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12月26日のおはなし「をかしな二人」

 それは二人組の老人だった。

 新橋で地下鉄を降りて、階段を上がって地上に出たところで彼らを見た。青い制服を着て、きびきびと立ち回り、駐車中の自動車に何かはりつけたり、その模様を写真に撮ったりしているので、駐車禁止車輛を取り締まっているのだとわかった。てきぱきてきぱき。無駄のない動きで、
彼らは職務を遂行していた。でも何かがひっかかった。民間に委託された駐車監視員。ありふれた光景だ。ありふれた光景のはずだ。
 なのに何かが違う。
 何だろう? ぼくは何にひっかかっているのだろう? 横を通り過ぎながら何気なくぼくは二人の顔を見る。しわ深い、日に焼けた老人の顔。何も思いつかない。

 午前中の打ち合わせを終えて、軽い昼食をとろうと近所のコーヒーショップに入って再び彼らを見た。このエリアを担当しているのだろう。二人とも同じ物を━━ホットドッグとアイスコーヒーを頼んだらしく、特に話すでもなくそれらを口に運んでいた。一人がホットドッグを手に取り、もう一人がアイスコーヒーを混ぜる。
アイスコーヒーを混ぜた方がグラスを持ち上げると、ホットドッグがぱくぱくと二口食べる。ホットドッグを皿に置くあたりまでにアイスコーヒーはグラスを持ち上げストローで二口ほど飲み、次の瞬間、二人はホットドッグとアイスコーヒーを同時に机の上に置く。すると役割が交代して一人がホットドッグを手に取り、もう一人がコーヒーを混ぜる。

 あれっ? と思ったが、その時もまだ何だかはよくわからなかった。なぜ「あれっ?」と思ったかは、その夜になってわかった。仕事を終え、いい店があるからと同僚に誘われて飲みに行ったバーで、またしても━━なんとこの日三度目━━彼らを見たのだ。それは『カルテット』という名の、銀座に古くからあるバーで、足下にはピスタチオの殻がびっしり敷き詰められている。その店ではカウンターで飲むか、立ち飲み用の小さなテーブルで飲むしかない。ぼくは初めて入る店だったのできょろきょろしていると、カウンターの右端で何かパフォーマンスをやっているのに気づいて目を止めた。

 こちらに背を向けた小柄な男が二人、ものすごく正確な振り付けで何かをやっている。ぼくはすぐにそれが店のBGMに合わせてダンスを踊っているのだとわかった。一人が軽く左を向くともう一人が微妙なズレで左を向き、跳ね返るように右を向くとこれを受けてもう一人も右を向く。そのまま二人同時に右手を伸ばし、何かをつまみ上げ、口に放り込む。全身を使ってそれをかむ様子を示す。正確に同じ回数、上体を軽くひねるように揺すったかと思うと、ひょいと肩越しに何かを投げる。ピスタチオの殻だ。

 ああすごい。息がぴたりと合っている。その時曲が終わる。でも二人の動きは止まらない。グラスを口に運び、微妙にずらしてとんとんと置き、カウンターに左手の指をぱららっとうちつけ、足がスツールの足置きをカン!と蹴る。音楽だ。二人の回りには音楽が流れ続けているのだ。カウンターの中の年老いたバーテンダーがゆっくりレコードプレイヤーに近づき、ターンテーブルのレコードを裏返す。老バーテンダーはちらりと右端の二人に目をやり、間合いを計ったように針を落とす。二人のダンスに合わせるように
音楽が流れ出す。

 ぼくは呆然としてしまった。何だ? 何なんだ? 同僚はそんなことには全く気もとめず会社がいよいよ危ないんじゃないかなんて話をしている。適当に相づちをうちながら、ぼくの目はもうカウンターの三人に釘付けである。そう。二人ではない。三人だ。よく見るとバーテンダーの動きもカウンターの二人と見事に同調しているのである。ダスターでカウンターを拭き、シェイカーとグラスを並べ、くるりと背を向けると棚からボトルをひょひょいと手に取り、カウンターにタタン!と置く。その波が伝わったようにカウンターの二人のグラスがススッと持ち上がる。一糸乱れぬチームワークだ。

 やがて二人はグラスの酒を飲み終えると同時に(完璧に正確に同時に)立ち上がり、バーテンダーと握手し、店から出て行こうとした。その時初めてぼくはそれが駐車監視員の二人組の老人だということに気がついた。しかも彼らは我々のテーブルに目を向けるとこっちに近づいてきた!

「よう来てたのか」一人が言い、「忘れたのかと思ったよ」もう一人が完璧な間合いで続ける。
 するとぼくの同僚が「相変わらずみごとな飲みっぷりですね」と言った。気づいていたのか!「たいしたことはない」がりがりにやせた方が言うと、「たった一杯さ」少々おなかの出た方が続ける。

「しかもビールなし」
「そうビールなし」
「恋しいだろう」
「ああ恋しい」
「ホップの香りが」
「せつないねえ」
 冗談ぽく口々に言いながら、二人組の老人はひらひらと幻想の中の炎のように手を振ると、にやっと笑って店を出て行った。

「知り合い? 何者なんだ?」意気込んでぼくが尋ねると同僚は、びっくりしたようにぼくを見た。「なんだ知らなかったのか。すごい昔の芸人さんで、リズムコントってのをやっていたんだ」「芸人さん」「そう戦争直前くらいが全盛期だったらしい」「なんて言う人たち?」「ビール腹の方がホップさん、それでやせている方があんまりお尻が小さいってんでヒップさん」「二人合わせてヒップホップ?」

「いやいや。それなら面白いんだろうがね」近づいて来た老バーテンダーが言う。テーブルの空いたグラスを片付け、頼んだカクテルをテーブルに置きながら。「わたしもメンバーの一人でね」
「じゃあトリオだったんですか?」
「トリオじゃない。この子の亡くなったおばあさんもメンバーでね」この子といわれて手を上げたのは同僚だった。「『カルテット』というのがわたしらの名前だったんですよ」

(「ヒップホップ」ordered by Dr.T-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



をかしな二人


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著者 : hirotakashina
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