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老人国・後篇1

    老人国・後篇1(7-11)

 

      夢遊星人 作




   (7)



 四人そろって戸外へ出ると、日はまだ十分に高く、さわやかな秋晴れの空が広がっていました。ダルマ大統領の車椅子をひよひよがゆっくりと押し、両側をブンプクと私とが並んで歩きます。 「この国全体が見渡せる、谷間の縁まで行きましょう」と、ダルマさんは言いました。

 さきにも書きましたが、碁盤目の道に整然と並んだ一見コテ-ジな、平屋の民家をいくつも過ぎて、西南の方へと向かいました。通る人はみな老人ですが、にこにこしながらダルマさんと挨拶を交わします。20分も歩くと住宅地のはずれに着きました。そこからはなだらかな斜面の、かなり大きな谷間が見渡せました。

 こちら側の斜面は、もう刈り入れの済んだ棚田になっていました。緑の野菜畑も見渡せます。こんな斜面での農業は、老人たちにはきつくはないのでしょうか。それを聞いてみますと、ダルマさんは、 「必要と健康を兼ねていますから、かえって喜ばれています」という返事でした。

 どうも私は、老人というものを勘違いしているような気がしてきました。あちらの国にいると弱々しそうに見えますが、思った以上に活力に満ちているようです。向かいの山肌は、やはりなだらかな斜面になっていて、緑の草地にどうやら牛や羊の姿が見えます。畜産も営まれているようです。それについて聞きますと、 「主に酪農を営んでいます。肉食は、老人たちはあまりしませんので、牛乳と、羊毛とが主な目的です」という返事でした。

 谷間には川が流れていて、やはり住宅地と、工場のような建物が見られます。川の一部では、小規模な水力発電の施設が見られます。発電については、山のあちこちに風力発電の風車が並び、電力も自給自足のようでした。そのことを聞いてみますと、ダルマさんは、

 「この国では、再生可能エネルギーにすべてを頼っています。考えられるかぎりの発電施設があります。屋根の上の太陽光発電パネルは言うまでもなく、小規模水力発電、風力発電、バイオマスなどを利用しています。汚水処理場は同時に発電施設です。冬場には暖炉で薪を焚くこともあります。化石エネルギーに頼るのは、特別の場合に限ります。老人国では原発の技術も可能なのですが、なにぶん狭い国なので、環境を優先しています」

 という説明をしてくれました。小国寡民という言葉がありますが、一体老人国にはどのくらいの人口が養われているのでしょうか、その点を聞いてみました。

 「一つの老人国には、一万人が理想ではないでしょうか」という返事でした。「昔のギリシャのポリスを考えてみても、あまり大きくなるとろくなことはありません。ある程度の情報交換や、コミュニケーションが上手くゆくには、その辺が限界です。この谷間には、主に労働意欲が旺盛で、活動好きな方々が住まわれています。力のいる仕事は、すべてその方々のボランティアです。この丘の上にも、いろいろな方が住まわれていますが、主に文化的活動が中心となっています。谷間と丘と差別があるわけではなく、年とともに適した活動を選べるような、施設の配置になっているのです。工場などはいずれごらんになると良いでしょう。今日のところは、文化施設をご案内しましょう」

 そこで、四人そろって家並の方へもどりました。途中で車椅子の老婦人を押してくる、背の高い黄色い犬に出会いました。どうも見たことがあると思っていると、その犬の方から声をかけてきました。

 「おじさんではないですか」

 「もしかして黄色いワンかい」

 「そうです。おじさんがどうして老人国にいるのです」

 「それはこちらが聞きたい。黄色いワンがどうしてこんな所にいるのだい」

 黄色いワンは、昔私と一緒に、黄色い森で一つ家に暮らしていたのですが、ある時世界旅行に出るといって、チャロのようにバッグ一つで姿を消してしまいました。その後、ノイヨルクから葉書きが来て、オゲックス・アパートで元気に暮らしているということでしたが。

 「黄色いワンさんは、私といっしょに老人国へ来てくれたのですよ」と、スケッチ帳をもった車椅子の品の良い老婦人が、代わりに答えました。

 「ぼくはベティーさんの執事をしているのです」と、黄色いワンは言いました。「ノイヨルクでとてもお世話になったのです」

 「そうだったのか。ノイヨルクの話は今聞いている暇がないのだが、明日にでも会いに行こう」

 「イェロー・ワンさんのおじさんでしたら、ぜひとも私たちのところへいらしてください」 

 ベティーさんが言いました。そして、バッグからピンク色の名刺を出して、私に寄こしました。私はお礼を言って受けとりました。Ms.Betty Pink とあって、ハウス・ナンバーが記されていました。

 「とにかく立派になったものだ」 私は黄色いワンが着こんでいる、洒落たお仕着せのような燕尾服を見て、感心しました。 

 「では、おじさん、また明日」 昔いたずらものだった黄色いワンは、みんなに会釈をしているベティーさんを押して、散歩をつづけました。

 

  (8)

 

 四人はまたぶらぶらと歩いてゆきました。世界は狭いものだと思いました。思いがけないところで、思いがけない出会いをするものだ。老人国は、特にそんな不思議が起こりやすい国なのでしょうか。少しゆくと、他の住宅などよりもずっと大きい、会館のような建物が見えてきました。それらしく見えませんでしたが、入口に老人大学とありました。

 「少し寄ってみましょう」とダルマさんが言いました。入口のホールに入ると、天井が高くて、窓の広い、明るい内部でした。

 「ここには大きな講堂を中心に、いくつも講義室があります。中途半端な時間でさえなければ、誰もが出入り自由です。今日の講義は、もうほとんど終ったようですな」

 授業予定のモニターを見ますと、午前、午後と、講義がたくさん並んでいます。人文系を見て見ますと、午前中は、語学の講座が目立ちました。老人国のように閉ざされた国なのに、語学がそれほど人気なのでしょうか。その点をダルマ大統領に聞いて見ました。

 「語学講座は、老人国では基礎的な教養として奨励されています。記憶を衰えさせないためには、格好の学習ですし、老人国には世界のあらゆる人たちが住んでいますから、お互いに言葉を教えあうのです。今日の講座は、スワヒリ語と、アイヌ語と、ヒンディーと、エスパニョールと、バオバブ語と、・・・」

 「バオバブとは聞きなれない言葉ですが・・・」

 「バオバブは老人国の共通語です。実はまだ、出来立てのほやほやでしてな、将来、老人国どうしの間での、国際語になるでしょう」

 エスペラントやオネイロス語なら、聞いたことがありますが、バオバブ語は初めて知りました。一体どんな言葉なのでしょう。

 「ご興味がおありなら、朝の講座で毎日学習できます。早起きが苦手なら、ウエッブ講座でも中継されています」

 私は早起きが苦手なので、明日ウエッブで覗いてみることにしました。明日の人文系の講座を見てみると、種々様々なテーマが並んでいます。芸術、文学、思想などが中心で、さすがに老人国らしく、経済や法律などの講義はありませんでした。いくつか私の知識欲をそそられるテーマがありました。<老境と崩壊の美学>とか、<世界名作老人文学>とか、<死後の形而上学>などがありましたが、なかでも、講師ドクトール・チンライプなる人の、<シャボン玉宇宙論>が面白そうですので、明日来てみることに決めました。理学系の方も、ちょっと覗いてみますと、<老いても解る微積分>とか、<量子力学で頭を良くしよう>とか、<死後の不確定性理論>とか、<STAP細胞で若返ろう>などという題目が並んでいました。どれも私の苦手な方面ですので、遠慮することにしました。

 

  (9)

 

 四人は再び表に出て、クラシックおじいさんの家に向かいました。どこからか静かな管弦楽がもれ聞こえてきました。どうやらクラシックおじいさんの家からのようです。窓が半分ほど開いていて、通りがかりの人も楽しめるようにという、音楽ファンの人に通有の老婆心のようです。チャイムを鳴らすなどという野暮なことはしないで、ダルマさんを先頭に、硝子扉をそっと開けて中に入りました。玄関へ入ると、すぐさま喫茶店のような広間になっています。後で聞きましたが、住宅はある程度の改装が許されていて、まったくひと昔もふた昔も前のクラシック喫茶の雰囲気でした。立ち上がって、うなずきながら迎えに出た、いかにも紳士然とした老人が、この家のあるじのようです。四人がけのテーブルをかこんで、背の高い古風な椅子に、私たちは腰をおろしました。他のテーブルにも、何人かの老人たちが、紅茶や、緑茶や、コーヒーをすすりながら、名曲に聴き入っています。聴いている人の邪魔にならないように、ダルマ大統領に会釈だけを送っています。

 部屋の一方に置かれた、巨大なコンポからは、ひかえめな音量で交響曲が流れています。どうやらブラームスのようです。コンポの周辺の棚には、天井から床まで、古いレコード盤やCDが、びっしりと詰まっています。一曲終わるまでは、私たちもマスターが運んでくれた紅茶をすすりながら、名曲に耳傾けていました。ブンプクだけそわそわしているのは、何か用事でもできたのでしょうか、携帯を出して見ています。そして大統領に小声で何かを言って、紅茶を飲み残したまま出てゆきました。ひよひよが顔をゆがめて、私に囁きました。

 「ブンプクさんは、大きな太鼓の音などが苦手なのですよ。お友達のゴン狐さんが鉄砲で撃たれて以来、ドンという音が嫌いなのです」

 「それは気の毒に」と私も囁き返しました。

 第四楽章がやっと終わって、静かになりました。お客たちは声を取りもどして、三々五々雑談を始めました。

 「年をとるとブラームスが一番ですな」と、ひとりの老人が言いました。「ベートーヴェンは若い頃はまだしも、今聞くと激しすぎるようで。モーツァルトはお茶目だし、シューベルトは過ぎ去った青春ですかな」

 「ブラームスの生ぬるさが心地よく感じられるようになれば、りっぱな老人ということですな」

そんな会話が聞こえました。

 「私はやはりベートーベンが一番ですぞ」と別の老人が応じました。「交響曲ばかりではなくて、ピアノソナタがよろしい。毎晩、寝る前には欠かせませんな」

 「では、ひとつ静かなものをおかけしましょう、嵐博士」とマスターが言いました。そして流れてきたのは、<月光の曲>でした。

 

 アダージョ・ソステヌートをバックグラウンドに、お客たちの会話がはずみました。

 「ご研究の方はお進みですか、嵐博士」とダルマ大統領が言葉をかけました。

 「おかげ様で、百インチの完成で、老人にも天文学に貢献できることが世界に示せますわい」 という返事です。この老人は、見た感じから九十歳を越えたくらいに思われました。もとは大柄な体格であったろう、その背中がかなり曲って、髪も耳のまわりを残して、頭頂が赤く禿げあがっていました。天文学者であると聞いて、私の中にふと浮かんだものがありました。それまで私は、クラシックを聞くことは好きであっても、三拍子も四拍子も区別のつかない音痴でしたから、皆の話を黙って聞いていましたが、ここで初めて口をはさみました。

 「失礼ですが、もしや天文学者の嵐竜馬博士ではありませんか」

 「そうですが。私をご存知か」

 「いえ、直接お目にかかったことはありません。ただ、ご著作を子供の頃読ませて頂きました」

 たしか中学生の頃、「四季の星座」だとか、「黄道をさまよう天体」などを愛読しました。そのことを言いますと、博士は相好をくずして、

「そうですか、近頃とんと著作には縁遠くなっていますが、私の昔の本の読者にめぐり会えるとは、何かの縁ですな」

 私は手短に、ダルマ大統領の招待で、老人国を訪れていることを話しました。ダルマさんも口ぞえをしました。

 「セイトさんは文章を書くのがお上手なので、老人国のルポルタージュをお願いしたのです」

 「それならば」と嵐博士は言いました。「われらが老人国の天文台にも案内せずばなるまい」

 「先ほど100インチとおっしゃいましたが、そんな大きな望遠鏡が老人国にもあるのですね」

 と私は聞きました。

 「300インチがあたり前の今の時代、可愛いものじゃが、ハッブルが宇宙膨張を発見したのもウィルソンの100インチであったから、まだまだあなどれんよ」

 2インチ程度の望遠鏡しか覗いたことのない私としては、そんな望遠鏡が覗けたら一生の思い出でしょう。 「明日の晩、われらが天文台にご招待しよう」という博士の言葉ですから、私は喜んで承諾しました。

 それから、話はマスターのレコード盤やCDのコレクションに及びました。マスターことクラシックおじいさんは、長年会社勤めをしていましたが、自身は楽器などを演奏しないのですが、クラシックの演奏会が大好きで、プロ・アマを問わず休みの日には必ず出かけていきました。そして家に帰っても、買い集めたレコードやCDで、自前の演奏会を開くので、家族からは随分嫌がられたそうです。奥さんに先立てれ、定年になって思うところあり、一人息子と別れて、コレクションごと老人国の住民となったのでした。マスターのコレクションは、同じ曲でも演奏家や指揮者の違うものがいくつもあって、そのために厖大なものになってしまうようでした。その代わり、誰のいつの演奏が聴きたいなどという、こった注文にも、たちまち応えてくれるのです。

 

 (10)

 

 クラシックおじいさんの家を出ると、日影は既に山の端に近づいていました。ダルマ大統領と、秘書のひよひよと、いつの間にかまたそばに現われたブンプクと、私とは、町の東北の方にあるホスピスへと向かいました。ちょうど夕陽が、東の方の山々を照らして、木々の緑に一日の名残りの生命を燃え立たせていました。通りにはしかし、夕闇の気配が早くも漂っています。散歩に出ている老人たちの姿も、ほとんど見当たらなくなりました。皆無事にそれぞれの家にたどり着けたでしょうか。

 「老人国では、自発的義務として、発信機つきの時計を、誰もがつねに身につけるようにしています。それは他人に余計な心配をかけないようにという、相互の思いやりです。夜中に戸外からの発信があれば、一応連絡を取ることになっています。万一行方不明になった人からの発信がない場合も、こちらから強制発信させることが出来ます。それも不可能な場合は、そもそも携帯していないような場合は、動物たちが総動員で探してくれます」

 という、ダルマさんの説明がありました。この国では、老人どうしの相互扶助がゆき届いているようです。

 

 さて、B地区のホスピスB2も、昼間入ったホスピスと大体において同じつくりでしたが、色彩と部屋の配置が多少変えてあるようでした。ラウンジの隣がすぐ食堂でした。私たちが入っていくと、すでに食卓についている老人たちが皆、大統領とその一行に夕べの挨拶を送りました。もちろん顔どころか、体も動かせそうもない老人たちもいました。しかしブンプクが近づくと嬉しそうにうなずきました。私があちらの国で、以前に訪れたことのある施設では、老人たちは互いに目を合わせることもなく、実に静かに食事をしていました。響くのはスプーンや、皿の音だけです。溌剌としているのは、間で給仕している若い介護士だけでした。

 しかし、ここ老人国の食堂では、老人たちの会話が飛び交いました。冗談好きの人もいれば、笑い上戸の人もいます。皆が同じ運命の中に生きているということは、こうも人間を快活にするものでしょうか。しかも、あちらの国でのように、だれに遠慮もいりません。互いに、明日は我が身なのですから。ここでは元気な老人が食事を作り、介護の側に回ります。いずれは逆の立場になることが分かっていますので、優越感をいだいたり、パワー・ハラスメントに走ったりすることはないのでしょう。

 私はヴァイキング料理のように並べられた老人国のディナーを、自ら運んで、遠慮気味にダルマさんの隣の席に着きました。ホスピスで一番元気そうなおばあさんが、ダルマさんのそばに来て、報告を始めました。

 「Nさんがもう食事にこられなくなりましてね、車椅子に坐るのもつらそうで。後で見てやってください。ダルマさんが来られたら、とても喜ぶでしょう。仏さんのように思ってますから」

 ダルマさんはうなずいて、

 「認知症の新しい治療薬がどんどん開発されていますから、いま少し頑張って欲しいですな」

 「もう言葉もほとんどしゃべらないんです」

 「認知症になると、どうなるって」

 前の席に坐っている老婦人が、二人の会話を耳にしたのか尋ねました。ダルマさんはにっこり笑って、認知症の説明を始めました。

 「認知症というのはね、おばあさん、昔はボケといわれたものだが、脳の中身が萎縮してしまうことなのだよ。それを完全に止めることは、今のところ方法がない。最初は記憶がおかされてゆき、だんだんに症状が進むと、最後には寝たきり状態になるのだよ」

 「怖いことだねえ」とおばあさんは言いました。おばあさんは首の周りにエプロンをしていますが、さっきからスプ-ンで食べるたびに、半分ほどボロボロとこぼしていました。少しはなれたテーブルにいる瘠せたおじいさんが立ち上がり、ダルマさんの方へ来て挨拶し、今の話を聞いていたのか、こんなことを言いました。

 「私の研究もほぼ完成しています。おばあさんも安心なさい。脳細胞は生まれたときから再生もせずに頑張りつづけていますが、その代わり一度死ぬともとにもどらないのです。それならば新しい細胞を作ってやればよい。それが万能細胞によって可能になったのです。私のところの認知症のダックスは、舌しか動かなくなりましたが、万能細胞を移植したところ、すっかり元気になって、今では毎日私と散歩しています」

 「それは素晴らしい。医学の勝利ですな」

 ダルマさんは言いました。

 「あとでNさんも見てやってください」

 「承知した」

 と言って、この九十歳は越えていると思われる、穏やかな表情の老医師は、食事の席に戻りました。ダルマさんは手も足もないのですから、食事もひよひよが世話をみています。

 「いつもすまないねえ」

 と言いながら、食欲は旺盛です。なるべく手間をかけないようにと思っているのか、一気にたくさんを口の中に詰めこんで、両頬を膨らませています。たぶん食事をする時間が惜しいのかもしれません。子供の頃の私もそうでしたから。

 

  食事が終わると、みなで食器を食器洗い機に運びました。そのあと、ラウンジでくつろぐ人や、自分の部屋に戻る人と、とりどりです。ふつうに歩ける人と、杖をつく人と、部屋の壁面に取りつけられた手すりにつかまって、おぼつかなく歩く人と、元気な人に支えられる人と、それからダルマさんもそうなのですが、車椅子に座る人と、これもとりどりです。

 ダルマさんはまっすぐに、Nさんを見舞いに行くようです。車椅子を押すひよひよの後に、私もつづきました。ブンプクはラウンジで、老人たちの世話を見ています。廊下の左右に、いくつも部屋が続きます。部屋の扉は開いているのも、閉まっているのもあって、ちょっと病室の雰囲気があるのは、やはりホスピスだからでしょう。ダルマ大統領の車椅子は、扉の開いた部屋のカーテンを引き開けて、入ってゆきました。内部は6畳ほどの広さで、個室のようでした。壁の一方に寄せて、ベッドが両脇があくように置かれているのは、病室と同じでした。やや上半身が起き上がるような形に持ちあがったベッドには、見るからに無表情な老人が仰向けに寝ていました。車椅子がベッドの横にならぶと、ダルマさんは言葉をかけました。

 「お元気ですか」

 返事どころか、ほとんど視線が動きません。目をあけたまま眠っているのでしょうか。ひよひよが何度か、Nさんの名を耳もとでくり返しました。老人はやっと首をこちらへ動かしましたが、顔にはなんの表情も浮かびません。頭部に残された髪の毛は真っ白で、おちくぼんだ眼窩と、皺よった唇と、乾いてしみだらけの皮膚は、子供の頃の私が恐がった木乃伊そのものでした。

 「私が分かりますか」

 ダルマさんが言いました。何の反応もないようです。

 「もう周囲も分からなくなりましたな」

 いつの間に来ていたのか、先ほどの老医師が私たちの背後で言いました。

 「このままだと、やがて生命も危ないでしょう。明日私の病院に移しましょう」

 「どうなさいます」

 「人に対しては初めてなのですが、ダックスで上手くいったことを、試してみてもよろしいですかな」

 「勇気のいることですが、老人の未来のために、先生にお任せします」

 ダルマさんと老医師は、そんなことをひそひそと話しました。

 

 私たちは、またラウンジへ戻りました。お茶を飲みながら、少し雑談をしました。老医師は、あちらの世界ではBlack Beard (黒髯先生)と言われていて、無免許で貧しい人の医療を行なっていた、天才医師でした。たまたま医療中に人を死なせたことから、長らく刑務所にいましたが、それから老人国へ来て、老人医療の最先端を担っていました。今では、さすがに黒髯も白髯に変わっていましたが、昔の鋭かった眼光は、穏やかな表情の中にも、時として閃くことがありました。

 

 私はその日は、ブンプクの家に泊まることにしました。なんと言っても気のおけない動物ですので、私としては、老人たちと同じように、最高のパートナーでした。ブンプクの家は、ほかの民家と大同小異で、居間と台所と、六畳の寝室がありました。寝室にはツインのベッドがあって、私はその一方に疲れた身体を横たえました。ブンプクは台所で何かをやっているようでした。私は先に寝こんでしまいました。夜中にふと目を醒ますと、私は一瞬自分がどこにいるのか分かりませんでした。豆ランプの灯りで、部屋の様子は見て取れましたが、それはいつもの私の畳の部屋ではありません。昨日からのことを思いだすのに、少し時間がかかりました。隣のベッドに寝ている、変な動物を見ていると、まるでこの世のことには思われません。私は頭が変にならないように、布団を頭の上までひきかぶって、身体を丸め、ふたたび眠りにつきました。

 

 

 

(老人国・第三回了)

 

 

 

 

 

 

 

 

 













この本の内容は以上です。


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