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一九二七年  ソ連ツングースカ地方

 

「ギューリッヒ君、これをどう思うかね」
 そう言われてもなお、彼の手は震えていた。
 実際、私もまだ信じられないし、震えを抑えるのがやっとだ。
「私にも分かりません。いえ、私の理解を超えています……」
「私もだよ。しかし、これは現実だ。君は、何カ国語出来るかな」
 私、レオニード・クーリックは、目の前の物体をつぶさに観察しながら口を開く事しか出来ない。
 それは黒い石版だった。ただ、単に黒いのではない。簡単に計測したが、高さ九十センチ、幅四十センチ、奥行き十センチ程の石版。きちんと計った訳ではないが、大体あっていると思う。後で計測してみれば、大きさははっきりするだろう。問題なのは、それではない。
 そして、その黒光りした石版には、はっきりと文字が彫り込んであった。
「私は言語学者ではありません。しかし、ここに書いてある文字は、ロシア語の他に英語がある事は分かります。他にも十数個の言語がありますが、私には分かりません」
 それを聞いて、私も頷くしかなかった。
「まあ、私にも分からない事だらけだ。しかし、ロシア語で書かれているこの言葉の意味は……」
 その文字を、静かに指でたどっていく。
「我々は常に見ている。君たちの意思に関わりなく……同志、私にも意味が分からないよ」
「はい、同感です。英語でも同じ事が書かれているのでしょう。他の文字にしても、同じ事が書かれ得ていると思われます」
  深くため息をつくが、どうしたものか。
 こんな物があるとは、予想を遙かに超えている。
 周囲には直立したまま焦げて枯れた木々がある。まるで何か大きな衝撃を受けたように、今立っている場所を中心にして放射状に木々がなぎ倒されている。どの木々も、高温で焼かれたようで、真っ黒だ。そこにただ一個だけ、地面に突き刺さるように石版があった。
 何枚か写真を撮りながら、石版に触ってみる。表面はつるつるしていて、吸い込まれそうなほどに黒い。文字は単に彫り込んであるだけのようだが、太陽の光の屈折ではっきりと読める。もし夜なら、この文字は見えないだろう。
「これを、どう発表すればいいと思う」
「調査団の団長はあなたです、クーリック同志」
「確かにそうだ。しかし、ソ連科学アカデミー調査団として、何かは発表せねばなるまい。これを、各国に見せる必要があると思うか」
 ギューリッヒは、しばらく考え込んでから答えてくれた。
「今は、時期尚早かと……」
 私たちの間に沈黙が訪れた。


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一九九一年十二月三十一日 ロシア クレムリン宮殿

「ゴルバチョフ大統領閣下、どうしても会いたいという者が来ているのですが」
 大統領執務室で声をかけられた私は、扉の奥にいた人物を見る。その横には、見慣れぬ男が立っていた。歳は七十近くだろうか。
「メドヴェジェフはご存じですか。一九七三年にソ連市民権を剥奪され、英国に移り住んでいた科学者です」
「いや、思い出せないな。それが何か」
 この忙しい時に、大切な人物以外は通すなと言っておいたはず。
「その彼が、大統領に直接お話ししなければならないとの事で、私も最初は引き留めたのですが……」
 一瞬、メドヴェジェフを案内してきた、若い係官の顔が強ばる。
 ここまで来たのだから、身分証などは大丈夫なのだろう。しかし、ソ連市民権を剥奪された身で、良くここまで来れたものだ。
 それにしても、一介の老人を相手にしている時間はないのだが。
「ツングースカ事件について、大統領にお伝えしなければならない事があります」
 老人は、杖もつかずに私を見つめた。
「ツングースカ事件……ああ、あの正体不明の大爆発の事か。もう六十年かそれ以上前だろう。それが今更何の関係があるのだ。出来れば後にしてもらいたいな。科学者とはいえ、今それどころでない事は分かっていると思うが」
 思わず顔が曇る。そこへ、黒い覆いを被せられた大きな物が、台車で運ばれてきた。それなりの大きさはある。
「最初の発見者はレオニード・クーリック。ツングースカ大爆発の、最初の調査隊の団長です。そして、これを発見しました」
 メドヴェジェフは、自ら黒い覆いを取った。そこには黒光りする巨大な石版がある。
「爆発地点と思われる中心に、これがありました。当時はどの様に扱うべきか分からず、そのまま封印されましたが、もう日の目に出しても良いかと」
 思わず立ち上がると、石版に近寄る。
「記録では、爆発地点には何もなかったはずでは」
 あまり詳しくはないが、何もなかったとだけは記憶している。
「大きさは正確に高さ九十センチ、幅四十センチ、奥行き十センチです」
 つぶさに石版を観察して、そこに文字が記載されている事をすぐに見つけた。
「文字……ロシア語があるな。それに英語、フランス語もあるようだ。これは……日本語か。中国語かもしれないな。他にもたくさんある」
 メドヴェジェフは、私が石版の観察を終わるのを待っているかのようだ。
「言語はロシア語を含め、二十一カ国語です。しかし、意味は全て同じ物になります」
 ロシア語の場所をなぞった。
「我々は常に見ている。君たちの意思に関わりなく……何だ、一体これは」
「分かりません。物体については、我々も色々調べました。当時の技術を駆使して調べましたが、この石版と思われる物が、何で出来ているかも分かりません。高温や極度の低温にも耐性があり、耐衝撃性もあります。実際に銃弾を撃ち込んでみましたが、傷一つつきませんでした。それとその……」
「何だ」
「核兵器……原爆を含め、水爆でも試しました。結果はご覧の通りです」
 思わず背筋が寒くなる。
 核兵器を用いても、何ら損傷を受けないだと。とてもではないが、信じられない。
「ご安心下さい。この物体からは放射能も放射線も出ていません。それどころか、爆心地に置いたにも関わらず、この物体だけ放射性反応は出ませんでした。当時可能な技術で、あらゆる調査を行ったようです。結果は、いずれもご覧の通りです」
 沈黙が訪れる。再度文字をなぞった。
「この事を知っている者は、君以外に誰がいる」
「現在では、私を含めて数人です。しかし、私以外は全てロシア国外にいます。もし、私の身に何かあれば、我々が得たデータを、即座に世界に公表する用意があります」
「いや、君を粛正しようなど思わんよ。そんな事は過去のことだ。今の国の状況は、それどころではない。それよりも、君はどうしたいのだ」
 まあ、正確には過去の事でもないが。しかし、彼を粛正する意味などないだろう。
「私は出来れば、この文字が読める各国に対して、意見を求めるべきだと思います。我々の技術力では解決できませんでした。体制が変わった今、もはや隠すべきではないと思うのです」
 メドヴェジェフは確信を得るように言う。
「君の言いたい事は分かる。しかし、君の言う事が正しいとして、これは科学の問題だけでは済まない。もしこれが地球以外の宇宙からやってきたものだとすると、我々の政治も絡んでくる問題だ。しかし、君の言いたい事は分かった。これは確かに公開すべきだとは思う。しかしながら、公開の方法は我々に任せてもらえないだろうか」
 そう言うとメドヴェジェフの目を見た。
「……分かりました。大統領がそう仰るのであれば、信頼いたしましょう。しかし、五年以内になんら私の耳に入らないようであれば、私の方で手を打たせてもらいます」
 そう言って、メドヴェジェフは急ぎばやに執務室を後にした。
「大統領、よろしいのですか」
 一緒にいた付き添いの者が言う。
「……仕方ないだろう。しかし、今度の先進首脳国首脳会議で、秘密裏に事を進めるつもりだ。また、裏口から話を持ち込まねばならないが、仕方がない。それに、それなら嘘にはなるまい。そのための準備をしなければならないな」
「確かにそうではありますが……」
「後は、時間が解決してくれる事を祈ろうではないか。私は、今はこれ以上厄介事を抱え込みたくないのだ」
 執務室には沈黙が訪れた。


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二〇六二年七月 日本アルプス地下某所

 

 そこには、何十人もの作業員が地下空間の中を行き来していた。その中央には巨大な装置があり、その形はまるで、前世紀の戦艦の巨大な砲身と、砲塔そのものだ。
 砲身は一つだけだが、その長さは砲身だけで三十メートルはある。砲塔をくわえると五十メートルはあるだろう。
 しかし、幅はそれほどでもない。砲身そのものは直径五十センチほどで、砲塔と思われる部分も幅は三メートルほどしかなかった。その砲身の先は暗闇のトンネルが広がっている。かなり長い距離である事は明白だ。
「これより試射を行う。現場作業員は待避」
 スピーカーからのアナウンスが流れると、いたる所にある黄色い回転灯が回り出す。二回だけ、大きくブザーが鳴った。すぐさま砲塔や砲身の近くにいた作業員たちは、近くの重厚なドアに消えていく。静まりかえったところで、ドアが重く閉まる音が響く。周囲には黄色い回転灯の明かりだけが不気味に光っている。
 再び大きなブザー音が鳴り響き、黄色い回転灯の他に赤いランプが灯った。
「核融合炉、出力百パーセントを維持、現在二百億ペタワット。電磁誘導コイル異常なし。加速器異常なし。発射可能域まで残り一分」
 各種モニターを注視しながら、中央にいる一人のオペレーターが報告する。
「超伝導加速器始動しました。デュウテリウム注入開始。待機体制に入ります」
 その隣にいるオペレーターが告げる。
「目標への誤差修正完了。ターゲットマーカー準備完了。全監視装置異常なし」
 次々と報告が入るが、そのいずれも準備が整った事を示していた。
「メイン動力接続。第一加速器正常値。第一次フライホイール接続開始」
「第二加速器始動開始します。第二次フライホイール始動準備。圧縮機臨界へ」
「予備動力接続しました。第二次フライホイール正常に稼働中。第一次加速器から第二次加速器へ接続。最終加速器始動開始します」
 あちこちから来る報告は、私には何の事だかは良く分からない。
「最終加速器へ接続。最終フライホイール接続。出力安定。現在出力六百五十億ペタワット。さらに上昇中。発射可能域まであと五秒」
「全圧縮器、出力最大。フライホイール、臨界」
「発射可能域達しました。発射いつでも可能です」
 再び中央にいたオペレーターが最後に告げた。そのオペレーターの手元から、赤いレバースイッチが飛び出る。
「これで歴史が変わる。もはや我々には、核を恐れる必要などなくなるわけだ」
 私は後ろの方で監視しながら、呟いた。
 一応今回の責任者ではあるが、この事は一切の口外を禁じられている。それはもちろん家族にもだ。
 いくらこれが最高度の特特防――特定特別防衛秘密とはいえ、成功すれば歴史が変わる。我々自衛隊には、なくてはならない兵器となるだろう。
 確かに今から行う実験の性質を考えれば、特特防にする事は仕方のない事だと思う。ただ、残念なのは、ここにある核融合炉があれば、日本中の電力をまかなえるのではないかと思う事。特に夏場の電力不足は深刻だ。
「国防だけではありませんよ。これで色々な事が可能になりますから」
 その横にいた、五十歳代のスーツ姿の男も言う。
 彼の場合、彼が一体何を考えているのか見当がつかない。
 現政府に深く入り込んでいる官僚の一人で、極めて優秀だとは聞いている。専門分野も多岐にわたると聞いていた。
 彼は、これが何のために役立つのかとしきりに聞いてきたが、必要以上には答えられない。
「総員、対ショック及び対閃光防御」
 スピーカーから流れた声とともに、目の前のガラスが瞬時で黒くなる。そしてシャッターが降りる音が聞こえた。全員の目が、モニターに映し出された砲身に注目する。
「プラズマ荷電重粒子砲発射」
 オペレーターが告げると、スイッチを握る。
 瞬間、金属の悲鳴のような大音響が響きわたる。まさに金属の絶叫。
「発射成功しました。射出時間ゼロコンマ一秒。ターゲットへ命中。現在砲身を冷却中」
 オペレーターがホッとした顔で告げるた。
 モニターを見ると、砲身が赤くなっている。
 ここで失敗したら、我々は誰一人生き残っていないだろう。それだけに、私も安堵してしまう。
「ターゲットの状態はどうか?」
 興味深げに聞く。
 問題はターゲットがどうなったかだ。それ次第で、これが兵器として有用なのかどうかの分かれ道となる。
「……観測値出ました。超々硬化チタニウム合金を全長百キロ全て貫通。照射部分は蒸発している模様です。目標点を過ぎて、地殻にまで到達しています。レーザーの観測では、推定到達距離二百五十キロです」
「すごいな……小口径である程度予測していたとはいえ、大気中でこれか。宇宙空間で使用すれば、相当な遠距離砲撃ができるな」
 驚きを隠せずに言うしかなかった。しかし、あまりに威力が強すぎる。
「実験用の超高出力大型核融合炉と、特注品の圧縮器、フライホイールなので、実際に兵器に搭載するとなると、威力は落ちますよ」
 スーツ姿の男が告げてくる。さすがに、この結果が何を意味するのか、理解したのだろう。
「ミサイルや戦闘機を落とすのに、こんな馬鹿でかい装置はいらんよ。今ある小型核融合炉から、エネルギーを調達できるだけで十分なはずだ」
 こんな大がかりな装置は、とてもではないが実用的ではない。エネルギーを供給する核融合炉のサイズだけで、護衛艦一隻分はある。
「まあ、確かにそうでしょうね。でもそれなら、今あるレーザーカノンでも十分では?」
「レーザー単体だと、大気中での損失率が高い。せいぜい届いて五キロだ。それでは遠距離の防御に不安が残る。しかしこれなら、小型核融合炉でも大気中を百キロ損失なく到達させ、さらに破壊力は抜群だ。衛星からのミサイルサイロ破壊にも使える。大型艦船に搭載させれば、この威力も期待できる」
 まあ、こんな物を搭載したら、個艦防御が出来ないだろうが。
「重水素の荷電粒子を発生させ、それをナトリウムプラズマ膜で覆う事が功を奏しましたね。確かにこれなら大気中でも遠距離射撃が可能でしょう。プラズマ膜で覆う事が出来なかったら、危なくて使えませんしね」
「ああ。しかも発射速度が二十八万五千キロメートル毎秒だ。そしてその速度が落ちない。当たっただけで、重水素荷電粒子の質量が衝撃としても伝わる。問題は発射速度を受け止めるダンパーだな。いくらこれが試作機とはいえ、ダンパーの重量だけで六千トンは重すぎる。まあ、出力を下げれば多少は改善できるか……」
 まあ、命中した場合は、さらに反物質による対消滅が期待出来るので、質量など大した問題ではないだろうが。
「ただ、不安要素がない訳ではない。我々に対しても機密扱いになっている、ナトリウムプラズマ膜の技術、一体どの様になっているのか見当も付かん。一体、どこの技術なんだ」
 ナトリウムプラズマ膜の技術は、メーカーの技術チームでさえ、全てを知らないらしい。知っている者はごく一部と聞いた。
 本当に信頼出来るのだろうか。
 こちらの技術チームが解析してみたが、ナトリウムを一度陽子と電子に分離しているような反応を示していることが分かったのが限度で、それ以上のことは何も分からなかった。完全にブラックボックスだ。
 その後、また陽子と電子を結合しているようだが、それもよく分からない。
「確かにその不安はありますね。しかし、この威力は凄いとしか言えません。光速の九十五パーセントで発射していますからね。通常の衝撃ダンパーでは役に立たないでしょうね。何よりすごいのは、真空中でなくてもこの速度が出せる事ですよ」
「しかし、これでミサイル防衛に光が見えた。今までのような弾道ミサイルをミサイルで落とすような方法だと、確実性に劣るが、これなら確実だ。レーザーだと、近くに接近するまでは手出し出来ないからな」
「これを搭載した衛星を、軌道上に打ち上げるつもりですか」
「ああ、そのつもりだ。あと、小型化に成功すれば、試作として戦車にも搭載してみたい。距離はさほど必要ないが、この威力なら今までの戦術が変わる。それに、建造中の宇宙艦の事もある」
「そうでしょうね……」
 スーツ姿の男がモニターを見る。モニターには、冷却が完了した砲身が映し出されていた。砲身からは、モクモクと湯気が立ち上っている。
 シャッターが開き、発射機があらわになったが、大量の湯気ではっきりと見えない。
「今度建造される宇宙艦隊にも、主砲として搭載させたいな。アメリカはレーザー艦隊を宇宙に作ったが、我々はさらにその上をいける。まもなく配備予定の宇宙艦にも、これを搭載したい」
 思わず顔に笑みが漏れていた。それを見たスーツ姿の男は、近くの電話を取る。
「実験は成功です。これで、我々は例の事にも対処できると思います」
 男は電話の相手に手短に言う。他にも何か言っているが、電話の相手が誰なのかも分からない以上、詳しい事は分からない。
「分かりました。急ぎ、そのようにさせます」
 そう言って男は電話を切ると、再び私の所に来る。
「これを何としても航宙自衛隊に配備するよう、総理からの伝言です。予算は付けてあります」
「やけに手際が良いな。何か隠しているのか」
「今は言えません。しかし、時期が来たら必ずお話しします」
 そう言うと、男はそこから立ち去っていった。


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二〇六二年七月 ラグランジュ四 宇宙ステーション「みちびき」

 

 同時刻、ラグランジュ四にある日本の宇宙ステーション「みちびき」で、通路を走りながら会議室に向かう男がいる。
 まだ四十代の彼だが、運動は得意ではない。なので、少し息が上がり始めている。
 中心に巨大な円柱があり、その周囲を巨大な円筒が回転している。そのため輪に当たる部分では、地球上とほぼ同じの疑似重力がある。俗に言うスタンフォード・トーラス型の宇宙ステーションだ。
 ただし開放型宇宙ステーションではないので、完全に密閉された宇宙ステーションになっている。
 地球と月の共鳴軌道上には、アメリカがスペースステーションを建造したため、日本はトロヤ点のラグランジュ四を選択した。
 最初はラグランジュ一と二の計画もあったが、重力の安定を考えれば、ラグランジュポイント一と二は候補から外さざるを得なかった。
 本来なら、距離が近い位置を確保したかったが、それらの多くはすでにアメリカかロシアがステーションや衛星を配置しており、日本としては地球と月の共鳴軌道上は諦めるしかなかった。
 それにラグランジュ一と二には塵や廃棄された衛星などが多く、建造場所として適さなかったというのもある。
 今は、ラグランジュ五にヨーロッパ連合がステーションを建造中だ。ラグランジュ一には中国がステーションを建造する計画もあるが、こちらはまだはっきりとしていない。
 ラグランジュ四にステーションを建設したことにより、月からの物資輸送においては手間がかかってしまう結果となったが、こればかりは今さらどうしようもない。
 みちびきの大きさは円柱部分が直径五百メートル、回転している円筒に至っては直径二キロある。その円筒と円柱は、長さ千メートルの回廊でいくつも繋がれていた。
 男は『二層会議室五』とプレートのあるドアの前に来ると、一度深呼吸をする。乱れていた息が整う。
 これから話す内容は、私自身信じられなかった。しかし、事実は変えられない。
 その扉を開ける。中には何人もの人が待っていた。多くは、政府関係者と自衛隊関係者だ。
「お待たせいたしました。間違いなく惑星です。しかも、地球に酷似しております」
 その言葉に、それまで響めいていた会議室が静まる。
「地形こそ地球のそれとは異なっておりますが、陸地も海もあります。こちらの観測では、静止軌道上に人工物も多数見つける事が出来ました。明らかに、我々とは別の何者かがいると思われます」
「昨日までは、そこには何もなかったのだな」
 会議室の奥にいる一人が質問してくる。
 石原航宙幕僚長で、航宙自衛隊――宇宙空間での戦闘を想定した自衛隊のトップだ。宇宙からの攻撃に備えて新設された航宙自衛隊は、まだ戦力こそともないが、それでも将来を期待されている。
「はい。信じられませんが、昨日の日本時間一五時頃までは、そこには何らありませんでした。それは、定期レーダー観測と光学観測で間違いありません。また、我々の地球と同じように、衛星も確認できます。月よりも小型ですが、全部で三つ確認できております」
 私の言葉に、会議室の全員が響めく。
「現在、レーダーと光学観測により、詳細を調査中です。しかし、今のところどのデータも、今まで無かった惑星の存在を裏付ける物と、知的生命体が存在する可能性が高い事ばかりです」
「地球の公転軌道の反対に、新たな惑星か……しかも、知的生命体のいる可能性が高いとなれば、事はただ事では済まない。アメリカや他国は、もう観測していると思うか」
 私に注目が集まる。
「アメリカはおそらく分かっていると思われます。他の国はまだ何とも言えません。しかし、気が付くのも時間の問題かと……」
 奥にいた者が手を挙げる。
「可能性としてだが、我々に接触してくると思うか」
「状況からして間違いないと思われます。しかし、技術の面では彼らが上の可能性が高いとしか言えません。何せ、惑星ごとその存在を隠してきたとすると、我々よりも遙かに高い技術を持っているとしか考えられません。本来あるはずの、惑星の重力の影響すら隠していたのですから、我々には想像も出来ない技術です。そもそも、地球公転軌道の反対側に惑星があるなど、否定されていたはずです」
「では今の我々で、彼らが侵攻してきたとして、対処できると思うか」
「石原航宙大将、それを私に答えさせるのですか。答えは既に出ていると私は思いますが」
 私の言葉に、石原航宙大将と言われた者は黙る。
 軍人としては当然な質問だと思うし、当然の反応だろう。
 航宙自衛隊が創設された時、階級の名称も変更された。基本的には旧軍の名称だ。色々あったが、それでも当初言われたほどの混乱はない。なにより、自衛隊の名前はそのままなのが功を奏したのだと思う。
「鈴木君、とにかく今は観測を続けたまえ。我々は、引き続き対応策を考える。何か分かったら、すぐに知らせて欲しい」
 奥にいた責任者にそう言われると、私は一礼をして会議室を後にしていった。
 これからしばらくは、この会議室を往復する事になりそうだ。
 約束していた妻の誕生日には、とてもではないが戻れそうもない。あとで色々面倒になるかもしれないと思うと、思わずため息もでる。
 しかし、それ以上にこの発見は一大事だ。それくらいは分かっているつもり。
 そもそも、惑星の存在事隠すなど、どう考えても不可能に思える。
 昔の観測や計算では、地球公転軌道には他の惑星がないと証明されたはず。しかし、重力場の観測を行ったところ、明らかに惑星の存在を示している。
 理解できないことばかりだ。
 とにかく、今は観測室に戻るしかないだろう。
 一体これから何が始まるのか。嫌な予感しかしなかった。


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二〇六二年七月 ラグランジュ四 宇宙ステーション「みちびき」自衛隊専用港

 

 同じ頃、宇宙ステーションの係留施設で、一隻の宇宙船が擬装作業をしていた。
 艤装作業と言っても、ほとんどの作業は終わっており、後は船内の点検がほとんどだ。
 ただ、宇宙船と言うには、語弊があるのも確かだ。確かに宇宙空間を航行する船には変わりはないが、その宇宙船には明らかに主砲と呼べるものが乱立していた。その主砲も、上甲板と思われる部分はもちろん、艦底部、左右舷側にいくつも搭載されていた。
 上甲板にある主砲は全部で六基。それぞれの主砲には二門の砲身がある。その主砲を取り囲むように、多数の砲塔と砲身があり、こちらは副砲やそれに類ずる物だろう。
 遠くで見れば巨大な円筒と、その前にある十字の艦首、艦尾には四つの巨大なノズルと、八個の比較的小型なノズルがあった。
 どれも白く塗装されているため、遠くから見る限りは綺麗だ。なおかつ、スマートにすら思える。しかし、近くで見ればハリネズミそのもの。
「渡辺義人少将、やっとといった感じです。艤装完了前に、ようやく我々が入れましたね。てっきり、全てが終わるまで入れないかと心配しましたよ」
「色々手違いがあり、遅くなったらしい。本来は一ヶ月前に確認出来るはずだったようだが、今さら仕方がない。ところで、そのかしこまったような呼び方は止めて欲しいな。何より、名前まで呼ばなくては良いではないか」
 艦への連絡通路を急ぎながら、一緒に来た副官の吉村治大佐の不満げな問いに、少し同情しながらも答える事にした。
「すみません、渡辺少将。どうもまだこちらには慣れていなくて、名前を覚えるのも大変です」
「そうは言っても、もうここに来てから二ヶ月だろう。全員同じように呼んでいるのか」
「ええ、そうですね。早く慣れるようにします」
 日本初の有人宇宙戦闘艦「あまぎ」は、同じく初めて着任する士官を迎え入れようと、そのハッチを開いている。
 CSLー01と艦番号が艦首に大きく記載されていた。レーザー宇宙巡洋艦の、一番艦であることを示している。
 連絡通路があるから、通常の宇宙用戦闘服で移動出来るが、その外は真空の宇宙だ。それを思うと、思わずゾッとする。体が浮くので宇宙だと分かるが、やはり酸素があるとないでは違う。
「我々だけで良かったのですしょうか。他にも必要な人員がいると思うのですが」
 後ろを文字通り飛んでいる、戦闘指揮所(CIC)に配属された新居田孝史大尉が、どこか不満げに思えた。
「君らも一応資料は読んだのだろう。この艦は、ほとんど人員を必要としない。全長二百五十メートル、全幅三十メートルの巨艦にもかかわらず、必要な人員はたったの五十人。実際のところ、単に動かすだけなら十人ほどでも何とかなるらしい。動かすというのは、戦闘を含めてという意味だ」
「にわかに信じられませんね。大きさだけで言えば前世紀の戦艦並ではないですか。普通に考えれば、千人を越える人員が必要な気もするのですが」
 新たな質問者は、戦闘指揮長の佐々木剛大尉。
 新居田と佐々木が攻撃と防御の要だ。
「まあ、全ての砲塔などに人員を配置すれば、ざっと二百人ほどは必要らしい。交代要員を含めれば、三交代制だから六百人だな。しかし、今はそれほど贅沢が言えない事も分かっているのだろう。だから各所が自動化されている」
 実際のところ、航宙自衛隊に配属されたのはまだまだごく一部。
 新設されたとはいえ、人員は極度に不足している。この艦に五十人が集められただけでも幸運だ。
「それにしても、艦の名前が『あまぎ』というのは、正直納得がいきません。日本初の本格宇宙戦闘艦の名前ですし、この場合はあの名前が付けられると思ったのですが……」
 愚痴をこぼしてきたのは、航海長の加藤絵里大尉。
 まあ、彼女の言う事も分からないでもない。どう見てもこの『あまぎ』は、旧来の言い方をすれば戦艦に匹敵する。そして、宇宙で戦艦の名前と言えば、昔から決まった名前が出てくる。
「文句は言わないの。私たちは、与えられた任務をこなせばいいのよ」
 その横で、機関長の吉田香織大尉が言った。昔は機関長というと男の仕事と決まっていたが、今では多くの機関部で女性が活躍している。彼女もその一人。
 確かに彼女の言うとおりなのだが、だからといって私自身納得出来ない面もある。
「『やまと』が適当だったのだと言うのだろう。しかし、決めたのは我々ではないし、事情があるのだろう。大体、そう易々と付けられる名前ではないと分かっているはずだ」
「失礼しました、艦長」
 まあ、彼女も悪気があった訳ではないはずだ。
「さて、この最新の宇宙艦は、どんなものかな」
 純白のハッチが目の前にある。艦橋に最も近いハッチで、最も大きなハッチだ。
 ハッチを開くためのパネルに手を伸ばし、レバーを引く。同時に、数字の並んだパネルが開いた。決められた暗証番号を入力すると、ハッチが大きな音を立てながら手前に動き、その後左にずれてゆく。油圧で動いているはずだが、圧縮空気が漏れるような音がした。中の空気を常に少し高めにしているためだろう。
 左にハッチ移動した直後、その奥にあったもう一つのハッチが上に動く。二重扉になっているので、外側の扉が破損しても被害は最小限ですむ。外側のハッチは、その厚さだけで一メートルはあるだろう。内側のハッチも、厚さは二十センチ近くあるようだ。ハッチ周辺部だけは、構造的な脆さを打開するため、このような大げさな仕組みになったらしい。
 ハッチが開くと同時に、中のLED照明が点灯した。白い光りが眩しく感じる。
 静かに中に入ると、壁に備え付けのレバーを握る。自動的にレバーが前に動き出し、通路を前に進めてくれる。すぐにエレベータの扉と、左右に繋がる通路に出た。
「これが中央エレベータか。一応案内表示はあるが、それがなければ間違いなく迷うな」
 純白の真っ白な通路で、どこも同じような造り。ブロック建造したためだから仕方がないのだろうが、それにしても迷いやすいと思う。
 ブロック建造――文字通り、ブロックで組み立てるようにモジュール化した物を集めて建造する方法。古くは第二次大戦前から日本でも行われている。通常は船体構造の表面にまでブロックは使わないが、宇宙では構造強度をさほど気にしなくて済む。そのため、全てモジュールを用いて工場で作成され、それをドックで組み合わせたのがこの艦の特徴だ。船体中央軸線を貫く四本の竜骨に当たる部分を基準に、そこへボルトで固定されていると聞いた。
「そうですね。他に目印となる物もないですし、壁だけに表示があるのは見直すべきだと思います」
 太田百合大佐が左右を見ながら同意してくれる。太田も副官の一人。あまぎにだけ副官が二人いる。吉村が通常はCICで新居田と共に指揮を執り、太田が艦橋に残る。私が艦隊全てを見る必要があるためだ。とはいっても、正式に艦隊司令を任命されてはいない。
「案内図によると、右側の赤い枠のハッチを開くと、エレベータに平行して上下に移動できるようです。非常用の通路ですね。エレベーター内からも、その連絡通路に出る事は出来るようです」
 吉田が案内図を片手に、周囲を見渡している。
 確かに右側に、赤い枠の白いハッチがある。いずれ乗員が揃ったら、脱出訓練もしなくてはならないだろう。
 エレベータの扉を開くと、反対側にも扉がある。どのエレベータも同じ作りになっているはずで、どちら側にも移動できるようになっているはずだ。右側には、赤い枠のハッチがある。これが連絡通路への入り口だろう。大きさは、宇宙服を着て人が一人やっと通れる程度。これで緊急時に役に立つのだろうか。
 全員がエレベータに乗り込むのを確認して、最後に乗った吉田が扉を閉じた。
 皆がどこかに捕まっている事を確認してから、操作パネルにある『艦橋』というスイッチを押す。エレベータはゆっくりと上に動いた。程なくして、エレベータが止まり、両側の扉が開く。
「緊急時はエレベータは使えなくなるので、早めに脱出訓練はした方がよいですね」
 吉村の言葉に頷きながら、扉を出る。
 通路は左右にしか伸びていない。目の前には左側が艦橋と書いてある。右側には中央観測室とあった。
 左側のレバーを取ると、そのままレバーに体を預けた。三十メートルくらい移動して、また扉に出る。
「この先が艦橋ですね」
 案内図を見ていた吉村が、再び教えてくれる。
 ハッチの右側にある操作パネルに暗証番号を入力すると、扉が上に開いてから、さらにその奥の扉が右に開いた。艦橋のハッチも二重になっているようだ。特に重要な場所だけ、扉が二重になっているとは聞いている。
 さすがに宇宙空間と接している外部ハッチとは異なり、こちらのハッチはどちらも厚さ二十センチといったところ。一応重要区画なのでハッチは厚いが、他の所は厚さ十センチ程度らしい。
 艦橋に入ると、すぐさま艦長席に移動する。他の者も、それぞれの席に移動してゆく。艦長席もそうだが、椅子はクリーム色で統一されていた。それなりのクッションもあるが、どちらかといえば無機質だ。まあ、軍艦なのだから仕方がないだろう。
 席の両側には、いくつかのパネルとスイッチがある。前には足元に足置きがある以外何もない。
「話には聞いていましたが、全てモニターですね。艦橋から宇宙空間を直接見る事が出来ないのは、非常時に問題が発生するのではないでしょうか」
 加藤が不安げに言う。まあ、気持ちが分からない訳ではない。直接見えない事こそ、人を不安にさせる。
「君は昔の映画やアニメを見すぎだ。艦橋が外に出ていれば、そこを狙われる。それに、艦首操舵室からは外を見る事も出来る。非常時以外は使わないと思うが。四つある観測室と艦首を除けば、この艦に窓と呼べるものはない。乗員の安全のためだ」
 十字になっている艦首には、その中央に艦首操舵室がある。しかし、使う事はないだろう。
「主電源、入ります」
 吉村の声と同時に、全てのモニターに明かりが付いた。
 正面に百インチのモニターが、左右に並んでいる。その他に、五十インチクラスが十個ほど。小さい物を含めれば、三十近いモニターが正面にある。手元のモニターを含めれば、いくつあるのか把握出来ない。
 艦橋の乗員席は、上下に頭を向き合うよう配置されており、出来るだけ少ないスペースとなるよう設計されていた。それにしても、重力が関係ないからといって椅子が上下反対に配置されているのは奇妙だ。自分の直上に吉村の頭があるのを見ると、そんな事を思う。
 それぞれの椅子には、部署に関係ある機器が並んでいる。航行管制なら、操縦桿など。艦長席には、非常用操縦パネルが内蔵されているそうだが、パネルだけでの操縦は難しいだろう。せめて、小型操縦スティックの一つでもあればと思う。一応艦長席からは全ての計器を操作する事が出来るが、全てタッチパネルのモニターで、その数も二つ。とてもではないが、一人で出来るような事ではないのは確かだ。まあ、そのようなことは最初から想定されていないのだろう。
 電源が入り、床と天井の明かりと、一つ一つのモニター越しに、外の風景が映し出される。上下からの明かりなので、一つ一つの明かりはさほど強くない。主砲塔や艦首、艦尾、舷側に備えられたカメラからの画像。それぞれのカメラには三つの予備回線があり、カメラそのものが故障しない限り簡単には外の状況が分からなくなるという事もない。それに、カメラは基本的に二メートルおきに備え付けられており、いつでもどのカメラにもアクセスできる。観測用のカメラ以外は装甲と装甲の継ぎ目に配置されている。そこにはカメラ以外にも、短波レーダー用のアンテナも埋め込んである。
「全武装の確認を始めます」
 佐々木が告げると同時に、主要パネルの一つを一人の宇宙服を着た作業員が横切る。
 艦とステーションを結ぶ通路こそ与圧されているが、それ以外は真空の宇宙だ。宇宙服を見て、すぐそこが宇宙と思うと、なんだか寒気が走る。
 手元のスイッチを操作すると、メインスクリーンが艦首に切り替わる。前方には真っ暗な宇宙が広がっている。空気がないので、星が瞬くこともない。
 さらにパネルを操作すると、右舷が表示された。隣のドックでは、姉妹艦のいぶきが偽装の最終準備を行っている。あまぎと違い、いぶきは司令部機能が省略されている。その代わりに、ミサイル発射管の数が多い。ただ、外見はさほど変わらない。
 手元の小型スクリーンが突然切り替わり、新居田が映る。
「CICも稼動させました。異常ありません」
 少しだけ遅れるように、新居田の声が足元から響いてくる。
 CIC――日本語で戦闘指揮所や戦闘情報センターと呼ばれるその場所は、隔壁を閉じていないので、今は声がそのまま聞こえているのかと思う。戦闘中は隔壁を閉じる決まりになっているが、それ以外の時は解放していた方が楽だ。
 これだけの巨艦のCICとなれば、本来かなりの人員を配置しなければならないはずだが、人員不足を見越して多くが自動化されている。なので、新居田一人でも最悪CICを稼動できる。
 それでも、新居田の後ろにあるいくつもの空席を見ると、早く人員を確保しなければと思わずにいられない。
 ベストな状態なら、CICだけでも一交代につき十五人が必要だが、しばらくは無理だろう。今のところ予定されているCIC補充人員は九人。一回あたり三人交代の計算だ。
「艦長、至急ステーション第十五ブロック、第二作戦室にお戻りくださいとの通信です」
 遠藤肇大尉が教えてくれた。この艦の通信長だ。
「分かった。後のことは頼む」
 一言残して、私は艦橋を後にした。



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