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ほくろ

  

 妻が亡くなって五日たつ。

 私は白い布に包まれた骨壷に手を合わせた。線香を立て、チーンと鐘を鳴らすと、骨壷から湯気のようなものが立ち昇り、妻の朧な姿が現れた。

 妻は咎めるような目で私を睨んだ。生前もきつい性格だったが、死後はさらにひどくなったようだ。毎晩現れては私を責める。

 「あなた、私を殺した犯人はまだ見つからないの!」

 「見つけたよ、やっと」

 私はおどおどと答えた。妻の尻の下で過ごした長い年月が、私をかなり卑屈にしていた。

 妻の顔がいっぺんに晴れやかになった。ジェットコースターのように感情の起伏の激しい女なのだ。

 「へ~、あなたみたいに無能な人がよくやれたわね」

 「なんとかね」

 生きているあいだ、何度無能と罵られたろう。死んでからまでバカにされたら堪ったものじゃない。さすがに頭にカチンときたが、じっと我慢した。

 「でも、警察なんかに突き出さないでね。必ず敵を討つのよ」

 「わかってるよ。でも、間違いだと困るからもう一度確認するよ。君は犯人の顔を直接見ていないんだね」

 「ええ、居間でテレビ見てたとき、いきなり後ろから首を絞められたんで見てないわ。でも、絞められる寸前に、窓のガラスに映る犯人の顔をチラッと見たのよ。死んでも忘れないわ」

 「頬に大きなほくろのある男だね」

 「ええ、まん丸い顔の左の頬にそれは大きなほくろ」

 「左で間違いないね」

 「窓ガラスが夜で鏡の状態だったから、逆さまに映ってたのよね。見たとき右にあったから左よ」

 「よし、間違いない、あの男だ」

 頬のほくろという特徴だけで、この広い大都会に見つけ出すのは至難の技だった。しかし、執念というのだろうか、昨日とうとう隣町のA銀行××支店のATMの前で見つけたのだ。

 私は勢い込んで立ち上がった。

 「行くの?だいじょうぶ?」

 「胸ポケットに、一日半かかって先を磨いたアイスピックがある。これで一気に心臓を突き刺してやるさ」

 「頼もしいわあ」

 妻はうっとりとした目で私を見た。生きている間は一度もしたことのない目だ。手遅れじゃなくて、こういうのを目遅れとでも言うのだろうか。

 機嫌よく消えていった妻を見送って、私は男の家に向かった。隣町の、古ぼけたアパートに住んでいることは、昨日そっと尾行したのでわかっていた。

 駅からアパートにいたる、人通りのほとんどない路地で男を待ち伏せた。両端が黒くなった蛍光灯の街灯が、頼りなくその足元を照らしている。

 男はほろ酔い気分でやってきた。男が街灯の下に来たとき、私は姿をあらわし、おいっと声をかけた。

 ぼんやりとこちらを見た目が、すぐに驚愕の目に転じた。その目で私は確信した。こいつだ!こいつに違いない。

 「あんたは……」

 と男が言い終わらぬうちに私はアイスピックを突き出した。

 思いのほか簡単にズボっと突き刺さった。

 地面に転がった男はニ三度痙攣した後、ピクリとも動かなくなった。

 私は男の顔を覗き込んだ。

 左ではなく、右の頬に大きなほくろがあった。

 妻が見たら、人違いよとヒステリックに叫ぶにちがいない。だが、私は満足の吐息を漏らした。

 背広のポケットから一枚の紙切れをとりだして破いた。この男が匿名で四日前書いてよこしたものだった。それにはこう書かれてあった。

 

  ーーお前がお前の女房を、後ろから首を絞めて殺すところを、俺は、窓の外から一部始終見ていた。五百万円をA銀行××支店の口座に振り込め。さもないと、このことを警察に告げるーー


奥付



男と女の迷い道


http://p.booklog.jp/book/70641


著者 : いちべえ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/ichibeekk/profile


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