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御祭り金魚の里帰り

「金魚がいる」
 いつの間にか彼女が隣に立っていました。神社の参道に立ち並ぶ屋台の中に金魚すくいがあるのかと思いましたが、彼女が指さしたのはその屋台街の上でした。
 日が暮れて辺りはすっかり暗くなりました。いつもなら夏の大三角形が肉眼でもはっきりと見えますが、提灯や裸電球が煌々としている祭りの中ではよく見えません。夜になると近づいてくるはずの宇宙が、ほんの少し遠のいたような感じがします。行き交う人のにぎやかさで空気は熱を含み、僕の額からは汗が流れました。
「空に金魚がいるの?」
 訊き返すと、彼女は首をのけぞらせて空を見上げたまま頷きました。ふわふわした白いレースのような帯が、ゆらっと揺れます。赤と白の浴衣の模様は何かに似ていたのですが、どうしても思い出せません。
「すごく、いっぱいいる」
 何かを数えるように頭をゆらゆらさせた彼女に訊いてみます。出目金はいる? あまりいない、出目金は高いから。高いといないの?
「あそこにいるの、死んじゃった金魚すくいの金魚だから」
 僕も彼女と同じように、頭をかくんと後ろにやって空を見上げました。
「マグロの群れみたいに、ぐるぐる泳いでる」
「マグロの群れ、見たことあるの?」
「テレビで見た。知ってる? マグロは、泳ぎ続けないと窒息して死んじゃうんだよ」
 それはいい。何がいいの?
「自分で好きなときに死ねるんだ」
 彼女はゆっくりと瞬きしました。大きな目に祭りの明かりが映り込みます。
「私にはよくわからないな」
 首が痛くなってきたので、僕は頭を戻しました。彼女は飽きずに夜空を見つめ続けています。
「死んじゃった金魚が、なんでそこで泳いでいるのかな?」
 どうせ化けて出るなら、飼い主のところに行けばいいのに。
「金魚すくいの金魚はすぐに死んじゃうから、飼い主を覚えてないんだよ」
「そうなの?」
 彼女は空に向けていた顔を初めてこちらに向けました。その頬がぷぅっと膨れます。
「君がそう言ったのに」
「そうだったね」
 金魚すくいの金魚は弱い、と言われることがありますが、実際は金魚をすくった側の問題で死んでしまうことが多いのです。金魚が入った袋を長時間持ち歩いたり、家でカルキの抜けていない水道水にそのまま入れてしまったり。
「でも、私は覚えてるからここに来たよ。君は大事に私を飼ってくれたから」
 彼女の体がしゅるっと小さくなりました。またね、と呟いた小さな金魚は、祭りの明かりに溶けるように輝き、夏の夜空に消えていきました。


奥付

 

【SS】御祭り金魚の里帰り


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著者 : 晴海まどか
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公式サイト:http://whiterabbitworks.wordpress.com/


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