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墓参り


墓参り

お墓参りを趣味としていた母は、亡くなった祖父や祖母のみならず、乳飲み子で亡くなった長女や次男を思い出しては墓参りに出かけていた。

先祖代々の墓は、太平洋の波しぶきが打ち寄せる砂浜を駆け上がり、松林に囲まれた共同墓地の一角にある。墓地の周辺には夜明けと共に花屋さんが開店する。こんな朝早くから花屋さんが開店するなんて墓参りの好きな町なのかも知れない。

母の墓参り好きは、今にはじまったわけでなく、私が中学に入ると、待ってました!と言わんばかりに母からひとつの約束をさせられた。それは、隣県であるが希望する高校があって、その高校に行きたいと小学6年のころから母に呟いていた。母は聞きながらある思いがあったのでしょう。

母は、希望する高校に合格できるように毎朝、仏壇にあげるお花の水を変えて欲しいと云い、約束できる?と、聞いてきた。
約束した私は、朝起きるとすぐに庭にでて花を摘み仏壇に花を供えた。花を供えることは、1日も欠かさず3年間続いた。サボることをしなかたのは先祖の霊と約束したことを破ると希望が叶えられないと云った母の言葉だった。

仏壇のお花を変えることで先祖の霊に接する機会が多くなり、母のお供で墓参りに行くのも苦ではなくなり、日曜日ともなると線香やロウソクを用意する私がいた。母との墓参りは、母とのコミュニケーションの場でもあり、多感な感情を持つ中学生として学校での日常が素直に話せて、母はウンウンと頷き聞いていた。
母は結婚する前は、小学校の先生をしていたので学校での生活を懐かしむ郷愁を味わっていたのではないかと思う。

隣県にある希望校に合格した私は深々と先祖の霊に礼を云い、母と一緒に墓参りをした。墓参りで母はお経をあげ、長々と手を合わせて涙ぐんでいた。願いが通じて合格した嬉しさと、15歳の小僧が友だちもいない知らない土地で、生活をし高校に行くことに不安を感じ、先祖の霊に助けてくれるようにお願いしていたのではないかと思うが、母の一言は思いもよらなかった「五郎・十郎の曽我兄弟より年上だから、それも良いでしょう」と云った。

遠く離れた母とはハガキを書くことで近況を知らせていた。学校の休みが連休になると、母から来るハガキには帰省を促すことが書かれ、できるだけ母の気持ちに沿うように帰省した。帰省すると母の得意料理が並べられ、嬉々として、一緒に墓参りすることを喜んだ。

高校を卒業すると、そのまま地元の大学に進学して母が希望した実家から通える大学に進学しなかったことで母をガッカリさせたが、夢に向かって進んでいることを喜んでくれた。
大学を卒業すると田舎に帰ることもなく東京に就職した。母との生活は離れるばかりで、実家で過ごした中学3年までが母と寝起きする思い出になった。

東京に就職すると、遊びが面白くなり帰省する回数も少なく、何年も帰省しなくなったが、手紙だけが習慣としてのこった。母からの手紙には近況が綴られ、「あなたの健康を祈ってきたよ」と、いつも墓参りしたことが書かれていて、たまには墓参りに帰って来なさい、とあった。

そんな母も92歳でこの世を去った。
実家を独りで守り、病気で長患いをすることもなく、足腰に不安があって外に出る回数が減ったことで元気が無くなっていったようです。その反面、母は亡くなる1年前から或ることが気になって、頻繁に電話をしてきた。

それは・・・。
「お墓や仏壇のことが気になり、お墓を守る人を考えているの」
「隣の町に住んでいる長男に実家を渡すのが筋だと思うけど、長男は墓を守ることがどんな大事なことか分かってくれないの」と云ってきた。
「あなたにお願いがあるんだけど、すぐでなくて良いから返事が欲しいの」
「仏壇を守る人を決めないままでは、私は安心して死ねないの」
「ねぇ、定年になったら田舎に戻って仏壇を守ってくれない?」

母の遺言となった。
母の葬儀のとき参列者に挨拶を行い、宣言した「墓守りとして戻ってきます」と。

まだ、定年まで2年を残しているので晴れて定年になったら家族で田舎に引越しをします。
終の棲家は母が愛した家。大好きな母の眠る墓にお参りすることを生きがいにしたいと思っています。
長い道のりではありましたが、母も喜んでくれることでしょう。







この本の内容は以上です。


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