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 ミキちゃんは小学3年生だ。

 ミキちゃんがさとこちゃんとなかよくなったのは、ミキちゃんがさとこちゃんに声をかけたのがきっかけだった。

 ある日、授業が終わって、ミキちゃんが帰ろうとしていたとき、さとこちゃんが一人、ポツンといるのに気づいて、「一緒に帰ろうか」って言った。

 それからは、毎日一緒に帰ったり、休み時間にはトイレに一緒に行ったり。

 どちらかと言うと、さとこちゃんがミキちゃんにべったりくっついてるって感じだった。

 こんなことがあった。

 いつもみたいに、休み時間に二人でトイレに行った。

 トイレには「個室」が4つ並んでいて、さとこちゃんが先に、一番端に入った。

 そのすぐ後に、その隣が空いたので、ミキちゃんはそこに入った。

 ミキちゃんがトイレをすませて個室を出てみると、さとこちゃんはまだ出てきていなかった。

 何人も入れ替わりトイレに入ったが、さとこちゃんが入った個室だけは、閉まったままだった。

 もう休み時間が終わってしまう。

 さすがに気になって、ミキちゃんは個室のドアをノックし、さとこちゃんに声をかけた。

 

「さとこちゃーん。休み時間終わっちゃうよー。どうしたの?」

 

 返事はない。

 もしかして具合が悪くなってるのかもと思い、ミキちゃんはドアの下の隙間からのぞいてみることにした。

 個室の奥に何か見えないかと……

 ドアの下の隙間から、さとこちゃんがこちらを見ていた。

 のぞいたのがミキちゃんだとわかると、にっ、と笑った。

 ミキちゃんは、さとこちゃんと目があった瞬間に、固まってしまった。

 あとでさとこちゃんに訊いたところ、クラスで初めて友達ができたので、その子が自分を捜している姿を見たかったということだった。


 こんなことがあった。

 ある夜、さとこちゃんから電話がかかってきた。

 ミキちゃんは自分の部屋にある親子電話の子機を取り、さとこちゃんと話し始めた。

 二人はとりとめのないことを話していたが、ふと、さとこちゃんが言った。

 

「今、何してたのー?」

 

「なにもー。さっきご飯食べ終わって、ぼーっとしてた」

 

 ミキちゃんがそう言うと、

 

「うそだぁ」

 

 さとこちゃんはそう言った。

 

「マンガ読んでたじゃない」

 

 ミキちゃんはびっくりしてしまった。

 確かにミキちゃんはマンガを読んでいた。

 だが、どうしてさとこちゃんがそれを知っているのだろうか。

 

「なんでわかるのよー」

 

 ミキちゃんがそう訊くと、さとこちゃんはクスクス笑いながら、言った。

 

「……だって、今ミキちゃんのこと見てるんだもん。窓を見てみて?」

 

 だって、今は夜で、外は真っ暗だ。

 意味がわからず、ミキちゃんは窓に寄って、レースのカーテンを開いた。

 窓の外、ガラスに顔をくっつけるようにして、携帯を持ったさとこちゃんが立っていた。

 思わず、ミキちゃんは悲鳴を上げた。

 さとこちゃんは手を振って、「バイバイ」と言いながら、夜の闇の中に消えていった。

 あとでさとこちゃんに訊いたところ、クラスで初めて友達ができたので、その子が自分と電話している姿を見てみたかったということだった。


 こんなことがあった。

 ミキちゃんは、なんとなくさとこちゃんのことが気味悪くなってきていた。

 そんな折り、ミキちゃんは夢を見た。

 夢の中で、ミキちゃんは自分の部屋のベッドで寝ていた。

 寝てる夢なんて、変な夢。

 夢の中なのに、ミキちゃんはそんなことを思う。

 ふと、ミキちゃんは自分のそばに誰かがいるのに気づく。

 自分の顔のそばにしゃがんで、じっと自分を見ている。

 さとこちゃんだ。

 ミキちゃんは直感した。

 でも、これって夢だよね?

 本当にさとこちゃんがここにいるわけじゃないよね?

 確かめるのがなんだか怖くてミキちゃんは目を閉じていたが、そのままでいるのはもっと怖くて、とうとうミキちゃんは薄く目を開けた。

 顔の真横に、さとこちゃんがいた。

 さとこちゃんは、ミキちゃんが自分に気づいたのがわかると、にっ、と笑った。

 ミキちゃんは、家中に聞こえるような悲鳴を上げた。

 その声に驚いて、パパとママがあわてて飛んできたほどだ。

 もちろん、部屋の中にはミキちゃん以外誰もいず、ミキちゃんは「怖い夢を見たから」と言うしかなかった。

 次の日、さとこちゃんにその夢のことを言ったところ、クラスで初めて友達ができたので、その子が自分のことを夢に見ている姿を見てみたかったということだった。

 

うそお! そんなこと、できるわけないじゃない!

 

 ミキちゃんは、言いかけたが、言えなかった。

 怖かったからだ。


 そして、ある日……

 その日、ミキちゃんとさとこちゃんは、いつものように2人連れだって帰っていた。

 帰り道に一つ、わりと大きな道路がある。

 車の往来もかなり激しく、当然、信号もちゃんとあるのだが、待ち時間が長いのが欠点だ。

 道路が見えてきて、ふと見ると歩行者信号がまだ青だった。

 まだ間に合うかもと思って走りかけたところで点滅が始まり、タッチの差で赤になってしまった。

 

「ああんもう!」

 

 ミキちゃんが悔しがっていると、さとこちゃんが言った。

 

「……渡っちゃおうか」

 

 ミキちゃんはびっくりした。

 

「だってー……」

 

 言いながら、車道に目をやる。

 車がすごいスピードで、びゅんびゅん走っている。信号が青なんだから、当然だ。

 

「大丈夫よ。行っちゃお」

 

 さとこちゃんはすました顔でそう言うと、ミキちゃんの手を取り、スタスタスタッと歩き出した。

 ミキちゃんは引っ張られるような格好で、横断歩道に出て行った。

 あっという間もなく、ミキちゃんは数台の車に立て続けに跳ね飛ばされ、車道に叩きつけられた。

 信号待ちの歩行者群が、悲鳴を上げた。

 

「救急車救急車救急車救急車救急車救急車」

 

 主婦らしき女性が、狂ったように繰り返している。

 ミキちゃんは車道の真ん中に、仰向けになって転がっていた。

 背中がびしょびしょになっているのを感じる。

 雨なんか降ってなかったはずだけど……水たまりがあったのかなあ。

 ミキちゃんは、自分の背中を濡らしているのが、止めどなく流れ出す自分の血液だと気づいていなかった。

 

「止める間なんかなかったわよお! この子が一人で、フラフラと車道に飛び出してっ!」

 

 「救急車」を繰り返していた主婦とは別の女性が叫んでいた。

 変なことを言う人だなあ……

 ミキちゃんはぼんやりと思った。

 だってさとこちゃんもいたのに……

 いつの間にか、ミキちゃんのそばに、いつかの夢のようにさとこちゃんがしゃがんで、ミキちゃんの顔を見下ろしていた。

 

「失敗しちゃったねえー」

 

 そう言って、さとこちゃんは、にっ、と笑った。

 

「クラスで初めて友達ができたから、その友達が跳ねられるときって、どんなかなーと思って……」

 

 なんだかよくわからないまま、ミキちゃんはたった一人で、車道の真ん中で冷たくなっていった。


この本の内容は以上です。


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