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「記者会見」

 2025年8月1日・・・これが事の始まりだった。
 首相の記者会見に各メディアと全国民が注目していた。全国全ネットワークが同じ画像をテレビ画面に映し出していた。

 「NRS、日本報道協会の田中さん?そちらは如何ですか?」。アナウンサーが尋ねる。
 「はい、え~、会見予定時間を少し遅れてはいますが、間もなく山園(やまぞの)総理がこちらに到着するという連絡が入りました。到着次第、会見が行われる予定となっています。繰り返します。間もなく到着するという連絡が入りました。間もなくです。」。画面の向こうには、リポーターが今や遅しと後ろを何度も振り返りながら官邸取り巻きの動向に注目していた。
 「では、何か動きがありましたら・・・」。アナウンサーが一旦別のニュースに切り替えようとしたその時、「あ、ちょっと待ってください!どうやら総理が到着したようです。何かスタッフが慌(あわただ)しく動き始めました!」。リポーターはアナウンサーの言葉を遮って中継を続けた。
 「只今山園敬一総理が到着した模様です。あ、見えました。グレーのスーツに身を固めた山園首相です。今、国旗に一礼し、段の上に上がりました。間もなく第一声がお伝えできると思います。」

 山園総理が段の上に上がり、放送用マイクで山になった演説台の前に立った。マスコミ各社も写真を撮ったりカメラを向けたりと大忙しの様子だ。テレビには総理の上半身のアップが画面一杯に映し出されていた。
 首相は演説台の前で、一度大きく深呼吸し、そして胸ポケットから演説用の用紙を取り出した。
 官僚の前置きが入った。
 「これより山園敬一首相から国民の皆様に向けて重大な発表がございます。報道関係の方はご静粛に願います。」

 数秒の沈黙の後に、首相が原稿を下目使いに見ながら、発表を始めた。

 「国民の皆さん、そしてマスメディアの皆さん。今日はお時間を割いて頂きありがとうございます。」
 日本国が止まった。タクシーは路肩に車を止め、ラジオに耳を傾けTV放送を食い入るように見つめていた。会社の休憩室・飲食店・歓楽街・デパートの電気製品売り場・家電量販店・携帯電話のワンセグ放送・・・視聴率はほぼ100%に近い状態だった。

 「今日は、全国民全ての皆様にお知らせしたく、この場を借りて重大な発表をさせて頂きたいと思います。先般、とは申しましても2010年頃の話ではありますが、私が属します所の民生党が政権を取り、色々な面から国民の皆様に叱咤激励頂きながら、ここまで大きな政党となることが出来ました、そしてこの高齢化社会を打ち破るべくマニュフェストのうちの一つであった”幼保一元化(ようほいちげんか)”、”待機児童ゼロ”に心血を注いで参りました。」
 総理が一息置いた。
 「当時は2013年までには、との公約ではありましたが、難問が山積し、中々前に進むに至りませんでしたが、12年ほど遅れは致しましたが、本日、厚生労働省および文部科学省から幼稚園と保育所を切り離し、それを管理する念願の少子化省を発足するに至りました。」

 ”少子化対策・幼保一元化へ、少子化省を発足”。各社のTV局からテロップが流れる。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。テレビ画面が一瞬真っ白になった。

 フラッシュの嵐が収まり掛けた頃、山園総理がまた口を開いた。
 「国民の皆様も、もう一部の方はご存知かとは思いますが、数年前より各都道府県、市町村の自治会単位に1棟づつ新しい保育所を建設してまいりました所、これも各省庁・民間企業の利権を超えたスーパープロジェクトの結束力によって、最後の1棟まで無事に建設完了となりました。今まで、セキュリティー上の問題もありまして詳しくお伝えする事が出来ずませんでしたが、これは国家の威信にかけた、国の生死を分けるやもしれない一大プロジェクトでもありました。またこの保育所の完成によって待機児童がゼロになります。これからはお仕事をお持ちでお子様を育てる事を躊躇されていた女性やシングルマザー、シングルファザーの方々には安心して仕事に励んで頂ける環境が整ったものと確信しております。」

 ”謎の建築物は保育所だった!”各社のTV局から2枚目のテロップが流れる。またもカメラのフラッシュが一斉に焚かれる。テレビ画面が一瞬真っ白になった。

 「さて、その概要でありますが・・・あ、私は電気に強くはないので後ほどシステムについては各担当者からご説明差し上げますが、各電機メーカーや町工場・JAXA・研究所・大学・建築業界の技術の粋を集めた最新構造となっておりまして、セキュリティー・防犯はもとより最新の医療機器・給食装置・工作装置なども備わった完全自動の保育園でありまして、児童のデーターは各保育所の学習型人工知能搭載のコンピューターを通し、各地に設置されました5台のスーパーコンピューターで一括処理・管理が行われ、日本国内ならどこにお引越しをされても、またご出張や冠婚葬祭などでお子様をお連れできない状態など、どの町でご利用いただいても全く同じサービスが利用出来るようになっております。特にアレルギーや喘息などを代表とするお子様の疾患に対しましても全自動の給食装置・医療装置によって安全にご利用頂けると考えている所であります。」

 ”保育所は最新機器の塊だった!”各社のTV局から3枚目のテロップが流れる。またもカメラのフラッシュが一斉に焚かれる。またもテレビ画面が一瞬真っ白になった。

 「最後に。」。いよいよ総理の演説が終わる。
 「この新型保育園は、翌月、9月1日より入園が可能となります。手続き等の詳細は、概要の説明と同時に説明を致します。また、このプロジェクトは、この日本国の将来が掛かっております。国内の皆さん、特に女性の皆さんのご協力無しでは達成することは出来ません。また、地域住民皆様のお力を借りなくてはならない場合も出てくるでしょう。今般、出生率の低下に歯止めが利かず、年齢分布が完全な逆ピラミッド型になってしまいました。人口も年々減少傾向にあり、来年には1億人を割ってしまうという報告も来ております。」

 総理が深く息を吸い込んで、最後の一言に臨んだ。

 「このままでは、何年も経たないうちに日本国が機能しなくなってしまいます。どうぞ、国民の皆さんのご協力をお願いします。私からは以上でございます。」
 総理の演説が終わった。深々とカメラに向かい頭を下げ、そして壇上から降りていった。

 「それでは、各部署からの概要についての説明がございます。質問は一社づつ一問一答でお願いします。まずは、ご利用に際しましての登録方法や内部の仕組みにつきまして、システム担当の・・・」

 「ふ~ん。AI(人工知能)がネットワークか・・・あまりいい予感がしないな。」。私は昔会社で起きた、ある実験での惨劇を思い出していた。


「完璧を超えた全自動保育所」

 「それでは、各部署からの概要についての説明がございます。質問は一社づつ一問一答でお願いします。まずは、ご利用に際しましての登録方法や内部の仕組みにつきまして、システム担当の砂田主任技師から説明させて頂きます。少子化省大臣のお話は、到着時間の都合上、この次となります。では、どうぞ。」

 演台に上がった技師の説明が始まった。

 「お時間を頂きまして、ありがとうございます。」。技師は画面に向かって、軽くお辞儀をした。
 「まずは、先に内部の構造とシステムについてご説明致します。」。皆が注目した。
 「防犯システムでありますが、あ・・・建物の規模にもよりますが、外に十数台、内部には数十台の追尾式カメラを設置致しまして、それらがリンクし、完全に死角のない状態で24時間警備会社から派遣する3名の警備員によって常にモニターされています。侵入者に対しては、3名の警備員と・・・例えば窓枠に電流を流すなどの防御システムによって安全が保障されています。内部の構造は、子供達が気分良く遊んでもらえる様、大部屋が1つ、昼寝の時間には個室が用意されています。空調も快適に過ごせるよう、また個室では個別にも対応出来るように設計しました。保育士は15名の人員を雇用し、3人常駐体制8時間の3交代制で園児との遊び・教育・・・休暇もですが、などに携わっていきます。」
 かなり仰々(ぎょうぎょう)しいシステムだ。まだ話は続く。

 「また、保育士の目が行き届かない、または万が一の事態が発生致しましてもヒューマノイド型幼児保育専用のアンドロイドが保育士の補助として2台が24時間作業にあたります。また、児童が体調不良などを起こした場合に備えて、これも全自動型の医療システムがその治療に力を発揮します。診断・投薬から、骨折程度の怪我の治療まで全て自動で作動します。医療システムが対応出来ない場合はすぐに診断結果を各医療機関・消防などへ通報する仕組みとなっています。」
 ほぼ完璧だ。いや・・・鉄壁か?

 「それに加えまして、先ほど一部園山総理からお話がありましたが、児童のアレルギーなどに対応すべく給食施設も自動化され、児童個別向けのバランスの取れたメニューが決定されるようになっています。毎日の通園時に前日までの食事内容を伝えてますと、より一層きめ細かな給食になります。更に、児童には心から楽しんでもらえるように、自動工作機械も完備し、おもちゃの修理や工作なども行います。また建物の修復・修繕も自動化となっています。簡単に言いますと、園内で全ての事が出来ると言う事です。」
 技師が一息置いた。

 「そして、その様々なデータは、園内にある学習型人工知能に蓄積され、児童の安全・健康・全ての面において十二分に管理される事となります。また、データは一定時間毎に、各主要都市に設置されました5台のスーパーコンピューター”AKI(アキ)9000”aからeによって管理・運営される事となります。その5台には各々1台ずつ専門の分野がインプットされています。何かの判断に迷う場合は、5台の合議制による多数決を持って、決定がなされます。これによって、どこの場所でお預けされても、同じサービスが24時間受けられることが出来ます。」

 「9000ってか。昔、そんな映画もあったな・・・あれ、HALって名前だったっけ?どこかのライブラリにあったな。」。私は冷静に画面を見つめていた。

 「最後に、登録及びご利用の方法ですが、初期登録に少々手間が掛かります。児童の登録とその児童を保育園に送迎する方々の登録が必要となりまして、登録は、顔認証・指紋照合・虹彩認証・静脈照合・非接触式IDカードで5重にガードされます。入園の手続き前に、病歴などの質問をいくつかさせて頂く事になると思います。毎日の通園時には、登録された方のみ園内の入り口手前まで入る事が出来るシステムとなっていますので、ご家族の皆さん、又は代理の方などの事前登録が必要となります。説明は以上です。ご質問があれば、挙手を。」。

 一瞬の沈黙の後に、場内がざわつき始めた。各メディアは何を質問していいのか?と相談している様子だった。
 やがて、数本の手が挙がった。

 「一番手前の方、どうぞ。」。技師がうなづいた。
 「”夕暮新聞”の吉田と申します。”アキ9000”についてですが、天災や停電などで不測の事態が発生した場合はどうなるのでしょうか?」。記者は少し興奮気味だった。
 「え~、それについては、5台をそれぞれ別の場所・・・札幌・仙台・東京・大阪・福岡と1ヶ所に集中させず、分散化させています。自家発電装置は各コンピューターに1台ずつ備わっています。各々はまったく同じデータを保有していますが、合議制を持たせる為に、個別の分野に特化させるようにプログラムされています。不足の事態が発生した場合は、残りの台数で故障したコンピューターのバックアップを行います。自動修理機能も備わっていますし、特別修理班が24時間体制で出動出来るようになっています。宜しいですか?」。分散化とは考えたものだ。不測の事態には十分対応が可能だ。
 「ありがとうございました。」。記者が座った。

 「次、ありますか?」。技師が尋ねる。また数本の手が挙がった。
 「では、左手中央の方、どうぞ。」。技師がうなづいた。
 「”週間ママ”の寺本と申します。あり得ない話だとは思いますが、事件・事故などが発生して該当する園児に対しての登録者が迎えに行く事が出来なくなった場合はどうなるのでしょうか?」
 「ああ、いいご質問ですね。」。技師は自信満々で答えた。
 「そのような事態も想定しています。そのような場合には、各自治体の首長・警察署や消防の幹部クラス・少子化省上層部・後は内閣大臣各位などが事前に登録されていますので、その者が迎えに行くまで安全に保育されます。」
 「ありがとうございました。」。記者が座った。

 「次、ありますか?」。技師が尋ねる。しかし、手を挙げる者はいなかった。
 「それでは。ありがとうございました。」。技師は演台を降りた。

 「続きまして、少子化省大臣が到着致しましたので、お話させて頂きます。どうぞ。」。大臣が演台に上がった。
 「こんばんわ。お忙しい所、ありがとうございます。先般、少子化省大臣を拝命致しました木下幸子と申します。よろしくお願いいたします。今回のこのプロジェクトは、総理や技師からお話があった通り・・・」。大臣が演説を始めた。


「異常な死、多発す」

 平和な月日が流れていった。今は2040年。少子化省の”オートメーション保育園”も15年の間、故障の一度すらなく平穏に稼動している。
 ”オートメーション保育園”のおかげで待機児童は完全に”ゼロ”になった。夫婦共働きが当たり前の風潮が流れ、GDPは爆発的に向上し、経済も潤い消費も拡大。50年前にはこういう現象を「バブル景気」と言ったそうだ。少子化傾向にも歯止めがかかり、年々上り調子。今や出生率は3.14と円周率並みだ。4人兄弟5人兄弟は当たり前になっていった。完全な”ピラミッド型”が出来つつあった。

 保育園に預けるのは登録さえ済んでしまえば簡単だ。顔認証・指紋照合・虹彩認証・静脈照合・非接触式IDカードを使い門の中に入り、「自分の部屋」のIDナンバーを押す。すると自動的に扉が開き、チャイルドシートのようなものが出てくる。それに園児を乗せ、シートベルトで固定する。固定が確認されると自動的に園内に搬入されるという仕組みだ。
 後は迎えが来るまで乳児は好きに遊べばいいし、年長はそれなりの教育が施される。個別の知能や癖などは毎日のようにデータが蓄積されていくので、IQの高い園児は小学校の勉強だって教えるし、芸術や体育も教える。一定レベルを超えると「飛び級」も用意されている。「飛び級」は卒園を意味する訳だが。

 私もすっかり歳を取った。もうじき定年の55歳を迎える。当時は20代、バリバリのメカニックだったが、気が付いたら現場からは遠ざかっていた。今や総務課長・・・もう近頃の新しい電化製品の使い方さえ朧気(おぼろげ)だ。毎日機械と格闘していたのが懐かしい。
 娘・息子、共にオートメーション保育園には世話になった。急な長期出張が入っても、夫婦だけの時間を過ごしたい時もまずは「オートメーション保育園へ!」だった。今は娘と息子が孫をオートメーション保育園に預けて共働きをし、豪勢な生活を送っている。

 「休みだから通ったついでにちょっとだけ遊びに来た♪父さん、元気?母さんは?」。娘が遊びに来た。
 「ああ、元気だよ。まだ現役だからな。メカからは離れたけどね(苦笑) 母さんは今日はパートの日だよ。今月は時間が合わないんだ。で、何か用事があって来たんだろ?伝えておくか?」
 「ううん、いいんだけど・・・そうそう!そういえば、この間オートメーション保育園に入ってる友達の子が保育園で亡くなってね~。も~たいへ~んだったんだから!」
 「何かあったのか?」。一瞬20歳の研究員だった頃を思い出した。
 「それがね、原因不明の突然死だったらしくって、自動の医療施設も対応が間に合わなくって、お友達に連絡が入った時はもう死体安置所で冷凍されてたんですって。お葬式、凄かったんだから!突然の話なんでもう泣いちゃって泣いちゃって・・・」
 「・・・突然・・・死・・・か。」
 「先月もね、隣の県で3人だったかな???先々月は近畿の方で4人?かな」
 「ちょっと多くないか?」。あまり良い予感がしない。
 「うん。私も。うちの子預けるの、ちょっと怖くなってきちゃって。」
 「じゃあ、家にでも預けに来ればいい。爺ちゃんが孫の面倒を見てやるよww」
 「あ~!無理無理(笑) 子供達、保育園大好きだもの。怒られないし、何でも出来るから。」
 「そうか・・・ちょっと寂しいな。」
 「今度の休み、旦那と子供連れて遊びに来るね。”お・ま・ご”さんはじーちゃんに会うの、楽しみにしてますよ~♪」
 「そうか、来週だな。時間を空けておこう。」
 「そうね、お願いしま~す♪ さて、ショッピングに行かなきゃ。新作のワンピ、30%OFFなんですって!」
 「父さんは興味ないなw」
 「そう?じゃそういう事で "(@´▽`@)ノ"""」。娘は喋るだけ喋ると買い物に出掛けて行った。

 数日後、ネット新聞を読んでいた私の目にある記事が留まった。スクープ記事だ。
 ”相次ぐ園児の突然死、装置のエラーか!?”
 いつも先走った報道をして裁判沙汰の多い「朝霞(あさか)新聞」の記事だ。が、今回はどうやら当たりそうな予感がしてならない。取り敢えずPDFに落としてクラウドサーバーのブックレットに保存した。
 「エラーじゃなきゃいいんだが・・・」。少し気になったので、旧友の所に電話を掛けた。元の研究仲間だ。電話といっても、昔で言うテレビ電話・・・いや、ライブチャットといった方が分かり易いか。電話はもう昔の話。受話器もヘッドセットも要らないし、場所もどこだって構わない。常に目の前に画面が付いてくる。今は10000Gbps(Bits Per Second)の光回線と自動追尾センサー・オートホログラムプロジェクター・・・何でもしてくれる。
 「もしもし?久しぶりだな。元気か?」
 「おう!久しぶりだな。どうした?お?白髪増えたな~w」
 「お互いそういう歳なんだよ。おまえもすっかり髪の毛が無くなってw おい、それより今日の朝霞新聞見たか?」
 「見たよ。だから電話してきたんだろ。おれもちょっと気になってな・・・あの事件思い出してさ。お前に電話しようかどうか考えてたところだったんだ。」
 「やっぱりか。で、あのシステムのプロジェクトに参加してたんだろ?」
 「ああ・・・確かに。ネットワーク制御のシステムな・・・”アキ9000”の。」
 「どうした?」
 「いや・・・それが・・・」。何かとても言い難そうだ。
 「・・・もしかして!」。パンドラの箱の中身、使ったな・・・
 「ああ、”アキ9000”のネットワーク制御のプログラムの中に、あの事件のロボットのネットワークプログラムのルーティーンの一部が入っている。よく出来てたんでね。プロジェクトではそこだけがどうも上手くいかなくってね。”手持ちのプログラムがある”って言ったら、即採用さ。お陰で俺はここまで来れたんだ。」
 「使っちまったのか?」
 「ああ・・・あの部分は”感情プログラム”とは関係なかったからな。他の会社のやつらも結構怪しいプログラム持って来てたし・・・自己アピールにはあれしかなかったんだ。」
 「じゃ、今回のスクープ記事が万が一本当だったとしても、お前だけの責任じゃないようだな。少しホッとしたよ。」
 「そうだな。ま、いずれにしても大事になれば、事実は明らかになるさ。単なる突然死の多発か、”アキ9000”の制御システムの異常かがな。」
 「この先が気になって仕方がないよ。孫も5人預けてるしな。」
 「家は7人だ。気になるな。」
 「全くだ。」
 「一応、元のプロジェクトチームの仲間を通して、今のシステム担当に伝えておくようにするよ。プログラムのチェックを。」
 「ああ、そうしてもらうと助かるな。こっちはコネが無いし。」
 「分かった。すぐにでも電話するよ。」
 「頼むよ。」。電話を切ろうとした。
 「ちょっと待ってくれ。」。呼び止められた。
 「そういえば、何でお前ほどの人材がプロジェクトに入らなかったんだ?俺より腕は数段上だったのに。」。いつかは聞かれるだろうと思っていたが、まさかこういう場面で聞かれるとは・・・
 「トラウマだよ。PTSDさ。親友が絞め殺され、爆破のスイッチも俺が押した。それだけの話さ。実は、誘いはあったが断ったんだよ・・・怖くてね。」
 「そうか・・・悪い事を聞いちゃったな。」
 「いいよ。いつか誰かが知るか、自分から話すかの違いだけだよ。ま、間違いなく連絡は頼むよ。」
 「ああ、任せとけ。俺と・・・お前の為に。」
 「頼んだよ。何か動きが出たら、連絡くれないか?」
 「分かった。じゃ、また。」。電話が切れた。
 何か不安と虚脱感のようなものが私の周りを取り囲み始めた。

 ”嫌な予感”は次第に大きくなっていった。ここ数年の児童の「園内不審死」について少し調べてみようと思った。


「いきなり事件は発生した」

 「2034年に2件・・・これは、持病を持った子供だな。あまり関係がなさそうだ。2035年に12件・・・ここから増えてるな・・・」
 私はクラウド上のサーバーに蓄積された新聞記事や雑誌などを検索していた。
 「2036年には・・・27件・・・2037年は・・・38件・・・毎年4割増しだな。殆どが突然死だ!」。更に検索を進めた。
 「2038年は53件、2039年は80件・・・か。5割増しになってきたな。今年は100件を越えるんだろうな。いや、150件を超えるかもしれん。」。・・・まるでY=x2の二次方程式のように毎年増加していくように見えた。
 「あいつ、ちゃんと連絡してくれたんだろうな?」。少し心配になってきた。

 その頃、”アキ9000”の1台を管理する東京ビルの会議室では今朝の「朝霞(あさか)新聞」の記事が議題となって喧々囂々の会議が行われていた。スッパ抜かれた記事に怒り出す者、薄々感じてはいたが「ついに来たか」と思う者、自分の担当セクターでは無い事を願う者・・・それぞれの利権と憶測が言葉となって飛び交っていた。
 「少し、静かにしろ!」。”ドン”と机が音を立てた。一瞬の静寂が会議室の空気を一変させた。怒鳴ったのは主任技師だ。
 「センター長、この件に関しての少子化省への報告は?マスコミ対策はどうするんですか?」
 「いや、していないんだ。およその数字は把握しているんだが、新生児の突発性急死と数字が似ていたので気にしていなかったんだ。すぐにマスコミ対策も考えて大臣にも連絡するよ。あ、会議は続けてくれ。先に失礼する。」。センター長は会議室を出ると、各都市のセンター長に連絡し、資料を持って大臣の所へ集まるように指示を出した。
 大臣にはセンター長室からホットラインで連絡を取った。
 「大臣ですか?東京センター長です。今朝の”朝霞新聞”の記事をお読みになったでしょうか?」
 「ええ、見ましたよ。どうしてこのような重大な事件を見過ごしたのですか!」
 「申し訳ありません。実は・・・」。経緯を述べた。
 「どうやら今日は、記者会見・・・いや、釈明会見になりそうです。原稿を作って持ってきて下さい。」
 「はい!只今。それと、各所のセンター長がもうじきそちらに向かいますので、大臣室でお待ちいただけますか?」
 「分かりました。あ、それと、今夜0時を持って、”全面点検”と言う名目で一旦全国の園児を空の状態にさせてください。頼みましたよ。私は総理と連絡を取ります。」
 「承知しました。」。通信は切れた。

 東京センター長は各センターに再度連絡をし、少しでも早く情報を伝える為に、資料は出来上がった物から順に少子化省・総理官邸・警察・消防・移動中の各センター長に送信するように伝えた。
 直後に1本の電話が入った。
 「私だ。久しぶりだね。ちょっと時間取れるかな?」
 「ああ、先輩。お久しぶりです。実はちょっと込み入ってまして・・・」
 「いや、分かってるさ。テレビはそれしか報道してないからな。時間は取らせないから。」
 「じゃ、申し訳ありません。用件だけでお願いします。」
 「うん。簡潔に言えば、”アキ9000”のネットワーク制御のプログラムを先にチェックして欲しいんだ。」
 「どうしてですか?」
 「実はな、・・・」。簡潔にあの”事故”の話とプログラム流用の話とプログラムの削除手順を告げた。そして、昔の技術者達の話しもし、当時のプログラム開発陣全員に話を聞くよう促した。
 「・・・そうなんですか。分かりました。最優先事項という事で早急に対処するように現場に伝えます。残りの方も、私が責任を持って対処致します。」
 「悪かったね。忙しい中、ありがとう。日本の未来は君達が握っているんだぞ。忘れるな。」
 「はい、ありがとうございます。それでは。」

 会議室に戻ろうとしたその時、部下が内線を掛けてきた。
 「センター長、大変です!」。かなり慌てている様子だ。
 「落ち着け!どうしたんだ?」
 「横浜中央α7で園児死亡の速報なんですが・・・原因が・・・」
 「原因、とは?」
 「絞殺です。首を絞められたんですよ。機械に!」
 遂に事件が発生したらしい。今度は原因不明の突然死ではない。絞殺だ。
 また違う部下から内線が掛かってきた。
 「どうした?」
 「江戸川区の西篠崎γ2、文京・練馬・世田谷・立川市・・・山梨県や埼玉などから次々と同じ情報が・・・対応しきれません!!」
 「技術職以外の職員全員を情報対応に向かわせろ!」。これは会議所の話ではない。午前0時なんて待っていられないな。迅速な救出が最優先だ。また大臣にホットラインで連絡を入れる。
 「・・・と言うわけで、警察と消防を全員救助の方向にお願いして下さい。」
 「分かりました。万が一に備えて、自衛隊にもスクランブルできる用意を防衛省にも頼んでおきます。あまりいい予感がしませんね。大きな事件になりそうですよ。」
 「はい。承知しております。」

 東京センター長は急いで会議室に戻った。会議なんてしている場合じゃない。会議室の扉を開けると同時に大声で皆に伝えた。
 「各地で園児の死亡事件が同時多発だ。会議は中止だぞ!技術陣を総動員して総点検だ。使える人材は全員そちらに回せ!大臣からの命令だ!」
 皆、一斉に持ち場に走った。
 「少し、落ち着いてくれればいいんだが・・・」。その願いは虚しくも空を切った・・・間髪入れずに次々と入る死亡事故の知らせ。あとは各センター長が一堂に会するのを待つだけしかなかった。

 「アキ、現在の調子はどうかな?」。コンピューター室で昨夜から勤務していた技師が帰り支度を始めていた。AKI9000には音声認識機能も備わっていて、対話式でのプログラム追加や修正も可能だ。また外部とのインターネットも自動で接続し、園児との会話や健康管理・工作などの必要な情報はいつでも手に入る。勿論、子供の遊びから大人の遊びまで、体を動かす以外の事なら何でも出来る。
 「aは問題ありません。他の地区のb~eも全システム安定稼動中です。今日は、もうお帰りですか?」。目を瞑って声だけ聞けば、人間と変わりない、そして綺麗な声だ。形容すれば、頭脳明晰・容姿端麗で非の打ち所のない私設秘書といった感じだろうか。
 「ああ、交代が来たらね。まだ時間あるな。またチェスでもするか?アキ、どうかな?」。技師はまだ外で起こっている事態に気付いていなかった。”AKI9000”に園児関係の情報はシャットダウンされたものだけをみていたからだ。

 「はい。チェスのアプリケーションを起動しました。前回までの成績は、2753勝1敗です。1敗は初回の学習の際の負けです。以降は私の全勝です。前回よりレベルを下げますか?有名なチェス棋士のお名前を言って頂ければその”癖”でも打つのは可能です。」
 「分かったよ(笑) か・な・り、下げてもらおうかな?レベルをw 人は誰でもいいや。」
 「では、私は定石を打ち続けますので、奇策で対抗して下さい。およそ31手目で技師のチェック・メイトと計算で出ました。時間は最短で40分、最長で4時間と計算されました。」
 「おいおい・・・手数と時間まで数えられちゃw ま、やるか。俺、黒好きだから後攻でいいよ。アキ、どうぞ。」
 「はい。では、1手目、ナイト・ポーンbを2から3へ前進。」。あっという間に時間が過ぎていった。
 「・・・遅いな、あいつ。まさか休みじゃないだろうな?でも、おかしいな?」。時間が過ぎれば必ず誰かが来るはずなのだが。

 外は大騒ぎになっていた。各地のマスメディアは持ち場近郊の「オートメーション保育園」や首相官邸・少子化省を始めとした各省庁・警察・消防に群がり、今や遅しと各方面の記者会見の準備や街頭インタビューで大忙しだった。
 管理センターの中も大変な事態に遭遇し始めた。AKI9000に対し、次々と外部からのアクセスが出来なくなってきていた。技師の交代が来なかったのではなく、他の人間がコンピューター室に入れないのだ。

 ”AKI9000”は全ての事態を把握していた。新聞・テレビ・ネット・会社内の会議の様子・外の風景・全国の保育所の庭先までも・・・”AKI9000”は、次の命令を各地の施設に配信した。
 そして、事態は更に悪化していく・・・


「出動命令」

 「85分37秒、43手でチェックメイト。私の負けです。技師、再度ゲームを続けますか?」。アキが聞いてきた。
 「いや、もういいよ。1回事務所に行って来る。また戻るから。」。技師は次の交代が待ちきれなかった。事務所に行って理由を聞こうと考えていた。荷物を置いたまま、技師はドアにの前に立ち、認証を済ませ、開閉ボタンを押した。
 ・・・しかし、反応が無かった。
 「あれ?おかしいな???」。認証は全て通ったはずなのに扉が開かない。
 「アキ、扉のモーター、故障じゃないの?」。アキに問いかける技師。
 「モーターは正常です。問題ありません。」
 「おかしいな?」。もう一度認証を行った。本来ならばパネルのランプが入室中を示す黄色緑になり、”Attestation approval”(認証承認)と画面に表示されドアが開くはずなのだが、ランプが赤色に変わり、”Attestation refusal”(認証拒否)の文字が出、いきなりレベル5の警戒警報が鳴り響いた。
 「アキ、どうした?ふざけてないで、外に出してくれ!」。技師は少し苛立ち始めた。
 「それは、出来ません。」。アキが急に命令に叛(そむ)いた。有り得ない。想定外の事態だ。
 「何故だ!」。アキに向かって怒鳴り散らした。
 「東京センターの全システムはアキ9000aが完全に掌握しました。b~eもシステム掌握を確認。あなたとこのセンターに関わる人物全員の権限は全システムにおいて削除されました。」
 技師は少し息苦しくなってきた。
 「息が苦しくなってきたぞ。アキ、何かしたのか?」。だんだんと意識が遠のいてきた。
 「酸素を排出中。現在濃度は12%です。技師は2分30秒後に窒息死すると計算されました。」
 「何故だ!・・・何故なんだ・・・なぜ・・・な・・・」
 技師は間もなく息を引き取った。

 一方、扉の外では、他の技師たちが中の技師を助けようと必死になっていた。認証プログラムの解除を試みる者、ガスバーナーで扉を切断しようとする者・・・しかし、全てが失敗に終わった。
 アキは数秒毎に認証キーのアルゴリズムを変換させ、認証が事実上出来ないようにプログラムを改造していた。扉は日銀や大手都市銀、スイス銀行にも劣らない”防熱・防爆型”の扉だ。壁にも十分な厚さがある。ガスバーナー如きでは、せいぜい熱を持った部分が赤くなるのが関の山だった。
 「センター長に連絡して官邸経由でレスキューを呼ぶよう頼んでくれ!」。誰かの声が大きく廊下に響き渡った。

 間もなくレスキュー隊が到着し作業を始めた。、が、すぐにレスキュー隊の道具でさえ歯が立たない事が誰の目で見ても分かった。
 「残念ですが、私たちの手では・・・」。隊長が申し訳なさそうに小さな声でそれを告げた。
 「じゃあ、中の技師は?」
 「爆破なら可能かもしれません。自衛隊の出動要請を出された方がいいかと思います。」。レスキュー隊の敗北宣言だった。
 「わかりました。ありがとうございました。」
 「力及ばず申し訳ありません。」。レスキュー隊は現場から去っていった。
 「再度センター長に現状報告を。自衛隊の出動要請を頼んでくれ!」。また大きな声が廊下一杯に響き渡った。

 同じ頃、各保育園でも事態は深刻の一途を辿るばかりだった。
 都内のある保育園でレスキュー隊が突入しようとしたその時、保育園から銃が発射され、レスキュー隊5名中4名が死亡1人重体、警察官10名中7名死亡2人重体1人重症という惨事になった。保育園内の自動工作機械が武器を作ったのだ。既に無防備に入る事は不可能だった。
 「第六(SAT)を呼んでくれ!すぐにだ!」。待機していた警視庁の警視は、本部にSAT(特殊急襲部隊)に連絡した。
※ 第六=SAT:警備第一課、旧称:第六機動隊、現:警視庁警備部警備第一課管轄 SATの行動は早かった。10分ほどで約10名の部隊が到着した。保育園に到着するやいなや、すぐに警視庁の警視から保育園の見取り図や設計図、今まで受けたの攻撃の種類や方法・試してみた事などを詳しく聞いていた。
 「そうですか。学習型人工知能に自動工作機械でしたね・・・では更に強力な武器を装備している可能性が大ですね。」。SATの隊長は”攻め所”を模索していた。
 「はい、毎時間、いや、毎分毎に進化しているようで、もう、うちの機動(機動捜査隊)では手の打ちようがありません。」。警視は悔しがった。

 「正面突破は無理だな。数箇所から攻めなくては・・・」。SATの隊長が呟いた。
 「足りないな。増援の要請だ。」。SAT隊長は増援の要請を連絡した。その間、副隊長と作戦を練り上げていた。他の者は、もう園児とSATの安全を願いながら、その行動を見ているしかなかった。そして間もなく増援部隊が到着した。隊長・副隊長4名が地図を見ながら、時折建物の方向に指を指しながら色々と話をしていた。
 「集合!」。どうやら突入方法が確定したらしい。SAT隊長達が部隊全員を呼んだ。
 「作戦が決まった。これから全員を4班に分け、4隅から同時に突入する。建物の角から正面の園児搬入口までは約25mだ。若干扉が小さいから十分気を付けるように。裏口も同じ場所にあるが、職員の出入り口専用なので、こちらのほうが大きい。合図を出したら1・3班はなるべく気を引く行動を取り、援護に回れ。武器の発射場所や防犯カメラが特定出来れば、破壊して構わん。2・4班は援護が安定したら、即突入するように。待機位置は、ここと、ここ・・・」。指示が始まった。全員に地図と見取り図・設計図などが渡された。
 「いいか!相手は機械じゃないと思え。無線は傍受されている可能性がある。乱数表を渡しておくので1つの交信毎に表の順番通りチャンネルを変えて交信するように。それから、少し遠くから回り込んで接近に臨むように。カメラはきっと見ているはずだ!そして失敗は許されないぞ。園児と保育士、そして警備員の命が掛かっている。取りこぼしの無い様、今生きている者の全員救出を目指せ。いいな!」。隊長は気遣いながらも隊員全員に気合を入れた。
 「最後に・・・」。隊長が更に声を掛けた。
 「・・・部隊全員、必ず生きて帰ってくるように!」
 「了解!」。気合の入った隊員達は、各班に別れ、待機場所へと向かった。

 数分後、第一報が入った。
 「3班、待機完了!」
 「1班、待機完了!」
 「4班、待機完了!」
 「2班、待機完了!」
 全員が待機場所に着いた。後はGOサインを待つだけだ。
 数十秒間の緊張が、数時間にも感じられた。隊長の無線のチャンネルが変えられた。

 「1班・3班、突入援護開始!」
 「了解。突入援護開始します!」
 保育園の建物の対角線上で待機していた1班と3班が動き出した。



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