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巻頭カラー

CCC(クロノ・クロス・クロニクル) 第二幕

修平 / イラスト Dake


 

ブラックホワイトデーの動揺@紅妹タルト第三弾

城野伊織 / イラスト 木村なづき


 

カラカラ 第二話

霜山モリス / イラスト めーぷる


月刊誌とは

エトランゼは、情報誌と文芸誌の特色を併せ持った月刊ムック誌になります。

メインコンテンツとして、連載ライトノベルを数作品ずつ掲載するほか、 サブコンテンツとして、陸の孤島「文芸島」で彷徨う皆様へ、ちょっと役に立ちそうな情報をお届けしてゆく予定です。

 

 

 

KMITの既刊誌 好評販売中!

 

お求めの際はこちらのアドレスまで kmit.kemmy@gmail.com

電子書籍もあります。 

 

 

 

 次刊予告

 

 連載2タイトル、読み切り1タイトル掲載予定

 

【連載】フィッツロビンシリーズ episode3 竹見名央

 

【連載】レストラン・グラフィティ scene3 Q

 

【読切短編】タイトル未定 ひかり


CCC(クロノ・クロス・クロニクル) 第二幕

C C C

クロノ・クロス・クロニクル

 第二幕

 

修平

イラスト Dake

 


キャラ紹介

キャラ紹介だよ

 

 

黒檀(くろびつ菅木】(すがき

画家を目指す少年。

才能の限界を感じて苦悩している。

 

 

九十里(くじゅうり (きざみ

菅木の親友。

彫刻の天才。

 

 

story

群集から逃れた菅木たちは、たどり着いた倉庫で、途方にくれる劇団長と鉢合わせる。

破壊された舞台装置の修理を手伝おうという刻だが、菅木は乗り気になれず……

 


本編(1)

 

「どこだ、ここ」

 菅木は独りごちる。人目を避けて逃げ延びた先に、全く見覚えがなかった。屋内ではあるらしいのだが、天井は驚くほど高く、遮蔽物によって入口が見えない。振り返ると、広大な海が見えた。水平線の静寂に満月が落ちようとしている。なかなか上出来な舞台背景である。これは『須磨』と呼ばれる演目で使われるものだ。

「綺麗だな」

 ありふれた構図だ、とは言えない。海や大河は遥か昔より多くの絵のモチーフとなってきた。水面と水中、水によって隔てられる二つの世界は、神秘的な暗示を感じさせるからである。

 

 街は彼にとって庭のようなものであるが、この倉庫は話が別だ。演劇区域では一日で五〇種類近い劇が上演される。それらの大道具・小道具は、全てこの大倉庫に保管される。時間によって千変万化する迷路まで、菅木は把握できない。本棚に上り、この迷路の外観を捉えようとするが、複雑怪奇でさっぱりだ。劇の道具職人は地図もなくここを移動するというのだから驚きである。

 菅木の指を、刻が握った。はっとして下を見ると、彼女は項垂れて「ごめん」と言った。

「なんで謝んだよ」

「折角のお祭りなのに俺のせいで――

 その後に続く刻の釈明は、菅木の耳には入らなかった。彼は呆然と、何の考えもなく、刻を見つめた。そしてふと、ここで刻が死んでも、誰も気づくまいと思い当たった。なんという狂気であろうか、親友を殺す妄想に耽るなど。

 申し訳なさで一杯になった胸があまりにも重く感じられて、クローゼットに腰を下ろすと、「別にいいからさ」と返事した。それが菅木の、精一杯の強がりである。笑顔を作ることも出来ないで、視線は床板に落っことしたままだ。

 そんな思い露知らぬ刻は、「そうだよな。まだカーニバルは始まったばかりだもんな!」と気合をいれている。そこじゃないと言ってやりたかったが、わざわざ彼女を巻き込んで憂鬱になって何がしたい。

 結局いくら自分が悩んだところで、なにも変わらない。なぜなら自分は刻から離れないし、刻も自分から離れないからだ。一ヶ月間特に不安にならなかったのも、そういう信頼があったからに他ならない。

「せっかくのカーニバルだもんな」

 今度は、多少自然に笑顔を浮かべられたと思う。恐るべきカーニバル効果、きっと今日を楽しく過ごす事が出来れば、――自分の心が刻から離れなければ、カーニバルが終わろうともこの関係がずっと続くはずだ。刻と菅木、対等の友人。彼女がどこに行っても、菅木がどこへ行かずとも。

 

「なんて悲劇だ!」

 

 どこからか聞こえてきた覚えのある声に、菅木と刻は顔を上げた。大きな衣装箪笥の裏側をこっそり覗くと、艶のある黒のシルクハットを被った壮年――団長が、はばたくように短い手を動かして、何かを訴えていた。団長の前に立つ男を見て、菅木は咄嗟に頭を引っ込める。

 憲兵隊だ。

 刻と菅木は肩を並べて息を殺す。

「あんた達がそこら中を引っ掻き回したせいで、見たまえ、装置がお釈迦ではないですか。一体どうしてくれるんです」

「貴様らが捜査妨害をしたのが原因だろう」

「私たちが一体何をしたっていうんですか。私たちはただ、劇のリハーサルをしていただけなのに」

 憲兵隊の隊員の周囲を、白鳥を模したレオタードを着るダンサーが踊りまわる。隊員が「邪魔だぞ」と怒鳴って手を払うと、ダンサーたちはやはりね回りながら離れていく。なるほどあれをやられたら確かにウザい。

「私は職務に戻る。文句があるならスライス・ブラックハート副隊長に言え」

「す、スライス……! そんな、惨い……」

 団長はハンカチを咥えながら地面に倒れ伏す。彼の周りをダンサーが回っていた。

 菅木と刻は、顔を見合わせた。劇場区間への戻り方は分かった。あの隊員の後ろを付いていけば、迷うことはないだろう。菅木は倒れ伏す団長に気付かれぬよう、回り道しようとする。しかし、彼の腕を刻が掴んだ。

「菅木、どこ行くんだよ」

「団長に気付かれないように、こっそり抜ける。劇はできないみたいだしな」

「見捨てるのかよ。団長が困ってるっていうのに」

 菅木は顔を手で覆って、今日一番のため息を吐いた。

「見捨てるもなにも、どうするってんだよ。まさか本当に、あの拷問官に抗議するわけじゃないだろう?」

 アルカディアはアルトニア王国の西端に存在する都市だが、それは形だけのことで、納税や徴兵の義務から逃れている。事実上の独立都市である。

 憲兵隊は、アルトニア王国がアルカディアから税を徴収せんが為に派遣させた治安維持部隊である。そんな連中と芸術家の意見が合うはずもなく、あちこちで諍いが起こっているのが現状だ。まあ諍いというのは大仰な話、税金代わりと傑作(自称)を押し付け笑い飛ばすような芸術家が大半で、一時憲兵隊の本部は万博のような呈を成し、その混沌が評価されて観光スポットの一つに数えられもした。

 そんな最中派遣されたのが、拷問官という唯一無二の官位に就く男――スライス・ブラックハートである。「世界一平等(グリーンな拷問官」とはつまり女も子供も容赦無しということである。

「だからって泣き寝入りするのか? 俺は嫌だ。そんなの、悔しいじゃんか」

「よく考えてみろって、団長を助けて拷問官に喧嘩売って、何の得があるんだよ?」

「得? そんなくだらない物のために芸術やってんじゃないだろう!?」

 彼女は菅木の腕を離すと、箪笥の影から躍り出る。団長の「刻!」と明るい声がして、それが菅木をますます苛立たせた。いつもそうだ、こういうときばっかり熱くなって。もう付き合っていられない。

 そう思いつつも、根が生えたようにそこから動けなかった。

 刻より芸術的知識に精通していると思うし、経験だって、自分のほうが上だ。かたや大商人の一人娘、かたや孤児、芸術に賭ける執念だって絶対に負けない。しかし、どうしても刻に敵わない。その原因を、彼はこういう局面で再確認してしまうのであった。

「こういうことを忘れるために、お祭りに来たのに……」

 背後では団長と刻がなにか話している。菅木は自分の胸に手を押し当てて高鳴る鼓動を抑えようとする。

 

 

刻の身長の半分ほどしかない団長と、彼の劇団に所属するダンサーが五人、輪になっている。皆一様に湿っぽく泣いているため、刻はまるで劇の終盤に何の知識もなく舞台に放り出された一般人のようだった。

団長が禿頭に両手をおいて、無い髪の毛を掻きむしるように手を動かした。それに合わせて五人のダンサーは白粉が塗られた頬に涙をこぼしながらつま先立ち(ポ ワ ン ト。刻も辛い時や悲しい時は無我夢中で鑿を振るうことがあるので、彼女たちの気持は良く分かったが、頭を掻きむしる団長はこれいかに。

「嗚呼! 我が友、刻! うう、涙がっ」

 刻は団長を見て微笑する。菅木が付いて来てくれなかったことに、彼女の自信はやや揺らがされていたのである。しかし、こうして泣かれてみると、見て見ぬふりをしなくて良かったと、心の底から思った。もしもあの場で背を向けていたら、自分は団長に二度と顔向けできなかっただろう。菅木だってきっと同じ思いのはずなのに、どうして……。

「って、どうしたの!? これ!」

 しかしいくら彼女といえ、その惨状を見て驚かぬわけにはいかなかった。酷いやられようだ。すり鉢状の客席には既に大勢の人が座っており、今更「公演を取りやめる」なんてとても言えない。だがここまでこっぴどくやられては、それもやむを得ないという雰囲気が、団内に漂っていた。

「よくぞ聞いてくれました。実は半刻前のこと、……涙抜きには語れぬ惨事! 嗚呼(レ・ミゼ)無情(ラブル!」

「そう言うのはいいからさ。ちゃっちゃと教えてよ。時間、ないんだろ」

「は、はい。それは申し訳ない。悲劇的な状況に置かれるとついつい……。憲兵隊の連中が踏み込んできて『黒野黒須を匿っているだろう』といいがかりをつけて、装置をこんなにしてしまったのです」

「黒野黒須が? 馬ッ鹿だな。この祭りに乗じて国外に逃げたに決まっているのに」

「それをあいつらに言ってくださいよ……」

 噂によると、黒野黒須の確保は最優先事項であり、死体を路上にほったらかしてでも捕まえろと、アルトニアの中央司令部から伝令があったそうだ。彼らはそれこそ血眼になって黒野黒須を探している。「国外に逃げた」なんて発想は、そもそも禁句とされているのだろう。

「ただ探すにしちゃ、手荒じゃないか」

 この屋外ステージは、背景の絵を手巻装置によって変えることが出来る――ロータリングバックグラウンドというシステムを起用している。変わる背景、それがこのステージの魅力だ。今は幻灯機を使い銀幕に透過させることで、同じような効果を出す舞台も存在するが、いわゆる「古き良き」方式という奴で、未だにこの装置も人気が高い。

「彼らは、私たちを見せしめにするつもりなのです」

 団長は壊れた備品を見ながらそう言った。捜査に協力しない劇団は、劇を物理的に壊されると知れたら、捜査もしやすくなるだろう。どうしてそういう方法でしか人を従えさせる事ができないんだ。素直にお願いすれば、楽屋くらい見せる気にもなるのに。

「差し詰めあの拷問官の入れ知恵だろうな。よし、チャッチャと直すよ」

 刻の軽い言い方に、誰もが「何を直すのか」分かり損ねた。団長が恐る恐る「この舞台装置を、ということですか」と尋ねる。未だ半信半疑の様子だ。刻は一も二もなく頷くと「糊と布を持ってきてよ」とダンサーに頼んだ。

「この天才、九十里刻を舐めてもらっちゃ困るよ」

 冗談みたいに言ってみたが、皆が「天才」という言葉に頷いてしまったので、拍子抜けしてしまう。周囲からそんな風に誤解される事への抵抗は未だある。しかし、「天才の刻が助けてくれるならば」と目に希望を灯らせる彼らを見ていると、たまには誤解も役に立つものだと思った。

「しかし刻、私たちは見ての通り貧乏劇団。貴女にお返し出来るものなど何もないのです」

「俺は金が欲しくてやるんじゃない。もっと大切な物を守るために手伝うんだ」

 刻は悪戯っ子のように笑うと、団長はハンカチを目に当てた。

「刻、貴女はどんなに有名になっても必ず私たちの公演を見に来てくれる。こんなに良い娘は他にいません」

「あはははは」

 まさかたまたま辿り着いたとは言えない。

 公演開始までの三十分、彼女は電光石火の如く動きまわった。舞台道具は人に見られるものだ。劇の空気を壊すような手抜きは、少しも許されない。割られた岩をくっつけて、折れた木を繋ぎ直し、玉座や王冠は磨き、団員が手伝う暇もなく、彼女はそれらを直してしまった。

刻のことを買っていた団長さえも、まさかここまでの技能を、彼女が備えていたとは思わなかった。ただただ驚くばかりである。それらをわずかの間に終えると、今度は大仕事、ロータリングバックグラウンドの復元である。彼女は舞台袖の金属管を素手でよじ登ると、団長の制止を振りきって、地面から五メートルの高さで作業を始めた。まるでサーカスだ。このまま幕を上げてしまっても、客は喜ぶだろう。

「刻、無理しないでください!」

「大丈夫だって! よっと」

 軽業師のような身のこなしで管を伝いながら、離れていた布地を強力な糊で繋いでいく。これが一本に繋がっていないと背景が上手く回らない。あと五分。オーケストラは位置についている。

 布の端を掴みながら地面に降り立ち、息着く間もなく、彼女は手巻装置の元へ走った。鑿をとり出すと、絡まっている鉄鎖を時に切断しながらほどき始める。だがその戒めが解けた時、彼女は一生止まることがないかと思われた魔法の両手を、はたと止めた。まるで手に宿っていた意思が何かの拍子に滑り落ちてしまったかのようだ。

 立ち尽くす彼女を見かねて、団長が「大丈夫ですか? 疲れたんじゃ」と声をかけるが、問題はそこではなかった。

「団長、今同じ方式の舞台で、使っていない場所は?」

「残念ながらありません。数少ない舞台ですから」

 もしあるならば舞台を移動して講演していただろう。分かりきったことだ。自明のことを質問するのは、打つ手がない証拠である。

「なら、手巻装置のギアの予備はない? それを作れる人でもいい。無いんだよ、歯車が」

 これではいくらハンドルがあっても回らない。彼女は脱力して、その場にぺしゃんと腰を落とした。いくつ小物を直そうとも、背景が無地では、劇の面白みは半減であろう。肩を落とす彼女に、団長は間もなく幕が上がることを告げる。でも彼女はそこから動かない。否、動けなかった。なんとか出来ないかを考えるが、足りない部品を今から作ることは不可能だ。この装置は直らない。

「刻はよくやってくれました。おかげで、我々も胸を張って幕を上げることが出来ます」

 ダンサーたちは顔を見合わせると、頷いた。彼女たちの決心は固まったようだ。団長もまた、彼女たちの心をみとって、代表して話し始める。

「バレエは舞台装置に頼らずとも素晴らしいものであるべきです。そうですね?」

 彼が手を鳴らすと、ダンサー達がその優雅な風貌には似合わぬ気勢を上げる。白鳥が水面下でばた足するように、ダンサー達はいつもポワンとしているわけではないようだ。しかし刻の落ち込んだ心を、持ち上げるには至らない。

 団長は刻を心配そうに見るが、ただでさえ観客を待たしているのだ、もう舞を上げなければならない。彼は最後に労りの言葉を掛けて、その狭い歩幅で走っていった。

 刻は一人、舞台裏で蹲っていた。

「……菅木」

 何刻も、菅木は肝心な時に自分を助けてくれた。今回だって、きっと……。でも彼の心が変わっていってしまう事を、彼女は知っていた。

無花果彌生に弟子入りしてから一ヶ月、彼女は休む暇なく大家への挨拶回りや酒注ぎ荷物持ちをした。そうして勝ち取った一日の休日、朝焼けの中、麻袋のようにくたくたになって彼の家にたどり着き、恥を忍んで寝台に入った。彼の腕を枕にする幸福感。やがてこれが別の人を包むのかと思うと、彼女は彌生の元になんて、戻りたくなくなってしまう。

 しかし、一度変形した関係は決して戻らない。それは鑿を入れた彫刻とよく似ている。今までどれほど理想的な形であったとしても、たった一回の木槌がそれを壊してしまう。

 

 舞台で歓声が上がる。刻は我を取り戻すと、灯りに導かれる羽虫のように、覚束ない足取りで歩き出した。彼女が目撃したのは、瞠目する観客、歓喜する団長、そして、布を走る鉛筆の黒檀( ・ ・ ・ ・ ・)

「菅木……」

 彼女はそう呟いて、目をませた。

 なんて綺麗で精緻な鉛筆(デ ッ)模写(サ ンであろうか。見たこともない、美しい湖。

この世の喧騒とはかけ離れた世界。

 

 

菅木は中が空洞になった鉛筆をペンフォルダーに戻した。鉛筆さえあれば、消すも写すも自由自在。それが菅木の〈技法〉である。



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