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第五幕

 昆虫たちは枯れ葉をちぎって作られたチケットを働きバチに渡すと続々とマロニエの木の根元へ向かいました。そこにはアリたちが三日三晩かけてこしらえた舞台がありました。

「さすが、特別な会だけありますな!ごちそうの匂いも何とかぐわしいこと!」

カブトムシがそう言うと、黄色い椅子に腰掛けました。こうやって次々に昆虫たちはとうもとこしをクッションにした椅子に座りました。

「皆さん、おそろいでしょうか?」

舞台に一つ星から七つ星のてんとう虫が登場しました。七匹は六本の手足にかいた汗が気になるのか、松やにが塗られたツルツルの舞台の上をすべらないよう慎重に歩くと、触覚をピンと伸ばし中央で立ち止まりました。

「レディース・アンド・ジェントルメン」

一番利口な七つ星のてんとう虫が一歩前に出て話し出しました。

「今日は、遠路はるばるお集まりいただきありがとうございます!」

その良く通る声を聞いて、めいめいにおしゃべりをしていた虫たちが一瞬で静かになりました。

「みなさまのご協力のおかげで、予定していた開始時間通りに今日の催しものを始めることができそうです。ありがとうございます」

あたり一面に荘厳な空気が流れます。

「さて、今日お集まりいただいたのは、先日みなさまにお送りした“風の便り”にあった通り、「虫法、第一項、第三条」に従って、絶滅してしまった『 』の冥福を祈るためであります。今宵の会は「虫法、第十二項、第四条」に従って、種の壁や弱肉強食の関係を問わずみんなで『 』を見送ることになりました」

その挨拶を聞いたクマバチが、ついクセで出していたお尻の針をクイッと引っ込めました。

「今宵、百五十年ぶりに催されるこの会、絶滅という悲しいニュースがきっかけではございますが、下を向かずにみんなで盛大に送り出してあげましょう!」

七つ星のてんとうむしがお辞儀をすると、そよ風が吹いてきました。そのせいで、新緑の葉たちがパサパサとこすれ合いました。まるでそれが拍手の音のようにあたり一帯に響き渡ると、とうもろこしのクッションを三つも使っていたゲジゲジが急に立ち上り、力強く全ての手を叩き始めました。その音の波は港町らしくあっという間に大きくなり、昆虫たち全員が立ち上がり拍手を送りました。

 

 


第六幕

 飲み物と料理が運ばれた頃、このお別れ会に参加した昆虫たちがそれぞれに『 』の話をしようとしました。しかし、どうしたことでしょう。どの席でも『 』の話題はあがりません。

「いざ、彼のことを送るとなっても…僕は彼のことを何も知らないんだよな」

コオロギがそう言うと、

「これでは、彼の話題で盛り上がることできませんな。主役なのに」

蛾が飲んでいた樹液のカクテルから口を離し、そう応えました。

「確かに我々は彼のことを嫌っていたが、良く考えてみれば彼のことを何も知らない」

コオロギがナイフとフォークを置くとうつむきました。

「なのに、嫌っていたのか」

蛾はそう言うと、ばつが悪くなったのか口をクルクルと丸めました。そうこうしているうちに、せっかくアリたちが作ったトチの実のハンバーグが冷めてきました。すると、無口で有名なシャクトリ虫婦人が突然口を開きました。

「わたくしは…」

その声に反応したコオロギと蛾がシャクトリ虫の方を向きます。

「わたくしは、彼のエピソードを知っておりますわ。わたくしは生前のあの方とほんの数回だけおしゃべりをしたんです。彼はすごく賢くて、とってもお話がお上手でね。鳴き声が大きいわりに、話す声はとても穏やかでした」

シャクトリ虫婦人は頭に付けたドライフラワーの飾りを揺らしながら一つ咳払いをしました。静かになっていた会場にその音が響くと、滅多に聞けないシャクトリ虫婦人の声と主役のエピソードを聞くために会場の誰もが耳を傾けました。

「彼は会うたびに十三ものお話を用意してくれました」

婦人はそう言うと、伸ばしかけた体を曲げ、少しうなだれました。

「わたくしは…どんなに一生懸命にキレイになろうとしても木の枝みたいにしかなれませんの。でも、そんなわたくしに彼はいつも十三本の違う種類の花を用意してくださったのよ。そして、こうおっしゃってくれました。『花に花をあげてもケンカするだけ。君が持つとどちらも引き立つ』と」

いつしか、せわしなく動いていたはずのアリたちも足を止めていました。会場にいる誰もが婦人の話に聞き入っていました。

「それからこうも言ってました。『人間の世界では十三という数字は不吉な数字らしい。でも私からしてみたら幸運の数字だ。なぜなら…』」

そう言うと、婦人は喉を詰まらせました。

「『…なぜなら君と十三回話すきっかけをくれる』と。そう、彼は花を一輪ずつわたくしに渡すたびに面白いお話をしてくださいました。きっと…寂しかったからわたくしのような虫の相手をしてくださったんでしょうけれど、それでもとてもとても嬉しかったわ」

婦人はそう言うと、再び体を真っすぐに伸ばしました。

「皆さんはわたくしが無口だとお思いでしょうが、本当はわたくし、おしゃべりが大好きですのよ。ですから、彼と会うたびに十三回も話すことができたので十三はわたくしにとっても幸運の数字なんですの」

そう話終えた婦人の頭からポタンと飾りが落ちました。するとナナフシが歩いてきて、落ちた飾りを拾い頭に付け直してくれました。

「この花は彼がくれた花ですか?」

ナナフシがそう尋ねると、婦人はうなずきました。

「ドライフラワーなのに色がとても鮮やかだ。お美しい」

「そうでしょ」

シャクトリ虫はそうとても満足そうに応えると、

「そして…彼はこの木の実が大好きでした」

冷めた木の実のハンバーグを食べ始めました。

 

ほんのわずかな間が空き、セミが樹液のカクテルを飲み干しました。やがてさっきまでの賑やかさが戻ってきました。しかし、それはさっきまでとは違う賑やかさでした。それは、そこにいるみんなが『 』のことを考えているからでした。

 


第七幕

 夜中の零時から始まった会は三時を過ぎても熱が冷めることはありませんでした。いつもは仲の悪いもの同士も今日ばかりは虫の法律にのっとり、みなが仲良くおしゃべりをしました。ハエなんて本来なら天敵であるクモの手足を器用に握り一緒にダンスを踊るくらいです。今回の会の資金を調達したカナブンはたくさんの虫に囲まれ、商売の秘訣を語っていました。アリはというと、ハチに助けてもらい参加している全員に夜露のシャンペンを振る舞っていました。

 

 そんな中、再びてんとう虫が舞台の上に立ちました。今度は弟分の二つ星てんとうむしが話し出します。

「みなさま、盛り上がっているところ恐縮でございますが、間もなく夜明けを迎えます。規則に従いまして、人間たちが起きてくる前に『 』の思い出を振り返りながら、みんなで『 』の冥福を祈りましょう」

そう言うと、コオロギやスズムシ、キリギリスたちが立ち上がりホタルが待ち構える舞台へ向かいました。それを見たタマムシやカナブンが空を飛び、羽を月光に照らし、よりいっそう美しい照明を作り出しました。

「そう言えば、去年のこの時期『 』はまだ元気な声で鳴いていましたね」

ロンドンに住むカゲロウがそう呟きました。

「ああ。ずっと鳴いていた」

三角の顔のカマキリが大きな目に涙を浮かべながらそう応えました。

「もっと早く『 』の気持ちに気付いてあげられたなら、もう少し優しくしてあげられたのにな」

クモがそう言いました。

「確かに。人間に見つかっていないがために名前すら与えられなかった彼の気持ちに…もっと早く気付いてあげられたならな」

参加している全員が口惜しそうに頭を下げます。しかし、シャクトリ虫婦人が背筋を伸ばし口を開きました。

「いえ、きっと満足してらっしゃいますよ。彼が生前、おしゃってました。『“思い通りに行った”と、“上手く行った”とは全く別の意味だ』とね」

「それは、どういうことだい?」

トンボが眼鏡を掛け直して婦人に尋ねました。

「はい。彼の亡くなり方は孤独に…寂しく…それは決して彼の思い描いた理想通りの亡くなり方ではなかったでしょう。けど、さきほどの彼のエピソードでみんな優しい気持ちになれたはずです。これで彼はみんなの記憶に優しく残ります。こうして種を超えてたくさんの方に送られて、彼の最期は上手く行ったに違いありません」

 

 土の中に住むケラが低い声でリズムを刻みます。コオロギがそのリズムに合わせて先陣を切ります。高い音が港町の公園に響き渡り、マツムシの鳴き声がその音に華を添えます。三重奏からキリギリスも加わり四重奏になり、鳴けない虫たちは羽音や足踏みして“とむらい”の「合奏」に参加しました。

 

次第に足踏みをしていた昆虫たちも鳴いていた昆虫もみんなで一斉に泣き出しました。そのみんなの優しい涙が地面にたくさん落ちたとき、名前のない昆虫が人知れず天に召されました。

 


第八幕

 

 やっぱり、良く働くアリがせわしなく後片付けをしています。『 』を送る会はとどこおりなく無事に終了しました。

蝶ネクタイを外したアゲハ蝶が昇り出す太陽を眺めながらこう呟きました。

「ところで、何で『 』は人間に見つからなかったんだろう?大声で鳴く上に、見た目にも珍しい生き物だったのに!?」

「確かに昆虫七不思議の一つだね」

そうナナフシが応えます。

「きっと鳴き声とかは周波数の問題で、見た目はカモフラージュかなんかで

利口な七つ星てんとう虫も会話に参加してきました。それにトンボが続きます。

「でもさ、人間って、見えないものや聞こえないものにこそ、心をかき立てられる生き物のはずだよね?」

「確かに、夢とか理想とか、愛情とか」

だからこそ気付いてあげられなかったのかな?」

 

 夜中の虫たちの大合唱はバラの甘い匂いを乗せて天まで届きました。それに機嫌を良くした太陽が、港町の宙にきれいな空色を塗ります。

また今日も朝を迎えた人間たちが我が物顔で忙しく駆け回ります。

実は知らない世界の方が多いということに気付かないまま。

 

 

 

 

 

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『 』

 

 

 

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