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第二幕

 昆虫たちはバラの花の匂いが立ちこめる広場まで辿り着くと、一列に並び始めました。

「やっぱり日出ずる国はどことなく雰囲気が違いますな!あなたはどこからいらっしゃったんですか?」

アゲハ蝶が自慢の口をスルスルと伸ばしてそう尋ねました。

「私はインドからやってきました。ここは私の国とは全然雰囲気が違いますよ。あなたはどこから?」

蛾が豪華な羽を震わしながら後ろに並ぶトンボに尋ねました。

「私はアメリカのシアトルからです」

トンボは前足で眼鏡を掛け直しながらそう言いました。

この公園に集まった虫は蝶や蛾、トンボだけではありません。クモもいればコオロギやスズムシといったバッタ、ハチにアリ、カブトムシ…カメムシ……ありとあらゆる種類の昆虫たちがいました。

「それにしても、生きている間にこのような集会に参加できるとは!」

セミがそうつぶやくと、潮っ気の強い風が彼らの羽を湿らせました。

 


第三幕

 この集会は数ヶ月も前に「風の便り」によって、世界中の昆虫たちに知らされました。真南から吹く風は温かい空気とともにそういった「虫の音」も乗せているものです。だとしても、世界中から虫が集まってくる集会は滅多にありません。ですから、先ほど談笑していた蝶などは蝶ネクタイを締め、自慢の楽器を抱えるコオロギは黒いタキシードをまとい、クモは自ら出した糸で編んだフカフカの帽子をかぶって、ミツバチの女王様にいたってはハチミツの香りがする香水を全身にふりまいて列に並んでいました。今日はそれくらい“特別な集まり”なのです。なぜなら、ある昆虫が先日“絶滅”してしまったからです。今日はその虫のお別れ会なのです。

 

 


第四幕

 その虫は昆虫の世界で大変嫌われていました。その虫は他の虫と同様に昼夜飛び回り、花の蜜を吸い、恋しくなると鳴きました。でもその虫の鳴き声はとても大きく、他の虫の声をかき消してしまう程でした。また、その姿は他の虫とは違い、足が十三本もありました。だから六本足の昆虫や八本足のクモからは大変気味悪がられました。でも、それだけならまだ他の虫たちも目をつぶったことでしょう。でも、もう一つその虫がうとまれる大きな理由がありました。そして、それがこの虫が嫌われる一番大きな理由だったのです。それは、「いまだかつて人間に発見されていない」ということでした。人間に見つかって以来、しいたげられ続けてきた昆虫たちは、最初はこぞってその虫のことを羨みましたが、次第にその存在を妬むようになりました。

 


第五幕

 昆虫たちは枯れ葉をちぎって作られたチケットを働きバチに渡すと続々とマロニエの木の根元へ向かいました。そこにはアリたちが三日三晩かけてこしらえた舞台がありました。

「さすが、特別な会だけありますな!ごちそうの匂いも何とかぐわしいこと!」

カブトムシがそう言うと、黄色い椅子に腰掛けました。こうやって次々に昆虫たちはとうもとこしをクッションにした椅子に座りました。

「皆さん、おそろいでしょうか?」

舞台に一つ星から七つ星のてんとう虫が登場しました。七匹は六本の手足にかいた汗が気になるのか、松やにが塗られたツルツルの舞台の上をすべらないよう慎重に歩くと、触覚をピンと伸ばし中央で立ち止まりました。

「レディース・アンド・ジェントルメン」

一番利口な七つ星のてんとう虫が一歩前に出て話し出しました。

「今日は、遠路はるばるお集まりいただきありがとうございます!」

その良く通る声を聞いて、めいめいにおしゃべりをしていた虫たちが一瞬で静かになりました。

「みなさまのご協力のおかげで、予定していた開始時間通りに今日の催しものを始めることができそうです。ありがとうございます」

あたり一面に荘厳な空気が流れます。

「さて、今日お集まりいただいたのは、先日みなさまにお送りした“風の便り”にあった通り、「虫法、第一項、第三条」に従って、絶滅してしまった『 』の冥福を祈るためであります。今宵の会は「虫法、第十二項、第四条」に従って、種の壁や弱肉強食の関係を問わずみんなで『 』を見送ることになりました」

その挨拶を聞いたクマバチが、ついクセで出していたお尻の針をクイッと引っ込めました。

「今宵、百五十年ぶりに催されるこの会、絶滅という悲しいニュースがきっかけではございますが、下を向かずにみんなで盛大に送り出してあげましょう!」

七つ星のてんとうむしがお辞儀をすると、そよ風が吹いてきました。そのせいで、新緑の葉たちがパサパサとこすれ合いました。まるでそれが拍手の音のようにあたり一帯に響き渡ると、とうもろこしのクッションを三つも使っていたゲジゲジが急に立ち上り、力強く全ての手を叩き始めました。その音の波は港町らしくあっという間に大きくなり、昆虫たち全員が立ち上がり拍手を送りました。

 

 


第六幕

 飲み物と料理が運ばれた頃、このお別れ会に参加した昆虫たちがそれぞれに『 』の話をしようとしました。しかし、どうしたことでしょう。どの席でも『 』の話題はあがりません。

「いざ、彼のことを送るとなっても…僕は彼のことを何も知らないんだよな」

コオロギがそう言うと、

「これでは、彼の話題で盛り上がることできませんな。主役なのに」

蛾が飲んでいた樹液のカクテルから口を離し、そう応えました。

「確かに我々は彼のことを嫌っていたが、良く考えてみれば彼のことを何も知らない」

コオロギがナイフとフォークを置くとうつむきました。

「なのに、嫌っていたのか」

蛾はそう言うと、ばつが悪くなったのか口をクルクルと丸めました。そうこうしているうちに、せっかくアリたちが作ったトチの実のハンバーグが冷めてきました。すると、無口で有名なシャクトリ虫婦人が突然口を開きました。

「わたくしは…」

その声に反応したコオロギと蛾がシャクトリ虫の方を向きます。

「わたくしは、彼のエピソードを知っておりますわ。わたくしは生前のあの方とほんの数回だけおしゃべりをしたんです。彼はすごく賢くて、とってもお話がお上手でね。鳴き声が大きいわりに、話す声はとても穏やかでした」

シャクトリ虫婦人は頭に付けたドライフラワーの飾りを揺らしながら一つ咳払いをしました。静かになっていた会場にその音が響くと、滅多に聞けないシャクトリ虫婦人の声と主役のエピソードを聞くために会場の誰もが耳を傾けました。

「彼は会うたびに十三ものお話を用意してくれました」

婦人はそう言うと、伸ばしかけた体を曲げ、少しうなだれました。

「わたくしは…どんなに一生懸命にキレイになろうとしても木の枝みたいにしかなれませんの。でも、そんなわたくしに彼はいつも十三本の違う種類の花を用意してくださったのよ。そして、こうおっしゃってくれました。『花に花をあげてもケンカするだけ。君が持つとどちらも引き立つ』と」

いつしか、せわしなく動いていたはずのアリたちも足を止めていました。会場にいる誰もが婦人の話に聞き入っていました。

「それからこうも言ってました。『人間の世界では十三という数字は不吉な数字らしい。でも私からしてみたら幸運の数字だ。なぜなら…』」

そう言うと、婦人は喉を詰まらせました。

「『…なぜなら君と十三回話すきっかけをくれる』と。そう、彼は花を一輪ずつわたくしに渡すたびに面白いお話をしてくださいました。きっと…寂しかったからわたくしのような虫の相手をしてくださったんでしょうけれど、それでもとてもとても嬉しかったわ」

婦人はそう言うと、再び体を真っすぐに伸ばしました。

「皆さんはわたくしが無口だとお思いでしょうが、本当はわたくし、おしゃべりが大好きですのよ。ですから、彼と会うたびに十三回も話すことができたので十三はわたくしにとっても幸運の数字なんですの」

そう話終えた婦人の頭からポタンと飾りが落ちました。するとナナフシが歩いてきて、落ちた飾りを拾い頭に付け直してくれました。

「この花は彼がくれた花ですか?」

ナナフシがそう尋ねると、婦人はうなずきました。

「ドライフラワーなのに色がとても鮮やかだ。お美しい」

「そうでしょ」

シャクトリ虫はそうとても満足そうに応えると、

「そして…彼はこの木の実が大好きでした」

冷めた木の実のハンバーグを食べ始めました。

 

ほんのわずかな間が空き、セミが樹液のカクテルを飲み干しました。やがてさっきまでの賑やかさが戻ってきました。しかし、それはさっきまでとは違う賑やかさでした。それは、そこにいるみんなが『 』のことを考えているからでした。

 



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