した。何年ぶりだろうか、個人的初代パソコンを起動し、その懐かしい起動音に耳を傾け、起動画面を見つめ、そして何年か昔の作業環境に入っていった。それは実に不思議な経験だった。まるで何年か前の自分の脳みその中味を覗いているような。デスクトップは今よりもずっと整然としており、フォルダーの数も少なく、ファイルも無駄のないように気を使っている様子が分かる。

 仕事のファイルなどはのぞいてもあまり楽しいものはなかったので、すぐに見るのをやめた。ふと思い立って古い古いネットスケープを立ち上げてみる。笑ってしまうのだが、ほとんど何も表示できない。あまりにスペックが古すぎるのだ。ブックマークを丹念にチェックして回る。すると思いがけない発見がある。大学の研究室で立ち上げたサイトなどを見ると、20世紀にタイムスリップしたようなテキストだけのサイト(現役のサイト!)をいまでも見ることができるのだ。

 でも残念ながら多くのウェブサイトはデッドリンクになっていて、もはや跡形もない。仕事の資料でブックマークしたページ。友だちが始めたホームページ。「無法地帯だ!」と興奮して叫びながら見ていたアダルトサイト。後でじっくり読もうと思ってとりあえずブックマークしたページ。タイトルを見ただけではもう何だか検討もつかないページ。どれももう見ることはできない。電脳空間のどこかにそれらは消え去ってしまったのだ。

 そういえばあの素っ気ない書体の404 Not Foundという文字列も最近はあまり見なくなった。初めてインターネットに触れた頃は事情がわからずその文字列を見るたびにとまどったものだ。そういうタイトルのホームページがいたるところにあるのかとまじめに思っていた時期もある。月極駐車場というのが日本中にあるのを見て「ゲッキョク」という駐車場チェーンがあると思うようなものだ。

 などなど昔を懐かしがりながらブックマークをたどっていると、不意にあるページが開く。当時そのままの姿で。掲示板を覗くと1999年まで更新された形跡があるが、そこまでで終わりだ。50件ほどしか表示されない掲示板の書き込みの中に自分の書き込みを見つける。生まれて初めて書き込んだ掲示板。自分が書き込んだ後、どんなレスがつくかドキドキして一日中気になっていた日々。電話料金が安くなる時間帯を待ちきれずアクセスして、どんどん通信料がかさんだこと。そして管理人と直接メールのやりとりをするようになり、実際に出会い、一瞬にして恋に落ち、嵐のように付き合って別れた。

 忘れていたわけではない。でもできるだけ表に出てこないように心の深いところに抑えこんでいた記憶だ。不意にぼくは思いついて掲示板に何か書き込むことにする。「ご無沙汰しています」とタイトルを入れ、本文のスペースに、今日、どうしてここにたどり着いたかを書きつける。おしまいに「いまは2011年の8月です。次に誰かがこれを読むのはいつでしょう。」と記して書き終える。

 それから送信しようとして手を止める。しばらく文面を読み返してから送信をやめ、ブラウザを終了し、システムを終了する。

(「リンク」ordered by はかせ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

奥付



デッドリンク


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著者 : hirotakashina
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