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仁蛭氏の生活と意見・ヤコ

続々・モーグルズ・フェイブルズ

 

(Contents:「仁蛭氏の生活と意見」「コクゴのジカン」「ヤコ」「コスモゴニー」)



 仁蛭氏の生活と意見

 

 下宿館に半年前から住む奇人、仁蛭氏、中年男、どこから来たのか、どんな前歴か、だれも知らない。仕事もないらしく、年中ぶらぶらしている。どこから収入を得ているのか、家賃だけはきちんと払う。昼間は四畳半にくすぶり、夕方になると、どこかへふらふら出て行く。夜は童謡を歌って、一人楽しむ。その風体、髪むさ苦しく、ヒゲのび放題。大きすぎて、両肩の垂れたくすんだ上着、垢だらけのタートルネック、ぶかぶかのズボン、穴のあいて、親指と踵のとび出たくつ下、それに下駄履き。羊のように温和な眼をしている。

 部屋には、年中敷きっぱなしの布団、ゴミの山、リンゴ箱を横にした机、一升ビン。敷き布団はもとの形の見分けもつかない、ワタの塊。その上にボロ毛布を何枚も重ねて寝る。一升ビンには、なにやら得体の知れない黄濁液。リンゴ箱の上には、いく冊もくくられた小型ノートが。

 下宿館の住人たちは、サラリーマン、学生、日雇い人、その他、だんだんに彼を一種の仙人とみなすようになり、人生相談におもむくもあり、ある人は、仁蛭氏は本当は金持であると言う。ある人は、仁蛭氏は、昔、会社を友人にのっとられ、また妻にも裏切られ、そのため世をはかなんで、こんな生活を始めたのであると言う。

 仁蛭氏は夜ごと、童謡をメドレーで歌う。間の抜けた胴間声で、調子はずれに歌う。ユーキヤコンコ、アラレヤコンコ、・・・モシモシカメヨ、カメサンヨ、・・・アカイクツ、ハーイテタ、オンナーノー・・・。ある人は腹を立てて、怒鳴りこんだが、しばらくして一緒に歌いだした。仁蛭氏の歌は夕辺の子守歌となり、ある人はしみじみと耳を傾け、ある人は涙なんど流し、ある女子大生は隣室の男をおとずれ、大家は仁蛭氏のおかげで風紀が悪くなったとこぼす。

 仁蛭氏のノートは、なにやらニヒルな告白にみちている。留守中、そっと忍び込んで読んだ男の話である。私もある時、鏡越しにのぞいてみた。こんなことを書いている。

 

 目立たぬ条件(他人の注意をさける客観的条件)

1、弱さ、小さいもの、弱い光、小さい音は注意を引かぬ。小さい広告は注意されにくい。

2、反復しないこと。必ずしも強くなくとも、反復される刺戟は強くなるから。

3、変化をさける。騒音は慣れれば気がつかなくなるが、突然止まるとハッとする。変化は突然であってはならない。

4、対比をさける。大のなかの小、深夜静寂の中での鼠の音、雪上の墨色などは注意を引きやすい。

5、運動をさける。動かねば気づかれぬものも、動けば気づかれる。

6、刺戟の質に配慮する。感覚的には、生活機能に直接関係するもの、痛み、特殊の色、かん高い音など、注意を引きやすい。さらに、意味のないものより、意味のあるものが注意されやすい。

7、位置を考慮する。通常、正面をさける。その他、場所によって注意価の違うことに注意する。

8、明確な形、まとまった性格を持ち、周囲から区別される形態を具えたものは注意されやすい。あいまい、ひかえめ、周囲と差別のないよう配慮する。

 

 仁蛭氏は、忍者のような生き方を理想としているようだ。それにしても、彼の存在そのものが矛盾といえる。仁蛭氏は教養ありや。押入れに、いく冊かの本が隠れている。一度、Philosophie der Erloesung などという、ヒゲ文字の本をいじくっていた。ほとんど読書はしないらしい。読むというよりは、昔読めた文字の意味が解せなくて、頭をひねっているらしい。

 人生相談におもむいた学生、「失恋しました、あまりに恥ずかしいので、死にたいと思います、どうしたらよいでしょう」。仁蛭氏、しばらく黙ったまま、シャツの胸に手を入れてポリポリやっている。大きなノミが一匹跳びだす。さっとつかまえて、つぶすと思いきや、もとの胸ぐらにもどす。ノミのメスは五ミリもあるのに、オスは一ミリもないんですよ、と言って一升ビンの得体の知れない液体を勧めるので、早々に退散。

 仁蛭氏、パチンコ屋に入り、タマを拾って歩く。十発ほど拾うと、打ちだす。一発一発、大事そうに打つ。なくなるとまた拾う。たまりだすと、タマを箱に入れるのも忘れて熱中。こぼれても気づかない。タマが出なくなると、はじめて気づく。店員しぶい顔して、打ち止めの札。仁蛭氏、食品に換えて、下宿へ。金には執着がないらしい。

 女子大生、時々、仁蛭氏の世話をやく。ゴミを捨て、一升ビンの中身を、勝手のシンクにこぼす。ボロ布団、干すわけにいかぬから、つくろってやる。仁蛭氏、イヤとも、有リガトとも言わぬ。ただ、なすにまかせる。失恋した学生、嫉妬してどなりこむ。布団の上に、汚物をまき散らして帰る。仁蛭氏、黙って見まもる。

 初夏の近づいたある朝、仁蛭氏の姿消える。ゴミ捨て場で拾ったボロ自転車に、ボロ毛布をくくりつけて、ひっそり旅立ったという。いずこへか、知らず。きっと、温かくなったので、下宿生活にも飽き、野外の生活を求めたのであろう。その後、どこでどうなったのやら、噂にも聞かない。

 ところで、仁蛭氏のノートだが、よく小説なんかにあるように、そんなものが残されて、正体が明らかになったと、いうんならよいが、下宿館から姿を消す二、三日前に、焼いてしまったようだ。公園で何かを燃やしているのを、見た人がいる。




 コクゴのジカン

 

 にほんゴのアルファベットは、カナ46もじ、ひらがな、カタカナの2しょたいデス。タイヘンかんたんデスね。ムカシは、とイッテもほんの100ネンぐらいマエのことにスギませんガ、カンジというコダイのショウケイもじが、マダつかわれてイテ、にホンごは、トテモむずかしカッタのデシた。ことバはヤバンなジだいにサカのぼルほど、フクざつでムズかしいのがコノまれマシた。それはイチブのヒトのトッけんとイウかんガエが、なかナカきえてナクならなかッタからデス。100ネンまえにもインテリとイウ、アタマのヨサをほこル、トッけんカイキュウがまだノコッていて、カンじのハイシにも、イチバンはんたいシタのでシタ。それはムズかシイじがナクなると、カレらのアタまのヨサを、ハッキできナイとイウのでしタ。ソノご、トウきょうコミューンは、カンじをゼンぱいし、コトバをみんシュウにカイほうシマした。ソノいサンを、イマわたしタチはウケついでイルのデス。

 

 ひらがな、カタカナのツカイわけは、ゲンそくトしてジゆウです。タダ、つぎのコトにチュウいシナけれバなりまセン。

 ひらがなモ、カタカナも、5モジいじょうナガくツヅけないヨウにする。ナゼかとイウと、ニホンごは、エイゴなどのヨウに、タンゴとタンゴのアイダの、くギリがなく、オナじシュるいノかなダケをツヅけると、シカクてきにヨミにくいカラです。コレをヨミことバのアクせんトといいマス。ムカシはカンじが、ソノやくワリをハタしてイマした。つギのれいヲみてミマしょう。

 

カンジかなマジリぶん(ムカシのブン):

 私は真っ赤なリンゴです。

ぜんブひらがな

 わたしはまっかなりんごです。

ゼンぶカタカナ

 ワタシハマッカナリンゴデス。

 

アクせんトをイれる(イマのブン):

 わたしハまっカなリンゴです。 

 ワタシはマッかナりんごデス。

 ワたしハまっかナりんゴです。

 

 とうトウ、イマではスキにつづれマス。

 にホンゴは100ネンまえにクラべて、ひょうキほうでハ、ジツにカンタンにナリました。ミナさんは、イマのジダイにカンしゃシなけれバいけまセンネ。ムカシのヒトは、しケンのタビにカンジとイウ、オとなリのクニの、オボエにくいモジに、ナヤマされテ、あかテンをトッたりシタのデスヨ。

 なおカンじハ、いまデハ、サのうニしょうガイのアルひとヤ、にんチしょうノおとしヨリが、エもじトして、もちいテいマス。

 

 

(マサキえいテん チョ きょうイクかガクしょうスイせん 「しょキュウ にホンごブンてん 21**ねんハッこう」 ヨリばっスイ)



 ヤコ

 

 かものはしという動物がいる。哺乳類とも、鳥類とも、爬虫類ともつかない水辺の生物である。半分は水の中、半分は土の中で暮らしている。水と土中以外には世界を持たない。この生物のことを考えると、一種呼吸困難に近い、胸の不安を覚える。水底に暮らすモグラといってもよかろうか。動物の中には、普通の人間であったならば、とても想像するだに生活しがたい環境の中で、喜々として適応しているものがある。これは自然界の驚異である。けれども、もっと驚異的な生活が可能なのは、ほかならぬ我々人類である。このことを、どこか東南アジアの水郷地帯に住んでいるらしい、不思議なヤコ族が教えてくれる・・・。

 どのようにしてヤコ族が住んでいる地にやってきたのかは、記憶に定かではない。ジャングルの中に迷いこみ、水辺を歩いている内に、前後左右を昔のベトコンのような連中が、いつの間にか連れだっている。服装はアジアの農民のなりをして、頭には日本でいう足軽の陣笠をかぶっている。戦争が終って数十年経った今、彼らはゲリラの緊張感を欠いて、普通の農民と変わりはなかったが、未だにジャングルに隠れ住むことだけは、やめていないようだった。

 彼らの家は、かつてゲリラ戦に使われた地中のトンネルであった。しかも何度かの大雨で川の流れが変わり、その出入り口がすべて水中に没していた。相変わらずトンネルに住んでいる彼らは、従って、出入りする度に川の中にもぐらねばならない。彼らは慣れ切っているので、一向に不便を感じないのである。

 いったん水底からトンネルにもぐりこむと、水のない乾いた、しかし真暗な土のトンネルが上方へ傾斜しており、そこを手さぐりで這いのぼっていくと、かなり広い空間が開けている。そこが彼らヤコ族が共同生活している棲処なのである。最初目がなれない内は真暗であるが、やがて薄ぼんやりと、あたりの様子が浮かびあがってくる。暗闇に暮らす者には、目に代わって特別な視覚が発生してくるものであるらしい。その黄昏のような視覚の世界で、ヤコ達はごくありきたりの生活をしている。

 まず土の汚れを落とすようにと、広い空間のどこに位置するとも知れない共同風呂に誘われた。そこにはコンクリート製の四角い、かなり大きな湯槽(ぶね)があり、すでに何人かの先客がいた。いつの間にか手に持っていた石鹸とタオルを洗い場において、湯槽に足を入れた途端、思いのほか底が深く、頭の先まで沈んでしまった。そのままどこまでも沈んでいきそうだった。慌てて泳ぎの要領で、コンクリートの縁にとりついた。なんとも剣呑な入浴である。石鹸とタオルは、すでに他の入浴者が使おうとしている。溺れてなどはいられない。

 風呂から出ると、食事の時間だった。熱帯植物の大きな葉の上に、白い芋虫としか見えないものが並べられている。それを皆が指でつまんで、口中に放りこむ。一つ手にとってみると、意外と固く、菓子のようでもあった。食べてみると、ポリポリと崩れる。どうやら何かの昆虫の蛹のようだ。そう思うと、急に胸やけのような吐き気が起こった。立ちあがって、どこか吐く場所を探した。トイレなどはないらしい。ヤコ達は、なにしろ、半分は水中生活なのだから。

 寝室らしい部屋があって、何人ものヤコが蚕棚のようなベッドに寝ころんでいる。吐き気をこらえて、その一つにもぐりこむ。暗闇の世界では、寝ているのが一番よい。男以外にはいないらしい。戦争が終って平和になったので、もはや会話の必要もなくなり、だれもが自分の世界に引き籠っている。

 ヤコという名について考えてみた。どうやら古くは野狐と当てたらしい。またトンボの幼虫ヤゴとも関係があるらしく、水中にも陸にも適応している彼らに相応しい。すると、彼らの生活のすべてが納得のいくように思われた。

 ヤコ族の世界から戻ってきて、見回してみると、あちこちにヤコがひそんでいることが分かってきた。ただ名前がオタクと変わっただけである。彼ら水陸両棲の有袋類は、暗闇の中で、得体の知れないゲームに耽っている・・・。



 コスモゴニー

 

 煙のような、霧のようなかたまりが、宙に静止する不思議な空間に、彼は立った。いや存在したと言うべきか。それも肉体的存在というよりも、ただ見る存在としてのみ、そこにあった。左手に広がる、茫漠たる霧のかたまりは、視野を圧してどこまでも背景を覆いつくしているようだ。が実際、無限なのではなく、この霧の海も、遠く見れば全体で一個の不定形なかたまりであることが、了解される。ただ、たまたま彼の眼が、その近くに位置しているだけだ。彼は霧のかたまりから、遠くへ目をそらした。あちこちに形は小さいが、同じような霧のかたまりが浮かんでいる。ほとんどが丸く小さく、空間のしみのように、にじんでいる。背後には暗黒の広がりがある。

 一体、これらの霧のかたまりは何だろう。彼は再び、かたわらに広がる巨大な煙霧に目をやった。霧のひとつひとつの粒が、ほのかに、さむざむと、見分けられる。それらは動かない。風も息もないこの空間で、それらの粒つぶは、ただ時の停止したようにこわばっている。だからそれらがただの霧ではないことは、その気体の性質の欠如にあらわれている。ではなんだ。彼にはそれは、考えるまでもないことに思われた。彼のいるのは広大な空間であり、いま見る眼だけとなっている、彼の前に浮かんでいるのは、あるシステムなので、宇宙の体系なのだ。

 彼は、霧のひとつひとつの粒がなにものであるか、直ちに分かった。無慮無数の銀河系が集まってつくる超銀河系が、いま彼の眼に、一個の霧の粒として映っている。その点の中のどこに、彼の銀河系を、彼の母星を、彼の惑星を求めたらいいのだろう。彼は一瞬パニックに襲われた。この上下の分かたぬ空間のなかで、めまいのようなものを覚えた。それはすぐに純粋な驚異の思いにとってかわられた。何億、何兆とも知れぬ銀河のかたまりが、このひと粒ひと粒の霧の点にすぎぬなら、この視野を半ばおおう霧のかたまりが、すべてそうしたものの集合ならば、さらにこの霧のかたまりも、一塊のはぐれ雲にすぎぬとすれば、そして彼方に数えきれぬほど、また目に見えぬむこうまで、それらの雲が分布しているのなら、そして、さらにさらに、それら全体をつつんでしまうような全体があって、そしてそれもまた一個の霧の粒にすぎなくて・・・。

 そういう思考が無限背進であることを、彼は感じぬわけではなかったが、やはりそこには感覚を圧倒し、麻痺させるものがあった。その息詰まるような想念をふり払おうとして、彼は目を頭上へ向けた。そこはこれまで、彼の視野からなぜかはずれていたのだ。そこには広大なリングが輝いていた。リングの内と外とは、暗黒の空間であった。あたかも天空に丸い穴と、その穴にはめる蓋があって、その縁からむこうの世界の光輝がもれてでもいるような、そんな印象を彼はいだいた。その光輝は少しも空間を照らすことはなかった。それ自体で輝きながら、しかも何ものも温めるだけの力もないように。一体それは出口だろうか、入口だろうか。彼はふと、いつでもその口は開きそうな気がした。宇宙は巨大なゴミ捨て場であって、星雲も太陽も地球も生命も、そこに起こる腐敗や、そこからわいた蛆虫や青蝿いがいのなにものであろうか。

 

(<続々モーグルズ・フェイブルズ>了)

 

  




 



 


この本の内容は以上です。


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