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第4章

 

 …ぼくは、どこを、どう流れようとしているのだろう? それは、ぼくにも分からない。しかし、ゆっくりと空を、重なり合うように流れ行く雲―― そして、そよ風に揺れる緑鮮やかな木の葉―― それらを眺めているだけで、何か、ぼくの人生は、とてつもなく広く、つかみようのない、大きなもののように思えて来る。実際、短い一生のあいだに人間は、実に様々な経験をするものなのだ。しかし、人間の一生のあいだには、運、不運がつきまとう。一生涯、日陰の身で細々と生きなければならない人、世の檜舞台へ華々しく登場して行く人、戦乱の為に、二十才そこそこで命を失う人――人の運命って様々だが、そういう不幸の星の下で生きなければならなかった人のことを思うと、心が重くなる。いずれにせよ、人生は全うしなければならないのだ。途中で命を失うことは耐え難い。自殺にせよ、戦争によるにせよ、病死にせよ…

 ベッドから身を乗り出すようにして、窓から見える空をボンヤリと見つめているとき、急にドアがノックされて、セーラが入って来た。彼女は珍しく、朝の食事を運んで来てくれていた。この一週間、彼女が勤めているあいだは、絶えてなかったことだ。トーストにジュースにミルク。初めてこの家に泊まった日と、同じ内容だった。

 “もう起きているの?”と、セーラは、テーブルの上に置くと、無造作に置いてあった椅子の一つを手にとって自分の方に引き寄せるなり、ベッドにいるぼくの方に向いて、椅子に腰掛けた。

 今回は彼女は、ぼくに話してくれるつもりなのだ。

 “それで、気分の方はどう?”

 “まあまあさ”と、ぼくは答えた。

 “――それで、窓の方を向いて、何を考えていたの”とセーラは、気楽な気持ちで尋ねた。

 “いろんなことさ”と、ぼくは答えた、“いろんなこと… 結局、人間って、経験したことしか語れやしない。ぼくはもっと、様々な、激しい経験をしたいと思っていたのに、結局のところこんなところで、ひとりぽっちさ。そんなことを考えると、何か空虚なんだ…”

 “激しい経験って、例えばどんなことなの?”と、セーラは興味深げに尋ねた。

 “例えばお前がセルッカで、マロンたちと経験した、そのような経験さ”と、ぼくは冷静に答えた。

 “――でも兄さんって、わたしとマロンのことを、そんなに知っているの?”

 “だいたいのことは想像がつくんだ”と、ぼくは答えた、“――ともかくぼくは振り返ってみれば、そんないい思い出は何もない。特に燃えるということもなく、ただ淡々と人生を過ごして来たに過ぎないのさ。――でも今になって、それに対する反省が、ぼくの心を占めるようになって来ている。あのとき、ああすればよかったのじゃないだろうか、とか、なぜ思うようにしなかったのだろうかってね。


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でもすべて仕方のないことなんだ。ぼくは内気で、非行動的だったんだからね… しかし、そのおかげだかなんだか知らないけれど、映画や文学における経験だけは思い切り、した。それによって、激しく燃えるとはどういうことなのか、喜びや悲しみがなんなのか、についての知識を得た。もちろんそういう世界は、実際とは異なっているのだけれども… しかしぼくの人生に、潤いを与えてくれたことだけは確かなんだ…”

 “兄さんの好きな映画って、例えば何?”と、セーラは尋ねた。

 “たくさん見て来たけれど、好きな映画っていうものは少ない。ぼくが好きだと言えるものは、人が余り経験しない、ある種の状況なり、感情なりを訴えかけるような映画なのさ”と、ぼくは答えた、“例えば昔見た、「優しい女」という映画がある。それは、一応成功を見た質屋が、入質に来る貧しい娘に憐れみを覚えて、彼女のその境遇を救う為に結婚するが、二人はうまく行くことなく、結局彼女の自殺によって破局を迎える、というドストエフスキー原作に基づく映画だが、ぼくは、全体としてのその出来栄えにではなく、特にあるシーンに心が魅かれるのを感じた。それは、彼女が窒息するような生活の中で、だんだんと病気になって行くときに、薄明かりの射し込む部屋の中で、床に坐って、ひとり、むせぶように悲しいレコード音楽に、耳を傾けているところだった。あのシーンにだけは、ぼくは、息を飲むような彼女の絶望感を感じたものだった。いや、それを越えて、ひとつの美しさすら感じた。絶望や悲しみが、そんなにも美しいものだと教えてくれたのは、それが初めてだった。全くあの場面だけは、繰り返し見たいものさ…”

 “それにしても、暗そうな映画ねえ…”と、セーラは顔をしかめるように言った、“でも、映画だからいいわよ。若い娘が絶望しているシーンが美しいだなんて! もしそれが本物だったら、美しいなんて感心している場合じゃないでしょ”

 “そうだね”と言って、ぼくは初めてにっこりした。

 それから、ベッドからゆっくりと起き上がると、セーラが用意してくれた朝食をベッドに運んで、さっそく食べにかかった。

 “ねえ、お前はいつも忙しそうにしているけれど、いつか、お前と一緒に旅に行ってみたい”と、やがてぼくは、ポツリと言った、“そう言や、お前とは一度も、旅らしい旅に行ったことがないじゃないか…”

 “リサとはよく行ったの?”と、セーラは、それとなく尋ねた。

 “ああ、何度かね”と、ぼくは、彼女との旅をなつかしそうに振り返りながら言った。

 美しい自然高原をハイキングしたときのこと、のどかな牛や羊を見やりながら、高原に咲く花を観察したときのことや、静かなホテルのプールで泳いだときのことなどを、ぼくはなつかしく思い出した。リサと、そんな旅をしたときもあったのだ…

 “ねえ、「優しい女」に出て来る娘は不幸だけれど、娘がすべて、ああでなくちゃならない理由はないんだ。むしろ娘は、もっと幸せにならなくっちゃね。旅に行くのもいいし、友だちと陽気に語り合うのもいい。


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――でも、そういうこともなく、じっと家の中に閉じ込められて、陰気に過ごす結婚生活なんて、そんな結婚生活なんて、つまらなくて、悲し過ぎるよ”と、ぼくは言った、“そんな結婚なら、しない方がましさ…”

 “兄さんはまさか、女の人をそんな風に閉じ込めたりはしないでしょう”と、セーラは言った。

 “ぼくかい?”と、ぼくは聞き返した、“お前やリサがいい例じゃないか。ぼくはお前たちの自由を奪った覚えは一度もない…”

 “でも兄さん”と、セーラは言った、“さっき旅のことを言っていたけど、当分わたしは行けそうもないわ。御免なさいね”

 “いいや、かまわないさ”と、ぼくは答えた、“そのうちお前は結婚して、そういう機会は二度となくなるだろうけれどもね…”

 

 “…でも、こんな日には、どこか旅へ行きたいと思うのは自然なものさ”と、やがてぼくはポツリと言った、“ぼく自身、現在、旅の途中なんだからね”

 “兄さんはまた、どこか行くの?”と、セーラは、驚いたような顔をして言った。

 “そうだね、すぐにじゃないけど”と、ぼくは答えた、“いずれは、リサのいるメロランスに行ってみるつもりさ。リサに会うのも目的の一つだが、ママの行跡をたどる為にね”

 セーラは黙ったまま、聞いていた。

 “…でも、旅っていいものさ。ぼくなんか一年中でも旅をしていたい…”ぼくは、そんなセーラを伺うように言った。

 “そんな身分になれるって、いいわねえ”と、セーラは言った、“わたしなんか世のしがらみを身につけて、いろんなおつきあいでがんじがらめよ。きょうだってね、朝から約束があったんだけど、せっかくの休日だし、兄さんの為に、午後に延ばしてもらったの。だから、午前中だけ、兄さんと一緒にいられるわ”

 “午前中だけのお付き合いって、いうわけかい?”と、ぼくは少し皮肉を込めて言った。

 ――昔なら、セーラと一日でも一緒にいられたのに。それどころか、今は都会で忙しくしているリサとさえ… ぼくは少々投げやり気味に彼女に言った、“ぼくの為に、そんなに無理をしてくれなくてもかまわないんだよ”

 “そんな、無理をしているわけじゃないの”と、セーラはぼくの気を沈めるように言った、そしてすぐに話題を変えようとした、“旅行と言えば、兄さんに言ったでしょ、わたしの出会ったおじいさんがすごかった。世界各地を旅したのよ。もっとも、職業が船乗りで旅とは言えないかも知れないけれど… でも、インドやアジアやいろんな国の話しをわたしに聞かせてくれたわ”

 “確かにね、そんな旅もいいだろう”と、ぼくは言った、“でもぼくの言っているのはそんなに大きな旅じゃない。もっと小さな旅さ。そんなに遠くまで行かなくても、この近くでもいいのさ。知らない町や村に行って、そこに暮らしている人と出会う。そしてそれが、思い出の町や村なら、なおいいだろう… ぼくがしたいと願っているのはそんな旅さ。お前だって一つや二つぐらい、そんな旅の良さを知っているだろう?”


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 “わたし自身?”と、セーラは尋ねた、“わたし自身、あまり旅をしたことがないの。生活に追われていたものだから。でも、ラミーとちょっとした旅なら、行った覚えがあるわ。そんなものぐらいね…”

 “でも、そういう旅が、あとで振り返れば、印象に残るものさ”と、ぼくは言った、“いつか、機会があれば、そのラミーと行ったところやらに、ぼくを案内してくれないか…”

 “大したところじゃないの”と、セーラは答えた、“わたしたちがブラヨーラにいたとき、ほんの短いあいだだけど、ラミーとパイク夫人と、静かな保養地の宿へ泊まりに行ったことがあるわ。近くには牧場があって、宿のお庭に茂るリンゴの木がとてもすてきだったわ。確かに、今になって思い出せば、いい旅だったって思うわ。もう、ラミーもパイク夫人も、両方とも、この世にいないんですものね…”

 “だから、そういう旅こそが貴重だって、ぼくは言いたいのさ”と、ぼくは言った、“そこはなんという保養地なの?”

 “トアエリよ”と、セーラは答えた、“余り知られていないけど、とってもいいところよ。川が流れていて、そこでキャンプをすることもできるの。ごく普通の保養地と言えばそれまでだけど、空気は冷たくて、きれいし、すがすがしい気持になったのを覚えているわ。あの頃が本当に、みんな幸せだったのね…”

 “トアエリか。覚えておくよ”と、ぼくは言った、“いつか機会があれば、本当に行って見ようよ。ぼくは行きたい気がするな。だってそこは、お前の一部なんだもの。ぼくの知らなかったお前の姿の一部なんだからね。でも、無理にとは言わない。機会があれば、の話しさ。――でも、お前たちが、ブラヨーラで暮らしていたらしいことは、見当がついていたのさ。一口にブラヨーラと言っても大きいしね、どの辺に暮らしていたの。山手の方かい? それとも、平地の方? 駅の近くかい? 川の近くかい?”

 “兄さんは、わたしを捜す為に、ブラヨーラに寄ったって言っていたわね”と、セーラは答えた、“強いて言うなら、山のふもと近くの団地の一角よ。わたしたち、団地住まいをしていたの。家賃はそれほど高くはなかったわ”

 “ぼくは団地にも寄ってみた。でも分からなかった”と、ぼくは言った、“役所にも行ったけどダメだった。きっと違う団地に行ったんだろう。それに、既にお前たちがそこを引き上げた後の話しだったからね。でも、もう少しだったかも知れないな。かなりいいところまで来ていたんだ。そこでお前たちを知っている、という人たちに出会ったかも知れないのに。――いずれにせよ、あのときがなつかしい”と、ぼくは続けた、“あの街で出会った、子犬を連れた美しい少女のことを思い出すよ。もう二度と出会うこともなかったけど、あの街には、そんな少女も住んでいるのさ。ぼくが訪れたのは秋だった。あそこは団地とは違って、山の手の方の閑静な住宅街だったけど、降り積もる街路樹の落葉が美しかった。ぼくは、大きな、白い塀に囲まれた閑静な住宅街を歩きながら、こう思ったものさ。


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ちょうどその白い塀にね、つたの葉がからまっていて、それが秋の柔らかい日射しを浴びて、しかも、そよ風に震えているのさ。それを見て、きっとセーラもこの通りを歩いて、この光景を目にしたに違いない。セーラがこの街で見たものを、今ぼくが目にしているのだ、と。そのように、通りを歩くたびに、至るところで、お前の気配が感じられて、ぼくは嬉しかったのさ。実際は、お前がそのつたの葉を見たものかどうかは分からないけどね…”

 “兄さんって、わたしのことを、そんなにまで思ってくれていたの”と、セーラは、嬉しそうに言った、“まず、そんな兄さんを見直した、というわたしの気持ちを伝えておくわ。――でも、その閑静な住宅街って、どこでしょうね。わたしもブラヨーラにいた頃はそんな住宅街を歩いたことは何度かあったけれど…”

 “ともかく、ぼくが泊まったホテルのすぐ近くさ”と、ぼくは答えた、“いずれにせよまたあの街へ行く機会があれば、そこへお前を連れて行ってあげるよ。ぼくがどんなに必死になって、お前を捜していたか、そのことがよく分かるさ…”

 

 ぼくは食事を終え、最後のジュースを飲み干した。それから、カーテンがたぐし寄せられている明るい窓の外に目を向けた。

 “ここでのんびりとこうしていると”と、ぼくはポツリと言った、“ドシアンでひとり過ごしていたときのことが思い出されて来る。ぼくはそこでよく、窓の外の自然を見つめながら、バロック音楽などを聞いていたものさ。とりわけ好きだったのは、コレルリのバイオリンソナタホ短調のジーグ。あれを聞いているとね、目の前に突然、当時の宮殿や、自然や、貴婦人の姿などが目に浮かんで来てね、ぼくの心をうっとりさせたものさ。そこには、光と自然と宮殿や、人々の笑顔など、楽しい雰囲気以外には、何も感じられないのさ。ほんの短い演奏時間のあいだに、そんなことを感じさせる素晴らしい曲だった。ぼくはそんな音楽を聞きながら、ひとりぽっちで、いろいろと想像をたくましくしていたものさ。そして、17、8世紀の王侯貴族の生活って、どんなだろうと、考えたりもしたものさ。しかし、ジーグの美しい音楽から感じられる限りでは、戦乱も、当時の世ではつきものの、醜い策謀もなく、ただゆったりとした、その当時の人々――とりわけ若い娘の幸せと夢とが感じられるのみなのだ。辛いことがあったかも知れないけれど、今は幸せ――そんな風に、ぼくにはその音楽から感じられた…”

 “そんな、夢を誘うような音楽って、あるの?”と、セーラは尋ねた。

 “あるさ”と、ぼくは答えた、“いつか、ドシアンに来ることがあれば、そのレコードを聞かせてあげるよ。あれは、あそこで聞くしか、値打ちのない曲なんだからね。そしてぼくは例によって、その音楽に詩をつけた。大した詩じゃないけど、その当時いたかも知れない少女を想像して、詩を書いたのさ。今ではもう見ることのないその当時の若者の恋を想像することは楽しいものさ。恋の内容は現代とも変わらないかも知れない。しかし何か、時代が17、8世紀ともなれば、ロマンのようなものを感じてしまうんだ。今ではもう失われてしまったような、本当の恋というようなものが、その当時にはあったのかも知れない。



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