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5月8日のおはなし「ぼくが今ここにいる意味」

 晴れた日は明るくなる頃に目を覚ます。明るくなるから目を覚ますのか、小鳥たちが活動を開始する気配に目を覚ますのか。とにかくそろそろ太陽が顔を出す直前に目を覚ます。洗面器に少し水を張り顔を洗った水で口をすすいでうがいもする。その水は表の菜園にまく。どんなに僅かな水も貴重だ。赤い首を覗かせ始めたラディッシュを掘り出し、丁寧に布で拭って塩をふってかじる。

 簡単な朝食を終えると家族に声をかけて表に出る。行ってらっしゃいとかすかに聞こえた気がする。歩いて行くと何人かの顔見知りに会い、おはようございますと挨拶をする。みんな日に焼けて、口を開けると歯が白く、総じてまぶしそうな顔つきをしている。今日はCの11を探そう。Cの11というのはぼくが勝手につけた区画番号で他の人には通用しない。たまに手伝いにきてくれる学生たちは理解してくれる。

 Cの11はかつて商店街だった一角だ。明らかに元々この場所にあったとおぼしきものもたくさん見つかるが、もちろんそれだけではない。あの日、この場所は、何度も潮に洗われ、山の麓に建ち並ぶ住宅地にあったものも、海岸だった場所にあったものも、遥か沖合にあったものも、それどころか、どこか他の村や町にあったものも、何もかもが呑み込まれ混ぜ合わされそして出鱈目にぶちまけられたのだ。

 一つの区画は10メートル四方に決めている。理由はそんなにない。何も見逃さないように丹念に見て回るとそれで一日が終わってしまう、そのくらいのサイズだ。始めの頃は当てもなく探しまわるしかなかった。家を中心に浜辺と高台の麓を何度も往復しながら、目につくものを動かし、物陰を覗き込み、覆いかぶさったものをとりのけた。

 家から1キロ近く離れたところで時計を見つけた時には息が止まるかと思った。それは娘がまだ幼稚園に通っていた頃、娘からという名目で誕生日に家人からプレゼントされたものだった。けれどもそのようなやり方ではどうしても見落としが出て来ることにも気づかされた。時計にしたってたまたま転んだ指先に、泥の中の固いものが当たったから見つけたのだ。転ばなかったら見つけられなかった。

 そう気づいて、その日からやり方を変えることにした。区画を決めて順番に虱潰しに探す。1メートル角の木枠をこしらえ、それを運び、その日探すエリアに持ち込む。平らな場所には木枠を置き、木枠の中を納得行くまで探す。建物やその残骸が形をとどめているところもできるだけ枠単位で納得行くまで探す。

 これを100回繰り返すと1日が終わる。肉体的にもハードだが精神的にもかなりこたえる。たくさんの人のたくさんの思い出に否応なく触れることになるからだ。食器類にはなぜかはっとさせられる。箸置きを見るとつらくなるのは妻が箸置きを集めていたことを知っているからだろう。ランドセルや教科書のたぐいも胸がつぶれそうになるが、実際には子どもたちはもうとっくに小学校を卒業している。下の息子だってこの春高校に入るはずだった。

 そういったものを見つけても何もできない。できるのは、持ち主が無事でありますようにと祈ることだけだ。たまたまこれがここにあることを知らないから、知っていても持って行けなかったから、ここに放置されているのだろうと。そして、もし不幸にも命を落としているのなら、どうか安らかに眠りますように。君のランドセルはおじさんが泥を拭っておいたからね。

 家族の元を離れて何年にもなる。正直な話、あの日まで戻るつもりもなかった。けれどもニュースで故郷が失われて行く映像を見て、たまらなくなって戻ってきた。避難所を回り、おびただしい数の遺体を確認し、家族がどこにもいないことを知って町に戻った。自分の家の在り処を探すことさえままならなかった。道も、郵便局も、角の果物屋も、何の手がかりもないのだ。そこが自分の町なのかどうかすら確信を持てなかった。ようやく自分の家の場所を探し当てた時には大声を上げて泣いた。あたりのものを動かし、泥を掘り、その場所には家族がいないことを確認するのに1週間かかった。

 残骸を利用して小屋をつくりその場に住み着くことにした。そうして遅ればせながら捜索を始めた。こんな生活をいつまでも続けられないことはわかっている。けれどいまぼくにはこうすることしかできない。今日、それを確信した。 

 Cの11を終えようとした時、一冊のよれよれの冊子が目に入った。手に取ると、それはぼくが卒業した年の高校の生徒会誌だった。これがぼくのものか同級生のものかは分からない。水にぬれ、ごわごわになったページをめくり、目次に自分の名前を見つけて思い出した。すっかり忘れていたが、当時のぼくは、ふざけたエッセイとも小説ともつかぬものを投稿していたのだ。

 読むに耐えない文章のおしまいの一節にこうあった。「おれはどうもスポーツでも音楽でもたいしたプレイヤーにはなれそうもない。でもおれはめざす! ベストプレイヤーをめざす! 一文字変えて“祈る人”のプレイヤーだっ!」

 なんとも冴えないダジャレだ。でもそこには、いまのぼくにできることが書かれていた。ぼくは恐ろしく無力だけど、毎日ひと区画をあらためて回り、そこで見つかったもの一つ一つに祈りを捧げることはできる。無事を祈り、平安を祈り、ものごとが少しでもよくなるようにと祈ることができる。どのような形であれ家族と再会するまで、それがぼくが今ここにいる意味だ。 

(「生徒会誌」ordered by こあ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



ぼくが今ここにいる意味


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著者 : hirotakashina
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