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音楽準備室とセーラー服の少女

 ドビッシーの交響詩「海」は葛飾北斎の「神奈川沖波裏」から曲想を得たと言われている。

ある解説書の中に「初版楽譜は一九〇五年に出されているが、その表紙には北斎の版画『神奈川沖波裏』が使われていた。ドビッシーの海の記憶には北斎の画も重要な位置を占めていたようで、この作品には北斎からの霊感も働いていたと思われる」と。

 ドビッシーの「海」を聞きながら「波裏」の絵を見ていると、深いインスピレーションの世界が想像されるのだ。

 

 新潟県新潟市の北東約六十キロ離れた地に関川村はある。この関川村の中央を荒川が横断している。

 関川村に春が訪れると、荒川は雪解け水で強く冷たい流れに表情が変わる。盆地の中に点在する農家では、田植えの準備を開始する。村人たちの心は、容赦のない冬から解放されていく喜びに満ちた。

 昭和四十四年のそんな春の季節のある朝、一人の中学生が、学生カバンを自転車の荷台にくくりつけ、荒川に掛かる小見橋を渡り、村の中心地の高台にある関谷中学校に向かっていた。

 その中学生は、四月から三年生になったばかりで、誕生日も過ぎたから十五歳である。大きく開かれた眼差しは、やさしく澄んでいる。鼻はけっして高くもなければ低くもない。口元は顔全体の優しいイメージとは対照的に、彼の内面の頑固さを表していた。身長は彼の年齢からすればやや小さいが、家業である農業の手伝いで鍛えたせいか、がっしりとした体つきをしている。

 自転車のペダルを踏む運動と、直射日光を最大限に吸収する黒い学生服のおかげで、全身がじわじわ汗ばんで来ていた。

 彼は県道から村の中心地の商店街通りに入るため、左に曲がった。道の両側に聳え立つ樹齢数百年の杉の木の下を走り、江戸時代からの名残をとどめる町並みを軽快に通り過ぎる。高台の中学の校舎に近付くにつれ、カバンを提げた徒歩通学の生徒たちの歩いている姿がちらほら見える。

 商店街通りのメインストリートに入ると、道幅が広がり、しばらくスポーツ用具店や豆腐屋、お菓子屋などが点在している風景が続く。やがて派手な黄色の外壁の役場が右に見え、左には重要文化財の渡辺邸が重厚な存在感を、辺りに醸し出していた。

 ここまで来ると、徒歩通学の生徒は小さな村とはいえあちこちに見られた。朝のすがすがしい空気が漂う道路は、挨拶の声やお喋りで騒がしかった。

 一人の女子中学生が、荒川の堤防の方向から俯き加減でやって来た。その少女の様子は、村のごく普通の快活な女子中学生とは、雰囲気が違っているように見える。

 細いあごと白い肌、切れ長の澄んだ目、その右目の下に、ほくろがあった。髪は真ん中で分けられ、耳の下辺りまで伸びている。卵に目鼻という言葉があるが、少女はまさにそれだった。紺色の上着とスカートという制服姿は、他の女子中学生の身なりと寸分も違わないが、ただ黒い瞳は憂いを含んで静かに輝いていた。

 少女は荒川の堤防の側に住んでいた。二階建てのこぢんまりとした家で、家族は他に父と母がいるだけである。この父は昔、東京で仕事をしていたことがあるが、知人のある新興宗教の勧誘から逃れるため、転々としているうちに関川村に住み着いた。母親はこの村の出身でピアノ教室を開いている。母親の影響で少女もピアノを弾く。夜になるとその家から、少女が弾くピアノの音が漏れて来た。

 自転車に乗った彼は、その少女に気づいて視線を投げ会釈した。少女も気づいたらしく目を見開いて、軽く頭をさげた。

 中学生はまたペダルに力を入れ、自転車を加速させた。それから右に曲がり、かなり急な坂道を登りきり、中学の門を通り過ぎたころ、彼は早鐘のように打っていた胸が静まるのが判った。それはけっして登り坂が急なだけではなかった。

 

 彼と彼女が最初に出会ったのは、昨年の五月、薫風さわやかな日だった。音楽教室の扉を開けて入ってきたセーラー服の少女に、準備室にいた彼はあっと息を呑んだ。「今日からブラスバンドに入部します」と先輩女子から紹介されて、少女は控えめな微笑をしながら彼に挨拶をした。彼は胸が締め付けられる思いがした。その日から、早一年近く経っていたが、彼の出会いの感動は密やかに燃え続け、冷めることがなかった。その感情はいったい何なのか彼自身にも判らなかった。

 

 放課後、音楽室の戸を中学生は開けた。

「富士夫君、こんにちは」

 椅子を並べながら、工藤さくらが声をかけてきた。富士夫と同級生で、ホルンのファースト奏者である。肌が白く、真ん丸い顔をして常に笑みをたたえている少女である。

 ふくらんだ胸はセーラー服の下で窮屈そうにしていた。

 音楽室は新しい校舎の二階、一番東にあった。ピアノが一般の教室の教壇に当たるところに置かれ、それを中心に生徒が座る長机は扇型に三列に並べられている。しかも、生徒用の机が前列から後列にいくにしたがって階段になっているために、最後列は教壇と比べるとかなり高くなっている。音響効果を狙った設計である。その最後列背後の壁の一番上には、音楽家達の肖像画がびっしりと掲げられていた。

 黒いカバーが掛けられたピアノの側まで来ると、音楽準備室のドアが開いた。

「富士夫さん今日は! 昨日は素晴らしい詩、教えていただいてありがとうございます」

 富士夫に高田倫子がペコリと頭を下げながらそう言った。顔を上げると頬が真っ赤に染まっていたが、富士夫の目をしっかりと見詰めている。それは一瞬であったが、尊敬と憧れに満ちた眼差しであった。

 倫子は二年生で部内でも一番小柄で、パーカッションが担当だ。昨日の詩とは、有名な詩人の『中学の校庭』である。富士夫は暗記していたものを、クラブ活動終了後、さっと黒板に書いたが、倫子は小さな手でその詩を丁寧にノートに写して、家に持ち帰ったのだった。

 音楽準備室は名前の通り、演奏の準備をする部屋である。授業には使われないが、ブラスバンドの部員たちは自由に入れた。音楽の学習について生徒に厳しい萩原先生の執務室であり、関谷中学校のブラスバンドの部室であった。

 準備室に富士夫が入っていくと、運動場が見える窓際には、女子生徒が数人集まって話し込んでいるのが見える。部屋の中央では、石井二郎が硬い木の椅子に座り、バスを吹いていた。基礎練習のロングトーンで、息が切れるまで吹き続けるというものである。富士夫の姿を見るとマウスピースから唇を離した。

「おう、ムイシュキン公爵よ、元気?」

 と二郎は富士夫が愛読している小説、ドストエフスキーの『白痴』の主人公名で声をかけた。

「まあね、あ、そうそう忘れるところだった。この間借りたレコードありがとう。返す」

 富士夫はフォークルセイダーズというフォークグループのレコードを、カバンから出して差し出した。二郎はバスを床の上に無造作に置くと、棚の上に置いてあるカバンにレコードを入れ、代わりに一冊の分厚い本を出してきた。

「君に貸したかった本だ。読んでみろ」

 エンジ色の厚い表紙には、『世界の名著 ニーチェ』という文字が刻印してあった。

「僕の今一番好きな本だ。神は死んだというのが彼の名言だけど、本当の自由とは何かを教えているね」

「へー、どうもありがとう」

 富士夫は、二郎の唐突な話をよく理解できないまま、急いで礼を言った。二人の会話はいつもそうだった。二郎は中学生としてはまれなほど読書家で、富士夫の知らないような、新しい世界への探究心が旺盛だった。難しい哲学用語などを話されると、富士夫は煙に巻かれたような気がした。

 

 音楽準備室のドアがゆっくりと開いた。カバンを左手に持って、女子生徒が入って来た。富士夫と二郎に頭を下げた。富士夫が朝の登校の時に出会った少女だった。切れ長の澄んだ目を明るく輝かせていた。

「文子さん、元気?最近ますますピッコロの腕が上ったみたいだね」

 二郎が声を掛けると、目が生き生きとした光を放って、その少女は微笑した。頬には丸いえくぼが左右に浮かんだ。

 その宮本文子は富士夫や二郎より学年が一つ下である。二年生になった途端、クラリネットからピッコロに担当が代わった。吹奏楽の中では音域が最も高く、また鋭い音色を持つため、フォルテッシモで演奏される金管楽器群の中にあっても、はっきりと聞き取ることができる楽器だ。最近、猛練習の成果が出て来たのか、厳しい萩原先生が叱咤することは少なくなって来た。

 文子はカバンを棚に入れると、その棚の上半分に、楽器類が並んでいる中から、ピッコロの入った小さなケースを出してきた。

 壁際に長い机が幾つか並べられていたが、その上で文子はケースから黒色のピッコロを取り出した。黄色の布でひとふきすると、柔らかな唇に押し当て、息を吹く。澄んだ高音がこぼれ出てきた。それは朝の森林の中に響き渡る、小鳥のさえずりのようにすがすがしい。文子は一通り基礎練習を行うと、黒色のピッコロと譜面台と楽譜を持って出て行った。

 富士夫はいつからそうなったのか自分では判らないが、文子がピッコロを吹くと胸が高鳴った。そして、不可思議な感情に襲われた。以前は音感の良い富士夫にとっては、一つの楽器に過ぎなかったピッコロが、文子の手にかかると、平常な気持ちをかき乱すものとなったような気がした。富士夫は何かの病気ではないかと心配になった。


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『星条旗よ永遠なれ』とひばりのさえずり

 関谷中学のブラスバンドは総勢三十二名である。そのうち二十二名が女子中学生であとは男子だ。クラリネット、ホルン、バリトン、フルート、ピッコロ、サックス、トロンボーン、トランペット、パーカッション、テンパニー、ユーホニューム、バスなどの楽器を、男女がバランスよく携わっている。

 富士夫が何故このブラスバンドに入部したのかというと、単純に女子生徒が多いということが第一理由だ。入学式で華やかに演奏するメンバーを初めて見た時、女子生徒の人数が圧倒的なことにびっくりした。華麗に指揮棒の一種であるメジャーバトンを振る先輩女性の姿に、あこがれのようなものを感じた。だから入部の動機は、大勢の女の子に囲まれて楽しく時を過ごしたい、というのが一番だった。音楽の素晴らしい深さに触れたい、などと最初から思い浮かぶことはなかった。

 また、トランペットの勇壮な響きに、『あの吹いている人のように脚光を浴びたい』というのが正直な富士夫の心なのであった。

 幸い願ったとおりになったというわけではないが、富士夫はトランペットのファースト奏者となった。中学一年の前半では、ユーホニュームを担当していたが、後半にトランペットのセカンド奏者に代わり、二年になった途端、ファースト奏者に抜擢された。その後頭角を現し、関谷中学のトランペッターの歴代ファースト奏者としては、かなり上のレベルまでこぎつけている。

 ブラスバンドの練習は午後三時半から夕方の五時過ぎまでで、正味一時間半以上とたっぷり行われる。また、一週間を通して一日も練習の休みはない。ミニコンサートなどの予定を控えている時は、日曜日も返上して演奏課題に取り組むことがある。

 ブラスバンド部が関谷中学校の行事のために活躍する場は、決して少なくない。毎週の月曜日に行われる朝礼では、退屈な校長の訓示を盛り上げる力強いファンファーレを奏でる。表彰式がある時は、得賞歌で受賞者を称え、もちろん、生徒の整然とした入退場に合わせて、行進曲まで演奏するのである。

 夏は野球部の応援で、関谷中学のチームが勝ち続ける限りは、どんな遠隔地でも応援団とセットで移動する。演奏する曲目は、試合の状況に合わせて、勇ましい行進曲だったり、ファンファーレや大太鼓の連打だったりする。相手チームをねじ伏せた時は、校歌や得賞歌が、勝利に酔う汗まみれの選手たちの前で演奏される。

 秋は陸上の地区大会に花を添える。選手たちの入場や退場の行進曲はもとより、関谷中学の選手を鼓舞するために、さまざまな曲がグランドの中に響き渡るのである。陸上競技には短距離から長距離までの競走、リレー走、障害走、また、跳躍競技や投てき競技などがあるが、その種目に関谷中学の生徒が出場していると、その場に最も適した曲を、白の開襟シャツと白ズボンの裾を折り返してはいている小柄な萩原先生が、指示する。ブラスバンド部員は手早くその曲の楽譜を取り出す。さっとタクトが振り下ろされる。曲が響き渡ると、否応なしに場内は盛り上がっていくのだ。

 その他、一年間を通じて幾つかのミニコンサートや、各種体育大会などに、ブラスバンド部は引っ張りだこであった。

 ブラスバンドの部員たちの学業の成績は、平均的に優秀なレベルに属していた。石井二郎や星富士夫、工藤さくらや宮本文子は、学年でトップクラスにいつも入っていた。毎日のブラスバンドの活動を行うことで、学業の障害になるどころか、推進力となっていた。それは練習の厳しさの中から培った成果と言うよりは、学業で優秀な生徒が、たまたま同じクラブ活動という場を通してお互いに啓発しあい、自然のうちに学業を競い合うムードになっていたからである。

 萩原先生は、音楽家特有の雰囲気を持っていた。彼がタクトを持つと、一流の指揮者と比べても、なんら遜色なく、正確に、優雅に、時には激流のごとく自由自在に振られた。課題曲の練習が始まると、その作品の作曲者が指揮者に乗り移ったような錯覚を、しばしばブラスバンドの部員たちは感じた。萩原先生は作曲者の作品の魂を理解し、それを蘇らせる能力に長けていたのである。練習中にはめったに笑わず、厳格であった。しかし、その厳格な指摘のためにあげる叱咤も、個人の人間性を否定する怒りとして炸裂することはなかった。

 

 この日の練習曲は『星条旗よ永遠なれ』である。ピアノを背にして、全員が担当楽器と譜面台を持って二列で座り、ロングトーンの練習に励んでいた。萩原先生が譜面台の端をたたいて、ロングトーンを終えるように指示すると、高田倫子がいつものようにピアノの側に駆け寄り、ドの音の鍵盤を何度か鳴らした。チューニングが始まったのである。それぞれの楽器が美しい和音を奏でるためのもっとも基本の作業だ。

 チューニングが終わると、いよいよ曲の練習である。譜面台の高さを調節する音、咳払い、椅子を演奏しやすいように移動する音が聞こえる。唇を濡らし、トランペットのマウスピースにつけると、富士夫は萩原先生を睨みつけた。譜面台の楽譜を萩原先生は左手で整頓し、生徒たちの視線が自分に集まっていることを確認すると、これから幅跳びでジャンプする選手のように、力を全身に溜めてから、勢い良くタクトを振り始めた。この曲の前奏は華々しい力強さに満ちている。富士夫は舌を素早く動かし、歯切れの良いタンキングで、勇壮な金属音を響かせた。

 最初の湧き上がってくるような活力の表現である前奏が終わると、大きな広場で小気味の良い踊りが行われているようなメロディーに変わる。富士夫は楽譜に時々目を走らせながら、右手で三本のピストンを軽快に操っている。ピストンは押すたびに、内部に仕掛けられているスプリングが跳ね返す。左手はそのピストンが入った三本の筒の周りをしっかり握り締めて、トランペットを水平に支えている。唇とピストンの絶妙な動きで作り出された歯切れの良い音は、他の楽器の音色と重なり合いながら、ひときわ華々しく音楽室の窓ガラスを震わせた。

   曲の表情はまた変わっていく。トロンボーンの力強い安定感のある音が、トランペットの華々しさとはまったく違う趣で、勇壮に主旋律を響き渡らせた。萩原先生のタクトは、今、曲のなかで最も重要なポジションの楽器に、的確に指示を与える。その楽器が十分にあるべき音を出し切れていなければ、音量アップを、その逆は抑えるように指示する。

 行進曲の中間部分のトリオが始まった。押し寄せる雷鳴のように、迫り来る悪漢のように、起伏の激しい不気味な和音が展開される。大地を揺るがすような大太鼓の鼓動、バスの雄叫び、クラリネットやトロンボーンの悲痛ともいえるような音が聞こえる。富士夫のトランペットも高音部から真っ逆さまに低音部に急降下した。各ポジションの楽器の間で、何回かその急降下が繰り返され、やがてスローテンポになり、全体の音が小さくなったと思うと、突然、トリオの前で演奏されたフレーズが再び始まった。それは、同じフレーズだが、前回の何倍かの迫力で豪華に威風堂々に奏でられた。

 唇は高音を出し続けることに長くは耐えられない。かすかな油断でもまったく違った音程になってしまう。富士夫は両足を床につけて踏ん張り、極限ともいえる肺活量を駆使しながら、神経は萩原先生のタクトに集中させていた。

 やがて、富士夫の心は締め付けられるような気がした。大河の流れのようなメロディーの遥か上空に、ひばりのさえずりが聞こえて来たからだ。

 その心に響く音は、宮本文子のピッコロから出て来た。雪のように白い少女の顔がほんのりと赤らんでいる。一心に演奏している姿が、富士夫の視界の中に飛び込んできた。富士夫の胸は、先ほどからの訳の判らない、締め付けるような高鳴りに翻弄された。

 文子の奏でるメロディーは、自由自在に飛び回る、愛くるしいいたずら好きの小鳥のように、軽快で屈託がない。弾ける初夏の活力が、文子の唇から、そのまま出てきたようにも思えた。

 トリオは、文子のピッコロのさえずりが最高潮に達したとき、終わりを告げた。萩原先生は、再び勢い良く最初のときのように力を全身に溜めてから、タクトを振った。前奏である。富士夫はまた歯切れの良いタンキングを繰り返した。文子のピッコロの音が、頭の中に余韻のごとく残っていたが、胸の高鳴りは徐々に納まっていった。やがて、萩原先生のタクトは、頭上に高く掲げられ、曲の終わりが宣言された。

 

  今日の練習のほとんどは、『星条旗よ永遠なれ』の合奏の完成度を高めることに終始した。楽器ごとの練習、楽章ごとの練習が繰り返し丹念に行われた。音楽室の窓から見えるグランドでは、クラブ活動をやっていた陸上部や野球部のメンバーが、道具を片付け、撤収し始めていた。

 ブラスバンド部も五時過ぎには楽器を片付け始める。音楽準備室では練習で酷使した楽器を、愛情こめて丁寧に点検したり磨いたりしている。その頃になると練習のときに支配していた緊迫した空気は、嘘のように消え失せている。

 富士夫はトランペットの中に詰まった自分の唾液を、管の穴から十分に外に出しきると、各部品を点検し、最後に金管楽器用のクリームを塗って磨いた。

 その背後では文子がピッコロを磨いている。富士夫は彼女の体温が伝わってくるような錯覚を覚えた。

 出会いからの文子に対する不思議な感情は、今、初めて富士夫の心の中に、はっきりと『好きだ』という言葉を浮かび上がらせた。それは霧の中にぼうっとして見えた、得体の知れないものが、きらめく陽光の下に本当の姿を現したかのようであった。

 富士夫は傾きかけた太陽の光線が、グランドとその後ろに続く小高い山の裾野に射しているのを、経験したことのない感激を持って見詰めていた。今まで見えなかった森林の輝き、大地の生き生きとした呼吸が、びしびしと迫ってくるかのように感じられた。富士夫にとっての新しい未知の世界の鼓動が、微かに聞こえたかのように思えた。しかし、それは幻影のようでもあった。

 校庭の中にいた生徒の姿はわずかになった。富士夫は夕暮れの校庭の風景から、目をそらすと、トランペットを木のケースに入れ、蓋を閉めた。 


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下関駅十時三十八分発の汽車

 練習を終えた音楽準備室の穏やかな空気の中で、少年少女たちは、練習のときとは打って変わったように優しい萩原先生と、雑談することを楽しんだ。真剣に一人ひとりの進学や、家庭のこまごまとした悩みなどを聞いてくれ、恋愛論や幸福論まで萩原先生は話してくれた。

 また、夏の野球応援団としての遠征活動や、秋の陸上の地区大会などについても語り合われた。少年少女たちは、萩原先生の部員一人ひとりを大切にする細やかな話の場にいることによって、未来の押し寄せてくるであろういくつかの試練も、きっと堂々と全て乗り越えていけるような気がした。

 しかし、こんなとき富士夫は、決まってちゃかす役に回ることが多い。根は非常に純真だが、目立ちたがりの富士夫ではあった。頭に浮かんだ唐突なジョークのようなものを連発する。少女たちが腹を抱えて笑う。いつの頃からか道化師を演じることに、一つの快感を覚えるようにさえなっていた。富士夫の中では純真さと道化が同居していた。いやもしかしたら空飛ぶジェット機の両翼のように、絶妙なバランスで拮抗しているのかもしれない。彼のジョークは、時には少女たちへの巧妙ないたずらになったりもした。

「倫子の大太鼓は、最近リズム感がしっかりしてきたけど、演奏中は体が大太鼓の陰に隠れて姿が見えないよ」

 皆が笑った。確かに部の中では一番小柄である。

 だが、当の倫子は、恨みの顔一つせずに下を向いて、恥ずかしそうにくすくす笑った。

「富士夫さんだって、入部した頃は、ユーホニュームの担当だったけど、遠くからだと楽器だけしか見えなかったわ」

 と工藤さくらがいたずらっぽい目つきをして、後輩の肩を持った。

 またどっと歓声があがり、拍手する者までいた。

「じゃあ言うけども、さくらさんだって始めて見た時は、ホルンの丸い胴体の形とそっくりな真ん丸い顔をしていた。吹いている姿を、遠いところから見ていると、まさしく雪だるまみたいに見えた」

「そうだ、そうだ」

 と相槌を打って笑う男子の声があった。

 さくらはその発言と同調者の声に、ふくれっつらをした。その顔の表情の変化があまりにも急激なので、窺っていた皆の笑い声が更に高まった。

 笑い声がおさまると、今度はザ・フォーク・クルセダーズの『青年は荒野をめざす』の歌詞(五木寛之作)が話題になった。

 詩の好きな聖子が口ずさむ。

 歌詞の二番からは、石井二郎が机を軽くたたきながら、聴衆である少年少女たちをむりやり扇動するかのように歌い始めた。しかし残念ながら二郎は音痴である。

 そばかすが少し目立つある少女は、横を向いて笑いたいのを必死にこらえている。お下げ髪の少女は、富士夫の大きな瞳に一瞥を投げると、耳を押さえるような仕草をして見せた。

「やっと歌が終わった。本当に二郎君の歌を聞いていると、誰でもここから荒野に行きたくなる」

 富士夫の言葉がまたどっと皆の笑いを誘った。二郎は一瞬むかっとした表情をして見せたが、無視して『青年は荒野をめざす』の小説について、少女たちに粗筋を話し始めた。

 少女たちが真剣にその粗筋を聞いているので、富士夫は二郎の話に、ちょっかいを出すことを止め、皆に別れの合図をすると、同じく帰り始めた友人と談笑しながら音楽準備室を出て行った。

 富士夫は校門から下り坂の道を自転車で降りながら、彼方の荒川堤防のそばに立っている宮本家を見出した。富士夫の前方には宮本文子がゆっくりと歩いて行くのが見える。彼女の瞳は、立ち並ぶ民家の電灯の光が、時々まぶしく反射しているのだろう。さっきまでの道化が嘘のように、富士夫は冷静になっていた。

 

 六月に入ると、関川村の草木たちは、ますますその緑色の濃さを増していった。一日一日と田園の稲の丈は伸びて行く。

 

 日曜日、富士夫は朝から落ち着かなかった。目が覚めたのは、裏山の森の小鳥たちが、賑やかにさえずり始めた頃であった。またしばらくうとうとしていたが、やがて涙が出るほど全身であくびをしながら体を伸ばした。それから朝食の時間まで、あれこれ蒲団の中で今日の作戦を考えていた。

 決行は下関駅十時三十八分発の汽車のなかで。と言っても人を殺すわけではない。ピアノのレッスンに毎月第一週の日曜日、この汽車を文子が利用するのである。

 富士夫は文子に対しての思慕の念が、胸の奥で少しずつ成長していくのが判った。数日前の『星条旗よ永遠なれ』の合奏練習の際、『好きだ』ということをはっきり自覚してからである。昼となく夜となく、意識の中に彼女への思いが増殖していくのである。

 富士夫は隣町の大きな本屋に行くと母に告げ、自転車に飛び乗った。

 富士夫は勇気を出して行動しろよ、と自分に言い聞かせていた。だが、下関の古びた駅舎が見えてくると、心拍数が上り、ペダルを踏む足もおぼつかないような気がしてきた。実は自分はとんでもないことをやろうとしているのかもしれない。しかし、逢わなければ何も始まらないという強迫観念にも似た感情は、無意識のうちに富士夫を行動に駆り立てていた。

 切符を買って改札口を抜けると、蒸気機関車に連結されている煙に薄汚れた三両の客車が、目の前に横たわっていた。下関駅始発の列車である。

『文子に逢わなければ!』

 富士夫は真ん中の二両目の昇降口で、『よし行こう!』とつぶやき、躊躇する心を鼓舞した。

 

 車内に入ると、所々に座っている乗客のなかに、あの切れ長の澄んだ目をした文子を、富士夫は目ざとく見つけだした。文子は富士夫にまだ気づいていない。手に持った小説を熱心に読んでいるのだ。くたびれきったスカーフを、無造作に頭に巻いた高齢の婦人が、文子の前の席に座っているのが見える。

 富士夫は文子の前の席が空いていないことに、少しがっかりした。確かに文子の横が空いていたが、婦人がいることに躊躇した。そんなことを思案しながら真ん中の通路を歩いて行くと、文子は富士夫に気づいて、微笑しながら頭をぺこりと下げた。富士夫はその挨拶にこたえることに精一杯で、横に座ることもせずに、どぎまぎしながらそのまま通りすぎてしまった。

 最後部の三両目も、人影はまばらだったが、関川村の日曜日の列車としては、今日の乗客数は多いと富士夫は思った。富士夫は小さな村のなかのこと、見慣れた顔を何人か見出したが、たった今あった失敗に腹が立ち、他の乗客たちに敵意のような視線を浴びせていた。

 三両目の空いている席に富士夫は腰掛けた。富士夫は怖かった。失敗したらどうしようと、おののき震えていた。時間だけがそんな富士夫におかまいなく過ぎていく。

 富士夫はまた意を決したように立ち上がって、文子の座っている二両目に向かった。けれども小説を読んでいる文子をさっと見ただけで、ただ通りすぎて行った。文子は気づかない。

 今度は一両目まで富士夫は歩いてしまった。

 発車の時間は刻々と近付いていた。

 富士夫は高台から海に飛び込むような気持ちで、もう一度文子の車両に向かった。

 文子のそばに近付いたとき、微笑みかける彼女の澄んだ目が、富士夫を見ていた。希望の光が投げかけられたと思った。

 富士夫は思い切って文子に、「横に座っていい?」と聞いた。文子は小説の文庫本を閉じて窓側に移動した。前に座っていた婦人は、目を覚ましたのか、薄目を開けてチラリと富士夫を一瞥したが、無関心を装って目をまた瞑った。富士夫はもう躊躇することなく、文子の横に深い感動と未知の不安を抱いて座った。

 クラブ活動の時のような自然な会話は、成立しなかった。富士夫の声は安定を失った飛行機のように、今にも墜落するような危なっかしさがあった。

「ピアノの練習は楽しい?」

 文子は首を縦に振って笑った。

「富士夫さんはどこへ行くのですか?」

「僕は坂町にある本屋さんに行こうと思って」

「下関駅のそばにも本屋さんがあるのに、あそこじゃやっぱりだめですか?」

 と文子は聞いた。富士夫は魂胆を見抜かれそうな気がしながら、

「僕の好きな角川文庫の本、あまり置いてないから」

 と弁解している。

 とりとめのない会話に終始しながら、富士夫は文子をまじまじと見詰めた。彼女の美しさを、クラブ活動とは違った状況の中で観察するのは初めてだった。

 文子の目は、さまざまな変化を見せた。静かな献身的精神に溢れた瞳が、一瞬暗い悲しい表情を垣間見せたかと思うと、天空の虹のように屈託のない輝きを放ったりした。時には癒しのやわらかいまなざしが、海のような深い緑色に見えたりした。

 富士夫は文子の体から発しているほのかな匂いを感じた。それは初夏の陽光にそよぐ草木の匂いと似ていた。

 

 しばらくすると、汽車はもう坂町の駅の構内にゆっくりと進入し始めていた。

 富士夫は坂町の駅で文子と別れた。今日の僅か十分余の会話は、富士夫に一条の希望の光を投げかけた。本来の目的ではなかった本屋に入り、富士夫は戯れに幾つかの流行作家の書籍をめくったが、印刷された活字の意味すら判読しかねた。たった今、富士夫の横にいた文子の動作が、次々と映像となって頭の中を駆け巡っていた。

 

 日ごとに太陽の輝きは強く激しくなっていった。田園の緑も濃度をさらに増していった。

 列車の中で一種恍惚の時を過ごしてから二週間程経ったある日、富士夫は夕飯を食べ、自分の部屋に引きこもっていた。

 開かれた数学の参考書に目を落としていたが、文子のかんばせがいつものように心の片隅に現れると、ほうっとため息をついてペンを机に置いた。家族の居る居間からは、テレビからもれる歌謡曲が聞こえてくる。戸外はすっかり深い闇に覆われていた。

 富士夫は紺のカーディガンを羽織ると、物音を立てないようにして外へ飛び出した。

 自転車はいつもの学校へ向かう通学路を軽快に走った。昼間の草いきれの名残が、富士夫の頬をくすぐっている。弱い自転車の灯火は、前方の砂利道のわずかな部分しか照らさない。

 小見橋まで来ると、荒川のせせらぎの音が、富士夫の耳に聞こえてきた。部落の家々から漏れ出て来るほのかな光や、電柱にくくりつけられた裸電球や、さらには橋の照明などの光が、川面に穏やかに反射してきらめいている。

 富士夫は深呼吸をしてみた。先ほどからの胸の動悸は一旦治まるかのように思えたが、またすぐにぶり返した。

 小見橋を渡りきると、自転車は左へ曲がり、今度は川に沿って建設された堤防の砂利道を走った。目的地はそこから約一キロである。

 富士夫は自分が何をしているのだろうと自問自答しながらも、ペダルを踏み続けた。

 やがて堤防の側に立つ小さな二階建ての家が、富士夫の目に映じてきた。その家は下関の集落から、ポツンと少し離れて建っている。堤防の道から小さな脇道が、その家に向かって続いていた。

 耳を澄ますと、ピアノの音色が聞こえてくる。富士夫は坂を下り近くまで行くと、自転車から降りた。  

 玄関の横には、宮本ピアノ教室と書かれた小さな看板が、外灯の照明で読み取れた。

 ピアノの旋律は、富士夫にとって聞きなれたものだった。それは曲が有名なものだからという訳ではない。文子が関谷中学の音楽室で、時々練習しているのを聞いたことがあるからだ。

 文子の細い指が鍵盤に触れると、黒い箱はこの世の様々な風景を紡ぎだす。

 今、戸外で旋律に酔いしれている富士夫には、文子が生き生きと演奏する姿が容易に想像できた。

 富士夫は曲の起伏の中に、文子の内面を垣間見るような気がした。それは文子の魂の力強い叫びのようにも聞こえる。自由、平等、尊厳、友愛、そして進歩を表現するかのように文子は弾いた。富士夫はやがて大きな感動を抱いた。心を激しく揺さぶられ、眠っていた感性が、たった今永年の呪縛を解かれて、目の前に現れてきたような気がした。

 文子のピアノの音色は、一階の居間から聞こえてきている。夕方には文子の母が、近くの小学生に教える教室になる部屋である。

 富士夫は家の周辺をゆっくりと徘徊した。自転車を置いたところから文子の家の玄関前を通り、下関につながっている小道を少し歩くと、大きな桜の木があった。その側まで行くと、踵を返して自転車のところまで戻ってくる。それも、宮本家の人間には気づかれないように、そっと歩くのである。そして何度も何度も往復した。

『いったい僕はどうしたら彼女の心を引付けることができるのだろうか?』

 富士夫は心の中でその言葉を繰り返した。

 ここに来てもう三十分は経ったであろうか。突然ピアノの音色が途絶えた。富士夫はその時文子の家の前を通り、自転車の側まで来ていた。

 しばらくすると、二階にある彼女の部屋の明かりが灯った。窓際にある机の電気スタンドが点灯すると、文子の姿が白いカーテンを透して見える。富士夫はそのカーテン越しにある文子の姿の輪郭を、じっと佇みながら見詰めていた。

 荒川からそよぐ風が、富士夫の額と頬をくすぐっている。富士夫は同じ姿勢のまま、体中が痺れていくような快感を味わっていた。二階の窓に向かって、『好きだ』と叫びたい思いに駆られた。

 

 やがて富士夫は自転車に飛び乗ると、暗闇の中に消え去った。


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ピッコロとピアノが得意な天使

 夜の彷徨から帰る道すがら、富士夫は考えた。小心者だから面と向かって告白するよりも、手紙を書く方が、自分の今の気持ちをそのまま伝えることができると。

 しかし、一通目の手紙を書いたのは梅雨明けの頃で、二通目を投函したのはすでに真夏の太陽が、関川村の大地を焦がしつつある七月中旬の頃であった。手紙の内容の一部は、文子の気を引きたいがために、濫読してきた古典小説のなかで、少々センチメンタルな気に入った台詞も、ちゃっかり拝借して書いている。

『この手紙を書き始めると、心が落ち着いてきました。少しずつ得体の知れない焦りが消えていくようです。そうです、行き場のなかったあなたへの強い思いが、やっと表現できるからです。かわいい美しいすてきな文子さん。僕は恋愛と文学について、愚鈍な頭で考えてみました。いったいどちらが重要で、その二つの関係はどういうものなのかと。

 あなたに出逢うまでは、女性というものが、僕を高めてくれるものとは思っていませんでした。ただ文学のみが、未熟な自分自身を変革させてくれるものと思い込んでいたのです。

 しかし、今、やっと自分の愚かさに気づいたのです。

 文学に親しむことだけでは、明らかに観念の域を出ません。僕は今まで頭の中で行動し、頭の中で結論を出してきたようです。それは演奏されることを待っている楽譜のように、ただの一枚の紙にしか過ぎないのです。実践をしてこそ、演奏をしてこそ、初めて人生の醍醐味を味わえるのだ、ということが判ってきました。必要なのは現実の中で、自分を絶えず変えていくことだと思います。

 僕が欲しいのはあなただ、ということがはっきり判ったのです。演奏された音楽が持つ魅力に、陶酔することが如何に素晴らしいか、良く理解できたのです。書物を閉じて、生き生きとした現実の世界に、飛翔していきたくなったのです。僕は文子さんが大好きです。自分自身の改革を試みながら、文子さんを愛おしいと思う気持ちに、毎日毎日さいなまれています。

 どうか僕のこの気持ちをご理解ください。また、お手紙いたします。さようなら、文子さん』

 

『愛する文子さんへ

 小学生の頃、周りにいた人たちは、僕の中に人間嫌いの兆候を見出しました。そんなことはこれっぽっちもなかったのですが、周りの人たちはそれを信じこんでいました。僕はへりくだっているつもりだったのに、狡猾な子供だと言って邪険に突き放してきました。そのことからやがて僕は他人と打ち解けない人間になったのです。

 確かに僕は子供らしくなく、気難しかった。他の子供たちは快活でお喋りでした。周りの人たちは、彼らを僕より大事にしているのが判りました。だから僕はだんだんと嫉妬深くなりました。全世界を愛したいと思っていました。しかし、誰一人僕を理解してくれませんでした。そこで憎むことを覚えてしまいました。

 僕のモノクロのような少年時代は、自分自身と世間とに対する病的な戦いのうちに、過ぎてきてしまったような気がします。多分、僕にとってもっとも良い感性を、周りの人たちの嘲笑を恐れたために、内部深くに沈めてしまおうとしていたのです。そして、僕はあるときを境に、道化師の役を演ずるようになりました。それはそれは確かに居心地の良いものでしたが、片や寂しさは計り知れないものでした。

 そんな時、あなたが救世主のように現れたのです。道化師の役を演ずる僕を、尊敬の目で見詰めてくれたのはあなただけでした。あなたの瞳を見ると、そんなしょぼくれた僕の全てを理解する寛容さと、ナイーブさに満ちていると感じるのです。そのことがびんびんと伝わってくるのです。この出会いは表現できないほど僕を幸福にしてくれるのです。

 文子さん。

 愛しています。

 僕の現在の気持ちは、これ以上上手くは言えません。どうか僕の率直な告白を理解してください。最後にお願いになってしまいますが、いつまでも返事を待っています。あなたの気持ちを聞かせてください』

 

 梅雨が明けると、真夏の激しい光がこの関川村にも本格的に到来した。明日は終業式である。

 今日は音楽室の床の補修工事のため、ブラスバンド部の練習は休みだった。

 放課後、富士夫は石井二郎、三浦敏男、川内裕と中学の裏山に登った。

 校舎の横を抜け出て、グランドの隅を四人は歩いていた。クラブ活動の練習に勤しむ級友たちに、それぞれが軽く挨拶をしていた。

 彼らはクラスがそれぞれ違う。富士夫と二郎はブラスバンド部の活動を通しての友人だが、あとの二人は二郎が富士夫に紹介した。

 二郎は富士夫に思想的影響を与える人物であった。また、独特の短歌も良く作っていた。三浦敏男は農民詩人のような素朴な詩を作った。川内裕はホラー小説のようなものを書いていた。川内裕の老いた知恵者のような話し方は、聞くものに不思議な魅力を抱かせた。

 ある時、四人はリレー小説を書いた。誰が提案したと言うより、自然発生的にノートが回ってきた。

 富士夫はドストエフスキーの長編小説に魅せられてからは、自分もいつか人を感動させる小説を書いてみたいと思っていたが、断片的なもの以外は、一本もまともな小説を完成させたことはない。しかし、四人の文章だけを比べると、とりたてて富士夫のものが見劣りする、というわけでもなかった。

 しかし残念なことに、何度かその創作ノートが回るうちに、ストーリーが破綻をきたし、発生した時と同じように、自然に消滅してしまったのである。

 それでも回るたびに、友人の文章の技量とユニークさに、お互いに感嘆と尊敬の念を抱いていたようだ。また、四人の筆跡は良く似ていた。大胆で大きい無骨な字体である。丸みがほとんどなく、直線がつながりあって文字を構成しているように見えた。四人がリレーで書いたと言っても、筆記具の種類やインクの色が違っていなかったら、一人の人間が書いたもののように見えた、といえば大袈裟だろうか。

 

 グランドを出ると、標高数百メートルの裏山の頂上に通じる山道を、彼らは登り始めた。灼熱の太陽は西の空に向かい始めている。白い開襟シャツに黒ズボン姿の彼らは、しばらくすると誰もが汗ばんでくるのが判った。

 頂上にたどり着くと、箱庭のような関川村を、一望することが出来た。

 振り返ると南の方向には、ゆるやかにつながった飯豊連峰の峰々が続いていた。秘境と呼ばれるこの連峰は、放牧場のようななだらかな尾根が特徴で、山麓のブナ原生林、高山植物の群生が見られる。

   富士夫はこの連峰が好きであった。自宅の裏山から、何度となく見てきた連峰である。秀でた山がなく、それぞれが団結して秘境たる美しさを醸し出していたことが、気に入っている理由かもしれない。

   関川村の中心に向かっての眺望も、四人の目を楽しませた。北に光兎山、北西に朴坂山などが存在を主張していた。これらの山々に囲まれて、関川村は箱庭のように優雅で慎ましい。

   関川村の中心を流れる荒川には、水鏡を覗きながらカジカを狙っている人たちや、鮎釣りに興じる姿が遠望できた。

「僕はこの村を出て、東京の高校に行く」

   二郎は他の三人と同じように草むらに座り込んで、眼下の荒川や田園風景を眺めながら、つぶやくように言った。

「東京に行くんか、俺も行きたいけど、跡取りだからな。農業高校出て、酪農をやる。富士夫は決めたのか?」

   と敏男は富士夫の肩をたたいた。

「僕は次男だから自由だ。だけど両親は堅い仕事につけってうるさいから、やっぱり高専を受験してみる。萩原先生は難しいっていうが、落ちてもかまわないから、やってみる。だめだったらそん時は工業高校に行って、将来は電気関係の会社に入るつもりだ」

   川内裕は近くの小石を拾うと、眼下に向かって無造作に投げた。ピュ―と石は風を切り、勾配のある地面に落下して、山腹を転がっていった。

「俺も敏男と同じだ。農業やって、この静かな村にずっといる。二郎、それに富士夫もいずれは東京へ行くのか。うらやましいな」

   と裕は正直な気持ちを吐露した。

「いいや、東京に行っても色々と嫌なことも多いさ。きっと何年か経つと、この素晴らしい景色の村に帰りたいと思う。荒川の清流の音がどんなにいいものか、やっと判るかもしれない」

 と二郎は妙に確信を持って言い放った。

「それは二郎が東京に行くことを決めている人間だから言えることだぜ。そうだ、余裕の発言ってことだな。でもまあ良いさ。そんなことより俺たち離れ離れになっても、また逢おうぜ。どんな年齢になっても、何でも話せる友達でいたいな。そう思わないか?」

 と敏男が他の三人に問いかけると、全員が賛同した。

 鳶がゆったりと中学の校庭の上空を飛んでいた。

「富士夫、お前好きな子がいるだろ?」

 と唐突に二郎が聞くと、富士夫は顔を赤らめながら立ち上った。

「僕の好きな詩を言うぜ。

 われの中学にありたる日は

 色めく情熱になやみたり

 いかりて書物をなげすて

 ひとり校庭の草に寝ころび居しが

 なにものの哀傷ぞ

 はるかに青きを飛びさり

 天日直射して熱く帽子に照りぬ

 現在の心境はこの詩のようだ。いつも思うのだが、自然は何ら屈託もないし、躊躇もない。堂々と毎日戦って動いている。僕もあのようになりたい」

「僕には判るよ。富士夫が恋焦がれている子のこと。ピッコロとピアノが得意な天使だ。少し前から判っていた」

 と二郎が言うと、敏男と裕も興味津々の顔をして、その天使についてあれこれと聞いてきた。

「ところでお前の気持ちを彼女は知っているのか?」

 と裕が尋ねた。

「ああ、手紙を二通書いた。書いたばかりだからまだ返事は来ていない」

「そうか。受験合格の発表を待つみたいな気分でないか?」

 と二郎が聞くと、富士夫はこくりと頷いて、恥ずかしそうに草むらにまた座り込んだ。

「愛しつつ二人で互いに生きがいを感じること、それこそ天上の喜びと言わねばならぬ、とゲーテの言葉があるが、富士夫も文子さんとそのようになれば良い。僕だって今好きな子がいる。同じ部のクラリネットを吹いている子だ。地味な子だが、僕の理想の女性に近い。彼女の存在は、僕の生きる意欲をいつも高めてくれる。僕は彼女にまだ気持ちを話していないが、今のところはそれで十分だ」

「それは誰?」

 と富士夫は二郎を問い詰めた。

「西村智子だ」

 富士夫は二郎のように頭脳明晰で、偏屈な面を持つ男が好きになるタイプについては、まったく違う女の子を想像していた。

 敏男は西村のことは知らなかったが、裕は同じクラスなのでびっくりしてつぶやいた。

「二郎は西村のことが好きか。それはちょっと信じられない。ブラスバンド部に入ってがんばっていることは知っていたけど、それ以上のことは知らない。ナイーブな性格だと思う」

「ナイーブと言えば文子さんもそうだな。裕も敏男も彼女を知らないが、心のきれいな人だ」

 と二郎は妙に自信を持って言い切った。

「ということは富士夫も二郎も、その心の美しさにまいってしまったわけか?」

 と敏男が言うと、皆の笑いがはじけた。その笑い声は、眼下の美しい荒川まで響き渡っていった。しかし富士夫の心は、眼下の風景のように晴れやかではなかった。


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ドビッシーの『海』を聞いて

 強烈な日差しがあふれる夏休みがやって来た。ブラスバンド部の練習は日ごとに熱が入っていった。

 今年、萩原先生と部員たちは、ある決意を持って夏休み中の練習に励んでいた。それは関谷中学校始まって以来の演奏技術力を持つ、と言われている富士夫たちのブラスバンド部が、十一月末に独自の第一回定期演奏会を開催することであった。

 

 六月のある日、いつもの練習を終えると、萩原先生は指揮棒を譜面台に置いて静かに話し始めた。

「今日は皆に大事な話をしておきたい。俺自身も良く考えてのことだし、諸君も十分に考えて後悔の無いように結論を出してもらいたい。

 実は関谷中学のブラスバンド部始まって以来、一度も独自のコンサートを開いたことがない。色々な行事をこなすことに追われてきた、というのが実態である。これでは本当の意味での音楽の深さを知らないで、諸君がこの学び舎を去っていくことにもなりかねない。じっくりと練習を重ねて、聞く人にその成果を問うということは、吹奏楽に携わるものとして、一番大切なことだと思う。いわば一年一年の総決算だ。しかも今回がその第一回目と言うのは非常に意義が大きい。回を重ねるごとに、第一回目のメンバーたちは、最高の演奏をしたと言われるような演奏会をやりたい。俺にとっても、諸君は新しい伝統を築くための一番のチャンスメンバーだと確信している。諸君が俺の気持ちに賛同してくれれば本当に嬉しい限りだ。しかしだ、そのことによって大きな二つの犠牲を克服しなければならない。進学を控えた三年生にとっては、受験勉強に大変な差し障りが出てくると思う。また、全体的に言えることは、楽しい夏休みがほとんどなくなってしまう。そしてますます練習は厳しくなるということだ。これらの困難があっても、諸君がそれでもなお中学生活の中で、音楽の世界での金字塔を作りたい、思い出を作りたいという気持ちがあるならば、俺について来てくれ」

 音楽室の中に一種のどよめきが起こった。希望と逡巡に室内は満ち溢れた。

「諸君がここですぐ決めることはおそらくできないと思う。三日後にもう一度聞くから良く考えておいてくれ」

 解散して部室で楽器を片付けている時、二郎はそばにいた富士夫や三年生の数人に向かってこう言った。

「中学生活の中で、歴史的な第一回定期演奏会をやるかどうかだ」

 

 それから三日経った。富士夫の脳裏には、『中学生活の中で、歴史的な第一回定期演奏会をやるかどうかだ』という二郎の放った言葉が、重くずーっと支配していた。

 この三日間、三年生たちの間では、暗黙のうちに演奏会をやろうという雰囲気が漂っていた。

 その日が来た。今日の練習曲は『祝典行進曲』である。萩原先生が音楽準備室から出て、いつもの中央に立ち、生徒たちを見渡した。

「練習に入る前に、この間話しをした独自の演奏会の件について、諸君の意見を聞きたいのだが、良いか?」

 全員に緊張が走る。

「多数決で決めたいと思うが、その前に何名か代表に意見を言ってもらおう」

 何名かが指名され、椅子から立ち上がって答えた。全て開催の意見であった。やがて、挙手を萩原先生から促されると、全員の手が挙がった。満場一致の賛成となったのである。

「ありがとう。諸君、嬉しいよ。しかし、皆に申し訳ないと思う気持ちもある。特に三年生たちには困難を強いることになるが、本当によろしくお願いしたい。いずれにしても、どうせ挑戦するなら金の思い出を作ってもらいたい」

 誰からともなく拍手が沸き起こった。上気した萩原先生の顔が、ブラスバンド部員たちにはいっそう輝いて見えた。

「では練習をする前に、音楽をやるものとしての一番大事なこと、心構えを簡単に話しておきたい。それは心で演奏しなければだめだということだ。テクニックだけでは、聞く人に深い感動や元気を与えることはできない。では心で演奏するということはどういうことかと言うと、自身の人間性を磨くことだ。人間性を磨くと言うことは、結論を先に言ってしまうが、周りの人に尽くすことが喜びである、という自分になることである。また、誰からも好かれる魅力ある人間に成長していくことなのだ。そのためにはあらゆる苦労を惜しまないことだ。苦労を何回も何回も乗り越えることだ。そういう人間が楽器を持って奏でると、実に豊な表現力で聞く人を虜にするものだ。だから音楽は人なりと言うのだ。諸君はこれから人生に出発する段階だから、まだ判らないかもしれないが、今は理解できなくとも、このことは忘れないで練習に励んで欲しい。以上、俺の持論はおしまい。それでは『祝典行進曲』の練習に入ろう」

 富士夫は目が覚めるような思いがした。富士夫の入部動機は、大勢の女の子に囲まれて楽しく時を過ごしたい、というのが一番であった。音楽の素晴らしい深さに触れたいなどとは、思い浮かぶことはなかった。

 また、トランペットを吹いている人のように脚光を浴びたい、というのが正直な富士夫の心なのであった。

 しかし、今日の萩原先生の言葉に、実に自分が浅はかであったか、打ちのめされる思いがしたのである。『音楽は人なり』という言葉が、しばらく富士夫の頭の中で暴れまわっていた。二郎や他のメンバーもそうだった。

 その日以来、ブラスバンド部員たちの練習に対する姿勢は、見違えるほど変わった。音楽に取り組む姿勢が、百八十度変わったことによって、技術も以前にもまして進歩のスピードを上げた。

 

 八月のある日、富士夫はブラスバンド部の練習を終えて帰宅すると、母が一通の手紙を何も言わず渡してくれた。急に恥ずかしい気がして部屋に引きこもると、高鳴る心臓を押さえながら出し主を確認した。案の定、待ち焦がれていた宮本文子からの手紙であった。富士夫の心臓はますます高鳴った。封をはさみで切り、数枚の便箋を開くと、その間から微かに押し花の匂いがこぼれた。

『富士夫さん、色々なお話をしてくれる方。何でも話せそうな方。そして、トランペットが本当に上手な方と尊敬しています。富士夫さんがソロの時は何時も聞き惚れていました。でも、でも、あまりにも突然に富士夫さんの気持ちを知り、とてもびっくりした、というのが今の私の偽らざる気持ちです。ですから私が富士夫さんの気持ちをすぐに受け入れるというのは・・・・・・。

 でも受け入れるために、多分少しずつゆっくり進んで行くだろうなと今は思います。私の心がこんなスローテンポな状態でも、いらいらせずにあなたは私を好きでいてくれますか。こんなこと言った瞬間に、何か大切なものが崩れ去っていくような気がするのです。私って本当はどうしようもない欲張りなのです。今のまま緩やかに生きていくことも好きだし、富士夫さんのような、自分にいつも素晴らしいことを教えてくれる人との交際を、始めることもいいかなって動揺しているのです。何度も言いますが私は欲張りです。凄く自分勝手なのですが、富士夫さん、こんな素直でない私に、今まで通り色々なことを教えていただけますか。これからもずーっと、ずーっと。でもこれだけは判ってもらいたいのです。今の私の心の中にある気持ちをそのまま書いているということを。私は富士夫さんが言うようにかわいくもありません。美しくもありません。そして、あなたと自由に語り合えるほど、豊富な知識も持ち合わせておりません。ただ、ちょっぴり誇れることは、ピアノが好きで、少しだけ弾けるということです。私の頭の中では、いつもメロディーが流れています。それは、海の大きな波であったり、とうとうと流れる小川のせせらぎであったり、湖畔の小さな波のささやきであったりします。また、ある時は激しい落雷であったり、全てが吹き飛ぶ嵐であったり、凍えて死ぬような吹雪であることさえもあります。富士夫さんが私のことを思ってくださることを、とっても感謝しています。二通目をもらったとき、今度は絶対にご返事をと、今日のピアノの練習を終えて、すぐに書き始めました。でもなかなか書けなくて、ここまでペンを進めるのに一時間半以上かかってしまいました。読めるような文章にはとってもなっていないと思います。ごめんなさい。今日中に投函します。今まで私の手紙を読んでくださって本当にありがとうございました。また、お逢いする日、お話しする日を楽しみにしています。では、さようなら。

   八月十日           宮本文子

 星 富士夫様

 

 追伸

 乱筆、乱文お許しください。富士夫さんはドビッシーの『海』をお聞きになったことがありますか?私の一番大好きな曲です。聞いたら、聞いていたら、感想を聞かせていただけますか。何十年後でも良いですから、聞いていなかったら聞いてください』

 富士夫は胸中からこみ上げてくる不思議な歓喜を、抑えるすべを知らなかった。しかし、その喜びに対して、懐疑のようなものが交差していた。だから喜びの涙が頬をぬらすことはなかった。むしろ簡単にハッピーエンドにならない現実を、深く噛み締めた、というのが目下の偽らざる心境である。

 何度も何度も読み返して、文子の真意を良い方向に解釈しようとしていた。立ちのぼってくる微かな押し花の香りが、希望そのものにも思えた。

 富士夫は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 翌日も、富士夫はブラスバンド部の練習に出かけた。足取りはいつもより少しだけ軽快だった。文子の姿を見出したが、何故か気恥ずかしくて俯いた。

 練習を終えると、富士夫はトランペットを磨いてケースにしまうと、音楽準備室から出てきた。

 富士夫を待っていたかのように、ピアノのそばに文子は立っていた。富士夫の心と同じように、今日の文子は彼を直視できないようだった。他の生徒たちが数人いたが、いつもより寡黙な文子であった。

 しかしやがて富士夫は、いつもの文子の微笑を見いだした。少しはにかみながら、おずおずと顔が優しさに満ち溢れていった。

 二人の間には、言葉では言い尽くせない戸惑いと、逡巡とが漂いつつも、希望の淡い光も満ちていた。

 富士夫は今にも壊れそうな喜びと不安とが入り混じった感覚の中で、文子を思いっきり抱きしめたい衝動に駆られた。目を閉じても文子が好きだという感情は、瞼のうえに覆いかぶさるようだった。

『僕の気持ちを受け入れるために、少しゆっくり進んで行きたいという文子。手放しで愛を受け入れない文子だけど、こうして目の前にいる優しい顔を見ていると、どんな障害があっても必ず本当に僕を好きにさせて見せる』

 と富士夫は心の中で誓った。

 目を開けると、文子が富士夫をずっと見詰めているのが判った。

 文子の瞳は、一種の尊敬の眼差しと親しみを含んでいるようにも見える。富士夫は恥ずかしさのため、酔ったようにふらふらしながら、ピアノの周りを歩いた。

 と、その時、文子は突然ピアノの鍵盤の黒い蓋を開け、赤い布をさっと外すと、聞きなれた曲を弾き始めた。

 富士夫の体は動かなくなった。

   音楽室にグランドピアノの豊な音色が溢れ始めた。激しく、優しく、神々しく、文子は演奏を続けた。かつての時代の魂とも言うべき愛の名曲を、文子は弾いた。

 富士夫は、額に微かに汗を滲ませた文子の一心不乱な美しい演奏の姿に見とれているうちに、いつの間にか心が落ち着いてくるのが判った。

『僕は間違っていない。文子は、僕を一瞬のうちに恍惚感に酔わせてしまうほど美しい。好きにならずにはいられない。それに、文子の素晴らしさを言葉で表現するのは難しい。いや言葉はいらない』

 と富士夫は思った。

 文子が演奏するベートーベンが作曲した『エリーゼのために』という愛の曲は、富士夫の心を揺さぶった。文子と富士夫の、本当の恋の始まりを象徴する曲なのかもしれない。

 

 文子のピアノが終わった。富士夫の瞳には、にっこりと笑った文子の表情が写っていた。



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