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チャーリーからの電話

 バイトから帰った敏文が湯を沸かし、晩飯のインスタントラーメンを準備していると、テーブルに置いていたスマートフォンが鳴り出した。

 条件反射のようにディスプレイをのぞきこみ、出る必要のある相手か確認し、そして、首をかしげた。

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 着信相手の名前は文字化けしているのか、わけのわからない記号が表示されていた。

 敏文は、しばらくためらったが、いつまでたっても鳴り止まないスマートフォンに覚悟を決め、トークボタンをプッシュした。

「もしもし」

「ああ、よかった、つながった。敏文さんですね? 私はチャーリーと申します」

 チャーリーと名乗る男の声は、とても流暢な日本語で自己紹介をした。だが、残念なことに敏文の友達のなかに、チャーリーはいなかった。

「いたずらなら、ほかでやってくれ」

 敏文が切ろうとすると、チャーリーはあわてて懇願してきた。

「待ってください、いたずらと思われるのも無理ありませんが、私は正真正銘、あなたに用があって、こうして連絡しているのです。どうか私の言うことを聞いてください」

 新手の勧誘かなにかだろうか?

 敏文は眉をひそめながら、たずねた。

「用ってなんのようだ?」

「はい――たいへん申し上げにくいのですが、その場でフラダンスを踊っていただけますか?」

「なんだって?」

「申し訳ありません」

 チャーリーは本当に申し訳なさそうに謝った。きっと、頭をペコペコと下げているにちがいない。敏文は軽いめまいを覚えた。

「どうして、オレがフラダンスを踊らなきゃいけないんだ!」

「お怒りになるのは、ごもっともです。ですが、我々のいる未来を確定するのに、あなたのフラダンスが必要不可欠なのです」

 チャーリーの説明に、敏文は重いめまいを覚えた。

「わかるように説明してくれ。できれば、の話だけどな」

「私は今、32世紀から、あなたに電話をしています――ああ、切らないで、本当です。本当に未来から電話しているのです。この32世紀の世界は、あなたがそこでフラダンスを踊ったために、決定されたのです」

「フラダンスで未来が決定する?!」

 バカげた話に、敏文はあきれ返った。過去の出来事が未来に影響するのはわかるが、オレが今ここで、フラダンスを踊ったからといって、どんな影響があるっていうんだ。第一、素人のフラダンスなんかで未来が決まっていいのか? コンテストかなにかで、踊るならまだしも、ほかに誰もいないワンルームで踊ってなんになる?

「不審に思われるのは当然ですが、32世紀の世界というのは、非常に移ろいやすい、不安定な世界なんです。過去のささいな出来事をきちんと起こしていかなければ、我々のいる未来が消えてしまうことだってあるのです」

「オレには関係ない」

 敏文の冷徹な言葉に、11世紀はなれた相手は絶句したようだった。しばらく、沈黙が続いたあと、チャーリーがつとめて冷静にいった。

「そうおっしゃる気持ちもわかりますが、しかし、今、フラダンスをしていただかないと、私はもちろん、私の妻や子供たちがいない未来が選択されてしまうんです。お願いです。お願いですから、いま、フラダンスを踊ってください」

 最後のほうの声が震えていた。もしかして、泣いているのだろうか?

 えらく手のこんだいたずらだ。

 そう、いたずら……のはずだ。でも、もしちがっていたら、チャーリーは消えてしまうかもしれない。仮に、万一、百歩譲って、ありえない話だが……。

「……わかったよ、踊ればいいんだろ、踊れば!」

「おお! 踊っていただけますか!」

 チャーリーは心底うれしそうな声をあげた。それを聞いた敏文は、なかばやけくそになりながら、ワンルームの狭い台所で、フラダンスを踊った。なんの変化も手ごたえもないまま、2分間踊った。

「これでいいんだろ!」

 テレ隠しに大声で怒鳴ると、チャーリーは大満足だった。

「ありがとうございました」

 チャーリーは感謝の言葉を述べ、何事もなかったかのように電話を切った。

「え? ちょ、ちょっと待てよ! それだけかよ?!」

 取り残された敏文はスマートフォンにむかって叫んだが、なんの返事も返ってこなかった。

 しばらく、ぼんやりしていると、ケトルがピーピーと鳴りだし、湯が沸いたことを報せてきた。

 

     *

 

 チャーリーからの電話は、その後、ときどきかかってくるようになった。

「もしもし、チャーリーです」

 彼はいつもこういったあと、鼻をつまんでください、だとか、左足を30秒間上げてください、だとか、どうでもいいようなお願いをしてきた。敏文もあまりにどうでもいい頼みごとなので、断るのも面倒くさく、鼻をつまみ、左足を30秒間上げた。

 その度に、チャーリーはうれしそうな声で、感謝し、電話を切った。たまに時間があるときは世間話をすることもあった。

 そんなやり取りを何度かしているうちに、お互い、慣れてきてしまったのかもしれない。

 夜勤明けのバイトから帰ってきた敏文が、着替えもせずに布団のなかに沈みこむと、同時に、スマートフォンがなりだした。

「もしもし、チャーリーです」

「……だと、思ったよ」

 敏文が不機嫌な声でいう。

「申し訳ないのですが、冷蔵庫のなかの缶ビールを一本だけ飲んでください」

「いやだ」

 敏文は、はっきりと断った。

「しかし、それでは――」

「オレは今すぐ寝るんだ。もう冷蔵庫までいく気はない……むにゃむにゃ」

「そ、そんな! それじゃあ、私たちの世界が――」

 チャーリーの話はまだ続いていたが、敏文は反射的に通話を切った。

 そして、そのまま、眠りこんだ。

 そのあと、スマートフォンは何度か鳴っていたが、――やがて、鳴らなくなった。

 

     *

 

 翌日、未来からの電話はかかってこなかった。

 敏文はなんだか薄気味の悪い感じをおぼえながらも、どうすることもできず、頻繁にスマートフォンを見る癖だけがついた。

 かかってきたときは気味の悪い電話だったが、急にかかってこなくなるのも、気持ち悪い。なんだかんだ言いながら、この数日間、毎日チャーリーとはいろんな話をしてきた。奥さんが美人で二児のパパだということも聞いたし、釣りが趣味で今週末出かける予定なのも聞いた。久々の海釣りで、ルアーの話を楽しそうにしてた。なんていうか、彼の人懐っこい性格は、嫌いじゃなかった。

 昨日も猛烈な睡魔さえなければ、彼のお願いを間違いなく聞いていただろう。そう、チャーリーのお願いは、本当にささいなことばかりだった。

 敏文は、バラエティ番組を見ながら、昨日、飲まなかった缶ビールに口をつけた。いまさらだが、飲めばなにかが起こるような気がした。

 しばらくして、スマートフォンが鳴り出した。

 相手の名前は文字化けしていた。

 チャーリーだ。

 敏文は少し安堵し、電話にでた。

「なにしてたんだよ、チャーリー、心配したぞ」

 だが、電話の相手はチャーリーじゃなかった。

「もしもし、私はクロカワといいます」

「クロカワ? チャーリーはどうしたんだ?」

 敏文の質問に相手は、困惑しているようだった。

「チャーリーというのは、誰のことですか?こちらにはそのような名前の人間はおりませんが……」

「だって、32世紀から電話をかけてるんだろう? だったら、いつもチャーリーがかけてたじゃないか」

 電話の相手は、しばらく沈黙したあと、たずねてきた。

「私がどうして、32世紀から電話していると知っているんですか?」

「だって、それはチャーリーが教えてくれたから……」

「チャーリーはあなたに、いろいろつまらないお願いをしましたか?」

 敏文はうなずき、その通りだと答えた。クロカワはふう、と大きなため息をついた。

「あなたはチャーリーのお願いを聞かなかったのですね?」

 確信をついた言葉に、敏文は反抗した。

「ちがう! 聞かなかったわけじゃない、あれは不可抗力だ!」

「落ち着いてください。べつにあなたを攻めるつもりはありません」

 クロカワは実に落ち着いた声でいった。

「むしろ、あなたのその行いに感謝しているくらいです。どうやら、今、32世紀は、そのチャーリーのいる世界から、我々のいる世界を選択したようです」

「なんだって?! どういうことだ?」

「説明の前に」

 クロカワはわざとらしく、言葉を区切っていった。

「右手で頭をかいてください。話はそれからです」

「わかった」

 敏文は別にかゆくもない頭を、二回かいた。

「大変結構です」

 クロカワの満足そうな声が聞こえた。

「そんなことはどうでもいい、我々の世界ってどういうことだ? お前の世界にチャーリーはいないのか?」

 矢継ぎ早にたずねる敏文に、クロカワは、こほん、と咳払いをひとつした。

「チャーリーという名の人物は、大勢います。しかし、時間管理局にチャーリーという男は存在しません。こうして、あなたに電話をかけられるのは、時間管理局の限られた人間だけですから、あなたの言っているチャーリーはこの世に存在しません」

「どうして、そんなことになるんだ!」

「それは……32世紀という世界が非常に不安定だからです。過去の行動によって、決定される世界が異なるのです。我々の世界はあまりに多くの可能性があり、パラレルワールドの世界が現実の世界として、決定してしまうのです。あなたが昨日、チャーリーのお願いを無視することによって、チャーリーの世界は存在するための条件を満たすことができず、私たちの世界が採用されたようです」

「そ、そんな……」

 一瞬にして、世界ごと消え去ったチャーリーのことを考え、敏文はなんだか妙な気持ちになった。どうしても、現実として受け入れられない感じがした。

 缶ビールの一本で未来が本当に変わるってのか?

「じゃ、じゃあ、昨日、もしオレがビールを飲んでいれば……」

「チャーリーの世界は続いていたでしょうね」

 クロカワはきっぱりと断言した。

「だったら、昨日のオレに電話してくれ、缶ビールを飲むように言うんだ!」

「そんなことをすれば、私が消えてしまいます。第一、一度決定した過去を変えることはルールに反します」

 時間管理局がどんなルールに則っているのか、そんなことはどうでもいい。敏文は、なんとかしてチャーリーの世界を取り戻したかった。昨日、睡魔に勝てなかったばっかりに消えてしまったチャーリーをそのままにしておくのは、どうしても、寝覚めが悪かった。

「おれはチャーリーを取り戻すぞ」

 クロカワは電話の向こうで、少し呆れているようだった。

「どうやって、取り戻すんですか? あなたは過去に干渉できないんですよ?」

「どうにかして、やってやる!」

 敏文にも、その方法は分からなかったが、怒鳴るだけ怒鳴り、電話を切った。

 大きな深呼吸を一つして、それから、スマートフォンをいたずらにプッシュしてみた。

 でたらめにかければ、もしかしたら、過去につながるかもしれないかと思ったが、当然のことながら、電話にそんな機能はなかった。

 クロカワの言うとおり、敏文は過去に干渉できない。あのとき、睡魔に負けたバカな自分に忠告することができれば、未来を変えることができるというのに……。

 ん? 待てよ。

 敏文の頭の中で、なにかがひらめいた。

 そう、確かに過去へ干渉することはできない。

 だが、未来への干渉はどうだ?

 

     *

 

「もしもし、クロカワです。早速ですが、息を20秒止めてください」

 敏文は、すーはーすーはー深呼吸をした。

 クロカワのいる32世紀は採用されなかった。

「もしもし、私、ウェイいいます。あなたにお願いあります。瞬きを3回してください」

 敏文は、瞬きを10回以上した。

 ウェイのいる32世紀は採用されなかった。

「もしもし、ハンスです。三遍回って、ワンといってください」

 逆立ちして、ガオーと吼えた。

「もしもし、ウェリントンといいま――」

 敏文は、ことごとく32世紀からの注文を無視した。

 なんども、なんども……。

 

     *

 

「もしもし、チャーリーです」

 聞き覚えのある声だった。

 敏文は、なんども未来を変えることで、とうとうチャーリーのいる世界を引き当てた。

 無数にあるパラレルワールドの中から、チャーリーのいる未来に変えるまで、思ったほど時間はかからなかった。

 チャーリーは、いつもどおりお願いをしてきた。

「右の耳をつまんでください」

「やあ、チャーリー」

 敏文は楽しそうに、呼びかけた。

「クロカワと代わってくれないか?」

 その言葉にチャーリーは躊躇した。

「クロカワ? 誰のことですか?」

 敏文は、左の耳をつまんだ。

 チャーリーの32世紀は採用されなかった。

 

     *

 

「おかげで32世紀は、メチャクチャですよ、敏文!」

 チャーリーが抗議の電話をかけてきた。

「やあ、チャーリー久しぶり」

 敏文は懐かしそうにいった。今回の世界を引き当てるには、少々時間がかかっていた。

「そのようすだと、クロカワもずいぶん怒ってるだろうな」

「当然です! 未来をなんだと思ってるんですか!」

 後ろのほうで、これまた聞きなれたクロカワの声が敏文を非難していた。

 ウェイも、ハンスも、ワーワー言っている。

「しかたないだろ、お前らが全員いる世界ってのは、確率的にずいぶん低いみたいなんだから」

「あなたがあまりに未来をかき回すので、パラレルワールドの一部が崩壊してしまったんですよ。いったい、どうしてくれるんですか!」

「32世紀はそうなる運命だったんだよ」

 敏文は平然と言ってのけた。チャーリーはため息をひとつした。

「おかげで海釣りには行けそうにありません。この世界を安定させるには、かなりの修正が必要になるでしょうから……休日出勤は確定です」

「また、変えてやろうか?」

 敏文が言うと、32世紀から非難の塊が1ダース飛んできた。

「冗談だよ、冗談」

「あなたなら、本当にやりかねない」

「なあ、チャーリー」

「……なんですか?」

 敏文の口調が改まったので、チャーリーは怪訝そうに訊ねた。

「その世界がダメなときは言ってくれ、いくらでも未来は変えられるから」

「ありがとう、でも、私たちは、あなたの選んでくれた未来に満足しています。だから、そんな心配は必要ありません……むしろ、確定し続けてもらえるかどうかのほうが、心配です。ああ、そうだ、今この未来を確定するために、すいませんが、うれしそうに笑ってくださいますか?」

 聞きなれたチャーリーの注文に、敏文は答えた。

「ああ、大丈夫。それならさっきから、ずっとやってる」

<了>


奥付



チャーリーからの電話


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著者 : 八海宵一
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/yaumiyoiti/profile


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